三部 12話 れいれいの決意
私はれいれい。元の名前はレイ。
マサキ様の運命の人。
一応紅魔族のプロトタイプでもあります。
私の中のモヤモヤを消すため、今宵あなたの元に向かいます。ああ愛しきマサキ様。
「れいれい副官。ここから先はマサキ様の寝室になります」
「隊長から、何があっても入れるなと命令されております」
部屋に入ろうとすると門番の兵士、マサキ様の配下であるブラックネス・スクワッドの隊員に制止させられる。彼らはマサキ様の重要なコマの一つ。紅魔族が反乱を起こした時のために、制圧するために創設された兵達だった。
「急用です。今すぐマサキ様に用があるのです」
私は静かに告げる。
「許可証をお見せください」
「いくら副官のあなたでも、勝手に入ることは許されていません」
そんな真面目な彼らには。
「これが許可証です」
軽く魔法で吹き飛ばしてやる。恋の邪魔をする奴は殺されても文句は言えません。
「手加減はしてあげました。でもまだまだですね。その様で紅魔族を倒せるのですか?」
私は門番にそう忠告し、マサキ様の部屋へと入っていく。
夜這いなんて久しぶりです。アクセルの街では何度となく繰り返してきました。
でもノイズに来てからは初めてです。その理由は……。
「……」
ふと、部屋にかけられた鏡を見た。
「マサキ様、私がこの姿になった時、改造されてれいれいと名を変えた時、記憶を失った時。あの時のマサキ様は私をまるで普通の女の子のように扱ってくれましたね」
鏡に、鏡に映る自分に話しかけるように呟く。マサキ様は髪を切りそろえた私の姿を初めて見て、美人だといってくれた。きっと見た目じゃないのだ。中身なのだ。
「ライバルになりそうな女は潰すのがモットーですが、まさかそれが自分自身だなんてシュールですよね」
鏡を殴って割ったあと、自嘲気味に笑う。
もしマサキ様が他の女にうつつを抜かしているなら、そいつを始末するだけ!
だけどそれが……記憶を失った状態の自分だとしたら……。自分に振り向いてもらうため自分を殺すなんて馬鹿なことになる。
「まさか自分自身に嫉妬するとは思いませんでした」
マサキ様は記憶を失ったときの私のことを、素直に受け止めてくれた。でも今はまた拒絶する。
私の体に欲情してくれた、ならどうして今はダメなのか。
マサキ様のためならどんな事でもするのに、どうして拒絶されるのか。その答えが出るまで、夜這いをする気が起きなかった。
私の心が不安定になっているのはそれだけじゃなかった。
マリンに敗北した時、私の中の何かが壊れた。絶対だった愛が負けてしまったのだ。
それなのに、私はその結果を受け入れてしまっている。愛が敗れたのに、どうして私は平然としていられるのだろう?
――どうして!?
「私は憎い。マサキ様の邪魔をするマリンが! 誘惑してくるアルタリアが! 気に入られてるひゅーこが! ななっこも! 紅魔族も! ブラックネススクワッドも! アーネスも! マサキ様に近寄る女は全て憎い! たとえ恋敵じゃなくたって嫌だ! 大嫌いだ!」
怒りに身を任せ、壁を叩く。
「殺してやる! 全員殺してやる! 視界に入る女はどいつもこいつも! マサキ様と同じ息を吸ってるだけで許せない! どいつもこいつも殺してやる! はぁ、はぁ! ぶっ殺してやる!」
語気を強めて、ひたすら壁を殴る。
「……でも、マリンとアルタリアは、私の大切な仲間なんです」
壁を殴るのを中断し、しぶしぶ認める。
そう。私はマサキ様と出会い、大きく変わってしまった。
昔の私なら、すぐにでもマリンやアルタリアを殺しに向かっていた筈。でもどうしてかそれが出来ない。
仲間……過去の私には存在しなかった、必要のなかったものを手にしてしまったみたいだ。
「私はですねマサキ様。夢は運命の人と結ばれる事だったんです。それさえあればよかったんです」
私の夢は運命の人と一緒になること。そのためにはどんな事でもする。邪魔するものは殺し、運命の人が気が変わったというなら一生監禁し、私だけしか見れないように洗脳、いえ純愛を教えてあげる。
そのまま死ぬまで一緒にいる。ただそれだけだったんです。愛が欲しいだけなんです。
……でもマサキ様と出会って、私の中の夢は変わってしまいました。
「マサキ様の野望は私の想像を超えてました。この戦争でもっと大きな絵を見ることが必要だと。魔王を倒しても終わらない。更にその先があることを知りました。いつかマサキ様の野望が、私の夢になったのです。マサキ様の手伝いをして、世界を手にした時に側にいる事が今の私の夢です」
私は見たくなってしまったのだ。自分のちっぽけな夢より、マサキ様の大きな野望の果てが。
「だから私は、マサキ様以外にも守るものが出来たのです。マリンも、アルタリアも、他のみんなも。マサキ様の野望には必要不可欠な存在です。私が殺しては、邪魔してはいけない人なんです」
その中でも特に必要なのがあの二人。
マリン――アクシズ教徒の頭のおかしなプリーストで、自分を預言者だといってるけど、正義のためなら自我を通す。私を正面から倒したあの人。
アルタリア――頭は悪いけど、戦いでは誰よりも早く、誰よりも強い戦士。
あの二人にも、愛はないのに、どうしてか助けてあげたくなります。
これが友情というものでしょうか? まさか私にこんな感情が芽生えるなんて。ずっと愛以外不要だと思っていたのに。
「ねぇ、起きてるんでしょ? マサキ様?」
「……」
愛しきマサキ様が目を開けた。
「いや、そもそもそれだけ壁をドンドン殴ってたら、嫌でも目が覚めるんだが?」
そんな突っ込みを入れる愛しのお方。
「不思議だと思ったんだ。お前なら堂々と入り口から入ってくるはずがない。天井を伝ってきたり、窓から侵入するはずだ」
ベッドからむくりと上半身を起こし、告げる。
「俺に話があるんだろう? だがその前にちょっと待ってろ」
そういってマサキ様は小型の通信機を取り出し。
『ブラックネス・スクワッド。全隊に告ぐ。俺の部屋の前から撤退しろ。れいれいに俺を傷つける気はない。全軍、撤退せよ』
どうやらマサキ様の部下は、すでに厳重態勢でこの部屋を包囲していたらしい。
さすがはマサキ様。何事も想定済みですね。
そんな隙のないあなたの事が、大好きなんです。
「これで邪魔はいない。好きに話せるぞ」
どうやら部下を下がらせてくれたようだ。
これで、本当に二人きり。やっと本音の会話が出来る。
「選択に来ました。マサキ様の野望と私の愛は、うまく両立しないということに気付いたのです」
「なにを言ってるんだ、れいれい。今までどおり、パーティ四人を中心に仲間として一緒に戦う、それはもう無理なのか? 今までどおりの友情関係を続けるのは、本当に出来ないのか?」
マサキ様が悲しそうな顔で語りかける。
「……。仲間を思う気持ちと、私の愛がパラドックスを起こしているんです! 二つの思いが体の中で暴れてて、私はもう抑え切れません! 心の闇が溢れ出しそうです! もうダメ! そして決めました! 私には女同士の友情なんて必要ありません! 友情ごっこはもう終わりです。終わらせるんです! このままの状態でパーティーを続けるのは不可能です! だからこれを使います」
首を振って答える。
友情なんて、女の友情なんて必要ない。私がほしいのはマサキ様との愛だけだ。そうだった筈だ。
懐からポーションを取り出し、マサキ様に見せ付ける。
「これは頭がパーになる薬です。これをマサキ様に飲ませれば、私だけを見てくれる。もう野望なんか忘れて、二人だけの世界に浸れます。もうマサキ様は魔王なんか、世界なんかどうでもよくなるのです。馬鹿になって、何もかも忘れて……でも安心してください。どんな姿になっても、私が一生面倒を見ますから。あなたが死ぬまで」
特別製のポーション、私が何度も苦労に苦労を重ねて作った、本気のポーション。
飲んでしまえば一巻の終わり。全てを失う禁断の薬。
「れいれい!? 冗談だよな?」
「冗談に見えますか? 私がこのポーションを作るのにどれだけ苦労したか。禁呪と呼ばれた魔道書を読み、危険な場所から材料を集め、持てる知識全てを注ぎ込んで作り上げたのです」
「よ、よせ!」
怯えるマサキ様。
私はそのポーションを――
「バイバイマサキ様」
自分の口にあて――
「れいれい! なにを!」
――自分で飲む前に止められた。
「俺に飲ませるんじゃないのか?」
「違います、マサキ様! 今のマサキ様に必要なのは、愛に生きる女ではありません! 命令に忠実に従う、心無きコマなのです」
この薬を飲めば、私の記憶は消える。そうすればきっと、記憶を失った、あの時の“れいれい”になれる。マサキ様が好きな、あの純朴なれいれいに。都合のいい女に。
「マサキ様、私はもう全てを捨てるつもりです。自分の愛を捨て、マサキ様の野望の一部になります。他の女に嫉妬したりもしなくなります。だから私の記憶が無くなったら、どんな形でもいいから、側においてください。それが私の最後のお願いです」
「そんなことをしなくても! お前は俺の重要な仲間だ! 俺の野望に必要不可欠な存在だぞ? 記憶を消さなくてもずっと一緒だ!」
マサキ様のその返事に、首を振り答える。
「マリンは優秀な回復役。アルタリアは強い戦士。でも私には代わりはいる。紅魔族が成長すれば、私無しでもやっていける。いつか捨てられるのが怖いのです。だったら……、私の記憶なんて捨てます! そうすればいつまでも一緒に置いてくれますよね! 今の私の! 気持ちの悪い性格が消えるんですから!」
懇願するように、涙を浮かべてマサキ様に抱きついた。
「ううっ……ぐすっ、うううううう!」
「はぁー。お前が特別じゃなかった事なんて、一度たりともないぞ」
私はマサキ様のことが好きだ。そのためなら、何だって投げ出してやる。それが自分の記憶だろうと。私はやる! 自己犠牲こそが究極の愛情表現だ。
だから!
「本当はもっと、一生体に残る様な傷をつけてからやるはずだったんです。でもダメなんです! この世界ではどんな怪我も治ってしまうんです! この前の決闘で、私の身体は滅茶苦茶に潰れたのに、マリンの回復魔法でもはや傷跡すら残ってません!」
「ああ、お前がリストカットするたびに、速攻マリンに治されてたしな」
本当に、マリンは憎憎しい。私を壊して、しかも元通りにまでする。やりたい放題だ。
でもマリンの目はずっと天の方をみている。マサキ様を狙うメス豚じゃない。女神への狂気を孕んだあの憧れの目。私とずれてる、だからうまく恨みをぶつけられない。
しかも負けたんだ。彼女の神への狂信は、私のドス黒く染まった愛を撃ち砕いた。
愛は絶対に負けないはず、そんな私の常識を狂わせた。
「おのれ……マリン。あの泥棒猫! カルト女! 許さない! あんなの反則ですよ! でも認めるしかないじゃないですか! あの強さは本物です! 認めたくなかったのに! 愛以外にも強い力があることを……そんなの知りたくなかったのに! あいつの存在そのものが許せない! 私への冒涜だ!」
「お、おい。なんかお前の言い方だと、俺達が三角関係に陥ってるみたいじゃないか。でもマリンは俺にそんな気は無いぞ? だってあいつ青い女神以外眼中に無いし」
「わかってます! マリンはずっと神を見ていますから! でも憎い! 私は負けたんですよ! マリンに! 憎い憎い憎い! マリンが! あいつの信じる女神アクアも! 神が憎い!! 神を殺したい!」
「おっ……おっ、おちつ……落ち着いてくれないかな? 頼むよ」
マサキ様は、泣く私の事を抱きしめて、困った顔で慰めてくれた。彼から優しくして貰う事は珍しい。いつも私から行って、向こうが逃げる事ばかりなのに、新鮮だ。
「……はぁはぁはぁはぁはぁ。ご、ごめんなさい。話が脱線しましたね。もう迷いはありません。私のこの感情は死んでしまうべきです!」
「早まるな! レイ、お願いだよ。そんなことは言わないでくれ。今のままでいいんだ、レイ。お願いだから――」
「お願いなんてダメです! マサキ様はお願いなんて似合いません。命令してください!」
戦闘時のマサキ様は一段とかっこいい。あの冷酷な瞳で、モノを扱うように兵士に命令を出すあの姿が大好きだ。そんなあなたの命令なら、どんなことだってやりたくなる。
マサキ様と私の間にある、あのピリピリした空気が心地いいんです。
「命じてくださいマサキ様。どんな命令でも受けます。命は惜しくありません。私は、そんなマサキ様の冷酷非常な所が好きなんです。自分の力を良く分かっていて、強敵に遭っても変に気取らず真っ先に逃げ出し、倒すために誰もがドン引きする外道な手段を考える。それでいて、本格的な悪事に手を染めて、正義の名の元に躊躇なく実行する。人が見ていない所では平気で悪い事もするけど、機嫌が良ければたまには善い事だってする、そんな悪党そのもののマサキ様が大好きなんです」
私の告白に、マサキ様が困っている。
「いくらこの薬を壊しても! レシピがあります! いつでも作り直せます。そして私は記憶を消し、本当の意味で“れいれい”として生まれ変わるのです! ねえマサキ様、あなたは“レイ”と“れいれい”、どっちが好きですか?」
最後の質問をする。れいれいと答えれば私はこの薬を飲む。レイと選んでくれても、嘘だと感じればやっぱりこの薬を飲む。
本当に最後の質問だ。私が私でなくなる。だけどそれでいいのだ。マサキ様に必要なのは、この私ではない、都合のいい女なんだ。
嘘は聞きたくない。真剣な目でマサキ様に目を合わせると。
「はぁーーー」
マサキ様はため息を付き。
「認める! 認めるよ! れいれいは、記憶を失ったれいれいは! いい女だった! 俺にとって都合のいい女だ! レイと違っていちいち嫉妬しないし! 勝手な行動はしないし! なにより優しくて可愛かった! 誰だってあっちがいいに決まってる!」
正直に答えてくれた。
「……。そうですよね。わかってました。それが聞きたくなくて、認めたくなくて、私はずっと考えないようにしてました。でもマサキ様が望むなら記憶を消します!」
「そうだなれいれい。いやレイよ。記憶を失い、たんなる俺の都合のいい女になれ! そんなになりたいならな! ただ俺が魔王を倒すためなら、それが一番だ」
そんなマサキ様の言葉とは逆に、私が薬を飲もうとすると強い力で止められる。
それから彼の話が続いた。
「……でもな、レイ。俺が魔王を倒したあと、レイがいないと誰が俺と一緒にこの素晴らしい世界を分かち合うんだ? 魔王を倒しても俺の冒険は終わらない。そのときマリンは付いてこないだろうし、アルタリアは難しいことは苦手だから任せきれない。俺と同じ悪党で、同じ目線で楽しんでくれる相手がいないと、俺は寂しいよ。たった一人で玉座に座るのもな」
予想外の言葉に、思わず声が出ない。
「この世界を手にしたあと、俺の伴侶になれるのはレイ、お前しかいないんだ。魔王を倒し、この世界を仮初めの平和で満たしたあとに、お前が必要なんだ。どこまでも着いてきてくれる仲間が! 部下が! しもべが! 友が! 彼女が! それはレイ、お前にしか出来ない仕事だ! れいれいには出来ない! あの純朴なれいれいだと、きっと俺を拒絶する」
れいれいには出来ない! レイじゃないと出来ない仕事?
マサキ様は本当に私を必要としてくれている? れいれいではなく、レイとしての私を!?
「来い! 地獄の果てまで突いて来い! 目を反らすな! 他人など気にするな! 俺だけを見ろ! どこまでも俺の野望のために!」
マサキ様!
「では私は、あなたの側にいていいんですね!」
「当然だ! 何を言っているレイ! お前以外に誰がいる! 俺たち二人でこの世界を手に入れる。世界が俺を、いや俺たちを待っている! 共に歩もう!」
マサキ様は私の手を取り、そう答えてくれた。私を必要としている、それを言葉ではっきり言われると、こんなに幸せな気分になるなんて。
思わず胸の奥が熱くなる。ドキドキしながら、マサキ様の手を握り返す。
「これはプロポーズと捉えていいんですね!」
「え? それは? その……」
煮え切らないマサキ様の前で、ポーションを飲もうとすると。
「わかった! プロポーズだから! これからは恋人……、おいポーションを飲もうとするな! わかったから! 結婚しよう! 結婚な! だからそれを捨てろ!」
マサキ様が何度もうなずきながら、ポーションを奪って窓から投げ捨てた。
「これからよろしくお願いします。ダーリン。永遠の愛を誓いますね。マサキ様も? でしょう?」
「あ、ああ、永遠の愛を誓いますよ! 誓うから! 俺にはお前しかいない! うん!」
少し泣きそうな顔で、マサキ様は私と婚約した。
まさかこんな結果になるなんて。
私は自分の記憶を消すつもりでここに来たのに。
来る前のあれだけの悲しみが嘘みたいだ。今私の心は幸せで満ちている。
この幸せは永遠だ。いや永遠にしてみせる。
愛に生きる乙女、レイは今日女の幸せを手に入れました!
やっちゃった、と今更焦って汗を垂らしているマサキ様、安心してくださいね。絶対にあなたの野望をかなえて見せますから!
――改めて、マサキ様のために全身全霊でお手伝いする事を心に決めた。
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