第14話 開拓者達(3)


 まだ学生だったダニエルが、シリコンバレーでベンチャー企業を設立できたのは、ひとえに李文鳳のおかげである。ビジネスには強いがテクノロジーに疎い李は、彼の事業を完全には理解できなかった。


 最初のアイデアは、蓄電池を内蔵することで、温度調整機能を持ち、スマートフォンの充電も可能なジャンパーだった。当時、低コストだが小型化が難しく風力発電所などの蓄電池として用いられてきた流動電池(レドックス・フロー電池)に極小でエネルギー密度の高いものが開発され、実用の目処が立っていた。

 繰り返し使っても劣化が起こりにくく、しかも冷却と放電を同時に行えるので、夏の暑い時期に厚めのジャンパーを着ていても涼しく保つことができる。

 スマートフォンを格納する専用ポケットが二つあり、そこで常に充電をする。これならバッテリー残量を気にせず、いくらでもスマートフォンが使える。


 試作品ができると、大手アパレルメーカーに売り込んだ。

 採用が決まると中国で生産を始め、スマートフォンルートとアパレルルートの二つの販路で販売した。

 売り上げは好調で、自社ブランドを立ち上げることに成功した。

 次の目標はジャンパーに直接スマートフォンを組み込むことだ。手始めにスマートウォッチを左手の袖に内蔵させた。


 次のモデルに世間は驚愕した。折り畳み式の二画面を左の袖につけ、開くとそれなりの面積を確保できる。ファスナーのつまみにマイクを内蔵し、一番上まで上げた状態で上に向けて固定できるので、口の近くで声をうまく拾うことができ、首の両側のもっともよく聞こえる位置にスピーカーを配置してあるので、スムーズに通話ができる。

 ジャンパー全体に部品を配置でき、しかも電池そのものが冷却を行うので発熱は問題にならず、低コストで高性能な大型の部品を使った。有名ファッションデザイナーと提携したことや、無尽蔵ともいえるバッテリー容量に消費者は魅力を感じ、大ヒット商品となった。


 ビジネスが起動に乗ると、人間の動作をアシストする着用型ロボットに目をつけた。大手工作機械メーカーを買収し、膨大な開発費を投じた結果、ジャンパーに極細の強靱なワイヤーを内蔵させ、軽作業に使えることに成功した。その後は、モーターや電気回路の小型化などの改良を加え、靴底から充電可能なシューズと充電シートをセットにして販売した。


 頭脳と肉体をアシストする高機能スーツ「スマート&パワー」は、産業界や介護業界の注目を浴び、ダニエルは業界の風雲児と呼ばれた。

 そんななか、大株主の客家飯店グループは、文鳳の長男である松偉ソンウェイを幹部として送り込んだ。ダニエルはCEO職を彼に譲り、自らはスマートスーツを使ったネットワーク社会の研究の傍ら、非営利法人を通した人権活動に力を入れた。


 客家飯店グループは、ダニエルの持ち株全てを買収すると、社名をスマートスーツ社に改め、電力会社、太陽電池セル製造、通信キャリア、半導体関連企業などを買収し、自動車や鉄道事業にまで手を広げた。

 時価総額世界一となり、本社をシリコンバレーから北京に移した。そのころダニエルの姿が紫禁城付近で頻繁に目撃されていた。

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