三部 15話 コロナタイトの化け物

「ゲセリオンが出たぞー!!」


 紅魔の里でいつも通りの日常を続けていると、誰かの叫び声がする。


『はぁ、はぁ。お前! お前! よくもこの私を魔王城の前に飛ばしてくれたな!』


「はぁ? だってお前と戦って勝てる気がしないし。勝てない戦はしない主義なんだよ。っていうか今度は早かったじゃねえか」

『部下にテレポートで送ってもらったのだよ!』


 それはご苦労様。っていうか最初からそうすればいいのに。


『今度は隙は見せぬ! 貴様に近づきさえせねば問題はないのだ! 遠くから葬り去ってくれようぞ』


 おお怖い。

 ゲセリオンが俺目掛けて火炎放射を浴びせてくるので、仕方なく逃げ出す。

 だが俺をロックオンしている間に、レイが背後からこっそり忍び寄っているのに気付いてない。


『テレポート』


 ゲセリオンはまたもや魔王城まで戻された。

  



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『うがあー! おのれおのれおのれええええ!!』


 地団太を踏みながら現れるのは、おなじみ魔王軍最強の秘密兵器。見たところかなりご機嫌斜めのようだ。


「また来たよ」

「懲りないねえ」


 最初は警戒していた紅魔族も、テレポートでどうとでもなることがわかってからは完全になめくさっている。


『今度こそ貴様らを殺してやる! この熱ならば近寄れまい! 接近できなければ『テレポート』を食らうこともない。死ぬがいい!』


 ゲセリオンは全身から炎を吹き出し襲い掛かってくる。凄まじい熱風が吹き荒れ、確かに近寄るのは困難だ。

 たまらず距離を取る俺たち。


『逃がしはせん! 逃がさぬよ! 死ぬがいいて!』


 追いかけてくるゲセリオン。今度は後ろにも気を配り、背後からの不意打ちにも備えている。


「こっちだこっち! 当ててみろ!」


 逃走スキルを持っている俺に追いつけるはずが無いのだが、あえてゆっくり走って敵を誘導する。


『ヒーッヒッヒッヒ! これで終わりじゃ! っておわっ――!』


 ゲセリオンを誘い込んだのは落とし穴の真上だった。

 背後は気にしていたが、真下は想定外だったらしく、見事に落下していくゲセリオン。


「足元には気をつけなよ。じゃあまたな。『テレポート』」


 慌てて起き上がろうとするスライムに、テレポートをお見舞いしてやった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




『しくしくしくしく』


 ゲセリオンがまたやってきた。今までとは様子が違い、泣いている。

 目からこぼれた液体が地に落ちると、じゅうじゅう地面を焦がし蒸発する。

 物騒な涙だ。


『お前はああ! お前も勇者を目指す冒険者なのだろう! だったら少しは正々堂々と戦ったらどうだい? 誇りはないのか!?』

「ない!」

『即答かい!』


 なぜか驚くゲセリオン。

 むしろ俺から言わせれば当然のことなのだが。

 異世界からチート武器を持ち込んで、それでようやく魔王幹部と戦えるなんて崩壊したバランスの世界では、真っ当から戦うことなんて馬鹿馬鹿しくてやってられない。

 戦闘向けのチートがない俺にとっては、これが論理的な戦いだ。


「そもそもお前の存在の方が卑怯だろ! 体内にコロナタイトを埋め込むとか! 絶対倒せねえじゃねえか! そんな奴とまともに戦える奴なんているのか?」


 俺の言葉に黙り、少し考えたあと。


『……私はな、お前のようなはみ出し者を始末するのが役目なのじゃよ。紅魔族にしてもそうじゃ! 奴らの力は魔王だけでなく世界にとっても脅威となるだろうて。だから始末する。王道のなあ、堂々と魔王城に乗り込む勇敢な勇者なら私も見逃してやるさ。まぁ仮に戦う事もあるだろうが、優れた戦士なら戦いを避ける賢さも必要じゃ』


 なるほど。

 秘密兵器というのはまさしくそういう意味だったのか。

 この世界がゲームのような世界だと仮定した際、常識を無視する危険分子を始末するために存在するのが、このコロナタイトの怪物、ゲセリオンというわけだ。

 俺がどう考えても勇者でないことはうすうすわかっていたが……、じゃあなんだろう。勇者でないのなら、悪なのか?

 悪としての道はどうなのか、ゲセリオンに聞いてみることにしよう。


「思ったんだけどさあ、魔王軍とこの俺、どこか気が合うところがあると思うんだよね。なんでそこまで人類を敵視するのかわからないんだけど、ずっと悪役ってのもつらいだろ。俺が間に入って調停してやろう。人類との共存をモットーとした、新たな秩序を! この世界の平和を見たくないのか?」

『ダメに決まってるであろう! お前が魔王軍にいると考えるだけで身震いがするわ! 絶対乗っ取る気満々だろうて! 長い事生きてきたが、自分から魔王軍行きを推薦する勇者候補は始めてみたぞ』

「そんなこというなよ。弱いモンスターでも活躍できるように戦術を立て、軍規を作り、誰にも負けない軍隊にしてやる。福利厚生の完備した健全な組織に生まれ変わらせてやろう」


 俺の中にはずっと疑問があった。

 もし魔王が、その称号に相応しい通り、魔物たちを従える事が出来るなら、数で圧倒している人間に負けるはずがないのだ。もし倒されたのなら、自分の力を過信しすぎた無能か、勇者がとんでもないチートを持ってきたかの二択だ。


『そんな魔王軍があってたまるか! お前はやはりズレておるな。魔王の使命も何もわかっていない! 魔王にはな、強敵と戦い、華々しく散るのも仕事のうちじゃぞ』

「はぁ? なんでわざわざ負けるためにお膳立てしてやらないといけないんだよ」

『それがルールじゃ! この世界のな! 古より魔王と勇者はそうやって来たんだよ』

「なんだと? 下らんルールだ。だがそこまで言われると仕方ないな。俺が攻めるときには、ちゃんと自爆装置をセットしといてやる。そこを攻撃すれば軍全体が崩壊するようにな。それで問題ないだろ?」


 魔王は無敵ではダメらしい。仕方なく妥協点を出した。


『なにか違う! お前の考えはどこかずれておる! 魔王というのは人類を苦しめ、散々好き勝手した後にのう、勇敢な冒険者と一対一で戦い、果てる。それこそが正義の魔王というものよ!』

「下らん。やっぱり下らん。俺ならこの世界を平和に出来る。魔族も人間も関係ない! この俺が頂点に立ち! 全てを管理する。自分自身の利益より平和を優先だ! そう、圧制による平和を! これが俺の魔王計画だ!」


 俺は熱弁した。いかに自分が大きなビジョンを持っているか、世界を平和にできるか、目の前の魔王幹部に語る。


「さすがはマサキ様! それでこそ私の伴侶! 我が夫! 配偶者! いずれ世界は偉大なるマサキ様に跪くのです!」

『魔王の存在を否定する気かい! というよりなんでお前がトップになっておるんじゃ!? 魔王はどうなるんじゃ。やっぱり乗っ取る気ではないか! 少しは野望を隠さんか!』


 そんな褒め称えるレイ。一方話が違うという表情で反論するゲセリオン。


「よっし! 私幹部な! ダグネスと戦うたびにいちいち決闘の理由を考えるのがめんどくさかったんだ。魔王幹部になれば正々堂々戦いを挑める!」


 さっそくアルタリアが食いついてきた。ダグネス嬢はいつも付き合わされて大変だったろうな。

 自分は一応貴族なのにいいのか? いや、多分何も考えてないんだろう。戦いができれば何でもいい。それがアルタリアという女だ。


「では私は、魔族には綺麗どころが沢山いると聞きます。マサキ様を誘惑するかもしれません。とりあえず一人一人血祭りに上げてきますか」


 目をギラギラさせて物騒な事を答えるレイ。


「殺すことはないだろ? 全部俺の目の届かない場所に隔離しておけばいい」

「ダメです。万一の事がおきてはいけませんからね。誰も逃しはしません」

「そうやって私怨で処刑すると軍全体の士気が下がるからさあ、やめて欲しいんだけど。俺の帝国の邪魔になる」


 レイと言い争っていると。


『お前らに何の権限があるというのだ。なにを勝手に決めておる!』

「ゲセリオン、あなたはスライム状で気持ち悪いし、まともに人間に擬態する事もできなさそうだし、見逃してあげますよ」

『それは光栄だねえ。ではない! お前如きにやられるものか! そもそもお前らが魔王軍に行く事など許可するわけがあるまい!』


 俺たちの会話を聞き、怒り心頭のゲセリオン。


「マサキ、あなた達も。魔王軍に参加するなんて。このマリンがいる限り許しませんよ。正義の名の元に制裁してあげますわ」


 俺の会話を黙って聞いていたマリンが、とうとう口を挟む。


「マリン、またあなたですか。次は負けませんよ。完膚なきままに叩きのめして見せます!」

「懲りないですわね、レイさん。いつでもかかってきなさい」


 ヒステリックに言い返し、マリンと火花を散らしているレイを止める。


「待てマリン、お前の反応は予測していた。アクシズ教徒としては、“魔王しばくべし”の教義がある。俺の行為を見逃すことはできないだろう。だがこれならどうだ? 魔王と話し、人間への攻撃を止めさせる。戦いではなく説得で世界に平和をもたらすのだ」

「説得による平和!?」

「そう、もし魔王を説得できれば、この古くから続く長い戦いを終わらせる事が出来る。戦いではなく話し合いで解決できるならマリン、お前の功績は歴史に残るだろう。誰も成し遂げられなかった偉業だ! あの女神もきっと喜ぶ。そうなれば間違いなくアクシズ教は国教認定されるだろう!」

「アクシズ教が国教に!?」


 ごくりと唾を飲むマリン。


「説得に成功した上、魔王がアクシズ教になれば、全て解決だ。魔王軍がアクシズ教徒になれば、人口でもエリス教徒を上回る事になる。もはや世界宗教といっても過言ではない」

「エリス教を越える? まさかそんな。でもアクア様もそれを望んでいるはず。アンデッドや悪魔以外なら、アクシズ教徒になる資格がある――」


 俺が誘惑の手をマリンに差し出す。


『あるわけないじゃろうがああ! おぬしら! 人の軍隊で遊ぶな! いい加減にしろ! この私もとうとう怒ったぞ』


 我慢の限界とばかりに叫ぶゲセリオン。体中の熱がどんどん高まっていく。

 最初からずっと怒ってたような気がするが、つっこまないでおこう。


「ここまで譲歩したのに、やはり俺は魔王軍と戦わなくてはダメなのか。残念だ」

『どこに譲歩があった! 下らない話はここまでじゃ! お前と話していると頭がおかしくなるわ! どれだけテレポートで飛ばされようと、いずれお前を殺してやる! いつまでも逃げとおすことは不可能じゃぞ!』


 俺はこの世界で悪として生きていくのも無理なようだ。それを悟りがっかりする。

 一方相変わらずずっと怒り続けているゲセリオン。

 戦いが避けられない事に気付き、大きくため息を吐いた後、改めて敵に告げる。


「交渉は終わりか。では戦いを再開しよう」

『ほう? 私を倒したものなど一人もいないわ。どんな力を持つものでも! 例え神から力を授かった勇者であろうと! 私には勝てん!』

「ゲセリオン、お前に攻撃が通用しないのはよくわかった。だが考えてみろ。こんなに何度も戦って、対策が取れてないとでも思ったか?」

 

 体から高熱を発し、もうすっかり慣れっこになったが臨戦態勢を取るゲセリオンに。


「攻撃は本当に通用しないようだ。だが敵を無力化するのは様々な方法がある。試してみようではないか」


 にやりと笑い返して言った。


「まずはこれをプレゼントだ。ありがたく思えよ。取り寄せるのに結構苦労したんだぞ。こんなものがなぜ必要なのか説き伏せるのに時間がかかったんだ」


 用意しておいたアイテムを取り出し、レイに聞く。


「レイ、これが何かわかるか?」

「黒い立方体のようですが。毒か何かでしょうか?」

「……効果はすぐに分かる。まぁ見ておけ」


 取り寄せておいた、小さな黒いキューブをスライムの体に投げ込む。

 ゲセリオンの赤く輝くボディが黒く染まっていく。


『なんだいこれは? この私に毒など通用しないことはわかっているだろう? そんなもの一瞬で消し去ってくれようぞ』

「毒ではない、ゲセリオン。それはな、モンスターに食わせると魔法抵抗力が劇的に下がり、副作用として防御力が劇的に上昇するという罠餌さ」

『無意味じゃ。元々私には圧倒的な防御力を持っている。どんな魔法だろうが攻撃だろうが、ダメージを与える事など不可能じゃよ!』

「それは知っているとも。重要なのは魔法抵抗力が劇的に下がる事だ。『パラライズ』」


 麻痺魔法を浴びせてやると。


『あっ、がががが!』

「ほう、俺のろくに強化していない『パラライズ』が通用するとは。本当に魔法抵抗力が下がっているな」


 悶えるゲセリオン。

 俺は魔法の効果が確認できた事に満足し、次の段階に進むことにした。


「このまま石化して封印してやりましょう。」

「キューブの効果は一時的なものだ。こいつの内部にあるコロナタイトの魔力はほぼ無限大だ。時間がたてば元に戻るだろう。動けない間に、こいつを解体する」


 魔法で身動きが取れないゲセリオンに、近寄る紅魔族たちを止める。


『これでどうするつもりじゃ? この魔法も、先ほどの小細工もいずれは切れる。そのときこそお前が最後じゃ』


 体の色が黒く染まり、身動きが取れないゲセリオンだが、自慢げにあざ笑う。


「『パラライズ』! お前に攻撃を加えるのは諦める。そういうのはやめる。全く逆だ。攻撃ではなく力を与える。ありがたく受け取れ」


 軽口を聞くゲセリオンに、改めて麻痺を追加する。

 そして大量に用意しておいたマナタイトを、ゲセリオン目掛けて投げまくった。


『なんのつもり? ますます私の力が強くなるだけよ』

「その通り、どんどんくれてやる」


 裏商売で売りさばく予定だったマナタイト、魔力強化の薬、パワーアップのポーションを惜しみなく投げ込んだ。ゲセリオンの身体が少し大きくなる。


『この程度? こんな魔力、コロナタイトに比べればちっぽけなゴミみたいなものさ。もっと賢いと思っていたよ』

「勿論だとも。ここからが本番だよ。アレ持ってこい!」

「了解、隊長」


 ブラック・ワン率いるブラックネススクワッドが、大量の荷物を台車に乗せて運んでくる。

 魔王との決戦用に用意していた、高純度のマナタイトだ。それを惜しみなく投げ込ませた。


『うっ! ちょっと待て!』


 大量のマナタイトを見るとたんに青ざめるゲセリオン。こいつの顔はスライムなのでイマイチ感情がわかりにくいが、明らかに困惑している。


「どんどん投げ込め!」


 マナタイトが増えるにつれ、ボコボコと音を立てて膨張していくゲセリオンの体。歩みがどんどん重くなっていく。


『ふっふっふっふ、こんなものかい! はぁーーーはぁーーー。耐えたわ。この程度でこの私を倒せるものか! うっ、吐きそう』


 キューブの効果で体に黒いまだらを作りながらも、大きく膨れ上がったゲセリオン。口では強がっているが、体中がバチバチ火花を上げ、小さな爆発音が鳴っている。

 いいところまでは来ている。狙い通り、攻撃ではなく魔力を与え続ける事で自滅させる方法は当たったようだ。

 だが……


「あともう少しだぞ! あと一歩で自滅だ! マナタイトはもう無いのか?」

「これで全部です!」


 残念そうに首を振るブラックネス・スクワッド。

 ゲセリオンは全てのマナタイトを取り込んだが、まだ体をギリギリのところで保っていた。


『強化された我が魔力で、貴様らごと全員……! くっ上手く炎が出ない! ボンってなりそう……。なんてことをしてくれたんだお前は! 私がどれだけコロナタイトの制御に苦労していると!』


 身動きがとれず、苦しそうな様子のゲセリオンだが。

 

『だがあと一歩だったねえ!』

「くっ」

 

 またテレポートで送り返すと、単なるマナタイトの無駄遣いになる。

 他に奴に魔力を送る方法は無いのだろうか?

 頭を抱えていると。


「魔力ならあります! この私ですよ!」


 レイがにっこり笑い、動けないゲセリオンに近寄り、アースを刺して魔力を供給した。

 アースは紅魔族がオーバーヒートしないように作った、寝ている間に余分な魔力を逃がすアイテムだ。


『まっ! 待っ!』


「私たちも行きましょう!」

「プロトタイプに続け!」

「一人だけいいかっこなんてさせないぜ!」


 レイの姿に奮起した紅魔族たちが、自分のローブをロープ上に結びなおし、同じく魔力を送り込んだ。


『やめろおおおお!!』


 戦闘用に作られた改造人間、紅魔族。彼らの持つ魔力は当然ながら常軌を逸している。

 とうとう耐えられなくなったゲセリオンの右腕がバキっと音を立てて崩れ、地面に落ちた。腕だけじゃなく、体中にヒビが入っていく。

 紅魔族たちが一致団結し、スライムの化け物に魔力を注ぎ続ける。


「みたかゲセリオン! 魔王幹部よ! 俺達は一人じゃない! チームで戦う! チームワークだ! それが貴様ら魔王軍と俺たちの違いだ!」


 苦悶の表情を浮かべるゲセリオンに、ビシッと告げる。


「あんなこと言ってますよ?」

「チームワーク要素ありましたっけ?」

「マナタイトだけじゃ上手くいかなかったから、仕方なく手伝ってあげてるだけなんだがなあ」

「マサキって偉ぶってる割には、結構場当たり的な作戦多いよな」


 フン。

 紅魔族たちがブツブツいってるが、無視だ。


「ねえ、ひゅーこはどうする?」


 ななっこが尋ねると、ひゅーこはちょっと悩んだ後、そっと手をローブに当てた。


「今でもマサキのしたことは許せないけど、それは後回しにするわ! ゲセリオン様! まずはあなたよ! よくも私を裏切り者扱いしてくれましたね! あなたがその気なら、私も抵抗します! 魔力で!」

『ま、待つのだひゅーこ。あの命令は取り消す。私からも魔王を説得する。先日の事は間違いじゃ! だから魔王軍の元に返っておいで! そして紅魔族の奴らを倒すのじゃ! そうすればお前の裏切りはなかったことにしてやろう! 頼む!』


 今になって必死に取り繕うゲセリオンだが、ひゅーこの表情は裏切り者として殺されかけた絶望と、理不尽な目に合ったことで湧き上がる怒り、それをどこにぶつければいいのかわからず困惑し、ただただ感情的になってただ自分の魔力を高めている。

 その場の誰よりも赤く、鋭く、目を光らせて。

 彼女の複雑に絡み合った心は、とりあえず目の前にいるゲセリオンに向けられていた。

 そして叫ぶ。


「信じません! 信じられるわけないもん!! 魔王軍も! 私を改造したマサキも! どうせみんな影で私を馬鹿にしてるんでしょ! 私の事をずっと認めてくれたのは紅魔族だけよ!」

『本当じゃ! アレはお前の忠誠を試すためのテストみたいなものでのう!』

「嘘つき! 嘘つき! 嘘つき! 嘘つき!」


 ここ最近の出来事で精神が不安定になったひゅーこは、ヤケクソ気味にダメ押しとばかりに魔力を流し込み。


『ああああああああ!! もう無理!!』


 高純度のマナタイトに加え、この世界で最強のアークウィザードといっても過言ではない紅魔族の魔力を注ぎ込まれ、とうとうゲセリオンは――

 辺りが大きな光に包まれ――

 スライムの体が結晶化し、バラバラになって崩れ落ちる。マナタイトの欠片だ。中心にはゴトッと、輝くコロナタイトが転がっている。

 コロナタイトのすぐ側に、小さなスライムがプルプル震えながら倒れていた。


「コロナタイトと目標、ゲセリオンの分離を確認しました! おそらく今なら攻撃が通用します!」


 魔王軍最強の秘密兵器は、今やどこにでもいる普通のスライムに成り果てていた。


「正体を現したなゲセリオン。これでお前もただのスライムに逆戻りだ。気分はどうだ?」

「お、おのれ! まさか! こんな事が! この私を倒すなど不可能なはず!」


 自分の姿を見て唖然とするゲセリオン。声についていたエフェクトもなくなり、不気味さも何もかも失っていた。


「やってみなくちゃわからんものさ! で、だれが止めを刺す? 経験値はかなり入るはずだぞ? やりたい奴は手を上げろよ」


 もうこんな奴は脅威でもなんでもない。

 まるでその辺の虫けらを踏み潰すように、軽い気持ちで周りに聞く。


「私! やるやる! やらせろ!」

「待ってください先生。ここはひゅーこに譲ってくださいよ。彼女は裏切られたんです! やるなら彼女に権利があります!」


 アルタリアが手を上げるが、ななっこが言った。

 

「そうだなアルタリア。ここはひゅーこに任せよう。彼女にはゲセリオンと因縁がある」

「因縁かー。誰にも絶対に殺したい相手がいるもんな。だったら譲るぜ」


 俺からもアルタリアを説得し、どうやら同意してくれたみたいだ。。


「いい様よ! ゲセリオン様! 私を処刑しようとしたことは許せない! だからやり返されても当然の報い……報いなのよ! か、覚悟してよ!」


 プルプルとワンドを握り締め、ゲセリオンに向かうひゅーこ。


「いいぞひゅーこ。幹部を葬ったとなれば! お前はもう立派なノイズの一員だ! ひゅーこは我が軍門に下ったと、堂々と魔王軍に伝えてやろう」


 その様子に満足して煽っていると。


「いや、ちょっと待って。待ってよ。そもそもこんな事になったのはマサキのせいだったわ! ここで私がゲセリオン様、いやゲセリオンを倒しちゃったら、完全に魔王軍に敵対することになるじゃない!?」


 俺の思惑に気付いたのか、ワンドを振り下ろそうとする直前で手を止めた。

 チッ。感のいい奴め。

 つい面白くて煽ってしまったが、黙っとけばよかった。


「ねえちょっと何とか言いなさいよ! ねぇ!」

「すでにお前は幹部撃破に協力した身だぞ? 今更魔王軍に戻れるわけないだろ? 諦めて人間に協力しろよ。それが今か、未来かの違いでしかない」

「やっぱり私を嵌める気だったのね! あんた最低! 許せないわ! 私はもう魔王軍にも、人間にも協力する気はないから! 中立よ! わかったわねサトー・マサキ!」

 

 そう詰め寄ってくるひゅーこ。

 中立か。フン、中立を保つのがどれほど難しいかわかっていないな。いずれなし崩し的にこっちに引き込んでやる。

 俺達がゲセリオンを放置したまま話していると、笑い声が聞こえた。


「ヒヤーッハッハッハ! 私はねえ、コロナタイトを失ってもまだ魔力は残ってるのさ! 残りカスでもこの里を吹き飛ばすには十分ぐらいね。魔王軍最強の秘密兵器と呼ばれたこのゲセリオン様が、ただで死ぬわけがないだろう!? ここでお前らと自爆して何もかも吹き飛ばしてやる!!」


 再びゲセリオンの体が赤く光り輝きはじめ―― 


「今頃謝っても遅いぞ! 苦悶の表情を浮かべるといい!」

「……」


 俺は無言で、またゲセリオンの側に寄り、ポンと手をあて。


『テレポート』


 ゲセリオンはどこかへと飛ばされていった。


「マサキ? テレポート先は?」

「勿論魔王城の目の前だ。きっと今頃魔王の目の前で大爆発が起きているはずさ」

「……オオゥ。マサキ、なんだか最近ずっと、魔王の方が可哀想に思えてきてならないのですが」


 マリンの疑問に答える。

 これでもう二度と、あのスライムの怪物に襲われることはないだろう。

 脅威は去った。

 これでもう俺を脅かす存在はいない。

 なんか怒ってるひゅーこはおいといてだ。

 さらにゲセリオンは俺たちに大きな贈り物までくれた。



 コロナタイト。

 永久的に燃え続けるという伝説のレア鉱石。

 これがあればゲセリオンのために消費した高純度のマナタイトも、すぐに買い戻せるだろう。

 だがなぜだろう。

 この鉱石をみていると少し寒気がする。

 理由がわからない。



 ――この時の俺は、このコロナタイトが後にどんな事態を引き起こすか、想像すらしてなかった。

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