三部 14話 魔王軍の秘密兵器

 燃える村。逃げ惑う人々。周辺には溶けた金属の残骸がある。

 おそらく防衛用に配備していた魔道ゴーレムだろう。

 炎の中心には、かろうじて人型を保っている、赤く輝く不気味なスライムがそこにいた。


『出ておいで? 紅魔族というのはどこにいるんだい?』


 流体の身体を震わしながら、無理やり人の言葉を発するスライム。そのせいか声が不気味に響き渡る。言葉遣いから、どうやら女性人格のようだ。


「アレか、ゲセリオンとかいうのは」


 サイズは人間とあまり変わらないが、彼女の通ったあとが燃えている。


『愚かな人間よ。魔王に逆らうものはこうなるのだ。ごらん?』


 ゲセリオンが手を触れた部分から火がつき、一瞬で家が燃え上がる。


「ひいい!」

「に、逃げろー!」

「ノイズからの救援はまだなのか!?」

 

 襲撃されている村まで到着した。敵は手から炎を放射し、次々と建物を焼き払っている。

 今更魔王幹部など恐れはしない。散々蹴散らしてきたし。

 俺の目的は魔王軍を壊滅させる事。一々驚いていた頃とは変わったのだ。気付けば婚約まで行っちゃったし。

 とはいえ魔王幹部は危険な能力を持ったものが多い。慎重に戦わねばならない。


「隊長? いつでも戦闘用意は出来ています」

「しばらく待て。交戦は控え、ちょっと様子を見てみよう。敵の実力を確かめたい」


 副隊長に待機命令を出す。


「住民を見殺しにする気ですか? 隊長!」


 驚いて聞き返す副隊長、コードネーム<ブラック・ワン>。思えば彼とも長い付き合いだ。


「ふむ、副隊長。そう聞こえたか? だが安心しろ。俺にそのつもりは無い。我が軍には俺の命令など聞かず、勝手に飛び出していく奴らがいるじゃないか。戦闘は紅魔族に任せて、住民の避難を優先させろ」

「承知しました、隊長。あらぬ誤解をして申し訳ありません」

「気にするな。わかってくれればいい」


 そう、紅魔族は戦闘種族だ。目の前にモンスターが現れて我慢できるはずが無い。俺達は万が一に備え、あいつらの補助をすればいい。それが一番合理的な戦いだ。


「ゲセリオン様! 私です! 助けに来てくれたんですね!」


 これは少し想定外だ。

 紅魔族よりも前に、元魔族のひゅーこが敵の前に向かった。

 目は見えるのに眼帯を装着し、片腕だけ黒い手袋をした厨二病の少女が。

 彼女自体の趣味ではないが強制的に着せられているあの娘が。

 嬉しそうな表情で魔王軍幹部の下へ行き、頭を下げる。


『おやおや、そういえば部下が言っていたねえ。自分の事を魔族だという、変な人間に出会ったと。ヒュー……ヒューズ? ヒューラー? 名前を忘れてしまったよ。あんたのことだったのかい?』

「ヒューレイアス! ヒューレイアスですゲセリオン様!」


 俺は驚いた。

 このスライム! ひゅーこを知っているだと!?

 今までどの捕虜に聞いても首をかしげて「誰?」と聞き返されるひゅーこの事を?

 てっきりこいつは自分を魔王軍だと思い込んでいるだけの異常者かと疑っていたが、本当に所属していたようだ。

 さすがの紅魔族も空気を読んでか、二人の会話が終わるまで待っている。


『すっかり人間の姿になったねえ。魔族であることは捨てたのかい?』

「違います! 今でも私の心は! 魔王軍と共にあります! 私もこんな姿になっても! 魔王様の不利になるようなことはなにもしませんでした!」


 胸を叩き、自信満々に忠誠を示す彼女だが。


「いやあ、ひゅーこさんには色々お世話になっております。ゲセリオンさんの情報も素直に教えてくれましたし。今や魔王討伐には欠かせない人材になっていますよ」

「その通り。ひゅーこは我らの仲間、そして紅魔族に様々な革命を起こしたファッションリーダーですよ」


 後ろに控えている紅魔族がやんややんやと口を挟む。それを聞き、ギラギラ光る宝石のような目で睨むゲセリオン。


「おい! ねぇやめてよ! ちょっとおおおおお!」

『ほう? そうかい。少し見ない間に、お前もすっかり人間の側になったんだねえ? 極秘扱いの私の事をしゃべるとはなあ?』

「ちがっ! 私そんなつもりじゃ! ゲセリオン様が来ると聞いて嬉しくてつい」


 疑いの眼差しを向けられ、必死で弁解する元魔族。


『そうであった、魔王から伝言を頼まれていたのじゃ。元幹部候補のヒュー? ヒュー? なんて名前だったかねえ、もうひゅーこでいいわ」

「ヒューレイアス! ヒューレイアスですゲセリオン様! 名前はサルバトロニアです!」


 やっぱひゅーこであってるんじゃねえか。っていうか覚えてやれよ名前。

 いや、やっぱり長すぎるのが悪いよなあ。ヒューレーなんだったっけ……、やっぱでてこねえ。


『魔王から頼まれたことは二つ。危険な紅魔族の排除、それと裏切り者を始末しろってさ。そう、あんたのことだよ、ひゅーこ』


 人型のスライムは無慈悲な指令を伝えた。


「そんな! 誤解です! 私は身体こそ人間にされましたけど! 心は魔族だから! あなた方への忠誠は代わりありません!」


 懇願するように膝を突き、許しを請う。


『お前がなにを言おうと魔王の決断は変わらぬよ。人間にされた魔族なんて恥さらしだとは思わないのかい? そもそも魔王軍に人間など必要ないんだよ。内通者ならまだしもねえ』

「わ、私はいらない子なの? そ……そんな、嘘ですよね!? 今まで必死で魔王軍に尽くしてきたのに? 嘘だといってください? 本当に魔王様がそう言ったんですか? ゲセリオン様!」

『何度も言っておろうに。嘘じゃあないさ。そうさ、人間になった時点で用済みさよ。この私の手で楽にしてやろう』


 立ちすくむひゅーこに、手から炎を出し、ゆっくりと近寄っていくスライムの化け物。

  

「ううっ……、グスッ……。私はそんなつもりじゃなかったのに! あてもなく、ただ一人さ迷っていたところを、拾ってもらった魔王様を裏切るなんて絶対しないのに! わ、わ……私があ……! 裏切り者なんて! うっ……。ううーっ」


 ひゅーこの突然の重い独白に、紅魔族が戸惑っている。


『真実だよ。あんたはもう不要の存在なのさ。とっととくたばるがいいよ。あんたを必要としている人なんて、もうどこにもいないのじゃ。それが現実だよ』


 涙をポロポロ零すひゅーこに対し、ゲセリオンが炎を剣状にして振り下ろそうとする。


「ここにいるぞ!」


 そんな絶望したひゅーこの前に立ち塞がるななっこ、そして紅魔族たち。


『その赤い瞳。あんたらが紅魔族に間違いはないね? やっとやる気になったかい』

「その通り! 私たちこそ最強のアークウィザード! 魔王を倒すために作られた兵器! 戦争用改造魔導兵だ!」 

「だがひゅーこがいらないとは言ってくれる!」

「彼女は俺たちの大事な仲間だ! いらないならありがたくもらってやらあ!」

「仲間に売られた喧嘩は買うのが紅魔族です!」


 ひゅーこを守るように


『おやおや、ひゅーこ。魔王軍ではいつも一人だったのに、今では友達がたくさん出来てよかったねえ。でもこれから全員始末してあげるんだけどなぁ。あんたは最後に殺して――』

「これは私の大事な仲間を! 友達を侮辱した報いです! 『爆発魔法』」


 まだ何か喋っているゲセリオンに、問答無用で村ごと吹き飛ばすななっこ。まぁ住民は避難済みだしいいんだが。

 あいつ自分達で決めた紅魔族のルール――戦う前にカッコいい名乗りを上げる――を忘れている。

 仲間(と少なくとも自分達では思っている)のひゅーこを馬鹿にされ、相当頭にきたのだろう。

 あの時のレイ並の魔力を放ちながら『爆発魔法』を叩き込むななっこだった。


『……不意打ちかい? 強い魔力だねえ。でもこの私には届かないのだよ』


 砂埃が晴れると、クレーターの中に何事もなかったかのように立っているゲセリオン。


「効いてない! まったく?」

「なんだこいつ!」

「いくら魔法が効き辛いスライムだからって! こんなことが!?」


 信じられないといった顔の紅魔族たち。


「ななっこ、やっぱりまだプロトタイプには敵わないんじゃ?」

「その言葉、撤回してください! 私はこの前の遠征でモンスターを狩りまくり! もはやプロトタイプに匹敵する力を手に入れたのです。いいえ、ひょっとしたら上回っているかも! その私の真の実力を見せてあげます! まだまだこれからです!」


 すぐに次の詠唱を追えて、杖を光らせるななっこ。


「『爆発魔法』! 『爆発魔法』! 『爆発魔法』!」


 凄まじい爆音を響かせ、次々と爆撃を打ち込む。

 レイを超えたというのは誇張ではなかったかもしれない。かって小さな村があったその場所には、住処があった痕跡すら消し去っていった。もはや灰も残らない。

 彼女の攻撃で地図から一つの村が消滅した。

 これはどう見てもオーバーキルだろ。これで死ななかったらおかしいよ。

 誰もがななっこの勝利を確信したが。


『中々面白いものが見れたよ。爆発魔法の連発なんて滅多にお目にかけれるもんじゃない。最強のアークウィザードを名乗るだけの事はあるねえ。それでも私にゃ効きやしないさ。相手が悪かったねえ。私は不滅の存在』


 砂埃の中から声がする。


「ば、馬鹿な! あの爆発魔法の嵐の中で、僅かに後退するだけだなんて!」


 ゲセリオンは衝撃で若干後ろに飛ばされたものの、全く答えた様子はない。


「交代です! 相変わらず無駄が多いですね、ななっこ。今度は私の番ですよ」


 ショックを受けるななっこをどかし、今度はレイのターンだ。


「スライムのコア目掛けて、集中させて撃ちます! 『炸裂魔法』! 『炸裂魔法』!」


 不気味に輝くスライムの中心目掛けて一転集中させ、えぐるように炸裂魔法を撃ち続けるレイ。


『おやおや。炸裂魔法にこんな使い方が出来るなんて知らなかったよ。長生きはするもんだねえ。でも無駄な足掻きさ』

「どうして、どうしてですか!? なぜコアが破壊できない?」


 スライムの身体がえぐられ、中心に特に光り輝くコアが露出するが、固すぎてまったくダメージが与えられない。

 ななっこの爆発魔法、レイの炸裂魔法でも効かないとなると、魔法は通用しないと考えた方がいいだろう。


「魔法がダメなら物理で行ってやるよ! スライム用に作った獲物の出番だぜ!!」


 巨大なハンマーを引き摺ってくるアルタリア。


「いくらスライムでも、これでコアごとぶっ潰せば死ぬだろ!?」


 自分の身長よりも大きなハンマーを、ゲセリオン目掛けて振り下ろすアリタリア。


『まだ私の恐ろしさがわかっていないようだねえ』


 巨大な鉄製のハンマーは、ゲセリオンに触れた瞬間、まるで飴細工のようにドロドロと溶け出し始めた。


「うわっ! こんな馬鹿な? やべーぞ」


 武器を失い、慌てて下がるアルタリア。

 鉄があんなに簡単に溶けるわけない。奴の体は一体何千度だ?


「まだまだ! 今度は私の番です! 私の身体はどんな熱にも耐えて見せますわ!」


 怯まず飛び掛るマリン、接近戦を挑むつもりか。


『セイクリッド・ブロー』


 マリンの拳が、ゲセリオンにめり込むが。

 防御の構えすら取らない、マリンの攻撃を受けても微動だにせず笑う。


『今、何かしたかい?』

「あつっ! 水! 水!」


 拳から点火し、身体中が火だるまになったマリンはたまらず、飛び跳ねて離れる。


「『セイクリッド・ウォーター』! 『セイクリッド・ウォーター』! はぁはぁ、手が無くなるかと思いましたよ」


 自らで水を発生させ、慌てて手や燃えた服を鎮火するマリン。


『無駄だと言う事がまだわからないのかい? 今度はこっちから行こうかねえ』


 おどろおどろしい声を発したあと、口から灼熱の炎を吐きだすゲセリオン。


「魔法で防御するんだ!」

「わかったわいっくん!」

「力を合わせろ!」


 ゲセリオンの吐く炎を防ぐように、紅魔族たちが団結して魔法障壁を出す。

 が、一瞬で貫通した。


「うわあああ!」

「なんだこいつ! でたらめだよ!」

「紅魔族はこの世界で最強のアークウィザードだぞ! その魔法が、世界でも最高峰の魔法が! こうも簡単に破られるなんて! ありえない!」

「あちち! 水! 水! 水くれ!」


 防御魔法を破壊され総崩れになる紅魔族。

 あいつらを追い込むとは、魔王軍最強も誇張ではないようだ、


「これは興味深い」


 魔法も物理も通用しないとは。魔王軍の最終兵器というだけはある。


「隊長! 危険ですよ!」


 止める部下を無視し、まっすぐゲセリオンの元へ向かう。今までの戦いを観察した結果、相手は強く、防御は不可だが大振りだ。

 攻撃のモーションを見てからでも十分によけることが出来る。

 燃え盛る炎の中を『潜伏』で身を隠しながらゆっくりと距離を縮めていく。


「マジックキャンセラーが発動しない、ということはこれは魔法ではないのか」


 全身から噴き出す炎に対しスクロールを出してみるが、効果は無い。


「毒も効かないか」


 デッドリーポイズンスライム入りのビンを投げたが、中身ごととかされてしまった。

 ビンを投げつけたところで、ゲセリオンはようやく俺の姿に気付く。


『こんなものを用意するとは、どうやらお前が噂の男のようだね。今や魔王軍で知らぬものはいないさ、サトー・マサキ。勇者のセオリーを無視し、毒を流すわ捕虜を取るわ。それでも正義の味方かい?』

「俺は俺なりにベストを尽くしてきたつもりなんだが、そんな言い方をされると心外だな。そもそも戦争に正義などない。あるのは勝者と敗者だ。正義を名乗れるのは勝ったものだけさ」

『なるほど。長い事生きていたが、あんたの様な奴ははじめてだよ。魔王より悪というのは誇張ではなさそうだねえ』


 会話をしていると、お互いの価値観の違いが浮き彫りになる。

 そういえば魔王幹部とこうして話をするのは初めてだった。

 貴重な体験だ。だが俺達は敵同士。長くは続かないだろう。


「今までお前の戦い方を観察させてもらった。強いのはわかったが、解せないのはその動きの遅さだ。最初はスライムだから遅いと思っていたが、よくよく考えれば小さなスライムはもっと軽快に動いていた。お前は早く動けない理由があるな?」

『ほーう?』

「ひゅーこの話を聞き、この世界でのスライム像についてよく調べたのだが……。高レベルになったスライムは巨大化したり、人を食べて擬態することも出来るらしいじゃないか。巨大化すれば俺たちを一網打尽に出来るだろうに、なぜお前はやらないんだ? いや出来ないと言ったほうが正しいか」


 俺の推理に、納得した様子のゲセリオン。 


『よく考えたねえ。確かにそのとおり。私はこの体を維持するだけで精一杯、普通のスライムのような技は使えないさ。でもその代わりにこの世界最強の力を手にしたのだよ。誰も私を倒すことは出来ない。さあどうするのだい? サトー・マサキ』


 こいつの言うとおり、倒す方法が無い。だが合点がいった。

 ああそうか、そういうことか。

 つまりRPGにおける絶対に倒せないボスみたいなもんだ。

 あれだけ足が遅いなら、無理に倒さなくても攻略自体は問題ないのか。

 だとすれば方法は一つ。一目散に逃げる事だ。だが逃げるよりももっと簡単な方法がある。


「こうするのさ。『テレポート』」


 ゲセリオンはその場から姿を消した。

 危険な相手が一体なら自分達全員で逃げ出す必要は無い。相手を送ればいいだけの話だ。

 

「脅威は去った。全員、紅魔の里に帰るぞ」


 呆然と立ちすくむ仲間たちに、撤退命令を出した。


「これでよかったんですか? なんだか釈然としないんですが」

「だって倒せないんだからしょうがないだろ? 他に方法があるなら聞くけどよ」


 文句をいうレイに言い返す。

 

「マサキ、どこに送ったのですか? アクセルじゃないですわよね?」

「俺はそこまで鬼畜じゃないさ。この前の遠征でな、テレポートの登録先を追加してな。いい場所だぞ。魔王城の目の前だ。奇襲攻撃用だったんだがな」


 心配そうに聞いてくるマリンに、安心させるように答えた。


「でもよおマサキ、あいつはヤベーぞ。あの巨大なハンマーが溶けたし、魔法も通じねえし。また襲って来たらどうすんだよ!」

「そんなのまた送り返せばいいだろ? あいつなんぞ最悪無視しても俺の魔王討伐計画に影響は無い」


 アルタリアにも説明する。


「そんなことより、コロナタイトってのはなんだ!? 眼鏡でスキャンすると、そんな言葉が出たぞ!」

「コロナタイトとは伝説のレア鉱石です。マナタイトとは桁違いの魔力を半永久的に生み出すことが出来ます。その分、扱いが難しいのですが」

「そういうことか。あいつの無限のエネルギーの源はそれだな。体内のコロナタイトさえ除けば、あいつはただのスライムに戻る。そうなれば魔法も物理も通用するはずだ。問題はいかに取り除くかだが……」

 

 すぐにゲセリオンの対策を考えることにした。どうせあいつはまたやってくるだろう。永遠に飛ばし続けてもいいが、出来れば倒したいものだ。



 俺達が新たな脅威について協議する中、紅魔族は同時に現れた全く別の問題、ひゅーこの処遇を気にしていた。


「ひゅーこ、大丈夫ですか? 怪我は?」


 裏切り者認定されたショックから未だ立ち直れず、ぐずぐず泣いている元魔王軍の魔族。

 

「なんで私だけこんな目に合うのよ! うぅ……、私が……。私が何をしたって言うのよ……グスッ。うえええん」

「ひゅーこ、辛いでしょうが私達が付いています。私は決してあなたを見捨てはしませんよ」

「触らないで! あんたたちなんか大嫌いなんだから! 捨てられた気持ちがわかるの? 今度私が魔族に戻ったら、掌を返して見捨てるんでしょ」

「そ、そんなことはないですよ。魔族になってもひゅーこはひゅーこですよ」


 慰めようとする紅魔族の手を振り払うひゅーこ。そして無理やり着せられていた、眼帯や片手袋を脱ぎ捨てる。


「面白半分に人を改造して! された方がどんな気持ちになるか、考えたことはあるの? ねえ! なんとか言いなさいよ! 過去を全て失ったのよ! 私の人生を返してよおおおおおお……!」


 今更ながら改造人間特有の重い話になってしまった。


「ぐっ。俺達は全員志願制だったからなあ」

「わからん。全然気持ちがわからんぞ!」

「パワーアップする喜びしか感じなかったなあ。うーん、困ったな。なんと言えばいいか……」


 ひゅーこの問いに悩む紅魔族たち。

 よく考えなくても、普通は戦闘用の改造人間なんて悲しい存在でしかない。

 そして実際に、目の前で無理やり体を改造されたかわいそうな少女が苦しんでいる。

 で、誰がこんな酷い事をしたんだ?

 俺だ。

 よく考えなくても俺だ。


「もう殺してぇ! いっそ殺して!! このまま生き恥を晒すくらいなら死んだ方がマシよ! ヒューレイアス・サルバトロニアは紅魔族に敗北して死んだ! そう報告してよ! このまま生きていくなんて、耐えられない! 希望も何も無いわ! お願いよおおおおおおおおお!!」

「ひゅーこ……。マサキ、いやマサキ隊長からも何か言ってくださいよ」


 精神崩壊寸前のひゅーこを見て、困ったななっこが急に話を振る。


「え? なんで俺が?」


 慌てて聞き返すが。


「ひゅーこを人間に改造したのはマサキ隊長だし」

「そうですよ隊長!」

「やっぱさー、魔族を人間に逆改造するとか、非人道的だと思うよ、隊長」


 戸惑う俺に、他の紅魔族からも責められる。


「んだと! お前らも紅魔族にした時は大喜びしてたじゃねえか!」


 怒鳴って言い返すが。


「そうでしたっけ?」

「記憶にございません。ああ多分改造された事の副作用で、記憶があいまいに……」

「やっぱ改造とか人としてやっちゃダメだよ。俺たちも苦しんだんだぜ? 悲しくて悲しくてついモンスターを見ると壊滅させたくなるくらいなあ……。ああ、腕がうずく!」


 嘘付け! 絶対そんなこと思ってないだろ。

 っていうかこいつら、ひゅーこの責任を全部俺に押し付ける気かよ。

 まぁ確かに魔族を紅魔族にしたら強くね? と思ってウキウキで博士のとこに連れてったのは間違いなく俺だが。

 軽い気持ちでやったことが、こんなシャレにならない自体になるなんて考えてなかった。


「ぐすっ! ううっ」


 ひゅーこはまだ泣いてるし。

 俺が慰めるの? 泣いてる女に優しい言葉をかける?

 こういうの苦手なんだよ。っていうか得意だったらとっくに俺はDT卒業できてヤリチンなってたわ。

 くっそう、相手を追い込む言葉はスラスラと出てくるのに、気の聞いた言葉はどうやっても出てこない。

 どうする? どうすればいい?

 考えるのだ佐藤正樹。お前は出来る子。

 ……いや出来る子だったら裏技ばっかり使うような人間にはならなかったはず。出来ないからこそこうして卑劣な人生を歩んできたんだ。

 そんな捻じ曲がった性格の俺が、ひゅーこに言えることは……。


「改造しちゃったもんはしゃーねえだろ? 死にたくなければとっとと頭を切り替えて、魔王を倒すのに協力しろ! 向こうが裏切り者認定したなら、むしろいい機会じゃないか! 諦めて戦え!」


 逆ギレだった。正真正銘の逆ギレだった。


「ひ、ひでえ」

「鬼だ」

「やっぱこの人、色々とアウトだわ」


 思いもよらない言葉を聞き、驚く紅魔族。


「仕方ないだろ! ゲセリオンにも言ったがこれは戦争なんだ! 戦争では誰もが非道な手を使う! 逆に魔王軍も、女騎士を攫ってよくある定番のアレやコレをやってるはずだ! 悪落ち女騎士とか探せば多分いるだろ? それがたまたまやり返されただけよ! しかも洗脳とかしてないし。むしろ優しい方だと思うね俺は!」


 開き直って言い返す。

 そうだこれは戦争。戦争だから普段の常識なんて通用しない。だからこそ俺は今まで散々やらかしてきたんだ。

 引き返せる段階はとっくの昔に通り過ぎてしまった。

 この先何といわれようと、このまま悪の道を進むしかない。


「それでこそマサキ様です! 傷心の女子を慰めるどころか追い討ちをかけるとは、まさに外道!」


 一人だけ感心しているレイ。


「あまりにもひど過ぎですわ、マサキ! ひゅーこさんに謝ってはいかがです?」


 残念そうな顔をしたマリンに注意される。謝って許されるとは思えないが。


「うーん……わかったよ。まぁ悪かったよひゅーこ、気を落とすなって。生きてりゃそのうちいい事あるよ」


 これはひどいな。

 自分で言ったのもなんだが、あまりにも適当すぎる言葉だった。



「……。殺す……! マサキ! これも全てお前のせいだわ! ぶっ殺してやる!」


 絶望して泣いていたひゅーこは一転し、赤く目を光らせて俺に激しい憎しみを向けてきた。


「マサキ様を倒すならこの私を倒してからではないと。まぁあなたには無理ですけどね」

「殺す!」

「レイ、お前は少し下がれ」


 挑発するレイを止める。


「……ようやくわかったわ! 私の敵が! サトー・マサキ、お前さえいなければこんな事にはならなかった! 私は魔族じゃなくなったけど! あなたの事は許さないから! 絶対に殺してやる!」

「ふん、今更言い訳はしない。いつでもかかって来い。まず俺から冒険者カードを取り戻せればの話だがな」


 今にも飛び掛りそうな気迫で、その赤い瞳を燃やしながら、俺を睨みつけるひゅーこ。


「なるほどマサキ様、自ら悪役を引き受けて、見捨てられた彼女に生きる目的を与えたのですね?」

「いやどう考えても俺が普通に悪なんだが。引き受けるっていうか原因俺じゃね? 憎まれて当然の事をしたと思うよ?」


 勝手に俺を褒め称えるレイを修正する。

 

 これは冤罪では全くない。この俺が軽い気持ちとはいえ、悪意を持ってやった行為だ。

 他のモンスター同様、倒してしまえばこんなことにはならなかった。わざわざ改造し、無理やり仲間に引き入れるなんて、100%悪役がすることと決まっている。

 そして俺は、どうしようもなく悪党なのだ。

 

「これは復讐よ! 絶対に殺してやるから! 覚悟しなさいよ! 世界中のどこにいても、必ず息の根を止めてやるんだから!」


 俺に指を刺し宣言するひゅーこ。彼女は魔法が使えないにも関わらず、その体から湧き上がる魔力で空気が張り詰めていく。


「ほ、ほら、とりあえず元気にはなったぞ。これでいいだろ?」

「いいわけ無いじゃないですか! どうしてあんなことを言ったんです!? あれほど怒り狂ったひゅーこを見るのは初めてなんですが」

「知るか! 俺に任せたお前らが悪い! 俺は憎まれても当然のことをしたんだ! 今更どんな言葉をかければいいんだよ! あとは紅魔族で何とかしろ! 俺はゲセリオンの対策を考えるのに忙しいんだよ!」


 困惑するななっこに一方的に怒鳴り、会話を打ち切る。

 自分の罪と向き合うのが怖いからか、これ以上ひゅーこについて考えたくない。

 そう、俺が悪いんだ。

 気の毒だが、彼女に言えることなどなにもなかった。

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