三部 11話 第一次魔王討伐

「総督がお呼びです。大隊長」


 ノイズの王の側にいた軍服を着た女が、紅魔の里にやってきた。

 一体なんの用だ? 俺なんかやったか? このままいけば魔王討伐は順調なんだが。

 決闘騒ぎのことが耳に入ったのだろうか?

 呼ばれたので仕方なくノイズの首都に帰還する。


――――王の間にて


「お呼びでしょうか閣下?」


 ノイズの王であり総督、その前で頭を下げていると。


『紅魔族……ブラックネス・スクワッド……お前たちには期待していたが、我も我慢の限界だ。いつになったら魔王を倒せるのだ!?』


 出会ったとたんに急に怒鳴られた。


「い、いえまだ準備中でして……」

『新たな紅魔族が加わったと聞くぞ? それでも足りないと言うのか? すぐに魔王の首をここに持って来い! これは命令だ!!』

「彼らはまだ経験値不足でして。実践で使えるようになるにはもう少し時間がかかるかと」


 必死で言い訳をすると。


『……どうやら紅魔族には期待しすぎたようだ。いくら強くても所詮は人の子よ。我々は全く新しい対魔王兵器を計画している。より迅速で、説得力のある解決策をな。プロジェクト名は機動要塞』


 機動要塞? なんだそれは? そんなの聞いてないぞ! 俺の知らないうちにノイズは何を計画しているんだ? 


「そんなものに頼らずとも! この私と紅魔族、そしてブラックネススクワッドさえあれば、魔王如き……あとはレベルさえあがれば!」

『……』


 総督は少し黙ったあと。


『お主の計画に必要な兵器を作るのに、すでに多大な国家予算を当てているのだ。DPSガスの開発、ブラックネススクワッドの装備、特別仕様のゴーレム、養殖場の設営、荒廃した紅魔の里の復興費用! どれだけ請求する気だ!』

「ぐうっ」


 予算の事をつかれるとちょっと言い返せない。確かに大隊長の名の元に研究者を集め、色々作らせてるけど。でも全部魔王討伐のため。私腹をこやしたりはしてないし。まあほんの少し横流ししてるけど。誤差の範囲だからセーフだ! セーフ!


『お前は今何をやっている!! すぐに成果を出さなければクビだぞ? 貴様の変わりなんぞいくらでもいると言う事を忘れるなよ。コーホー』

 

 なんだとこのポンコツ王! 病弱のクセに言ってくれる! 俺の代わりなどいるものか! いくら紅魔族が強いといっても全然いうこと聞かないんだぞ! 

 ――その言葉をぐっと飲み干して、拳を握り締めながらじっと我慢する。


「わ、わかりましたよ! そこまで言うなら任せてください! 魔王軍に大きな打撃を与えて見せます! 今こそ出陣します!」


 そう堂々と宣言したあと、王の間を飛び出した。仕方ない、まだ準備は全然足りないが、やれるとこまでやってみるか。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「と、いうわけで総督がうるさいので、魔王城へ侵攻に行きます! みんな食べもん用意しとけよ!」

「そんなピクニックにいくみたいなノリでいわないでください」


 マリンが俺に突っ込むが。


「仕方ないだろ! 総督に大見得きっちまったし! それにあいつ魔王倒せ倒せうっさいんだよ! だったらお前がやれよクソ! でもやらなきゃクビらしいんで行きます!」


 ヤケクソ気味に言い返す。


「そもそも勝ち目はあんのか? マサキは準備がまだ出来てないと反対だったじゃねーか?」

「十中八九無理だな。第二世代はまだまだ即戦力からは程遠いし、このまま魔王城へ向かったところで壊滅するのが目に見える。だが重要なのは魔王の領地に攻め込んだという実績作りよ! これで総督から小言を言われなくてすむだろ? それに魔王城は無理でも、そこそこはいけるはずだ。今回の遠征は新入りのレベル上げもかねているからな。次に生かせる!」


 そんなアルタリアの言葉に、うなずきながら答える。

 そういえばれいれいは? いつもなら真っ先に側に来るはずなのに。


「マリンが来たら、こう! ここに逃げられれば! こう! 向かってきたら、こう!」


 彼女は杖を振り回し、勝手にイメージトレーニングをしている。前回負けたのがよっぽど悔しかったのだろう。


「れいれい?」

「はっ! マサキ様! ごめんなさい、はしたないところをお見せして!」


 顔を赤らめて恥ずかしがるれいれい。まるでパンツでも見られたかのような反応だ。でも実際こいつがパンツ見られた所でこんな反応はしないが。

 恥ずかしいと思う部分が人とは違うんだろう。

 話を戻そう。

 ふむ。出陣に向けて、とりあえず戦力は……


 まず紅魔族第一世代            ……9人

 紅魔族第二世代(低レベル)        ……15人

 ブラックネス・スクワッド         ……25人

 うちに配備された魔導ゴーレム       ……20台

 マリンに洗脳もとい改心したモンスター兵  ……30人


「……あと俺たちのパーティか。魔王軍全てを敵に回すにはちょっと頼りないかな」

 

 まぁいい。いいところまでは行くだろう。準備が出来次第、出発といくか。

 陣形は……方円の陣。大将である俺を中心として全員に周辺を守らせる。

 俺は今回の遠征に向けて、四本足の巨大ゴーレム、正式名称『紅魔族用歩行型トランスポーター』を遠征に引っ張り出すことにした。アレに乗るとしよう。

 周辺を紅魔族が囲い、彼らを補助するようにブラックネス・スクワッド、正式名称『紅魔族補助隊』が続く。

 ちなみに巨大ゴーレム、正式名称に紅魔族用と付いている事からわかるように、本来は前線に安全に紅魔族を運ぶための輸送機だったのだが、紅魔族にその象みたいな見た目がダサいと言われ、数機生産しただけでお蔵入りとなった。

 仕方なく俺が旗艦として再利用するか。陸戦だが。

 俺はでかいゴーレムの上から高みの見物を決め込むことしてだ、出発前に紅魔族と最初の打ち合わせをした。


「いっくん、お前は紅魔族のリーダーだ。そうだろ?」

「ああ? それはそうだが。マサキ? だったらなんだよ?」


 紅魔族の隊長に任命した001こと、いっくんと話す。


「すでにレベルの高い第一世代には第二世代のフォローを頼む。後輩のレベルアップに協力してやれ。一人一人が強くなるより、全員が強い方がいい。戦争は数だ。そうだろ?」

「ああ、わかった」


 いっくんもリーダーになって、多少は大人になったのだろうか。俺の言葉に素直に頷く。

 第二世代の紅魔族のレベルさえあがれば魔王軍ごとき敵ではないのだ。

 ノイズの勝利は近い。今回はレベル上げで、次の遠征こそ魔王の最後だ。

 ちなみにひゅーこは邪魔だから留守番だ。ノイズに預けておこう。




――――こうして魔王城への侵攻がスタートした。


 四本足のゴーレムに乗り、大きな足音を出しながらゆっくりと進んでいく。


「早い者勝ちだああ! おいしいところはいただく! それが紅魔族ってモンよ!」

「よく見なさい! これが紅魔族の生き様です!」


 モンスターを見るや否や、突っ走るいっくん含める最初の9人。

 クソ!

 さっきの「わかった」はなんだったんだ。

 少しは言うことを聞けよ。


「早くプロトタイプに追いつくんだ!」

「あの威力の魔法! 私だってやれば出来る! 出来るはず!」

「経験値は早いもの勝ちだあああ!」

 

 そんな自分勝手な紅魔族に。


「いっくん! それに紅魔族のみなさん! 何をしているんですか!」

「げっ! あなたは!」

「マリンさん……!?」


 マリンの叫び声を聞き、怯えだす紅魔族たち。


「自分達だけ強くなってどうするんですか! みなで協力するのが、チームワークではないのですか!?」 

「は、はい。その通りです」

「ごめんなさい」

「だから殺さないで……下さい」


 マリンの恐ろしさをその目で見た紅魔族たちは、震えながら返事をした。


「みなさん、仲間と共に強くなるのが、正しい冒険者ですわ。わかりますね?」


 笑顔で語りかけるマリンに。


「ハイ! マリンさん。いいえマリン様! 俺が間違ってました!」

「そうです! きっちり後輩達の面倒を見ます! だから殺さないで下さい!」


 こいつら、俺のいうことはまるで聞かないのに、マリンを見ると勝手に敬礼までして従ってる。

 れいれいとの戦いでの、鬼神のような姿を思い出してるのだろう。

 もうこの際、紅魔族の指揮はマリンに任せようかな。


『フリーズバインド』

『フリーズバインド』


「ほら、お前ら、とどめを刺せよ。早く俺たちみたいに強くなれ」

「わかりました、先輩!」


 しぶしぶ後輩のレベル上げに協力するいっくん。


「今の先輩っていいな。もう一回言ってくれねえか?」

「いっくん先輩!」

「男はいい! 女の子だけもう一回!」

「先輩!」

「いっくん先輩!」


 いっくんが女の後輩に、何度も先輩と呼ばせていた。


「いっくん、何をくだらないことをしているのですか!? とっとと先に行きますよ」

「いててててて。ちっ、わかったよ。しゃあねえなあ」


 ななっこにみみをひっぱられ、先に進むいっくん。

 こうして順調にモンスターを経験値に変えていく紅魔族たち。死体の山が築かれていく。ちなみに死体はブラックネス・スクワッドが片づけをしている。


「ここまでは何事もないな。余裕で魔王城の近くまで行けそうだ」


 俺がついそんなフラグを呟いてしまう。

 すると。

 

「隙ありいいいいい!!」

「死ねやあ!」


 オークの集団が突如、先攻した紅魔族の背後から出現する。


「伏兵だ!!」

「この数! どこから!?」


 この数は尋常ではない……穴でも掘って隠れていたのだろうか? 前方のモンスターを囮にし、近接戦を仕掛けてくる大量のオークたち。

 その軍勢を見て慌てる紅魔族。

 それにしても、この世界でオークを見たのは初めてだな。普通メジャーなモンスターじゃないのか?


「魔王様は約束してくれたんだ! 紅魔族を倒せば、オークの男を保護してくれるって!」

「女尊男卑のオーク文化に! 革命を!」

「雌豚どもからの開放を!」


 オークはよくわからない事を叫びながら、鬼気迫る勢いで特攻してくる。


『ライト・オブ・セイバー』

『ライト・オブ・セイバー』

 

 必死で上級魔法で応戦する紅魔族だが。


「魔法はオレが引き受ける! ぐあっ」

「スワティオ! お前だけでも行け!」

「紅魔族を! 殺すんだ! 男の尊厳にかけて!」

「魔王様との盟約を果たせ!」


 集団になって味方をかばいあいながら、オークたちは命がけで特攻を仕掛ける。

 こいつら、決死隊か。自分の命が無くなろうと関係ないと言った風に、血走った目で襲い来る。

 なんでオークはこんなに余裕がないんだ? 

 だが今まで見たどんな魔王軍よりも、士気が高いのは確かだ。


「突破される!」

「くうっ!」


 紅魔族の抵抗もむなしく、オークのオスたちの魔の手が襲い掛かる――

 

「ハハハハハハハハハハ!!」


 ――そのとき、オークの武器が振り下ろされる直前、女の笑い声が響き渡った。

 そして瞬きする暇もなく、気付けば一番先頭のオークがバラバラになった。


「スワティオ! スワティオがやられた!」

「何が起きた!?」


 混乱するオークたちに、なおも斬撃の雨が降り注いだ。

 アルタリアだ。

 旋風のように、オークを真っ二つに切り裂く狂気の刃。


「ぐえっ!」

「ぎゃっ!」

「ぐああああ!」


 剣で切り裂かれたオークたちの悲鳴が飛び交う。


「お、女騎士め……! だから女は……嫌いだ」


 最後に残ったオークは、アルタリアの剣で腹を突き刺され、そう言って事切れた。


「だから言っただろ赤いの! 接近には気をつけろってよ!」


 戦闘を終えたアルタリアが、紅魔族に楽しそうなサディスティックな笑いを浮かべながら、自慢げに言う。


「た、助かりました!」

「ありがとうございます、先生!」


 お礼をいう紅魔族たち。 


「いいってことよ! でもこの褒められるのは久しぶりだなあ! もっと私をほめろよ赤いの!」

「アルタリア先生! 最高です!」

「先生! あなたは騎士の鏡です!」


 すっかり先生呼びが定着したアルタリアは、尊敬の眼差しを向けられて嬉しそうに答える。


「そうだろ? そうだろ?」


 予想外のオークの伏兵には驚いたが、アルタリアのおかげで何とか切り抜けた。

 全滅したオークの死体を見て、他のモンスターも士気が低下して逃げ出している。

 出だしは順調のようだ。

 必要なさそうだが、一応指示を出しておく。


「黒の部隊、全員紅魔族を援護する体勢につけ。先ほどのような素早く接近するモンスターに対処せよ!」

「イエッサー、隊長」

『バインド』 

『バインド』


 俺に返事したたブラックネス・スクワッドは、まだ紅魔族の近くにいるモンスターを次々と拘束スキルで動きを止めていく。


「おい! こんな奴ら俺たちだけでなんとかなる! 余計なことはするな!」

「そうよ! 『フリーズバインド』の方が強力なのよ! 邪魔よ!」


 紅魔族に怒られる隊員だが。


「そうですか、001。ですがこれは隊長の命令ですので」

「紅魔族第二世代のレベルアップに、我々も協力したほうが効率的でしょう?」


 意にも介せずに仕事を続ける。

 さすが俺の仕込んだ部下だ。

 黙って命令を実行するのが優れた兵士だ。いちいち上官に逆らうような奴は、いくら個人の武勇が優れていてもクズだ。少なくとも俺の手駒にはいらないな。

 こうして俺たちは紅魔の里から魔王城まで直進して言った。



――――第二の難関、森


 侵攻ルートの前には、巨大な森が広がっていた。

 ゲームではよくある迷いの森か。

 高レベルのモンスターが多く潜み、冒険者を待ち受けるお決まりの高難易度コースだ。


「この先を通過すれば、多くの野生モンスターや魔王軍の尖兵と戦う事になります。少し時間はかかりますが、迂回した方が安全なのでは?」


 黒の部隊のサブリーダーの少年、ブラック・ワンが尋ねるが。


「うーん……」


 少し考えた後。


「燃やせ」


 森を直通することに決めた。


「燃やせって……?」

「言葉のままだ。紅魔族で炎が得意な奴を前方に出せ! 森を焼き払え! 森を焼いて進路を確保しろ!」


 紅魔族たちを前に出し、『ファイヤーボール』で次々と森を燃やさせる。

 森を遮蔽物としてコソコソ隠れられると厄介だからな。攻めるには何もないほうがいい。

 怒り狂ったモンスターが飛び出してくるも。


『ライトオブセーバー』

『ライトオブセーバー』


 紅魔族の魔法の前に引き裂かれていく。

 こうして強引に道を切り開いていく、邪魔をするものは即魔法の餌食だ。

 誰も俺たちを止めるものはいない。


「思った以上に順調だな。敵もよえーし、暇だわ。ふあーあ」

 

 オークが来たときは少し驚いたが、あとは順調だ。紅魔族や仲間の戦う様子を高みから見下ろしている。ゴーレムの上でゴロゴロしていると。


 森を燃やされて激怒したのか、巨大なスライムが出てきた。サイズは物置小屋を飲み込むほどだ。それも2体。


「でかいぞ!」

「このサイズは流石に無理だ! 逃げろ!」


 不利を悟って撤退する紅魔族の中で、二人だけが微動だにせずに巨大なスライムを待ち構える。


「どうやら私の出番のようですね!」


 ななっこが得意げに杖を構え。


『爆発魔法!』


 空気が震え、ななっこの杖から出た閃光がスライムの中に刺さると同時に、内部から爆発がおきた。スライムだけでなく、周辺の木々までバタバタとなぎ倒される。地面にはクレーターが出来ていた。

 

「どうです? 私の魔法もプロトタイプに肉薄してませんか? この調子ですぐに抜いて見せますよ」


 得意げにれいれいに話しかけるななっこだったが。


「無駄が多いですね。私がもっとスマートにやってあげますよ」


 まだもう一体残っている。れいれいはスライムが至近距離に接近するまでノーガードで目を瞑っていた。

 スライムがれいれいに襲い掛かる間際に、彼女の目が一瞬だけ光った。すると巨大なスライムの中でボコボコと連続音が体内に響き、形を残したまま崩れた。


「プロトタイプ? 今詠唱なしで撃ちませんでした?」

「……。これならマリンに……いえもっと早く撃たないと……」


 驚くななっこを無視し、マリンを見つめながらブツブツと独り言をいうれいれい。そのままゴーレムを呼び、台車を用意させている。


「プロトタイプはどうして死んだスライムを運ぼうとするんです?」

「どうしてって、食べるために決まってるじゃないですか。知らないんですか? スライムは栄養分がとっても高いんですよ?」


 首を傾げるななっこに答えていた。


「食べるんですか? このスライムを!?」

「そうです。ななっこは本当にもったいないですね。スライムの体が飛び散って、これじゃあ素材を回収できないじゃないですか」

「このスライムを、食べる? 確かに食用として養殖したスライムはおいしいらしいですけど、野生のスライムなんて食べたら腹を壊しますよ!?」

「そんなの食べてみないとわかりませんよ。私は料理が得意ですし、こういうのは慣れてます。どんな食材からも有り合わせで美味しいごはんを作るのが妻の役目です」


 付近ではれいれいだけでなく、アルタリア、ブラックネススクワッドもスライムや倒したモンスターを運んでいる。


「そう、今回の遠征はサバイバル訓練もかねている」


 四本足のゴーレムの上から、引き気味の紅魔族に説明する。


「戦争にはもちろん兵士が必要だが、その兵士を動かすものは食料だ! 食料がなければ兵は役にたたん」

「でもちゃんと食料は用意してたでしょう?」


 彼女の言うとおり、食料はちゃんと用意している。

 かってマリンの説得で人間側に寝返ったモンスター部隊。彼らは敵か味方か紛らわしいという理由のため、後方でゴーレムと共に輸送任務についている。

 彼らが運んでいるのは数週間分の食料だ。この遠征で尽きることはない、十分な量が備蓄されている。


「甘いな。戦場で常に食料にありつけると思うな。もしも物資が尽きたら! 燃やされたら! 孤立無援の状況になったらどうする? 現地で調達するしかないだろう?」

「そういえばさっき倒したオークをゴーレムに運ばせてるのも……」


 おそるおそる尋ねるななっこ。


「血抜きだ! ゴブリンは食った事あるけど、オークって旨いのかな?」

「え!? ゴブリンを食べた事があるんですか?」

「しゃーねーだろ? ウチは貧乏だったんだ。なんでも食わなくちゃ生きていけなかったんだよ」


 アルタリアは得意げに言った。


「そんなお前にいいことを教えてやろう! 安楽少女は旨い!」

「ひぃ」


 アルタリアの言葉にドン引きする紅魔族たち。


「あの可愛らしいモンスターを食べたんです? 見た目人間じゃないですか! よく抵抗ないですね!」

「ふりをしてるだけだぞ? ちゃんと解体したら植物っぽくなる」

「ええ、おいしいですよね。安楽少女」

 

 アルタリアとれいれいがうんうんと頷いている。


「!?」

「ええ……」

「やばいよ。絶対アウトだよ」


 小さな悲鳴を上げ、畏怖の目で見て下がっていく紅魔族だが……

 そうだ、こいつらは知らないんだった。

 俺たちが“養殖”で倒した大量の安楽少女は、死んだあとに加工され、“高級野菜”という名前で缶詰にして売り出している。

 食べるだけでポイントが上がる高級品。今やノイズで大人気の輸出品の一つだ。特に貴族連中からの評判は上場。

 勿論原料は偽装しているがな。自分達が食べているのが、あの『安楽少女』の体だとは思うまい。

 紅魔族も知らず知らずのうちに食べてるかも知らないのに。

 まぁ知らぬが仏という言葉もある。これは黙っておこう。


 ……そうこうしているうちに日が暮れてきた。

 そろそろ野営とするか。


「れいれい料理長! お願いします」

「うむ!」


 自分が必要とされて、れいれいが張り切っている。


『ライトオブセーバー』


 れいれいは手から光の刃を出し、食材を切り分けていく。


「プロトタイプ! 上級魔法をなんて使い方をしてるんですか!」

「強化するだけが魔法ではありません。時には弱め、そして精密に扱うのも必要なのです。戦闘だけでなく、一般生活の手助けになる、それが魔法と言うものですよ」


 れいれいが上級魔法を包丁代わりに使っているのに、文句を言うななっこ。


「そんなんだからマリンさんに負けるんですよ!」


 その言葉に、ピクッと反応するれいれい。


「今なんて言いました?」


 赤い目を光らせて手を掲げるれいれい。一瞬で魔力が集まっていく。

 あいつ、なんて地雷を踏みやがった。


「ひいっ! なんでもありません! すいませんでした!」


 慌ててビビって土下座するななっこ。


「聞かなかったことにしてあげましょう」


 料理を再開するれいれい。

 ふう、危なかった。

 やっぱりあの決闘で、マリンとれいれいの間には亀裂が入ったな。

 早く何とかしないととんでもない事になりかねない。どっちも超がつくほど頑固……頑固ですまないだろ。正直どっちもやべーよ。電波、ヤンデレ、サイコパスで無理やり安定させてた三角関係が崩れるのか。

 

「でもどうすればいいんだ? 何とか穏便に済ます方法は……。この俺にも思いつかん」


 一度崩れかかった関係を修復するのは難しい。積み上げるのは大変だが壊れるのは一瞬だ。頭を抱えていると。


「マサキ様! マサキ様! 料理が完成しました!」


 悩んでいる間にれいれいが料理を完成させた。考えるのは食事のあとにしよう。



~肉たっぷり有り合わせの闇スライムスープ


 材料


・巨大スライム

・一撃ウサギ

・一撃熊

・ファイヤードレイク

・ジャイアント・トード(アクセル産)

・その他なんかの肉

・安楽少女

・野菜

・れいれいの謎のアレ

・クリエイトウォーター


 作り方


①モンスター肉を解体して切り分ける

②肉を鍋に入れてよく火を通す

③野菜を切り分ける

④肉の色が変わったら野菜を入れ、水を入れて沸騰させる

⑤解体した安楽少女も入れる

⑥最後にれいれいが用意した謎のアレを入れる

⑦とろみが付いたら完成


「どうです? マサキ様? お口に合いますか?」

「うまい!」


 スープを飲むと口の中にうまい味が広がっていく。素直にれいれいを褒める。

 レインボーに光り輝くスープ。どう見ても人が食べる色をしていないが、匂いは普通だ。


「おいしいですわ」

「さすがは副官兼料理長! 美味です!」


 俺たちだけでなく、黒の部隊も一緒にスープを食べていく。

 ちなみにこの料理のキモはれいれいの用意した謎のアレだ。どうやって作ったのかあまり知りたくないが、謎のアレを入れると大抵の食材を使っても旨くなる。

 媚薬にさえ気をつければれいれいの料理は最高だ。

 

「どうです? 紅魔族の皆さんも一口いかがですか?」

「い、いや、なんなのその色?」

「よく平気で口に入れれるな」

「こ、こんなもの食べるくらいなら、セミかザリガニでも食べてた方がマシです!」


 紅魔族は俺たちの料理に怯え、ノイズから支給されているレーションを食べていた。

 食わず嫌いとはもったいないやつらだ。

 まぁいい。料理は他にもある。

 まだ調理した経験がないオークはそのまま丸焼きにしている。


「オークはどうだ?」

「まずいな。食えたもんじゃねえ」


 アルタリアはオークの肉をペッと地面に吐き捨てた。


「オークは色んな生物を犯して混血に混血を重ねています。どんな生物と配合しているかわからないから、一体一体で味も肉も全然違います。調理には不向きかと」

「なるほど、食用にはならんか。オークはダメだな」


 調達できる食材リストに×をつける。

 オークのほかにブラッティモモンガ、ジャイアントバットも×だ。

 ブラッディモモンガは臭過ぎて食えたもんじゃないし。ジャイアントバットのほうはさすがに蝙蝠は菌がやばそうなので却下だ。

 モンスター一匹一匹をチェックし終えて、今晩は森の中で野宿する事にした。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 

 ――それから朝になれば森を燃やして前進、夜になれば野宿。これを繰り返し、俺達はとうとう森を抜けた。

 順調だった。俺の思っていたより順調だった。行く手を阻むモンスターは強力な魔法で次々と吹き飛ばしていった。

 道中、ハーピーやワーウルフ、果てはラミアやケンタウロスに到るまで。出てきたモンスターを食用に出来るかどうか実際に食べてチェックし、満足げに食材リストを埋めていった。



 文字通り一直線に森を抜けた後、俺達は、とある小さな村に到着した。。



「なんでこんなところに村があるんだ?」


 魔王軍との前線基地? いや違う。村人に全く緊張感が無い。まるで自分たちは魔王に攻められない事を確信しているみたいに。

 色々話を聞くと、魔王の配下には、食べ物ではなく、人の精気等を糧にする者もいる。

 あの村は、それらのモンスターの餌場でもあるのだそうだ。


「へー魔王軍と協力関係に、なるほどな」


 少し考えた後。


「燃やせ」

「燃やせって……」


 命令をきいて驚く部下達に。


「この村は魔王軍に所属している。即ち敵! 敵なら燃やせ」


 モンスターの餌場がなくなれば魔王軍が困るだろう。敵が困ることをするのが戦争だ。そのためなら相手が人間だろうが容赦はしない。

 すべて燃やし尽くしてやるつもりだったが。


「マサキ!」

「冗談だってマリン! そんな睨むなよ」


 マリンに睨まれたため、村を焼くのは断念した。

 本当なら魔王軍に付くものの見せしめとして村を焼き払ったあと、残った村人を魔王軍に送って降伏の使者にする予定だったが見逃してやるか。

 この村は事実上の中立地帯だ。それだけでなく魔王軍と人間との間に、いざと言うときに外交のパイプを作ったりと、代々そういう役割を兼ねているらしい。

 勇者の最後の休息地点でもある。

 逆に言えばこの村を破壊すれば、もう俺以外の勇者候補が魔王を倒す可能性は限りなく低くなる。

 魔王を倒したものには何でも願いがかなう。俺の野望のためにはこの村は邪魔だ。他の勇者候補の道を潰す事で俺が優位になるのに。

 だがまぁいい。この村には別の使い方もあるだろう。


「よく聞け! 魔王の村の住民よ! この俺はノイズの魔王方面軍隊長! サトーマサキ! 貴様らを魔王に属する裏切り者として成敗するのが簡単だが、見逃してやろう! 代わりに食料をだせ! 我が軍は長旅で疲れている!」


 ビクビク怯える村人に高圧的に告げる。部隊はこの小さな村を包囲している。


「マサキ、まだ十分食料は残ってるじゃないですか! モンスターを食べながら来たから予定よりも多めに!」

「いいかマリン、これは外交だ! 舐められたら終わりだ! 最初は脅すぐらいが丁度いいんだよ!」


 怯えて素早く食料を差し出す村人達。


「素直なことはいいな。そういう態度を取られると俺も嬉しくなる。だが貰いっぱなしも悪いな。村人よ、何か不足しているものは無いか? 友好の証として物資を差し出そう!」


 差し出された食料の代わりに薬を手渡した。よし、これでいい。これで俺とこの村での貿易が出来た。この村は魔王と通じている、つまり間接的に魔王と交易が出来る。八咫烏の公益相手に魔王が加われば、俺の個人的な財産がよりアップする。

 ノイズに帰ったあと交渉をアーネスに引き継がせよう。

 八咫烏としての俺の財産はすでに小国家に匹敵している。仮にノイズを追い出されようと一人でやっていけるほどのな。


「食料は足りているから全てを差し出す必要は無い。一部でいい。あとは保管しておけ」


 村の食料の一部と、薬や特産物を交換した。


「いやあ、最初はどうなるかと思ったけど、隊長が話がわかる人で助かったよ」

「まさかこの王国から離れた村で、こんな高級品を手に出来るとは思わなかったよ」


 村人達はそんな俺の思惑などまるで気付かずに、安堵してノイズの高級な品や特産物を見て喜んでいた。


「まぁ今回はここまでにするか。食料も帰りを考えると無くなりそうだしな。遠征で十分に魔王軍に恐怖は与えたし、紅魔族のレベルもあがったし、目的は果たした。次こそ魔王最後の日だ。邪魔したな村人よ、魔王が来たらそう伝えるがいい。ブラック・ワン、アレもってこい! 旗!」

「はい隊長」


 魔王付近の村に侵略の証として紅魔族の旗を突き刺し、帰還する事にした。

 こうして第一次魔王討伐は大成功を収めた。少なくとも俺の中では。

 魔王城への攻略ルートは調査し終えたし、満足げに帰還についた。

 もう魔王など怖くは無い。俺に倒されるだけだ。問題はどう倒すかだ。 

 ノイズの軍勢を率い、今俺の力は最高峰まで達している。

 最後の戦いまでもう少しだ。

 

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