二部 6話 魔導技術大国ノイズ

「なんだここ? 本当に異世界か? なんだか急に現実世界に戻った気分なんだが」


 入り口のゲートを抜けると、そこは異世界……いや真逆だった。立ち並ぶビル、コンクリートで出来たアパート。電柱にショーウインドウ。おシャンティーな服屋やカフェもある。時折よくわからない未来っぽい感じの建物もちょくちょくあるが、ほぼ大体日本でよく見る風景が広がっていた。

 

「なんだこれ! なんだこれ!」

「あの服可愛いですね! 戦いにはむかなそうですけど」

「変な街ですね。こんな国があるなんて」


 冷めた俺とは対照的に、彼女たちにとっては珍しい町並みに興奮する三人の仲間たち。


『ようこそ魔導技術大国ノイズへ。はじめまして。私はこの国の案内をする役目のメイドロボです。よろしく』

 

 街をきょろきょろしていると、変な何か、棒人間のような何かに話しかけられた。どう見てもメイドロボじゃないが。棒人間型のロボットだ。顔がモニターになっており、《WELCOM》と書かれていた。


『初めてのご入国ですか?』

「はい」

『ではまずこちらの建物にて、入国管理局の手続きを終えてください。ノイズにいらっしゃった目的はなんでしょうか?』

 抑揚のない機械音声で、淡々と説明を続ける棒人間に、ある建物まで案内された。

 

『ようこそ、ようこそ』


 役所のような場所に入る俺達。なんだかとても場違いな気もするが。周りに冒険者らしき人間は見当たらない。みんな納税とかそういうのに並んでる。俺たちめっちゃ浮いてるんだが。っていうかここ魔王を倒すファンタジー世界だったよね? 服装だけかろうじて中世っぽいけど、やってること現代社会と一緒だよ。


『冒険者志望のお方は、5番のボタンをお押し下さい』

「あ、はい」

 

 メイドロボ(?)に言われるまま、待ち受けの5番のボタンを押すと、受付番号が出てきた。呼ばれるまでソファーで待つ事にする。

 それから。

 一時間後。


「おい! まだなのか! 私たちの番はまだなのか! 私らより後に来た奴がどんどん先に行ってるぞ! こんなのゆるさねえ! 文句言ってくる! 潰す!」

「落ち着いてくださいよ。アルタリア、よく見てください。先に行った人は住民やら商人で、冒険者らしきかたはいませんよ。冒険者は珍しいんでしょう! ほら、やっぱり戦闘を生業とする冒険者となると、手続きとか色々あるんですよ」


 お役所仕事にイラついてるアルタリアを必死で宥めるマリン。


「そう言われれば、私達以外に冒険者っぽい方はいませんね。みんな」

「アクセルとは正反対だな。あそこでは小金さえ出せばすぐにギルドで登録できたぞ」

「見た感じ貧弱な奴らばかりだな。私ならすぐにてっぺんとってやるぜ!」

「相変わらず力ばかりですね、アルタリアは。ですが強い魔力を持ったウィザードも見かけませんね」


 待ち時間に四人で他の街との違いを話し合っていると。


『603番でお待ちの方。お待たせしました。冒険者志望の方はこちらへどうぞ』

「遅い!」


 棒人間型ロボに掴みかかろうとするアルタリアを必死で止め、付いていく。


『冒険者カードをお持ちの方は提出をお願いします。なければこちらで発行いたします。発行の場合、手数料がかかりますがご了承ください』

「冒険者カードは持ってる」

「うん」


 俺たち四人は棒人間に冒険者カードを渡す。


『了承しました。ではこちらでございます』


 一つのゲートを案内され、そこからエレベーターで上層部まで上って行く。原理はわからん。エレベーターが最上階にたどり着くと、チンと鳴って扉が開く。そこからは一本道のようだ。

 これまでの世界で見かけるような、中世っぽいのとは全然違う風景だ。道の横にはSF風のアーマーをつけた兵士たちが道に並んでいた。


「この先はメイドロボに代わり、私が案内しましょう」


 棒人間は俺たちの冒険者カードをチェックしており、軍服っぽい服装の女性が案内を引き継ぐ。傍らには今までとは若干デザインの違う肩をしたSFアーマーの兵士が二人立っている。近衛兵かなにかだろうか。 兵に武器を取り上げられ、大きな機械で出来た扉の前と連れられた。まるでラスボスの部屋の前のような緊張感があるんだが、なんていうかやはり未来風だ。規則的なデザインに扉にはチャイムのようなものが付いており、それに話しかける女性。


「閣下、冒険者志望の人間をお連れしました」

『入るがいい』


 軍服の女性は一礼した後、ロックを解除する。するとプシューという音とともに自動的に開くドア。無機質な大部屋の中へと俺たちを案内した。

 中ではなぜかスモークが焚かれており、奥からゆっくりと人影が現れた。


『我こそがこの魔導技術大国ノイズの王にして総督だ』


 機械を通しているのか、くぐもった声をした男は姿を見せる。顔にはマスクを装着しており表情はわからない。全身も特注っぽいアーマーを着込んでいる。っていうかなにこの人。怖い。どう見てもダース○イダーにしか見えん。絶対悪役だろ! なんか寒気がするし。


『コーホー』


 ほらコーホー言ってるし!


『冒険者志望とは珍しい。だがわが国では冒険者を募集しておらぬ。防衛はもっぱらゴーレムに任せておる』

 

 この街で冒険者を見かけなかった理由はこれか。そういえば街の外にはゴーレムが並んでいたな。どうみてもゴーレムというより人型ロボットだったが。


『もっとも、貴様の存在が我らの利益になるならば、話は別だが』

「よくぞ聞いてくれました! この私はサトー・マサキ! リッチーのキールを撃退し、魔王幹部バラモンドをぶちのめしたちょっとした英雄でございます! もしこの私をノイズに置いてくださるならば、今まで以上の働きをしします! 魔王だろうがなんだろうが壊滅させてます! そしてノイズを世界一の覇権国家まで伸し上げて見せましょう!」


 値踏みをするように睨みつけるノイズの王。怖いがここで臆するわけにはいかない。今こそ自分を売り込むチャンスだ。ノイズの王の見た目はどう見ても化け物だが、話が通じるならば問題ない。自分の価値を必死でアピールする。


『サトー・マサキか。その話が本当なら、ベルゼルグの国でもさぞかし名をあげただろう。いいだろう。少し待つがいい』

「また待たされるのかよ! ん! むぐう」


 怒るアルタリアの口を塞ぎ、またちょっと待つ。すると女性の秘書官が資料を持ってきた。


「こちらです」

『なるほど、サトーマサキ。どうやら貴様の言うことは事実のようだ。我らの諜報部隊によれば……バラモンドもろともアクセルの街を滅ぼし、魔王をも恐れるアルカンレティアで破壊活動を起こした。ベルゼルグの政府にも問い合わせた結果、貴様は危険人物ですぐさま身柄を拘束しろとのことだ』


 資料を読み上げたノイズの王は。


『その男をすぐさま牢へと入れろ。処遇はその後考える』

「おい! ちょっと待って!誤解ですから! おーい! もう少し話をしようじゃないか! なあ! 話せばわかるって!」


 兵士に捕まり、そのまま牢屋へとぶち込まれる俺だった。

 



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「帰りたい」


 独房に入れられた俺。うん、もう何度目だろう。まずアクセル、次にアルカンレティア。そして今度はノイズ。なんだかここまで理不尽な目に合うと、逆に笑えてくるわ。なんだか牢屋が俺の家に見えてきた。


「だがまだ俺にはこれがある」


 なぜアーネスのことを黙っていたか。それはこんなときに備えてだ。隠し持っていたチョークで魔方陣を書くと。


「いでよ。アーネス」

「呼びましたかマサキ様」


 背中に現れたのはレイ。背後から耳元へ息が届く距離でささやいてきた。


「おわっ! お前じゃねえよ! どうやってここに!」 

「マサキ様いるところに私ありです。壁伝いに真上から牢屋に潜入しました。ノイズの警備も大した事ないですね!」

「なんて奴だ! 相変わらず危険な奴! 

「あ、あの、ご主人様? アーネスですよ? ちゃんと出てきましたよ?」

「おい、誰か来るぞ! お前ら隠れろ!」


 レイと言い争っていると、ちゃんと出てきたアーネスが恐る恐る尋ねている。そんなぐだぐだなことをしていると、足音がした。誰かがこちらにやってくるようだ。


「呼び出しておいていきなり去れとは、悪魔使いが酷いんじゃない?」

「見張り如き私の魔法で……」

「いいから消えてろ」


 文句を言う悪魔とアンデッドを部屋の上の角に潜ませた。羽があるアーネスはともかくレイは握力だけでよく落ちないよな。もう慣れたけど。


「博士、この男は危険と聞いております」

「いいから、彼と二人で話がしたい。君たちは席を外してくれ」


 どうやら博士と呼ばれた男が一人で来るようだ。こいつを人質にすれば脱出は……。こっちはアーネスとレイを含めれば三人だ。いやまて、まだこの国で処罰が決まったわけじゃない。下手に反抗するよりも、むしろ彼を説得して俺の待遇をよくしてもらう方が……。

 次の行動を決めかねていると、男が扉の前に立ち尋ねた。


「ところで君……。ゲームは好きかな?」


 この質問は……。俺が死んだときに、あの女神が言っていた……。

 懐かしい。あの時はこの先どんな第二の人生が始まるか想像も出来なかった。

 変なメガネを貰ってこの世界に下りて……どんな冒険が始まるのかワクワクして。

 ……。

 …………。


「改めて紹介しよう。この国は魔導技術大国ノイズ。俺のような内政チート持ちが集まって出来た技術国家だよ。でも俺以外の奴らはみんなとっくの前に王の無茶振りに耐えかねて逃げ出しちゃってさあ。もう俺しか残ってねえんだよ。転生者が来たのは久しぶりだよ。変わった名前の奴が牢屋に入れられたと聞いてピンと来てね。キミも女神様に送られてきたクチだろ? 同じ日本から来たもの同士、色々話そうじゃないか!」


 面会室に連れられる。そこで愉快に語る白衣を着たおっさん。


「あ、はい……。ということはあなたもこの世界に送られてきた転生者なんですか? この国でそれなりの地位に付いている様子ですが、中々の実力者なんでしょう?」

「そんなかしこまらなくていいから! いやあこの国は堅苦しくってねえ。制度とか考えた奴がくそ真面目だったんだろなあ。中々羽目をはずせなくて困るよ。めんどくさくてやってらんないわ。ああだっる。俺はね、ただメイドに囲まれる生活とか送りたかっただけなの。そのためにね、色々国に貢献したら勝手に出世しちゃってさあ。まぁおかげでそれなりに快適な生活ができてるんだけどねえ、毎日魔王倒せ倒せうっさくて困ってるんだよ。そんなんできたらとっくにやってるっての」


 フレンドリーに話す博士。

 うーん……、こいつもうタメ口でいいか。


「にしてもこの国の王こええな。やべーマスクしてたし」

「王は重度の花粉症なんで。マスクがないと外が辛いんだよ」


 マジか。花粉症だったのか。


「アレ花粉症なの? じゃああの呼吸音もそれなの?」

「王は他にも喘息を煩っててなあ。常に新鮮な空気が送られるようになってるんだ」


「あの禍々しいアーマーは?」

「ヘルニアで……腰が弱くて。あのコルセットがないと立ってられないんだ」


「そういえば部屋で寒気がしたのも?」

「あのアーマーをフル装備すると暑くてなあ。クーラーをガンガンに効かせてるんだよ」


 ……。

 しばらく沈黙が続いた後。


「がっかりだよ! 色々がっかりだよ! なんだよあの王! 花粉症に嘆息にヘルニアだって? ずいぶん人並みの病気に悩まされてんなあ」

「内緒だよ? これ国家機密だから。俺たちのトップがそんなんとか恥ずかしいじゃんか? あやっべ。これオフレコね。外で話してるのバレたら処刑されるから」


 いいのか? こんなにペラペラ喋って。まぁ囚われの身の俺がなに言おうと問題はないかもしれんが。


「まぁ王のことはともかく、これやってみろ。俺が開発したんだ。この世界のやつらってさ、この価値がわからないからなあ。だから日本出身である君に会いに来たんだ」


 博士に渡されたのはゲームガール。

 日本、いや世界中ではやっていたゲームだ。この俺も幻のモンスターを近所の小学生に100円で売りつけていたこともある、馴染み深い携帯ゲーム機。

 数個のカセットがあったため、試しにやってみる。


 ――ゲームオーバー


「なんだ、もう負けちゃったのか? ゲームは好きだと言う割にはさっぱりだな」

「バグがない」


 がっかりした表情の男に、俺はボソッと呟く。


「バグが再現できてない! このゲームはあるステージである動作をすると画面がフェードアウトしてフリーズするはずだ! こっちはセレクトを連打すると記録が消えるはず! ショートカットはどこだ!? 裏技も出来てない! コマンド入力で残機無限になったはずだというのに! それも無い! こっちのはモンスターのレベルをカンストさせるのもないじゃねえか! まだまだ本物には程遠いな」

「い、いや、そんなことまで同じにする必要ある? この世界でさあ、このゲーム機を作るのにどんだけ苦労したか。俺もけっこう頑張ったと思うんだけど……」


 困った顔をする博士に。


「バグや裏技も再現できてこそ、本当のゲーム愛と言うものではないかね?」


 真のゲーム熱とはなにかを、はっきり宣言した。


「それにしても何で君そんなに詳しいの?」

「かってはこの俺は、裏技使いのマサキと呼ばれ恐れられたものだ。対戦ゲームで負けそうになれば強制フリーズさせ、他人が先にクリアすると聞けば、脱出不可能バグの罠でリセットを余儀なくさせたりと、勝つためなら何でもやったものさ」


 自慢げに説明すると。


「は、はぁ。君友達無くすよ?」

「フッ、それに気づいたのは……全て失った後だったよ」


 博士の言葉に、悲しそうに告げる俺。


「まぁバグの件は置いといて、君はこのゲームガールに、いやもっと他にもいっぱいあるんだけどね? その価値をわかってくれる人間だ! どうだい? この俺の助手として働かないかい? ってか助手って言うか話し相手なんだけどね。ゲーム仲間とか募集できないじゃん? おおっぴらに」

「いいな。俺がこのゲームたちをより本物に近づけてやろう。裏技なら任せておけ」


 俺とこの転生者の先輩との話し合いは合意した。そして博士の取り成しにより、俺は牢から開放される事になった。


「彼には技術試験隊の隊員として、我々が開発した試作兵器の実践テストをしてもらいます。きいた話では冒険者としての実力は中々のものですよ。多分。きっとわが国の役に立つでしょう」

『いいだろう、ドクター。お主がそこまで言うならこの男の開放を認めよう。だがサトー・マサキよ。くれぐれもおかしな真似はするなよ? 命が惜しくなければな。コーホー』

「はい、勿論です総督閣下」


 そんなのわかってるよ。お辞儀しながらそう思った。花粉症のおっさんめ! にしても相変わらず寒い。クーラー効きすぎだよここ。 

 まぁ今はただの助手でいい。だがいずれ、俺の実力を目の前の王に、いやこの国で認めさせてやろうじゃないか。それまでじっくりと機会を待つのだ。この国の技術力があれば、魔王……いやこの世界を手にするのも夢じゃないはずだ。

 自分の能力でいけるところまで行く。とりあえず魔王を倒し、その次は世界が相手だ。アクセルでは野望は挫かれたが、今度こそ俺が全てを支配してやるのだ。

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