二部 5話 旅は道連れ

「どうして自分の故郷を追われる羽目になるんです! 本当にマサキは街を見ると悪事を仕出かさないと気がすまないのですか?」

「今回は俺悪くないぞ! 悪いのはどう考えてもお前のところのニューリーダー病だろ!」


 留置所に入れられた後、街を強制退去させられた俺たちパーティー。悲しそうに涙目で告げるマリンに俺は言い返す。

 アルカンレティアを追い出される形で出発し、またもや馬車の旅になる。目指すは魔道技術国ノイズだ。



「悪魔の気配がします」


 泣いていたマリンが、急に真顔になって俺に告げる。


「悪魔だって?」


 この馬車の中に、いつの間にか五人目の乗客が乗っていた。フードを被って自分の正体を悟られないようにしてる。


「初めまして。失礼致します。まず自分から名乗りましょう。私の名は――」

『エクソシズム』

「ぎゃあああ!」


 問答無用の破魔魔法を食らい、悶える招かれざる乗客。フードの中からはけしからん格好をしたお姉さんが立っていた。二本の角と羽といい、典型的な女悪魔に見える。


「おいマリン! 待てよ! まだこいつ名乗ってもないぞ! 敵かどうかすらわかんねえじゃんか!」

「悪魔殺すべし! 悪魔と話す必要はありません。この場で消し去ってあげましょう!」

「人間のプリースト如きが! よくもやってくれたねえ!この場で引き裂いてやろうか!」


 殺意を燃やすマリンと悪魔。


「ちょっと待て、せめて話くらいは聞いてやろう! 戦うか決めるのはその後でいいだろ?」


 マリンを説得し、とりあえず仕切りなおしと行く。


「初めまして。失礼致します。まず自分から名乗りましょう」


 そこから始めるのか。正体がばれているのにわざわざフードを被りなおす悪魔。


「私の名はアーネス。偉大なる邪神、ウォルバク様に使える上位悪魔です。他人を馬鹿にするのが大好きな悪魔の公爵に占ってもらったところ、光る紅い眼を持つものが、ウォルバク様を見つけ出すという! さあそこのお前! 今すぐウォルバク様の居場所に案内してもらおうか!」


 悪魔はそう宣言し、レイを指差して命令する。

 そんな鋭い悪魔の眼光に、レイは物怖じせずに赤い瞳をゆっくりと見せながら。


「私は確かに紅い眼をしていますが、別に光ったりはしませんよ?」

「おれえーー」


 はっきりと答えた。


「おかしいな。確かにあの公爵は、光る紅い眼を持つものが、ウォルバク様を見つけ出す鍵となると言ったんだが?」


 アーネスの黄色い瞳と、レイの赤い瞳が交差する。それからじいっとレイを観察した後、困ったような顔をして考え込んでいる。


「そういえばレイ、今更だけどなんでお前の眼は紅いんだ? ファンタージー世界ではよくある事だと思ってスルーしてたけど」

「……生まれつきですよ。小さいころから不気味だといってみんなから孤立していました。悪魔や魔族の血が入ってるとか散々な扱いを受けて……。親も私の目を気味悪がって捨てました」


 眼を前髪で隠しながら、悲しそうに生い立ちを話すレイ。

 そんな悲しい過去があったとは。ただのメンヘラ女だと思っていた。


「そんなことはないぜ。似合ってるよレイ。お前らしいし!」

「そうですとも! 私の透き通る水の瞳のように、赤い瞳も美しいですよ!」


 しょんぼりするレイに、アルタリアとマリンが慰める。うん、友情だな。いいシーンだ。


「紅い眼なんてかっこいいじゃないか。俺の故郷ではわざわざ紅い眼にしたくてカラコン入れる奴までいたぜ。カラコンってのは眼の色を変えるアイテムの事な」


 俺も負けてはられない。彼女の悲しい過去を消し去るような、新しい思い出を作っていけばいいんだ。そう俺からもフォローすると。


「マ、マサキ様! ありがとうございます! 嬉しいです。でも私は気にしていませんよ? 確かに私は小さい頃は苛められていました。そして私を救ってくれる運命の王子様を待っていました。でもいくら待っていてもそのお方は来なかったのです。ですから私は! 自分から愛しい人を探す事にしたのです。それから多くの人を探し続け、ついに本当の運命のお方、マサキ様に巡り合う事ができたのです! ああ! これも私とマサキ様の紅い糸の導きです! これぞ運命! マサキ様! これから二人で共に歩んでいきましょう! あなたがいれば私はどこまでも行けます! 何もかも運命の紅い色で染め上げてしまいましょう! 立ちふさがるものは全て殺すのみです! ひひひひひ! この世界を、マサキ様の物へ献上します! イヒッヒッヒッヒ! ねえマサキ様! やりましょうやりましょう! 全て殺しましょう!」

 

 不気味に眼を大きく開けて、髪の毛を逆立てながら覆いかぶさってくるレイ。


「やめろ! しがみ付くな! 怖い! レイ! さっきのは前言撤回だ! お前の眼はクソだ! 悪魔どころかオークの血が入ってる! 呪われてる!」

「ああこれはツンデレですね。でも安心くださいマサキ様。本心はわかってますから!」

「全然わかってない! 掴むな! 痛いわ! いいから離れろ! 噛むな!!」


 抱きつくレイをなんとか引き剥がそうとしていると。


「このあたしを無視して、いちゃつくとはいい度胸だね!」

「これのどこがいちゃついてるように見えるんだ? お前の目は節穴か! ちょっとレイ、ストップ。まだ悪魔がいるだろ。いいから離れろ!」


 なんとかトリップしたレイを落ち着かせて、改めて話をする。


「コホン、悪魔か。せっかく悪魔と出会ったんだ。キールのダンジョンで面白い紙を見つけたからな。ついに使うときが来たか」


 かばんを探る。確か不思議な紙を入れていたはずだ。どんなことをしても傷一つつかない、補助魔法とやらがかかっている高級な紙が。


「マサキ! まさか悪魔と契約する気ですか! そんな事許しませんよ!」

「これはこの男との契約だ! お前には関係ないぞ! 残念だったなプリースト! さあ契約といこうか! 魂と引き換えに願いを叶えてやろう」


 マリンを無視して、俺は一枚の紙を差し出し、アーネスに渡した。


「なになに、偉大なるマサキ様に、何でも無償で言う事を聞きます。っておい! 逆だろこれ! なんであたしがお願いする立場になってるんだ!?」

「ああ、そこに君のサインを書いたら完成だから」

「舐めんな」


 紙を投げ捨てるアーネス。


「まぁいい。どうやら人違いだったようだね! もういい、散々舐めてくれた礼に! この場で引き裂いてやろうじゃないか!」


 怒らせたみたいだ。殺気を漲らせる悪魔に。

 

「アルタリア」

「ぎゃっ!」


 俺が指を向ける。それを合図にアルタリアはアーネスの羽を突き刺した。


「悪魔ってのは飛べるんだろ? だったら飛んで逃げられないようにしないとな!」


 残酷な笑顔を浮かべながら、アルタリアは素早くアーネスの羽を斬りおとす。


「こ、この……」

「レイ、ここは馬車の中だ。壊れないように炸裂魔法を弱めにな」

「はい」

「ごばっ!」

 アーネスのお腹目掛けて、レイが炸裂魔法(弱)を放った。


「お前達……よくもやってくれたねえ! 痛い目にあわせてや――ぐはっ!」


 弱めに撃ってるとはいえ、連続して炸裂魔法を食らい身悶える悪魔。


「さすがは上位悪魔ですね。馬車が壊れないよう手加減しているとはいえ、これだけ炸裂魔法を浴びせているというのに、まだ形を保っているとは」

「問題はない。すでに終わっている」


 チラッとマリンのほうを見ると、彼女はすでに詠唱を終えた後だった。


「ではさようなら『セイクリッド・エクソシズム』」


 マリンが人差し指の上に、球体のエネルギーを集中させ、アーネスに投げつけた。


「ぎゃあああああああああ!!」


 体中あちこちから黒い煙を噴き出し、浄化されていくアーネスだった。






「はぁ、はぁ」


 半透明になりながらも、なんとか持ちこたえるアーネス。


「残念だったね。あたしには《残機》がまだ……」

「中々しぶといですね。もう一発いきますか?」


 マリンがもう一発魔力を貯めているのを、俺は止める。


「お前の失敗は、この狭い中で正体を現した事だ。飛べさえすれば逃げる事もできた。いや、勝てたかもしれないな?」


 アーネスに敗因を説明する。


「……分かった、今回は引き下がるよ。あんたたち、中々やるね」

「今回? お前は次があると思っているのか? 甘い悪魔だ」


 俺は残念そうな顔で、冷酷に告げる。


「ま、待ってくれ! 分かった! お前の望みをかなえてやろう! だから見逃してくれ!」

「違う。違うだろ! 悪魔アーネスよ。はい、これ」


 やれやれと言った風に、さっき捨てられた一枚の紙をアーネスに差し出した。


「ここに君のサインを書けば良いだけだ」

「ふざけんな! 悪魔が無償で働くなど! そんな恥な真似を!」


「では死ぬしかないな。マリン」

「分かった! 分かった! 分かったからそこのプリーストを止めてくれ!」


 チラっとみるとマリンはすでに次弾を装填済みだった。魔方陣の詰った球体を今にも投げつけようとしている。そんな彼女を見て、泣きながらサインをするアーネス。

 新しい仲間が加わった。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 アーネスを仲間に引き込んだのは成功のようだ。彼女のオーラにびびり、周辺のモンスターは襲ってこないらしい。これで安全な旅が出来る。その功労者アーネスには、自分の立場を明確に教えるべくメイド服を着せている。


「いいか、アーネス。お前は俺、いや俺達のしもべだ。全員の命令に従え。分かったな」

「わ、わかったよ」

「口調がなってない! そこは分かりましたご主人様だろ!? 何のためにメイド服を着せたと思ってるんだ! やり直し!」

「わ、分かりましたご主人様! くっ!」


 メイド悪魔っ子は悔しそうに言い直す。


「なあ! なあ! 私から命令していいか!? 悪魔に命令って中々出来ないよな?」


 わくわくしながら手を上げるアルタリア。


「お、お手柔らかにお願いしますよアルタリア様」

「そう身構えんなよ! ちょっと戦闘訓練に付き合ってもらうだけさ!」


 彼女は悪魔の肩を叩きながら笑顔で言った。


「フッフッフ! では上級悪魔の力を見せてやろう! 遠慮は要りませんよ!」

「よーし、行くぞ!」


 自信満々でアルタリアを迎え撃つアーネス。


「ぎゃあああああ!! もう無理! もう耐えられない! 駄目!」

「はぁ? まだ始まったばっかじゃねえか。これでも手加減してんだぞ? こんなのダグネスだったら余裕で耐えたのに。悪魔って案外脆いんだなあ」

 

 呆れた様な顔でため息をはくアルタリア。一方アーネスは全身に切り刻まれた痕があった。必死で空に避難している。ちなみにダグネス嬢は初心者殺しを一撃で真っ二つにする攻撃でもほぼノーダメ。あの令嬢を基準にするのはどうかと思う。


 次の休憩にて。


「次は私の番! アーネス、心配しないで下さい。私は戦いではなく、あなたの知識に興味があるんです!」

「そ、それでしたらお役に立てるでしょう」

 

 アーネスを少し離れた場所に連れ出し、レイは話を進める。


「私の目的は一つ。マサキ様をこの手にする事。つまり惚れ薬です」

「なるほど、それならすぐにでも用意できますよ。あの男をあなたの虜にすればいいんですね?」


 全部聞こえてるぞ。まぁどうせそんなことだろうと思ったが。


「その通りです。でもただメロメロにするだけじゃ駄目ですよ。マサキ様はいずれこの世界の頂点に立つお方なんです。神よりも尊く悪魔よりも非道な! そんなマサキ様の性格に影響があったら困ります! そうですね、今までの精神はそのままで。この私のことが大好きになって……。でも夜中に嫌悪の表情で蹴ってくるマサキ様も好きですからね。あの痛みがなくなるのは寂しいものです。痛みもまた愛の一つですからね。うーん、私以外の女性が目に入らなくなるような……いえマサキ様の偉大なる計略に支障がでては困ります。やっぱりなんやかんやで今の状況を保ちつつ、私の事を一番に愛しながらもたまに殴ってくるようなDVも追加して……」


 レイがブツブツいいながら注文しているが、それを気味悪そうに引きつった顔で距離を取るアーネス。そして


「注文多すぎ! そんなの無理!」

「使えないですね。もう行っていいです。しっしっ」


 使えない、と失望した様子でアーネスを追い払うレイ。しょんぼりしている悪魔。


 

「と、言う事は次は私の番ですわね」

「ま、マリン様、なにとぞご容赦を。お慈悲を」


 媚びるような表情で懇願するアーネスに。


「やっぱり悪魔と旅をするなんて耐えられません! 吐き気がします! 最悪です! ですから今すぐ死んでください! 『エクソシズム!』『エクソシズム!』」

「ひいいいいいい! お許しをおおおお!! どうかお止めくださいいいいい!」


 アーネスはマリンから逃げ回った。



「ご主人様! あの三人が苛めます! 助けてください!


 泣きながら足元にすがりつくアーネス。一人一人を相手にするならアーネスの方が強いと思うんだが、多分契約のせいで強く出れないんだろう。


「ああ、うん。思ってたより酷かったな。なんだか気の毒になってきたよ。お前はモンスターを追っ払ってくれるんだから、それでいいよ。酷い事は禁止な?」


 散々な目にあったアーネスを後ろに回し、三人に言うと。


「ずいぶんと悪魔に甘いですねえマサキ様。アーネス、まさかあなた、後から来たくせに私のマサキ様を取るつもりですか? この泥棒猫! こうなったら容赦しませんよ!」

「なにを言ってるんです! レイ様! こんな卑劣な男なんて狙ってませんよ!」


 嫉妬の眼を向けられ、驚いて言い返すアーネスだが。


「私の愛しいマサキ様に卑劣とはなんです! 悪魔の癖に言ってくれましたね! 『炸裂魔法』」

「え!? なんなの? 何言っても駄目なの? ひどいいいい!」


「ほら、お前ら、アーネスちゃんが泣いてるだろ? 相手が間抜けな悪魔とはいえ、いじめはよくないぞ。いじめ絶対だめ」


 パンパンと手を叩き、子供を庇う様に三人に説明する。


「ご、ご主人様! いくらなんでもこのあたしをバカにしすぎてないか?」


 そんな彼女を無視して続ける。


「悪魔ってのは、契約が絶対とかいうクソみたいなルールを守らなきゃならない、可愛そうな種族なんだよ。まったくアホらしい。約束ってのはな、破るためにあるんだよ。それなのにアーネスちゃんは立派ですねー。俺はこんなふざけた種族に生まれないでよかったぜ。まぁそんなか弱い種族なんだから、ちゃんと優しくしてあげなよお前達」

「うぅっ」

 

 契約は絶対? なんてつまらないルールなんだろう。約束を破るかどうかは俺が決めることだ。人との信頼も大いに結構だが、こっちに利益となればすぐに掌を返すくらいの柔軟さがなければ駄目だ。

 そんな俺の言葉にどうやら精神までズタズタにされたようで、悪魔はすすり泣きをしだした。

 涙を流す悪魔に、なんとマリンがポンと肩を叩き。


「アーネスさん。もし我慢できなくなったらいつでも言ってください。悪魔に生まれてお辛いでしょう? 私が綺麗に浄化してあげますんで」

「全然慰めになってないよ! お前私を消したいだけだろ! うっううう。なんでこんな目に! この鬼畜共! もういやあ!」


 普段は常識人のマリンだが、悪魔相手にはほんと容赦しないな。アルタリアよりドSじゃないか。これ以上の追撃は気が引けたので。


「いや言い過ぎたよ。悪かったってアーネス。ちょっと休んでていいよ。必要になったら呼ぶからさ」


 アーネスを慰め、休憩をとらせる事にした。せっかく強い悪魔を支配下に置いたんだ。この手札を無駄にするのわけにはいかない。

 そのまま馬車で進んでいくと、遠くにファンタジー世界をぶち壊すような金属製の巨大ドームが見えた。中にはビルが立ち並んでいる。どうやら目的地のようだ。


「あれがノイズですか」

「フフ。面白そうな所じゃないか。強い奴がいそうだな」

「ここもまたマサキ様の踏み台となるのです」


 それぞれ思い思いに感想を述べる三人の仲間たち。


「俺の新たな冒険が始まる。待っていろよ魔道技術国ノイズよ。ここでまた名を上げてやる」


 次のステージにわくわくしながら、ゲートの方へと馬車を走らせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る