第31話 支配層の棲む城(7)


 この世界は、至る所にケーブルが張り巡らされ、二つの基地と中継施設を結んでいる。宿や売店などの建物、自動車や人など移動する対象とは中継施設からの電波でデータをやりとりしている。二つの基地と基地の間もケーブルで繋がっていることになるが、決まり切ったプログラムの処理しかできず、双方の基地の職員がメールや電話で連絡をとることができない。

 それで、基地の様子をアシストに連絡するのに、いちいち城の外に出ないといけない。他にも聞きたいことはあったが、PZは食事を終えると、城外に出ることにした。

 荘は、せっかく知り合えたのだから、ゆっくりしていって欲しいと言ってくれたが、二人は彼女と別れて、城を出た。


 通信が可能なところまで歩くと、すぐにアシストから声がかかった。

「今日はどうでした?」

「城の中で食事をご馳走になったけど、料理は街の食堂と同じだった。そのことについて、UV38244から提案がある」

 UVはアシストに、自分が明日の午前中に食堂の厨房に入り、料理を作りたいと言った。

 アシストは少しの時間考えた。ホウコからオペレーターが到着するまで、彼女には特に仕事はない。

「わかりました。いいでしょう。そのように手配しておきます」

「やった」UVは喜んだ。

「それから、今日の午前中にここのオペレーター十名と市役所職員一名が、自動車でそちらに向かいました。もちろん手動自動車です。今頃は台湾海峡の上だと思います」

「すると、もうそっちは二交代制なんだな」

「その通りです」

「今、海の上だとすると明後日には着きそうだな」

「その予定です」

「オペレーターのこちらでの食事はどうする?」

「車内に二週間分を積んでいます」


 PZが、街の食堂に城内の食事を頼めることを伝えると、

「その件はそちらで話し合ってください。それからもう基地の調査は結構ですので、オペレーターが到着したら、チーフの指示に従ってください」

「それまで何をすればいい?」

「特にありません」

「今から丸二日間、何もせずに過ごせというのか」

 これまでPZは、社会に出てから何かしらすることがあった。

「よかったら道路工事でも入れましょうか」

「ああ、そうしてくれ」

 PZは半ば本気で言ったのだが、

「冗談です。こちらも忙しいのですいません。今日と明日の宿と食堂は、昨日と同じところを手配しましたので、利用時間はウォッチで確認してください。また何かありましたらお願いします」

 多忙なアシストは、用済みの二人の相手をしている暇はない。


 まだ午後二時だった。一緒にいるところを人に見られないように注意されていたことも忘れ、二人は一緒に公園に行き、ベンチに並んで腰掛けた。

 名もなき小さな公園は、景山公園とは別世界だった。夏の日射しが強く照りつけ、顔と頭が少し暑い。PZは、フードをかぶった。

 ありふれた光景を見ていると、ここ数日間のことが嘘のように思えた。

「冷静に考えると、私たち、もう必要ないんだね」

 UVはさみしそうに言った。

「二日間暇なだけさ。そこからはオペレーションの仕事が山ほどある」

「オペレーションなんか別に誰でもいいんじゃないの?」

 二人とも、一週間研修を受けただけの素人だった。

「それで一億一千万ポイントもらったんだからね。他のスーツドがオペレーションに来たら、どう説明すればいいのかな。大変な困難を乗り越えて、ここの城を解放したとでも嘘を吐くか」

「私たち、もうすぐ殺されるんじゃないの?」

 UVは、深刻なことをさりげなく言った。

「その可能性はある」

「あのとき、逃げ切ればよかったな」

 彼女は、ホウコで警察に捕まったことを後悔した。占い師に忠告されていたが、結局、ホウコ基地とまた関わってしまった。


「おじさん、冒険者だよね?」

「アーリャンが、面白半分にそう呼んだだけさ」

「アーリャン達がこっちに来たら、私たちだけホウコに戻って宝探ししない?」

「僕等も、こちらでオペレーションをするんだ」

「やっぱりそれ、スーツドの世界に戻さないための口実だと思う。他のスーツドが一人前になったら、私たち消されるよ。だって、まずいこといろいろ知りすぎたもの」

 PZは、彼女のほうが自分よりはるかに鋭く状況を分析していることに驚いた。残りの人生が長い分、真剣に考えているのだろう。


「それでホウコにか……彼らからすれば、あそこなら僕等が他のスーツドに悪影響を与える心配もないな」

「宝探しでもなんでもいいから理由つけて、ホウコで暮らせるようにする。それが一番安全じゃない?」

「そうかもしれないな」

「この会話盗聴されてるかな?」

「アシストは、忙しいから聞いていないだろう」

「アシストは聞いて無くても、システムが聞いてるかもね」

「そこまで賢いのかどうか」

 ホウコに来てから彼のシステムに対するイメージが変わった。人間のような判断力はなく、決められた通りに処理するだけの機械にすぎない。

「で、どうするの?」

 UVが彼の考えを尋ねた。

「一人でゆっくり考えたい」

 彼女といると、どうしても先の心配をしてしまう。少しの間でもひとりになりたい。彼は、明日の十一時頃食堂に寄ると伝えて、公園を出た。



 翌日。

 UVは食堂で朝食をすませ、そのまま必須業務で厨房に入った。そこで働いていた四人は、彼女がホールから入ってきたので驚いた。そのうちの一人が、

「どこから入って来るんだ」といって注意した。

「今そこで食べてきたからいいの」

 といって、彼女は通用口のそばにある受付台の前に立った。

 ディスプレイに仕事の内容が表示された。おそらくは昨日のアシストの手入力だろう。


 調理は何回か経験があった。普通は厨房の壁にあるディスプレイに示されるレシピに従うが、ここの厨房にはレシピの内容を印刷した紙を綴じた本というものが置いてある。

 今回彼女は、レシピは参考にするだけで、自分のオリジナル料理に挑戦するつもりだ。それで時間に余裕を持たせた。

 三人分の食事を作るのだが、ひとりひとり異なる。配送車が揺れてもいいように、スープ類は避けた。二時間かけて十品を完成させ、外に駐めてある配送車に載せた。そのまま基地に向けて出発した。


 PZは、約束通り十一時に食堂についた。裏に回ると配送車がない。厨房の通用口を開けても、彼女はいない。PP45717という男に聞いたら、ついさっき自分で作った料理を持ってそこから出ていったという。

 彼は城で食べるのをやめ、アシストを呼び出し、昼食の手配をするように頼んだ。



 UVの乗った配送車は、城の南側に到着した。

 門をくぐる時は若干速度を落とし、抜けると速くなる。昔から彼女は、自動車が自分の判断で道を曲がったり、速度を調整することが不思議だった。

 学校ではコンピューターという用語は習うが、その仕組みは教えてもらわなかった。物理も化学も数学も道徳もない。言葉以外で学んだ学問といえば、開拓者を褒め称える簡単な歴史と四則演算ぐらいだ。

 学校は知識を教わる学舎まなびやではなく、子供の活動を制限する刑務所だった。

 生きていく上で必要な知識だけあればいい。

 自分の頭で考える必要はない。いや、考えないほうがいい。開拓者はそう考えたのだ。

 しかし、本当にそれでいいのだろうか。


 “このままでは人類は駄目になる”


 このごろ、心の奥でそう叫ぶ声が聞こえる。



 配送車は基地の南側に着いた。東西の壁の長さが百メートルもあるので、外からだとどこが搬入口かはわからない。それでも車は正確な位置に停車する。その証拠にすぐ前の壁だけ、下に沈んでいった。

 荘はすぐに出てきた。

 UVが車のドアを開けると、

「PZさんは?」と尋ねてきた。

「あ、忘れてた」

「どうします?」

「もういいや。二人で三人分食べようよ」


 二人で十品を平らげた。

「おいしかったです」

 という荘の感想は、お世辞ではなかった。

「前から料理には自信があったんだ」

 食堂の隅のほうで掃除ロボットが動いている。

「あれ、ホウコの基地でもあったよ。同じもの使ってるんだ」

 といって、UVはロボットに近づいた。そのとき、床に丸い菓子のようなものが落ちているのを見つけた。

「これ何?」

「団子です」

「食べられるの?」

「とんでもありません。食べては絶対に駄目です。毒が入ってます。ゴキブリが出るからそれで殺すのです」

「でもおいしそう」

「食べたら死ぬかもしれません」

「本当?」

「よほどたくさん食べない限り死なないですけど、お腹が痛くなったり、吐き気がするのは確実です」

「へえ~」

 食事が済んだら、二人で配送車にトレイや皿を運んだ。一度で運べず、UVは往復した。

「明日ホウコから人がたくさん来るから、十五人分作っておくね。夕食の話だから、昼は荘さん、一人分だけ頼んでおいて」

 とUVは言い残し、そのまま配送車に乗って城を出ていった。



 UV達が食事を終えてしばらく経った頃、PZは北京城内にいた。但し、彼らのいる基地からかなり離れた北東側、古代の東城区だ。 

 昨日はまだその辺りには行かなかった。そこには新しい建物が何棟かあるので、一昨日みかけたスーツドが隠れているのではないかと見当をつけて、探し回った。

 二時間後、古代の雑居ビルのような四階建ての建物の裏に大型の自動車を見つけた。中にハンドルがあるので、手動運転車だ。

 建物に入ろうとしたが、ドアは開かない。

 窓から中を覗くと、どれも空き室のようで、人が住んでいる気配はない。

 隣に古い二階建てがある。そこはドアが壊れていて、中に入れる。屋内は物置のように雑然としていたが、ガラスの破れ落ちた窓から、問題の建物のドアが見える。

 PZは、隣の建物から人が出てくるのを待った。


 暗くなった。建物の二階の窓に明かりが点いた。間違いなく誰かいる。

 午後九時、何者かがドアの前に立った。

 二階から漏れる明かりだけで、その人物の特異な髪型がわかった。

「荘さん」

 彼は窓を乗り越え、外に飛び降りた。


「あ、あなたが何故ここに?」

 いきなりPZが現れ、相手は動揺している。

「基地で生活しているんじゃなかったのか。それにあそこに車もある。これはどういうことだ?」

「それはその……」

 彼女は口を濁した。

 そのときドアが開いた。中から人が出てきて、彼女の横をすり抜けてPZに近づいた。

 暗いので相手の顔まではわからなかったが、腕に棒のようなものを持っていることがわかった。相手は、その棒で彼の頭を横から殴りつけた。

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