第8話 冒険的必須業務(1)


 目的地は、歩いて行ける場所ではなく、列車も通っていない。自動車を利用するしかなかった。

 自動車に乗ると5キロにつき1ポイント消費する。5キロ未満も1ポイントで、呼び出しに1ポイント使うので、カーステーションまで歩くのが普通だ。

 今回は必須業務なので行きについてはポイント不要だが、車の呼び出しは余分な贅沢なので、ポイントが必要になる。

 それでカーステーションまで歩いた。


 車はどれも同じだが、UVは珍しそうに一台の中を覗き込んだ。

「自動車乗るの、初めてなんだ。学校で練習してたけど、どうやって乗るのか忘れちゃった」

 といって彼女はPZを見た。

「僕が利用する車の相乗りだから、何もしなくていい」

 PZはドアを開け、先に乗り込むと、彼女に向かい側の座席に座るようゼスチャで示した。


 自動車は自動運転のため、運転席はない。二人がけの座席が向かい合った四人乗りだ。座ろうと思えば六人でも座ることができる。

 行き先の指定は、普通は車内の操作パネルを使う。場所の名前を直接入力したり、マップを表示してピンポイント指定する。宿や売店など位置が特定できる場合はいいが、街の名ではどこで止まるか定かではない。


 業務で利用する場合は、ウォッチからでも指示できる。

 PZは必須業務画面で例のマップを出し、サブメニューで自動車の利用を選んだ。指定先の十文字は最初から目的地の星印に重なっている。その状態で確認を押す。

 行き先の設定はウォッチでできるが、車を動かすためには操作パネルが必要だ。

「発車」を押すと車は動き出した。モーター駆動の電気自動車なので、前方に障害物がない場合急加速する。


 久しぶりに自動車に乗ったUVは、はしゃいでいる。

「歩くよりずっと速い」

 彼女はそう言ったが、古代の違法ドライバーからみれば、随分ゆっくりと進んでいる。

移動の基本は徒歩だ。自動車はそれほど利用されておらず、信号機は大きな交差点しかない。信号機がなくても、自動運転の精度が高く、速度が遅いため、交通事故はまず起きない。自動運転の精度が高い理由のひとつに、道路の位置が基本的に変わらないことが挙げられる。

 緊急を要するレスキュー車でも普通の自動車と同じ速度だ。人命より社会秩序が優先されている。


 東に進んで行くと、道は上りの坂道に変わっていく。街灯はなく外は暗い。それでも道の左右に茶畑や林が広がっているのがわかる。道幅が広いのは交通量が多いからではなく、レッカー車などが停車しても問題ないようにするためと、道の端に島の東側と繋がるケーブルなどが埋まっているからだ。


 山道の途中には、食堂、売店、宿、中継施設がそれぞれひとつずつの小さな集落がところどころにある。山間部の通信のため中継施設は必要であり、木材などを切り出す林業のために利用する。

 古代の携帯電話の基地局とデータセンターの機能を合わせ持った中継施設は世界中にあり、中継施設同士は光ケーブルで接続されている。周囲30キロ程度の範囲に電波を出して、スーツや乗り物などとデータのやりとりを行っている。電波塔の足下にあるデータセンターでは、担当区域のスーツの情報を処理している。


 PZは、鉄道で山間部を通ったことはあるが、山道を自動車で進むのは初めてだった。これまで海や山での仕事を避けてきた。ビーチ清掃の仕事が必須で入ったことはあるが、山には縁がなかった。それがいきなり猿狩りなので不安が募る。


 舗装された太い道をまっすぐ東に向かっていたが、ある地点から林道のような狭い道に入った。道は舗装されておらず、くねくねと曲がりくねっている。

 さらに二度ほど大きく曲がる。

 ウォッチのマップを見ると、目的地はすぐ近くだ。林道はもうすぐ突き当たりだ。前と左右には木々が生い茂っている。


 突き当たり手前で自動車は停止した。

「ここで降りるの? 何もないよ」

 彼女はそう言って、自分からドアを開け、車を降りた。

 PZは車に待機を指示した。所用を足すために、四時間までならノーポイントでその場で駐車したままでいる。待機指示がないと、十分後には自動的にカーステーションに戻ってしまう。


 月明かりだけでは暗いので、ヘッドライトはそのまま点けておく。

「どこに猿がいるんだ?」

 PZの必須業務欄には、林道と自動車を上から見た図が表示されている。車のドアから前に行くように矢印が描かれている。画面を送ると、コンクリートの地面に金属製の蓋が映っている。


「まだはっきりとした説明がないけど、どうも猿狩りじゃなさそうだな」

 車の前に行くと、ウォッチと同じものがあった。

 ウォッチを先に送ると、蓋がはずされ、穴の下に階段がある図が出た。

 彼は、マンホールの蓋のようにそのまま上にあげて外した。ずっしりと重い。横に置いた。

 コンクリート製の階段が下に続いている。中には照明がある。

「ここで待ってて」

 PZは彼女にそう言って、穴に入った。


 階段を降りると二十メートルほどの長さのトンネルが、車の進行方向に続いている。

 突き当たりにも階段がある。階段を上がった先の天井には、また同じような蓋がある。下から両手で持ち上げ、横にずらした。


 地上に出ると、小さな公園ほどの空き地だった。すぐ前に小さな建物がある。どことなく売店と似ている。といっても形や雰囲気だけで大きさははるかに小さい。正面が天井、壁、床を残してくりぬかれたようになっているので、入り口のドアがない店のように思えたのだ。建物の表面にはタイルが貼ってあり、日中なら青や白など色がはっきりわかったはずだ。奥の壁には謎の模様が記されたプレートがはめ込まれ、その前には古代の人間が描かれた台がある。


「何だ、これは?」

 彼には理解できなかったが、そこは古代の墓だった。


 彼は、トンネルを通ってUVのところに戻った。

「何かあった?」彼女が聞いた。

「ああ、世にも珍しい店がある」

「何売ってるの?」

 彼はそれには答えず、「ついてきて」とだけ言った。


 二人で空き地に出た。

「暗いね」UVが言った。「暗視モードにしない?」

 彼女は、フードをかぶりグラスをかけた。普段使う機会がないので、PZは暗視モードのことは忘れていた。

「そういえばそんなのあったな。学校出てすぐの子はさすがだ」

「これでよく見える」

 彼女は、ウォッチをいじるとそう言った。

 彼もグラスをかけ、暗視モードに設定した。随分見やすくなった。

 建物の前に立つと、正面の上には模様があり看板のようだった。その中央にある「李」という文字が印象的だったが、彼らにはそれが文字だとわからず、ただの模様だと思った。


 さきほど見たときは、台の上には何もなかったが、今見ると、台の上に巨大な白い花が見える。蓮の花のように茎が見えず、上に向けて花を咲かせている。

 これは本物の花ではなく、グラスに投影された立体映像だ。

 ラッキーゾーンも立体映像だが、単色で球や三角錐などの単純な形状だ。

 これは本物の花のように見える。

「台の上に花の映像がある。本物みたいだけど、こんなに大きなものがあるわけない」

「そんなもの見えないけど。なんで私に見えないの?」

 花は、彼のグラスにだけ投影されているようだ。

「これは僕の必須業務だから、君には関係ないみたいだね。何の意味があるんだろう?」

 彼はウォッチを見た。

 必須業務には、今目の前にある花の写真が表示されている。

「どうしろと言うんだ?」

 彼は独り言のように言った。

 彼女は彼のウォッチをのぞき込み、

「その花に触ったら?」とアドバイスをした。

「ラッキーゾーンみたいにか?」

「ラッキーゾーンかもしれないし」

「たぶん違うけど、そうしてみようか」

 彼は台の前に立ち、花に触れた。


 ラッキーゾーンは人が接触すると消えるが、花はそのまま残っている。スピーカーからの案内はない。

 ウォッチを見ると、花を載せた台の前に立って両手を前に合わせている人の絵が表示されている。

 同じことを自分にしろと言っているか。

 PZは、ウォッチの絵と同じ姿勢をとった。


 すると、花の中央から無数の小さな花が上に飛び出し、周囲に舞い散った。

 美しい光景だった。

 映像に見とれていると、

「冒険者よ。よくここまでたどり着けた。褒美をさしあげよう」

 という男性の声が聞こえた。フードの内側のスピーカーからだった。

「褒美ってどういうことだ?」

「どうしたの?」

「よくわからないけど、褒美をさしあげようって言われた」

「それってポイントのことじゃない?」

 彼はポイントを確認した。

「何だこれは?」

 連絡欄のポイントは、1の後にゼロが七個あり、一桁目が1だ。

つまり、100000001。

 ここに着くまでの彼の所持ポイントは1ポイントだった。ということは、一億ポイントが増えていることになる。


 PZには理解できない。

 彼女も覗き込んだ。

「なにこれ、故障? でも褒美って言ってたし」

「もしかして特別なラッキーゾーンか」

「何て読むの?」少女は聞いた。

 見たことも使ったことのない数字だった。

ハンドレッドミリオンと読むと思う」


 ミリオン(百万)という単位は知られている。

「ミリオンポイントあればいいのに」などと、ものすごく数が多いことをたとえるのに使うことがある。その百倍となると、感覚的にとらえがたい。

「どういうこと?」

 彼女は首を傾げた。古代人も疑問があるとき同じことをしていたが、おそらく本能的な仕草なのだろう。

「これが今回の報酬ということさ」

「報酬って、何か仕事したの? ここに来ただけじゃないの」

「夢かもしれないな」

「どうするの?」

「どうもしないさ」

「だってそんなにポイントあったら大変だよ。もう何でも買える」

「多すぎて困ることはない」

「おじさんもう歳だから、死ぬまでには全部使えないよ」

「いいよ、残して死んだって。それより、眠いから帰ろうか」

 彼はあくびをした。

 もうとっくに深夜だ。

「よくこんな状況で眠くなるね」

 彼女は興奮して眠気が覚めてしまった。

 PZはウォッチを見た。必須業務は消えていた。宿を調べると、山間部の集落にある宿が手配されていた。


「君はどう?」

「何が?」

「宿」

 彼女は、泊まっていた宿を途中で抜け出したことになる。

「戻ればいいだけでしょ」

 そう言ったが、ウォッチを見ると、PZと同じ宿が手配されている。「一晩に二回も泊まれるの?」

「さっきシャワー浴びた?」PZが聞いた。

「まだだから、一ポイントも使ってない」

「それならいいじゃないか」

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