第18話 風と珊瑚の島々(4)


 一方、最上階のUVは、カーテンを閉め切り、明かりも点けずに、ベッドの上で怯えていた。

 PZと離れて一人になると、急に不安がこみ上げてきたのだ。

 彼女にとってここは異世界だ。まず第一に人の姿が違う。言葉の通じる相手は少数だ。

 もとの世界に戻れるのかもわからない。

 たとえ戻ったとしても、会話を分析されて、問題があると判断されれば、消される危険性もある。

 スーツの中にワイヤーが入っていて、システムの判断で中の人間を痛めつけることができることは学校で習っていたが、殺すことまでできるというのは初耳だった。

 最初に大人用のスーツを着たときに感じた違和感は、いまだに忘れられない。

 これで死ぬまでシステムに監視される。そんな気持ちがこみ上げてきたのだ。

 刑務所はなくなったが、誰もが囚人で、スーツは囚人服だった。



 翌朝、PZが目覚めたときは、外はすでに明るかった。部屋のディスプレイで「ホウコ諸島の観光案内」という映像を見ていると、ボーイがドアをノックし、一階のレストランで朝食が用意できていると告げてきた。

 ホテル直営のレストランは、昨日の焼肉店の隣にある。

 彼がドアを開けると、アーリャンとUVが同じテーブルに座って、楽しそうにおしゃべりしているのが目に入った。彼もそこに加わった。

 朝食は卵、ハム、サラダ、油条ヨウティアオという揚げパン、スープという献立だった。

アーリャンは、島の外に出たことがないと言う。彼に限らず、ほとんどの者が島から出ずに生涯を終えるとのこと。


「船で二時間で着くのに」UVが言った。

「ホウコ諸島から出るには、行政の許可が要る。だから貨物船しか運航していない」

「どうして?」

「こんな人間がいきなりスーツドの国に現れたら大騒ぎになるだろう」

「納得」

「だから、世界中旅をするあなたたちがうらやましい」

「どこに行っても同じだよ」PZは冷めた調子で言った。「逆にスーツドが来ると、こちらの人間は驚かないのか?」

「写真や映像でいやというほど見ているから平気だよ。このホテルにはよく泊まってるらしい」

「僕らも彼らのような仕事をするのか?」

「いやいや。特殊な仕事」

「一億ポイントの仕事って何なんだ。死ぬほどきついのか?」

 PZにはその点が不安だった。

「あれはちょっとやりすぎたかな。百万にしておけばよかった」

「トンネルの先にあった小さな建物は何だ?」

「あれはお墓」墓という言葉はスーツドの世界では使われていない。「死者の骨を納める場所」

「死体から骨を取り出すのか?」

「そうじゃなくて、人が死んで燃やしたり埋めたりすれば最後は骨になる。それをその辺に捨てるわけにはいかないので、死者に対する畏敬の念を込めて、墓を建立する」

「そんなことして何になるの?」UVには全く理解できない。

「死者の魂を鎮めることができる」

「魂って?」

「死ぬと体から抜け出すもの。体ではなくそこに心がある」

「何それ?」UVはPZの顔を見た。「本当?」

「僕に聞かれても知らないよ」

 PZは表だって否定しなかったが、全く信じることができなかった。今はそんな迷信などどうでもいい。


「どうして僕達が墓に行く必要があったんだ?」

「もちろん、冒険を盛り上げるためさ。

 冒険者がその辺の石ころにつまずいて一億ポイントじゃつまんないから。冒険者にふさわしい場所ということで墓にしたんだ」 

「そちらが楽しむため?」パズルなどのカジュアルなゲームしかしたことがなく、冒険談のひとつも呼んだことのないPZは、熱狂的なアドベンチャーゲーム好きの気持ちを理解できない。「ドライフルーツを持ってくるように指示したのは?」

「こっちに売ってないから、ちょっと食べてみたかったのさ。隣の女の子が馬鹿なことしないでって怒ったからとりやめ」

 そう言ってアーリャンは笑った。

 PZはむっとした表情で、

「そちらとしては、僕達をここに呼びたかった。ただ呼ぶだけではつまらない。そちらが盛り上がるために、余計なことをしたというわけだな?」

「余計なことではなく、大冒険ロマンスの序章に必要な演出なんだ。考えてみてくださいよ。こんな機会滅多にないんだから、退屈なものでいいはずがない」

「大冒険ロマンス?」

「そう。これからあなたたちは未知なる世界に冒険の旅に出かける」

「それはどこだ?」

「その件は基地のほうで所長が説明するから。食べ終わったら一緒に行く予定です」


 ホテルの駐車場にアーリャンの車が駐まっていた。手動自動車と呼ばれるハンドルのある自動車だ。

 PZとUVは後部座席に乗った。

 キーでエンジンを起動させ、アクセルを踏むことで発車する。

 運転席のアーリャンは、この車は自分で購入したもので、価格は三年分の所得に匹敵したとぼやいた。

「何ポイントしたの?」とUVが聞いた。

「二十万元くらい」

「?」

「そっちでいう二万ポイントかな」

「高い!」

 自動車は社会全体で共有するもので、スナックや手袋のように個人で所有するという感覚がない彼女は、そんな高額なものを買う人間の気持ちがわからなかった。

「この車はどこで生産しているんだ?」PZは聞いた。

「大陸のどこか。自動運転の効かない地域で利用されている。早い話がそちらで使ってるものを輸入したもの。代金払ってないから輸入という表現は変か。タダでもらいうけてるけど、この島の人間がタダで手に入れるのは問題だから、高い値段をつけてる。ディーラーの手数料を除いた分が税金ということだな。そのうえ、持っているだけで毎年税金とられる。こんな馬鹿な話はないな」

 話し手のアーリャンはひとりで納得したが、二人には意味がわからない。


 車は道路を西に進み、途中から北へ曲がった。

「もっと西に行くと、市の中心部がある」アーリャンが言った。

「駅前のことか?」PZが聞いた。

「小さな島だから列車はないよ。店や人が多く、栄えている場所という意味。昔は観光客はフェリーで繁華街の近い馬公港に停まったけど、今はモノしか運ばないから台湾に近い龍門港のほうがメインかな」

 PZは、繁華街をイメージできない。島の細かい事情になると、皆目分からない。


 島の中央部の飛行場跡地に基地があると昨日のドキュメンタリーでやっていた。

「飛行機はどうして無くなった?」とPZは聞いた。

 学校で飛行機について教わっていたが、昔の乗り物という説明だけだった。

「人が長距離を速く移動するには便利だったけど、急ぐ必要がなくなったから、製造をやめたんだろう。そんなものが今あって、墜落事故でも起こしたら、オペレーションが大変だ。飛行機だけじゃない。今じゃ衛星もロケットもない。人類は空を飛べなくなった。ライト兄弟が聞いたら激怒しそうな現実だな」

 維持が大変という理由で、衛星は廃止された。そのため、スーツの位置情報は中継施設からの情報に基づく。古代でいうGPS非対応携帯と同じで、GPSより正確さは劣る。それでも通信障害となるような建物は建設されず、建物や道路の位置が変化しないので、レスキュー出動や自動運転には差し障りがない。


 この島もPZ達のいた世界と同じように、道路には太陽電池が敷かれている。

「道路の太陽電池はそちらから仕入れて、労働者も来て、工事してくれている。太陽電池だけじゃなくて、下水道やケーブル関係もそうだ」とアーリャンは説明した。

「この島に来るスーツドは、どうやって募集しているんだ? 台湾に長くいたが、この島の仕事は見かけなかった。まさか僕達みたいに謎の必須業務で呼び寄せてるんじゃないだろうな」

「もちろん必須だけど、怪しまれないように別の仕事で集めて、向こうの港にいる駐在員が無理矢理船に乗せてる」

「うわあ、怖い」とUVが言った。


「そろそろだ」

 だだっぴろい敷地の中央に低くて広い工場のような建物がいくつか並んでいる。

ここにも大きな駐車場がある。

 三人は車から降りると、一番近い建物に入った。

 入るとき、本人確認チェックがあったのだが、自動で行われるので、PZ達は気付くことはなかった。


 建物の中は機械類があまり見当たらず、テーブルと椅子があるだけで人のいない会議室のような部屋が多かった。そのうちのひとつに入ると、中にピーターが待っていた。

 アーリャンは自分の仕事をするといって、出ていった。 

 PZとUVは小さなテーブルを挟んで、ピーターと向かい合った。

 昨日は作業着だったピーターは、ネクタイに背広という古代のビジネスマンの格好だ。

 UVが、「その首を絞めているものは何?」と尋ねた。

「ネクタイといって、昔の男性はオフィシャルな場では必ずこれをしていた。この島にはまだ作っている会社が一社だけある」

「診療所の服を締める帯のようなものか」とPZは言った。診療所でスーツをはずしたときに着る服は、帯で締めるガウンだ。

「帯ではないな。アクセサリー。装飾品だ」

「何の役にも立っていないの~?」

 UVは軽蔑するような顔をした。

「要するにおしゃれだよ。おしゃれ」

「おしゃれって何?」

「そこから説明しないといけないのか」ピーターはあきれた。「自分が綺麗に見えるように着飾ること」

「へえ~」

「その服は何だ?」PZが聞いた。

「何だって言われてもね……ジャケットとズボンで上下を揃えたスーツ。そう、これが本来のスーツだった」

「それがスーツなのか?」PZは驚いた。

「そう。これがスーツ。あなたがたの着ているものはここから名前をとったスマートスーツ。そっちじゃスーツとしか呼んでいないけど」

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