第19話 風と珊瑚の島々(5)


 女性スタッフがコーヒーをトレイに載せて部屋に入ってきた。三人の前にそれぞれコーヒーを置くと、部屋から出ていった。

 UVが不思議そうな顔をしていたが、

「映画でみたことがある。古代では客が来ると飲み物を出す習慣だった」

 とPZは言った。

「コーヒーは君達が飲んでいるものと同じだ」

 ピーターはそう言って、コーヒーを一口すするとテーブルに置いた。それから、この施設の紹介を始めたが、ホテルでドキュメンタリーを観たPZには既知のことが多かった。


「ここは、世界を統治するコンピューターシステムの管理運用を行う場所である。しかし、実際に世界を管理しているのは、ノースウッドと呼ばれる基地である。我々は本基地と呼んでいる。ここは本基地と同じ設備があり、運用するための職員を用意しているが、本基地に問題が起きたときの予備にすぎない。

 予備とはいえ、いざというときはここがシステムを管理するので、シュミレーションモードでオペレーションの訓練を行っている。


 ただ、それはメインの仕事ではない。ここの主な役割は、ホウコ諸島と外部との物流管理をすることだ。開拓者はホウコ諸島が単独で社会を維持できるように、全体のシステムの中にサブシステムとして組み込んだ。ここのオペレーターは、会社や商店などからの注文に応じ、外部から調達して欲しい食材や資材などを手配する。

 自転車の部品などのように、ホウコ諸島の人間が利用するためだけの工場が外部にいくつかある。そこの管理も行っている。必要な資材や労働力のデータをメインシステムに渡すと、調達してくれる。

 モノだけでなく、スーツドの手配も行う。システムが自動で選ぶのではなく、スキルや年齢などから、オペレーターが判断している。


 スーツドの世界はコンピューターシステムが管理しているといっても、コンピューターだけでうまくいくほど世の中は単純じゃない。常に人の判断が必要な状況が起きている。基地のオペレーターは世界中から集まってくる情報から、優先度の高い問題に対処する。

 スーツドの社会運営はほとんど自動で行われるが、どうしても自動化できない業務が存在する。システムの対応というのは、パターン化されたものなので、条件が複雑な場合、人の力が必要になるということだ。


 交通事故対応やシステムのメンテナンス関係などは、ほとんどシステムのほうでうまくやってくれるが、最終チェックは人が行うべきであり、なかには人間の判断をあおいだほうがよい場合がある。

人口調整、というより人口配分がうまくいかない場合もよくある。人の移動はある程度自由があるから、システムだけではうまくいかず、宿や食堂が一杯になったりすることが起きる。現在の人口密度や各施設の満員度などから、オペレーターの経験で判断し、必要ならば、強制的に移動させる。


 地震、台風、山火事などの災害。避難指示は自動化されているが、それがうまくいっているか監視する。

 災害が起きると、物流が変わってしまうから、影響力が大きすぎるときは、建物の損傷がひどくてもそのまま施設を維持することがある。この辺りは自動化しにくい。

 同じ場所に同じ建物を建てるのが原則だが、災害などで地形が変わったり、街全体がマグマに飲み込まれれば、施設の再建設を放棄したり、別の場所に代わりの施設を建設することになる。その判断も人間が行う。

 疫病の発生。古代に較べて疫病はかなり減ったとはいえ、対応は古代より遅れがちになっている。医者という専門職を無くした結果、診療所のスタッフは古代の研修医よりレベルが低い。それで、疫病かどうかの判断や対策はホウコ大の医学部に協力してもらう。新型のウィルスが発生しても向こうだとわからないから、血液サンプルを送ってこちらに送ってもらう。ワクチンには期待できないから、発生した地域では人同士の接触を避けたり、外出を減らしたりするようオペレーションを行う」


 ピーターはその他細かいオペレーション業務について語ったが、PZ達には理解できなかった。


「やることはいくらでもある。その中でどれを選ぶかはオペレーター自身が選ぶ。その目安となるよう、システムのほうで自動的に優先順位をつけている。

 通常オペレーターは、最高ランクの問題から処理をするけど、ベテランになるとシステムがランク付けした優先度をあまり信頼しなくなり、自分の判断を優先させる。

 現在、常勤オペレーターは三十名。24時間体制なので三交代。常時十名ほどが働いている。

僕は総責任者として、予算、対外交渉、人事などを統括している。

 アーリャンはチーフオペレーターとして、オペレーターの教育、スケジュール調整も行う。


 今までの話だと随分立派に聞こえるが、非常時以外は役に立たなくて、その非常時が過去に一度もないので、馬公市の行政からは、お荷物扱いされ、職員の人数を減らすよう圧力がかかっている。

世界全体から見ると、絶対的に必要不可欠な存在ではあり、馬公市もシステムの多大な恩恵を受けているくせに、ここのありがたみを理解できずにいる。

 実際、四百年前に較べてスタッフの数は五分の三。これ以上減らされたら、いざというときの役に立たなくなる。そのことを市長に訴えると、何百年も役に立つことはなかったのだから、何の問題もないと返された」


「ちょっと待った」PZが話を止めた。「予備の基地にすぎないのにどうして三交代にする必要がある?」

「いいところに気づいた。さすが高知能」


 そしてピーターは、力強い口調でこう語った。


「その理由は簡単だ。いざという時が、ついに来たのだ」



 数秒間、沈黙が起きた。

 沈黙を破ったのはPZだった。

「すまないが、どういうことかもう一度説明して欲しい」



 ピーターは地図やその他資料を広げ、世界の歴史とこの島の役割についてもう一度簡単に説明した。それから、今回二人を招いた事情について説明を始めた。

「ここの役目はあくまで予備で、本基地で問題が起きた場合のみ、システムを運用する。ここと本基地ではコミュニケーションをとることができない。両者が結託するとまずいと開拓者が考えたようで、向こうで何が起きているのかはわからない。但し、向こうでのオペレーションの状況を知ることが出来る。

 オペレーション履歴といって、どのような操作がされたのか詳細を表示できる。それがここ二年ほどで急激に減ってきていて、二十日ほど前にオペレーターの入力が停まった。その72時間後に運用がこちらに移ったんだ」


「それはその、メインの基地が壊れたということなのか」

 とPZは聞いた。災害などのによる非常事態だと思ったからだ。

「それなら少しずつオペレーションが減ったりしない。おそらく向こうの設備には問題がなく、それを運用する人間の問題だ。向こうがどのような体制をとっているのかわからないが、仮に営利目的の企業が運用していたとすると、オペレーターの人員削減や賃金カットを行い、その結果サボタージュが発生。代用となる基地があるから、そういうことが起きても不思議はない。あるいは向こうの社会全体にカルト宗教がはびこる、謎の疫病発生などの混乱が起きているなどとも考えられる」


「みんな死んだってこと~?」

 UVが人ごとのように聞いた。

「その可能性もある。こちらとしては、向こうで何が起きたのか是非とも知りたい。いや、知らなければいけない。そこで君たちの出番となる」

「向こうに行って調査してこいということか」

 PZは、あきれたように言った。

「さすが知能検査の成績が良い人は話が早い」

 ピーターは、相手をおだてるように言った。

「知能検査?」

 これまで幾度もなく知能検査を受けたUVが聞いた。

「診療所で出すクイズ。学校でも行っているはずだ」

「あああれね。正解も結果も教えてくれないから、何の意味があるのかわからなかった。で、知能検査ってどういうこと?」

「簡単に言うと、頭の善し悪しを調べること」

「おじさん、頭がいいの?」

「それで今回の任務に選ばれたんだ」

「私は?」

 ピーターは彼女を見下すように、

「僕の口からは言えない」

「何それ」UVが不機嫌そうに「馬鹿ってこと?」

「そんなこと一言も言ってない」

「頭がいいとか悪いとかの問題じゃなくて、あなたたちのしている仕事の問題でしょ。それが何で私たちが行くことになるの。そんなのおかしいよ。自分達で行けばいいじゃん」

 と彼女が抗議した。

「本当は君はここに呼ぶ予定じゃなかった。彼にしつこくつきまとってるから、仕方なく一緒に来てもらった」

 それを聞くと、「じゃあ、帰る」といって、UVは立ち上がった。

「もう帰れやしないよ。君はもう逃げることができないんだ」

「ひどい」

「最初のプランではこちらのPZさんと、アーリャンの二人で旅に出る予定だった。しかし、古代黄色人種そのものの風貌では目立ちすぎる。体もでかいから余計に目立つ。それよりスーツド二人のほうがいいと思って、UVさんに手伝ってもらうことにした」


「そうだったのか」

 PZは理解を示した。

 ピーターの言うとおり、ホウコの人間が島の外に行けば目立ちすぎる。それにスーツなしでは、何かと不便だ。

「で、どこに行けばいい?」

 PZは世界地図を見てそう聞いた。世界全体から見れば台湾は小さな島でホウコなどはひとつの点にすぎない。

「まだ場所は特定できていない。メイン基地の場所は秘密にしてあってこちらには一切知らされていない」

「そうだったな。でも、どうやって調査するつもりだ? 僕らの出番どころじゃないな」

「いくつか候補地は絞ってある」

「?」

 世界地図には何カ所か赤い丸が記されている。


「あなた達もスーツドが立ち入ることのできない場所があることは知っているはずだ。いろいろなパターンがあって、海や高山など中継施設から遠くて通信ができない地域。災害で中継施設が再建できないこともある。それ以外にもバリアみたいに入場制限がかかっている場合もある。

 入場制限も二種類あって、メインシステムのほうでかけている場合と、その場所から電波を発して近寄れなくしている場合。

 川みたいな危険なところは、通信が効いていて入場制限がかかってなくても、自動車の自動ブレーキみたいにカメラの映像から危険と判断して、進めない場合もある。


 我々は、本基地の所在地は広い平地なのに非通信地域か独自の入場制限をかけているところだと推測している。大勢が暮らして、スーツドに入られないようにするには、そうするはずだからね。

 古代の地理や歴史から、多くの場所が候補地にあがっていたが、現地調査ができないので単なる意見にすぎなかった。それが、システム運用がこちらに移ったことで、システム経由である程度の調査が可能になった。

 あなた達のようなスーツドに近づいてもらって、現地の映像を見た。これまでのところ、保存目的の遺跡があったり、湿地だったり、基地があるとは思えなかった。


 それでも落胆はしていない。なぜなら可能性の低い場所からつぶしていったからだ。本当に基地のある場所だったら、調査したことが向こうにばれるとやっかいなことになるから、慎重に進めているというわけだ。

 まだ調べてない有力候補が数カ所残っていて、そのうちのひとつに必ず基地があると睨んでいる。

 もっとも疑わしいのは北京市街地だ。形状が人工的。近くにいたスーツドに近づいてもらうと、高い壁があって、五百メートルほど接近すると先に進めなくなる。中継施設の位置から判断すると通信ができるはずだが、独自の電波を出していて中に進めない。

 ただし、巨大国家の首都だった場所なので、基地の場所としては有力だが、歴史的な建造物が多数あるので、その保存のため入場できないのかもしれない。


 スーツドの入場制限をはずして内部に侵入させることも検討したが、事情のわからない素人が下手に動けばトラブルの元だ。ホウコはこちらを調べていると勘ぐられるからね。しかし、もうそんなことは言ってられない。それで、現地のスーツドではなく、高知能の人材をこちらに招いて、目的や事情をある程度理解してもらった上で派遣をしようと考えたわけだ」

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