第36話 開拓者達(7)


「ひとり十億ドルもらえるって本当か?」

「金だけじゃない。百億の人類を百万人の支配階層が支配する。支配階層一人につき、被支配階層が一万人ってことだ。一人で一万人の奴隷を与えられるんだ。昔の王侯貴族のような暮らしも夢じゃないぞ」

「一万人の召使いね」

「悪くないだろ?」

「ああ、悪くないね。それが本当なら」

「たしかにこんな眉唾な話も珍しい。だからこそ、そこに真実性があると僕は睨んでいる」

「君の言ってることが本当なら、就職なんかする必要ないな。だけど、僕はこの旅行が終わったら会社を探すよ」


 クック海峡を渡るフェリーは、南島から北島に向かっていた。その展望デッキの上で二人の若者が立ち話をしている。第三者に聞かれてはまずい秘密の会話が交わされていたのだが、話の内容に興奮して周りのことなど気にとめていない。

「考えてみろよ。このまま人間が好き勝手なことしてたら、地球環境は破滅するよ。だいたい、一億年ごとにマグマの対流が原因で生物の大半が滅亡しているらしいけど、人間の登場でその間隔が縮んでしまう。

 だから、人口、エネルギー、大気、経済、そういったものすべてを完全にコントロールするコンピューターシステムを作り上げて、人類をその管理下に置いて、世界を永続させる。もちろん、コンピューターが世界を支配するのではない。コンピューターシステムを支配階層が所有し、その他人類をシステムがコントロールするんだ。

 そうなると国とか宗教とか企業とか資本とか、人間がこれまでに作り上げてきたものの大半が邪魔になる。職業さえもないほうがいいかもしれない。言葉は英語で統一」

「一体、どこからそんな情報仕入れたんだ?」

「親父のつてでね。詳しくはいえない」

「フリーメーソン?」

「そんな誰でも入れるようなありふれた組織じゃないよ」


 二人とも英国の上流階級に属し、同じ大学に入学していた。その卒業記念にニュージランド旅行を選んだのだが、現実離れした現実の話に夢中で観光どころではなかった。

 片方の父親は、スマートスーツ社に多額の投資を行い、同社と関係の深い非営利組織HOTの会員でもあった。その関係から極秘情報を入手したのだが、口が軽いので人に話したくて仕方がなかったのだ。

 極秘情報がそんなに簡単に漏れるようなことで大丈夫なのか。

 実際、いまさら計画が露呈しようと、影響は少なかった。もはや、計画は世界中の有力者に支持された既定路線で、マスコミにすっぱ抜かれようと、反対運動が起きようと、誰も止められない段階にまで来ていた。

 現に二人の乗っているフェリーの乗客の一割が、スマートスーツを身につけていた。



 中国政府は、北京市中心部にある行政関係施設を郊外に移転し、市街地を外国人を含めた投資家のための特別居住区とすることを発表した。住民の安全のため居住区は高い塀で囲われる。入居希望者のための特別ビザが発行されるが、ビザの審査は政府ではなく、HOTと呼ばれる民間団体に委ねられた。

 発表から二ヶ月あまりですでに三十万人を越える外国人がそこで暮らすことになったが、この異常事態にマスコミは沈黙を貫き通した。


 それから半年後、IT業界史上最大の被害を出した事故が起きた。被害総額は十兆ドルをはるかに超えるというものだから、バッテリー発火とは較べものにならない。

 スマートスーツ社の主力商品であり、すでに一億着を販売した最新型スマートスーツST07のソフトウェアが一斉に誤動作を起こし、本人の意思と関わりなく、勝手に歩き回り、搭載カメラの前にあるものを人間と認識すると、その対象に攻撃を開始するという極めて深刻なものだ。


 最初の数時間は連続した現象だったが、その後は断続的なものに変わり、スーツ装着者は睡眠もとることができた。それで、脈拍数との関連や、タイムスケジュールが影響しているでのはと疑われた。

 攻撃方法は、三十年前に亡くなった中国拳法家の動きを再現したものだが、速度をあげており、破壊力もすさまじく、人力で対抗できるようなものではない。スマートスーツは防弾チョッキとしての機能もあり、スーツの動きは極めて俊敏で、一般の警察官では太刀打できない。

 攻撃は相手の顔面あるいは後頭部が、赤く染まるまで続き、死んだ振りをしても無駄である。

 防護策は、赤い覆面をかぶるか、スーツの胸部にある小型カメラを塞げばいいのだが、相変わらずマスコミはこのことを報じなかった。いや、報じることができなかった。マスコミ関係者も人間である限りは、攻撃する側か、攻撃される側のいずれかなのだ。


 スマートスーツ社が調査した結果、原因が判明した。同型番スーツのプログラムが、事態が発生した日時に、歩行実験モードと防衛モードが同時に作動し、その状態が三ヶ月間の間断続的に続くように不正に変更されていたとのこと。その間他の指示を受け付けず、作動を止めるには電力供給を絶つか、スーツを破壊する必要があるが、スーツは至るところで自動充電され、市販されている小型拳銃程度ではダメージを与えられない。

 突然の事態で各国政府の対応が遅れ、鎮圧のため軍隊が出動したときはもう手の施しようがなかった。理由は不明だが、出動した軍隊の一部は、スーツ装着者ではなく、それ以外の人間を殺害していったということである。


 事件発生から三ヶ月後、スーツ装着者は戦うことをやめたが、すでに犠牲者の数は数え切れないほどだった。一説には世界人口の9割以上が殺害されたという。

 唯一、犠牲を免れたのはスマートスーツ本社がある北京市街地だけだった。新型スーツの開発のため、発売済みのスーツ装着者に対し、入場規制をかけていたことが理由だ。

 各国の政治家達は、今後の世界の在り方について話し合うために北京に集まった。そこで全ての主権国家の廃止が宣言された。

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