三部 10話 激闘! マリンVSれいれい
どうしてこんなことになったんだ。
目の前には戦う気満々のマリンとれいれい。
「ね、ねえマリンさん。私の話を信じてくれるのはいいんだけど、別に仲間同士で戦う必要は無いんじゃないかなあ? やっぱり今回は出直すよ」
ばつの悪そうな顔でマリンに尋ねるクリス。
「何を言うのです! 私があなたを信じたのは、あなたの中にある純粋な本物の信仰心を感じたからです。あなたはエリス様のため、犯罪に手を染めた! ですがそれはこの世界を救うと言う大儀があったからですわ! 」
「なんかどんどん話が大げさになってない?」
「クリスさん、今更おじ気づくなんてそんな態度では、暗黒神エリス様から罰が当たりますよ! 敬謙な信仰者ならば! エリス様の言葉を最後まで信じきるのです! エリス様は間違いなくお怒りになりますよ!」
「え? ええ? エリス様は多分許してくれると思うんだけど。人間同士争う方がよっぽど悲しむと思うな、あたしは」
マリンの言葉に、押され気味の盗賊。マリンは神を信じている。それも常軌を逸するレベルで。その気迫に引いているクリス。
「クリスさん、あなたは数ある信者から選ばれたのです。エリス様は誰もやりたくない様な汚れ仕事を、クリスさんの事を心から信頼して使命したのですわ! 命に代えても神の命令を実行するのが本物の信徒です。そんなあなたが! 仕事を途中で投げ出すなんてあってはならないことです! あなたには心を鬼にしてあなたを送り出したエリス様の心が! 全然わかってない!」
「ええ!? あたしがエリス様の事をわかってないの!? マジで?」
思いもよらない事をいわれたみたいに、凄く困った顔をしているクリス。
「れいれい、俺もこの戦いには反対なんだけど。マリンと戦うなんてやめてくれよ。こんな事で仲間が減るのは嫌なんだ、れいれいは大切な恋人で、マリンは優秀なプリースト。戦いには必要不可欠の存在なんだよ」
「こんなこと? こんなことだって? 違います! これは私の誇りです! もうマサキ様がなんと言おうと止まりません! 私は私の信じる愛のために生きています! これまでも、そしてこれからも」
双方説得は無理か。この戦いは避けられないようだ。
こうなったら止めるタイミングを伺わなければならない。お互いに完全に決着がついたと納得できるタイミングで。早すぎたらまた再開するだろうし、遅すぎれば死人が出るかもしれない。
恐らくギリギリになるな。
思わずごくりと唾を飲み込む。
「このままあなた達を放置しておくと、取り返しの付かないことになりそうですわね! この私がアクア様に代わって矯正してあげます! 正しい道に!」
「勝てると思うんですか? 私はマサキ様のために、この身を改造までしたんですよ?」
正義のアークプリーストと愛のアークウィザードのにらみ合い。
「れいれいさん、いや紅魔族のプロトタイプはマスターによって改造された最強クラスの魔法使いの一人だぞ?」
「そうだ。いくら上級職とはいえ、アークプリーストが勝てるわけがない」
「あのマリンという女は死ぬつもりか? 回復役のプリーストに何が出来るというんだ!」
マリンがあまりに無謀に見えたのか、紅魔族たちがどよめきの声をあげる。
「あめぇな赤いの」
勝敗を勝手に決めた紅魔族に、アルタリアが注意する。
「確かに普通のアークプリーストなら勝ち目なんてないだろう。だがマリンは違う。ただの回復役ではない、私の代わりにずっと前衛職を務めてきたんだ。回復役であると同時に、近接格闘スキルも所有した優れた一流の戦士でもある」
紅魔族に饒舌に解説するアルタリア。なにこいつ? まるで知的キャラみたいになってる。
普段は誰よりもバカなくせに、戦いに限れば知恵が働く戦闘狂。それがアルタリアという女だ。
「レイの魔法は強いが、アークプリーストには強い魔法抵抗力がある。その上マリンは前線で戦ってきたから、純粋な防御力も高いはずだ。その辺の戦士の攻撃など軽く弾いてしまうほどな。まあ私の物理攻撃には耐えられないだろうがな」
「で、でも。我らは戦争用改造魔道兵、紅魔族ですよ? 相手が卑劣なマサキでもない限り、堂々と戦って後れを取るはずがありません」
それでもなお納得のいかないという顔の紅魔族に。
「わかってねえなあ。いくらレイが強いアークウィザードでも、所詮は魔法使い職。魔法を耐えて近接に持ち込み、喉を押さえれば詠唱も出来ないだろ。どんなに改造をされてようが、魔法使いである限り弱点は一緒だ」
「な、なるほど、接近に持ち込めれば、マリンという女性にも勝ち目があると」
「解説ありがとうございますアルタリア先生」
いつの間にか紅魔族から先生と呼ばれているアルタリア。お前そんなキャラじゃねえだろ。
そんな中、ヒヤヒヤする戦いが始まろうとしている。こんな思いはあの時以来……アルタリアとダグネス嬢が決闘をおっぱじめた時以来だ。あの私闘の時も生きた心地がしなかった。
まったく俺の仲間はどいつもこいつも、血の気の多い奴らばかりだ。
『炸裂魔法』
先に攻撃を仕掛けたのはれいれいだった。炸裂のエネルギーがマリンにぶつかる。
「プロトタイプの奴! ほんとに撃ちやがりましたよ! 仲間でも容赦無しですか!」
ななっこがドン引きして言った。
「まだまだ行きます! 『炸裂魔法』『炸裂魔法』」
次々と撃ち込まれる魔法で、マリンだけでなく周辺の大地がえぐれていく。
「あれでは近づく事なんてできないぞ!?」
「本気だ! あれじゃあ相手は肉片になってるんじゃねえか?」
「間違いなく殺す気だよ! ねえマリンさん! もういいから、今日会ったばかりの私のためにそこまですることはないよ!」
鳴り続ける轟音を聞き、口々にギャラリーが騒ぎ出す。
「止めないのか!?」
「なんで黙ってるの? もう勝負はついただろ?」
その様子を無言で眺める俺とアルタリア。
煙が晴れると……。
「フッ」
アルタリアがふふんと笑っている。
「……」
無傷のマリンがそこに立っていた。
そのまま無言で接近し、れいれいを蹴り飛ばす。
「ぐはっ!」
れいれいが呻き声をあげ、地面に崩れる。
「どうして!? どうしてマリンはダメージを殆ど受けてないんですか?」
「あれだけの魔法を食らったのに? 無傷なんて!?」
「馬鹿な! 紅魔族の、この世界で最強の種族の魔法だぞ!」
騒ぐ紅魔族に。
「単純さ。あんなしょぼい威力で倒せるわけないんだよ。だから言ったろ? マリンの魔法防御はかなりのものだって」
説明するアルタリア。
「しょぼい? ショボイだと? 炸裂魔法は特殊な系統の魔法だぞ! 燃費こそ悪いが、威力は上級魔法を凌駕している! 岩盤ですら打ち砕くあれのどこが弱い!?」
「私の爆発魔法同様、まともに食らえばただではすまないですよ?」
しょぼいと言われ、反論する紅魔族。
マリンは倒れたれいれいに、追い討ちを食らわすことなくただ手を組んで立っていた。
「今のはレイさんの魔法ですね?そう、改造される前の実力です」
マリンはれいれいに聞いた。
「……くっ。さすがはマリン。これでは倒せませんか」
納得した顔で返事をするれいれい。
「あの程度でやられるわけはないとわかっていたが、まさか防御魔法すら必要ないとは。いつの間にあんな実力を持っていたんだ?」
マリンの強い魔法抵抗力を見て、思わず声が出る。
「本気でやってください。そうでないと意味が無いんですわ! レイさんではなく! れいれいさんの魔法を見せてください!」
残念そうな顔で、地面に倒れるれいれいに叫ぶマリン。
「どういうことだ? あれがプロトタイプの実力じゃないのか」
「レイは元々アークウィザードだ。改造なんてされる前からな。あれぐらい昔からやってたわ」
「なんだと? ではプロトタイプが本気を出すとどうなるんです? アルタリア先生?」
「それは今からわかる筈さ」
アルタリアの解説に俺もうなずき。
「その通り、今のはれいれいではない、レイ本来の実力だな。だがさすがにれいれいも容赦なく仲間を殺すことはないか。人の心があってほっとしたぞ」
少し安堵して呟く。
「レイ! なにを躊躇ってる! 思いっきりやれ! 本来の力を見せてみろ! そんなんでマリンを倒せるわけねーだろ!」
本気を出してないれいれいにイラつき、大声で叫ぶアルタリア。
「いつでも貴方達を止められるように! 正しい道に返すために! 私は密かに特訓をしてきたのですわ! 時は来ました! 今こそ私の本気を見せてあげます! 筋力強化! 速度強化! 防御力強化! 魔法抵抗力強化!」
マリンが自身に強化魔法を使った。あっちも本気でれいれいを潰すつもりだ。
「はぁ、凄いですねマリン。でもこのまま倒せばよかったのに。チャンスを逃がしましたね。私に真の力を出させた事を後悔しますよ」
素早く立ち上がり、マリンから距離を取り直すれいれい。お馴染みの赤い目を光らせ、体からスパークを駆け巡らせて辺りが震え始める。
「そうこなくては! 正義には力が伴っていないと無意味です! 私が口だけではないということを証明して見せましょう! アクア様、見ていてください! 絶対に止めてみせます!」
「はあああああああ!」
マリンの言葉に呼応するように、れいれいが全力で魔力を高めている。
「里中が震えてますよ!」
「ねえ、この戦い、続けていいのかな?」
「プロトタイプの真の力って! どれほどなんです!? アルタリア先生!」
「まぁ少なくとも、全ての技が必殺クラスにはなってるだろ。中級魔法、上級魔法も関係ない。圧倒的な威力で敵を消せるほどのな」
「必殺クラス? いったいどんな威力になるの?」
「こんな凄い魔力、初めてだ! まだ魔法を使っていないのに!」
れいれいが放つ莫大な魔力に、紅魔族だけでなくブラックネス・スクワッドも注目している。
「……」
「……れいれい副官の本気」
高まり続ける魔力に、里にいるもの全員が息を呑む。
やがて空気を震わせていた魔力がパッと消え、れいれいの中に吸い込まれていった。
「待たせましたね。まずはこれからいきましょう! 炎で燃やしてあげますよ!」
赤く輝くれいれいは片手を挙げ、頭上に炎を発生させた。
「プロトタイプ、本気だぞ!」
「明らかにさっきまでとは様子が違う! っていうかあんな黒い炎見たことがないぞ」
「まだ大きくなってる! ファイヤーボールって、あんなにでかいのをぶつける技だっけ?」
巨大な火球をマリンに放つれいれい。
『ファイヤーボール』
「はぁああああ! はっ!」
飛んでくる炎を、両腕で押さえこみ、上へほおり投げるマリン。弾かれた炎が森に飛び、爆発が起きる。
「馬鹿な! 中級魔法とはいえアークウィザードの! 紅魔族の技だぞ! それを詠唱もなく!」
「おい! 森が大火事になってるぞ! なんなんだあれは!」
「いくら強化されてるとはいえ、あんなのを素手で防ぐなんて!」
『ファイヤーボール』を防いだマリンは、れいれいに向けて歩き出す。
「まだまだ! 今度は『ライトニング』をおみまいしますよ!」
れいれいの手から閃光がほとばしる。
「『リフレクト』」
手に小さな魔法障壁を発生させて、受け流すマリン。雷のシャワーの中をまっすぐ進んでいく。
「流石にリフレクトを使ったか。あれを生身で受け流すのは無理があるからな」
「だがまだまだこれからだぜ!」
俺の言葉に、アルタリアが興奮して返してくる。
流れた電流がマリンを中心に放射線状に流され、背後にある建物が灰燼に帰す。
「ひいっ! あぶね! 家が吹き飛んだぞ!」
「せっかく立て直したのに!」
「家まで距離があるのに! なんなのあの『ライトニング』の威力は!」
「あの雷の中を前進できるなんて! あのプリーストはやっぱりおかしい!」
アークウィザードを極めた者が見せる本気のバトルに、目を離せない紅魔族。
「凄い! 凄いですよマリン! どんどん行きますよ! 『ライト・オブ・セーバー』」
「ぐううう! はぁっ!」
飛び掛る光の剣を、掴んで捨てるマリン。文字通り白刃取りを見て、観客が大騒ぎだ。
「おい! 『ライト・オブ・セーバー』を素手で受け止めたぞ!」
「あんなの人間業じゃない! 怪物だよ!」
マリンはすでに、れいれいのあと数歩先まで迫っていた。
「プロトタイプの、いやアレが紅魔族本来の魔法の威力か」
「極めれば全ての技が必殺と化す。まさしくその通りでした」
「でも全部防がれたぞ。どうしてだ先生?」
「れいれいの本当に得意な魔法じゃないからさ。ポイントってのは、自分が一番だと思ったものに注ぐもんだ」
攻撃力とスピードに全てのスキルポイントを振り切ったアルタリアが、得意げに言う。
「ふっふっふ、お見事としかいえませんね。本当に、本気を出しても死にそうにないですね、マリン」
「こんな技では私を止められませんわ。貴方の得意な魔法で来てください。それからが本当の勝負です!」
来た。
れいれいの、レイだったころからの、彼女にとって特別な魔法。
俺のために覚え、俺のために使ってきた。あの魔法がなければ、俺もここまでの地位にのし上がれなかったかも知れない。
主に工事現場で使われているらしいが、俺にとっては最高の魔法だった。戦場構築にこれほど役立つ魔法はないからだ。
その魔法が今、俺の大事な仲間に向けて放たれようとしている。これまでにない、最強最悪の力をこめて。
「私も、私自身でも! 炸裂魔法を最大限まで高めるのは初めてです! どんな威力になるのか想像も付きません。死なないで下さいよ、マリン!」
「きなさい! れいれい!」
覚悟を決めた顔で、ファイティングポーズを取るマリン。
「くるぞ! 炸裂魔法が!」
「本気の炸裂魔法! 一体どんな威力になるんだ!?」
「ななっこの爆発魔法より凄いかも!」
「なにおう! そんなことあるわけないです! 取り消してください!」
「でも見ただろ! あの威力の魔法たちを! お前に出来るか?」
「くっ! 確かに……あの領域は届かないかもしれません。でも遠くない未来、身に付けて見せますから!」
「今までのプロトタイプは仮の姿に過ぎなかったのかも。かっこつけじゃなくて、言葉通りの意味で!」
「なんだと! プロトタイプはスペック上では第一世代と同等、いや魔力漏れで少し下回るはずだ! なんでこんなに差が出るんだよ!」
もめている紅魔族に、一言アルタリアが言う。
「経験値の差だ。元々アークウィザードとして活躍していたれいれいと、改造でただ強くなって胡坐をかいていたお前らが一緒なわけねーだろ! もっと戦いについて勉強しろ! 修行しろ! このバカが!」
「ぐっ!」
アルタリアの正論に黙り込む紅魔族たち。さらにアルタリアにバカと言われ落ち込んでる。
コイツにだけは勉強しろなんていわれたくないが。
「ではアルタリア先生。私たちももっと魔法を極めればプロトタイプのように?」
「出来るんじゃねーのか? 適正は一緒なんだろ?」
「それを聞いて安心した。俺たちも経験値さえあれば!」
「まずは彼女を目指せばいいのだな」
アルタリアの答えに安堵する紅魔族たち。
「今から見れるのか。最高峰のアークウィザードの魔法が!」
「改造された紅魔族が、本気で鍛え上げた熟練の技裁きを!」
「目を放せませんね」
紅魔族たちは目を輝かせながら、れいれいの一挙手一投足に注目している。
彼女の爛々と輝く瞳が本気だと言う事を告げている。
これより俺も、いやれいれい自身も見たこともない、最大威力の炸裂魔法が放たれるだろう。
もう遠慮はしないだろう。マリンが死ぬかもしれない、それでもコイツは撃つ。
普通の魔法はことごとく防がれてしまった。もう後がないのだ。
『炸裂魔法』
れいれいの呪文と共に、まるで時が止まったかのように、一瞬その場全体がシンと静まり返り……
杖から強烈な光がほとばしり、目の前のマリン向けて突き刺さる。
遅れて巨大な轟音が大地を揺るがした。
「アレが? 真の炸裂魔法?」
「プロトタイプの真の力か!」
マリンが立っていた場所には、サイズこそ小さいがとてつもなく深い穴が開いた。底が全く見えない。
「マリン……」
どれだけ魔法抵抗力が優れていようが、あんなの防げるわけがない。
まさに全てを灰塵にする、極大な魔法が炸裂したのだ。
ピンポイントで敵だけを破壊する、最高威力の炸裂魔法。
マリン、死んでしまったのか?
「……! おい見ろ! 人影が見えるぞ!」
「ふう」
爆風の中に、人影が見えて安心した。
びっくりしたぞ。本当に殺されたのかと思ったぞ。
「ぐっ!」
肩を抑えるマリンが立っていた。
「流石にあれは……防げませんね! 避けるしかありませんでしたわ」
「いくらあなたが固くても、私の炸裂魔法には敵いませんよ。降伏してください」
「そのようですわね。でも当たらなければどうってことはありませんわ」
「なるほど、そうですか。では戦いを続けます。連続!『炸裂魔法』!」
れいれいは自分の周辺の地面を無差別に爆破しだした。
あれでは簡単に近づけない。空にも届く光の柱が何本も発生し、何度も轟音が響き続ける。
たまらずれいれいから距離を取るマリン。
「私に近寄るのは無理ですよ、マリン」
「私が接近戦だけしか出来ないと? それは間違いです! 『セイクリッド・クリエイトウォーター!』
マリンが水を発生させる。
「あれは初級魔法のクリエイトウォーター?」
「なに考えているんだあのプリーストは」
「この戦いで初級魔法なんて通用するわけないだろ?」
……紅魔族、いやこの世界の奴らは初級魔法を軽視する傾向があるな。
初級魔法も使い方次第で色んなことが出来る。
無論、戦闘でも。
「はああああああ!!」
水を圧縮させ、マリンの手から凄まじい勢いで水流が発射される。
「ぐううう!」
水の勢いに押されるれいれい。
「こんなもの! 『カースド・ティンダー』」
マリンの出した水がれいれいの目の前で蒸発していく。水は一瞬で水蒸気となり、周りに霧のように広がった。
「マリン! こんな水で私を倒せるなんて思ってませんよね!?」
「思ってませんとも! 狙い通りです。これを待っていましたわ!」
「なっ!」
『セイクリッド・ブロー』
急接近したマリンが、れいれいの腹をぶん殴った。
「ぐはっ!」
マリンの重い一撃が、れいれいに浴びせ続けられる。
「なるほど、あの水での目くらましが本当の狙いか。マリンも考えたな。紅魔戦線での霧を参考にしたのか。周りが見えなければ、接近も容易だ」
マリンの戦略に感心する。あいつめ、そんな策も考えるようになったのか。初めて仲間になったとき、無防備にジャイアント・トードに飛び掛っていたときからは想像できない。
「この霧の中ではお互いに相手の場所がわからないのでは?」
「そうでもないさ」
紅魔族が聞くがアルタリアが小さく首を振る。
「その赤く光る目がある限り、あなたの居場所は丸わかりです!」
「ぐうっ! ごほっ! ガハッ! どこだっ!」
普段は赤く光り、相手に恐怖を与える紅魔族の瞳が、逆に弱点となっている。
赤い光を目掛け、マリンは水を放ったり、接近して殴る蹴るを繰り返し、着実にれいれいの体にダメージを与えていく。
「……本当に容赦ないな」
霧が晴れていき、二人の姿が露になる。
アレが全力のマリンか。怖いな。今までれいれいやアルタリアの事を恐れたことは何度もあったが、マリンにここまで恐怖を感じるのは初めてだ。
マリンを倒すのは、弱点がはっきりしている他二人よりも骨が折れそうだ。っていうか勝てる方法がわからなくなってきた。
……本当に恐ろしいのは紅魔族ではないかも。
俺はとんでもない化け物を生み出してしまったのかもしれない。
「マ、マリンさん! いくら私のためといっても……それはやりすぎだよ」
「まだ勝負は付いていません! 私が負ければ! アクア様に顔向けできませんわ!」
クリスの言葉も聞かず、自分が絶対的な正義なのだと、相手に、いやこの場の全員にそう見せ付けるように、執拗に攻撃を続けるマリン。
胸倉を掴み、強化された体で軽々とれいれいを持ち上げると、そのまま地面に叩きつけた。
「私は学んだのです! 目を背けたくなるようなマサキの悪行を見て! そして気付いたのです! 正義は時に情けなく実行しなければいけないことを!」
倒れたれいれいを思いっきり踏みつけながら、マリンは叫んだ。
「酷い! ひどすぎるわ! どうして仲間にこんな事が出来るの? なにが正義よ! こんなの……こんなの……」
狂気のアークプリーストを見て、ひゅーこが怯えている。
この容赦のない、鬼のような所業が正義なのか? どう見ても悪役にしか見えない。
……いや、違う。これこそが本当の正義だ。どんなにかっこつけようと、見た目が綺麗だろうと、負けてしまえば正義もクソもなくなる。正義を名乗るには、勝利の二文字が絶対条件なのだ。
「そんなに憎いの!? 仲間じゃないの!? 殺したいの?」
泣きながら叫ぶひゅーこ。
憎しみ……ではない。
むしろ動機が憎しみであったほうがよかった。
彼女たちはお互いの事を嫌っているわけじゃない。
マリンは自分の神を、れいれいは俺への愛を心から信じている。最高のものだと思っている。
それは決して譲れない、自分の人生をかけて戦いを続けている。
勘弁して欲しいが……あいつらはそういう人間なんだ。外から何を言おうが止まらないだろう。
「さくれ……かはっ! 炸裂……ぐうっ!」
呪文を唱える暇もなく、攻撃が続いていく。アッパーを食らい、よろめくれいれい。
「あれでは何も出来ないぞ」
「やられっぱなしじゃないですか!」
「このままじゃあプロトタイプの敗北!?」
「おいれいれい! あなたも紅魔族ですよね!? 戦うために生まれた改造人間! その戦闘種族が負ける所なんてみたくないです! お願いですから勝ってください!」
一方的に殴られるれいれいを見て、叫ぶ紅魔族。応援するななっこ。
「れいれい! 接近された時点でお前の負けだ! 二人ともやめろ」
俺も勝敗を悟り、れいれいに叫ぶ。
「くぅっ!! なにを言うんですマサキ様! ここから逆転します!」
「そうです! れいれいさんはまだやる気です! 目を見ればわかりますわ! 動けなくなるまで攻撃は続けます!」
れいれいはなおも立ち上がろうとしている。その様子を確認したマリンの攻撃は止まらない。
「ぐうううううっ!」
マリンのパンチを腕で何とか受け止めて、れいれいは叫んだ。
「食らえっ! 『ティンダー』」
「つっ!!」
そして手から炎を発生させ、マリンに殴り返す。
「あれは初級魔法!?」
「どうして初級魔法なんて使ってるんです? 炸裂魔法は!?」
「あそこまで接近されたら炸裂魔法は使えない。呪文を唱える暇はない。もう物理攻撃で殴り返すしかない。その威力を少しでも高めるために、『ティンダー』を使ってるんだ」
「でも先生、それなら『ライトオブセーバー』は? 接近戦ならあっちの方が!」
「強い魔法を集中させる暇がないんだよ。狙いをつける時間もな。もう自分の拳で直接殴らない限り、マリンには当たらない」
「そ、それでプロトタイプは『ティンダー』を? でも初級魔法はスキルポイントの無駄遣いでしょ。殺傷能力もないし!」
「本当にそうか? あの火を浴びてもノーダメージと言えるのか?」
アルタリア先生の言葉を聞き、改めて二人の様子を見る紅魔族。
れいれいの拳は熱い炎でたぎっている。
ペッと地面に血を吐き、殴られた部分を触るマリン。頬には焦げ跡がある。
やがてれいれいの炎は、手だけではなく全身を燃え上がらせた。
「私だって! ただのアークウィザードではありませんよ! マサキ様のために、どんなとこにでも忍び込めるように体力も鍛えて来たんです。だから!」
「この炎、強い意志を感じました。私の障壁を貫通しましたね。さすが! 最後まで付き合いますわ! れいれいさん!」
最後の会話をした後、二人は。
「はあ!!」
「だあ!!」
目に見えないスピードで、お互いに拳と拳がぶつかり合う。どうやられいれいの方も自分に強化魔法をかけているようだ。でなければ前の猛攻でとっくにやられていたか。
「これが紅魔族、いや最強のアークウィザードの戦い?」
「殴り合いなんて! 魔法使い職のやることじゃないぞ!」
「認めない! こんな泥臭い! 高い知力と魔力を持った紅魔族の、最後の手が初級魔法を載せたパンチだっていうのか!?」
「目を反らさず見るんだな! いくら頭がよかろうが、魔法を使えようが、最後に頼りになるのは自分の腕力よ!」
アルタリア先生が、動揺する紅魔族に活を入れる。
『カースド・ティンダー』
『セイクリッド・ブロー』
二人の拳が交差し……
「ぐはっ!!」
決着がついた。
マリンの拳が、れいれいのみぞおちにめり込んだ。
攻防の一瞬の隙を付かれたのだ。
最初に言ったとおり、接近戦ならばマリンのほうに分がある。
いくら強い魔力で体を強化していようと、経験の差は埋められない。
強烈な一撃を受け、ついにれいれいは地面に倒れ、動かなくなった。
この戦い、マリンの勝利だ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
とんでもない事をしてくれたな、この二人は。紅魔の里がまたボロボロだ
気を失ったれいれいにヒールをかけていると、彼女は少しビクッと震え、ゆっくりと目を開けて言った。
「私の愛が……敗れたのですか。まだまだ修行が足りませんね……。マリンがあれほどの力を隠し持ってるとは、思いもしませんでした」
「それは俺も思ったよ」
側には服が破け、ボロボロになったマリンがいた。彼女もかなりのダメージを負ったらしく、地面に座り込んでいた。
「はぁはぁ、いいですか。マサキ、れいれいさん、アルタリアさん。私は正義のために戦っています。これからも悪事をしようとすれば、今回のように全力で阻止して見せますわ」
「あ、ああ。わかったよ。わかってるよ。魔王以外には悪いことはしないよ」
ビビリながらマリンに答える。
「……負けてしまいましたから、私からは何もいえません。ごめんなさいマサキ様。愛が負けるなんて、あってはならないことなのに……」
「い、いや、お前もよく戦ったよ。十分だ。もう休んでいい」
残念そうに呟くれいれいを慰める。
「……大丈夫です。次は負けませんよ。絶対勝ちます! 私も近接スキルを取りましょうかね」
「それは勘弁してください」
こんなの二度とゴメンだ。仲間同士で殺しあうなんて。いや殺すつもりはなくても、本気でやれば命に関わる。これは起きてはならなかった事だ。次はこうなる前に、マリンに変に逆らわないようにしよう。
「マサキ様! 私は正義に負けました! マリンの正義に屈したんです! 最低の女です! マサキ様の妻失格です!」
「あ、ああ。負けたことは確かだが、そこまで卑下することはないぞ? 相手が悪かっただけだよ」
「ですから私に罰を! お仕置きを下さい! さあ殴ってください! 負け犬とののしって! 殴ってください! お願いですマサキ様!」
「えっ?」
目を輝かせながら、俺の手をぎゅっと握るれいれい。
「さぁ! 悪い子には罰を与えないといけませんよね! 殴って! 傷つけて! 首を絞めて! 敗者の定めを刻み付けてください! 痛みを上書きしてください! それが私の糧となる! 弱りきった私の体に、焼印でもピアスでもなんでも好きにしてください! 二度と負けませんから! お許しくださいマサキ様ああああ!!」
「そんな趣味ねえから。別に負けたことには怒ってねえし! っていうか勝手に決闘される方がこまるんだけど? おい、なんだその目は! なにを期待してんだ! くっそう離れろ! もう動けるのかよ! 心配して損した」
この女! いつもの凄い力で俺の手を握り締めてくる。
「弱った私に優しいマサキ様! 素敵です! 惚れ直します! あの時を思い出しますね! 私が記憶を失った時もこんな感じでした!」
「くっ! アレは忘れてくれ!」
れいれいは見た目だけなら美少女なんだ。見た目だけなら。心の中身に化け物が住んでさえなければいい女だと言うのに。
彼女が記憶を無くした時は、文句なしの純朴な美少女だった。
でもそれは本当のれいれい、レイじゃない。俺のために、頼んでもないことを、しかも俺が困ろうと関係なく勝手にしでかす女、それが俺の仲間、れいれいなのだ。
「キルミーベイベー!」
「やかましい! 安静にしてろ!」
ボロボロになってなお、そのヤンデレハートは健在だ。っていうか相変わらず重いわ。
「……そういえばどうしてマリンと戦ったんでしたっけ?」
「あいつのせいだよ」
今回の原因となった盗賊を指差す。
「どっちも殺す気まんまんだったよね? キミたちの仲間っていつもこんな感じなのかい?」
「そんなわけ無いだろ! お前のせいでパーティーが危うく空中分解するところだったわ! この疫病神!」
「え? あたしが疫病神? このあたしが? そんなこといわれたの初めてだよ」
疫病神といわれ、かなりのショックを受けているクリス。すでに縄は解かれている。
「マサキ、約束ですわよ」
「ああ、わかってる。マリンに免じてお前を自由にしてやる。これは目的の神器だ。持っていけ!」
ロビーに飾ってあった、無駄に重くて馬鹿でかい剣。その上頑丈なだけでたいして切れ味もよくない。おそらく選ばれしものが使えば神器としての真価を発揮するんだろうが、今はただの巨大なガラクタだ。武器としてではなく、変わった置物として安く売られていた神器を台車に乗せて、クリスの前に置いた。
「ねえ! これは確かに神器だけど! ドラゴンころしだけどさあ! 私が本当に回収したかった神器はこれじゃなくて! もっと危険な! それにこんなに重いのを一人で持って帰れってことなの? 嫌がらせだろ!」
「目的は果たしただろう? じゃあ帰るんだな。台車もつけてやるから」
クリスの反論を無視して言い放つ。
「ふん! ベー。絶対他の神器も頂いていくからね! バイバイ悪党さん!」
挑発的に舌を出して、重い神器を運びながら、帰っていくクリスだった。
「そのうち、必ず勝って見せますからねマリン……。ふん」
クリスの去り際にボソっと、れいれいが何か小さな声で呟いていた。
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