第16話 風と珊瑚の島々(2)


 PZとUVは何がなんだかよくわからないまま、地元の二人の向かい側に座った。

 網の上には肉の切れ端が乗っていて、煙を上げている。

「大事なお客さんが来るというのに、先に食べる奴があるか」

 とピーターはアーリャンに注意した。

「僕が悪いんじゃないですよ。ここの店員が勝手に持ってくるから。傷むといけないと思って、仕方なくいただいたんです」

 テーブルの上に皿が二枚あるが、空だった。

「もうカルビ五人前くらい食べてるな。体がでかい分、食べる量も多い」

 といってピーターは笑った。


 今のやりとりは漢語ハンユだったので、PZ達には意味不明だ。

「何を話しているんだ?」

「失礼。ここでは今の言葉が普通で、あなたがたの話している英語は学校で教わって、一部の人間だけ仕事で使うものです」

「英語?」

 PZとUVは顔を見合わせた。それまで自分達は言葉を話しているのであって、英語という言葉の一種だとは知らなかった。


 店員が生肉の載った皿を持ってきたので、PZ達は驚いた。

「何これ?」UVが悲鳴に近い声をあげた。

「牛の生肉です」ピーターが言った。

「生の肉を食べるのか?」PZが聞いた。

「ここで焼いて食べる」

「あれは何だ?」

 PZは、網の下で黒っぽかったり赤くなったりしている物体を指さした。

「炭です。大昔の植物が炭化したもので、昔は燃料として使っていました」

 アーリャンが答えた。

 すでに調理された料理が出るのではなく、食べる側が自分で焼くということらしい。炭火の上に網を置き、皿に盛られた肉をとり、網に載せて焼くのだ。

「本当に自分で焼くの? 面倒くさい」

 とUVは文句を言いながら、肉がじゅうじゅう音を立てる様子を楽しんでいる。

「それでは僕も」とピーターは言って、生肉を箸でつかみ、網に載せた。

「どうやって使うの?」

 スーツドの食堂では箸は使われていない。使い慣れれば便利だが、習得に時間がかかることがその理由だ。

「教えるの面倒だから、僕がとってあげる」とアーリャンは言って、肉をどんどん載せていく。「店員さん、フォークとナイフ持って来て。それからアルコール」


 二人分のフォークの他に、あらかじめ注文済みのビールと白酒が運ばれてきた。

 PZは食べ物の話より、すぐに本題に入りたかった。

「食事はもういい。聞きたいことがやまほどある。僕達は何のためにここに来たんだ?」

 するとピーターは、「まあ、そう慌てずに」と言って、グラスにビールを注ぎ、彼に勧める。

 酌という習慣も概念もないどころか、アルコール類を一切口にしたことのないPZは警戒した。

「これはサイダーの一種か?」

 といってグラスの中の液体を毒を見るような目で見つめた。

「アルコール度数が低いから、飲んでも大丈夫だ」

 PZはおそるおそる口にした。

「苦い」

 PZは、それでビールを口にしなくなった。この島の基準ではUVは未成年だが、スーツドの世界では立派な大人だった。それでアルコール摂取は問題ないことになった。

 彼女は勢いよく飲みほしたが、

「うまくないよ。まずい。変な気分」という感想だった。


 地元の二人は、ビールよりはるかにアルコール度数の高い白酒バイチュウを飲んだ。それでますます饒舌になった。

「古代は世界中で様々な種類の酒が造られていた。今現在、我々の知っている限りでは、酒を作っているのはここだけだ。

 材料は米や大麦で、台湾から輸入している。大陸から運ばれるものも一旦は台湾を経由する。

 機密保護や防衛上の理由からここと大陸とは直接の船便はない。大陸から大集団で攻め込まれたらかなわんからね」ピーターは少しずつ事情を説明していく。「穀物以外にも、生活物資のほとんどが台湾から運ばれる。こちらが代わりに何かを送ることはない。それはここが特別な地域だからだ。

 世界に張り巡らされたコンピューターシステムは、基本的にそれぞれの地域で処理される。しかし、世界全体のデータをまとめあげる統括センターがやはり必要だ。それにコンピューターだけでは全てに対処できない。人間であるオペレーターが状況を判断し、必要な処置を行うオペレーション・センターとしての機能もなければいけない」


 聞き手の二人がきょとんとしているので、

「コンピューターだけではシステムがうまくいかないということ」

 と、アーリャンがピーターの話をわかりやすくまとめてくれた。

 ピーターは、相手がここに来たばかりのスーツドだということを忘れているかのように続ける。

「現在稼働しているコンピューターシステムは、自らプログラムを進化させる人工知能ではない。それどころか、プログラムはROM、リードオンリーメモリーに焼かれていて、プログラムコードを変更できない。我々も決められたオペレーションをこなしているだけで、古代に作られたプログラムを理解できない。

 プログラムの改変を恐れた開拓者達は、システムが安定した時点で、資料を破棄し、エンジニア達は仕事を辞め、オペレーターだけが活動を続けた。そんな状態でも何百年も問題なく世界はうまくいっている。いかに開拓者達が優秀だったかがわかる」

 UVはもちろん、PZにも彼が何を言っているのかよくわからなかった。


「あなたがたはルーラーではないんだな?」

 PZは、さきほどと同じ質問をした。

「ルーラーという言葉がまだ使われ続けていることは我々も把握している。が、ほぼ今は存在しないと思って間違いない」

「いないの?」

 UVは驚いた。彼女は他の子供と同様、数多くの学校に転校していた。どこの学校でもルーラーの話を聞かされていたからだ。

「ルーラーに知られたら殺されるよ」

「ウォッチで裏技使うと、ルーラーと話せるらしい」

 など根拠はない噂が広まっていた。ルーラーとは、古代における怪談の類を越え、神なき世界における神だった。


「古代は富や地位など、人々の間に格差があった。世界が今のように平等になる段階で、権力者や富裕層を騙して協力させた。彼らのことをルーラーと呼んだが、最終的に滅ぼされた。但し、まだ一部が生き残っていると思われる」

「それがここなのか?」PZは聞いた。

「そうじゃない。ここの人間はルーラーと無関係ではないが、ルーラーではない。

 何故、ルーラーを一部残したかという理由はさきほどの話とつながる。人間のサポートがないとシステムは世界を維持できないからだ」

「さきほどのあなたの話だと、ここがそのサポートを行う場所のように聞こえたが」

「ここは予備、補欠。メインの施設、基地と呼んでいるが、災害などでそこが機能しなくなったときのために、同様の設備を備え、常時、オペレーターが訓練している場所だ」

「では、ルーラーはどこにいる?」

「わからない」

「メインがどこなのかわからないのに、予備がつとまるのか?」

「向こうが自分たちでは無理と判断してこちらに運用を渡す。あるいはオペレーションが全く行われなければ、システムが自動的にこちらに運用を切り替える決まりになっている。

 基地がどこにあるのかわからないのは、防衛上の理由だと思う。メイン基地のポジションが奪われないようにこちらにはメインの場所は知らされていない」

「僕達がそこに攻め込むと思ったんだ」

 といって、アーリャンが笑った。

「今になってみれば馬鹿げた話だが、用心深い開拓者達がそう考えた」

 アーリャンも酔ってきたようで、日頃の不満をぶちまける。

「世界は広いのに、開拓者のせいで僕達はホウコから出られない。ホウコだけでは規模が小さいから、新しい産業が起きなくて、昔から何の進歩もない。そのくせスーツドと違って不平等で、おまけに仕事がきつい。唯一ましなのは酒が飲めることくらいだ」


「ここはあなたがたの世界と違って、古代の世界がそのまま残っている。彼の言うように格差だらけだ。僕が基地の所長なのも、先祖が開拓の重要メンバーだったからで、子孫が所長を務める習わしというほとんど封建時代のしきたりを守っている。

 たしかに世界は平等になったけど、進歩が止まって、同じことの繰り返し。あらゆるハードウェアは同じモノが生産されるだけで、改良されない。改良どころか、科学技術は古代から退化している。

 かつて世界を席巻していたインターネットのための光ケーブル網は、システムが占有し、他からアクセスできない。

 ここだって、小さな島の需要だけでは、なにもかも採算に合わないから、古代以下。携帯電話すらない。固定電話だけだ。その電話網を利用し、かろうじて電子メールの送受信ができるようになっているが、島の電話網を使っているので外部とは接続されていない。パソコンやタブレット端末の類は生産されておらず、固定電話にワープロ、表計算、電子メール機能を付けた専用器があるだけだ」

 二十世紀末頃、日本でワープロに表計算、データベース、メール、印刷などの機能をつけたワープロ専用機というものがあった。フランスでもメールなどができる独自企画のコンピューター端末があったが、IBMPC互換機の前に消えていった。ホウコで使われているものはそれらに近い。

 ピーターは、向かいに座っている二人の服を指さした。

「その茶色やオレンジのスーツ。それらはもともとは携帯電話を服につけたものなのに、今は通話機能が使えない」


 いつの間にかお開きになり、PZは自分がここに呼ばれた理由や、いつまでいるのかといった肝心なことを聞けなかった。

 地元の二人が帰ると、ホテル従業員から利用方法の簡単な説明があった。

 島外の宿のように、受付台の前に立つだけでOKというわけではない。

 本当ならホテルに入ったときに、フロントで受付をすませる必要があるのだが、事前に話を聞いていたので特別に省略した。 

 フロントで係員にどの部屋に宿泊するのか聞いて、ドアのキーをもらい、キーを使って自分でドアを開ける。

 キーは失ってはならず、部屋から出るときは持ち歩くこと。

 宿と違い、ポイントなしでベッドを利用でき、大型ディスプレーでは好きな番組を観ることができる。これらは宿泊代に含まれている。

 島外のようにどこでもスーツに充電できるわけではない。ロビーにスーツド用の充電シートを用意してあるので、一日に一度はその上に立つこと。

 下着は用意するが、スーツドだけの特別サービスである。

 二人は六泊の予定が入っているが、予定を変更する可能性がある。

 宿泊代は行政から支払われるので、気にしなくてはいいが、備品を壊すなどすれば行政側が弁償することになるので注意して欲しい。


 二人は何度も聞き直したが、完全には理解できなかった。

 それから、スーツの充電を行った。その後でそれぞれキーを受けとり、階段を上がって自分の部屋に向かった。

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