一部 3話 赤き目のアークウィザード!
雲一つない、晴れやかな青空の下。
俺達は巨大なカエル、ジャイアントトード討伐のクエストに向かうらしい。
らしい。というのは有無を言わせず勝手に仲間になったこの水色アークプリーストのマリンが、さらに自分で勝手にクエストを決めたからだった。
「ねえマリン……さん? 俺は最弱職の≪冒険者≫で、レベルは1ですよ? 本当に勝てるんですか?」
俺は心配になって仲間のプリーストに尋ねる。
「勇者サトーマサキ様! 心配はいりません。ジャイアントトードは農家の山羊を丸呑みにするような危険なモンスターですが、腕のいい冒険者にとってはいいカモと聞きます。そして私はアクシズ教徒の上級職アークプリースト。後れなど取りません。あと私の事はマリンと呼び捨てにしてくれて結構ですよ」
さすが上級職、頼もしい限りだ。受付のゆとり君いわく、俺は上級職になるのは無理らしくてちょっと悔しいが、仲間にいるならそれでもいいか。
「俺のこともいちいちフルネームで様付けしなくても。サトーでもマサキでも好きに呼んでくれ」
俺も彼女に言い返した。
「では行きましょうマサキ! 憎きカエル共を倒すのです!
「ああマリン。よろしくな」
ん?
今の掛け合い。なんか良くないか?
お互いに名前で呼び合う仲間達。出会いこそ最悪だったが、今の俺達はなんかいけてないか? これだよ。これでこそ冒険者パーティと言うものだよ。この世界に来て初めてそれっぽいことをしてる気がする。
よし。
「ジャイアンでもなんでもかかって来い!」
「ジャイアントトードですよマサキ」
いちいち訂正してくるマリン。多分彼女は真面目な人なのだろう。真面目すぎたからこそ訳のわからない宗教にはまってしまったのかも知れない。なんて不憫な……。
「出ましたよ! ジャイアントトードです!」
マリンがモンスターを確認して叫ぶ。すぐさま俺もレンタルしたショートソードを構えるのだが。
「ちょっとでかくないか? 初めての敵にするにはちょっと色々と飛ばしてないか? もっと小型のスライムとかゴブリンとか倒してから挑む奴じゃないのか? コレ」
俺はいざジャイアントトードを目の前にしてびびった。俺はウシガエルを一回り大きくした位のサイズを想像していたのだが、こいつは俺を一口で食べられそうな大きさをしている。
「おいマリン、本当になんとかなるんだろうな」
不安になってマリンに聞く。
「ああアクア様。私には見えます! アクア様がジャイアントトードに食べられる姿が! さぞお怒りになるでしょう! ですがこのマリンがいる限りあなたをそんな目には合わせません! アクア様がアクセルに降臨する前に! この私がこのジャイアントトードを絶滅させて見せます! 神に牙を向く愚かなカエルめ。地獄で懺悔しなさい!この憎らしいカエルに天誅を!」
なぜかトリップ状態のマリン。何か独り言をブツブツ呟き始めた。やっぱこの人危ない。
『セイクリッドブロー!!』
マリンは白い光を拳に集めながらジャイアントトードに殴りかかった。
「ええっと、このモンスターは……」
俺はマリンが戦うのを見ながら、魔道具の眼鏡で巨大カエルについて見通すことにした。斬撃……効果アリ。打撃……無効? へえなるほどな。
ってえ? 打撃無効?
「うわあああああ!!」
マリンの放った打撃は柔らかいカエルの腹にめり込むが、何事もなかったように元通りになる。そしてベロンと舌を出してマリンを飲み込んだ。
「今ですマサキ! ジャイアントトードの動きを止めました! 今がチャンスです!」
カエルに飲み込まれながらマリンは叫び始めた。
「なにが動きを止めただ! 食われてるだけじゃねえか! おいこいつ打撃は通じないって書いてあったぞ! なんか他に攻撃手段はないのかよ!」
カエルの口からなんとか顔だけ出しながらも、指示を出すマリンに俺はつっこんむと。
「…………使えません」
「…………は?」
俺は驚いて聞きなおす。
「神に仕えるプリーストともあろうものが、刃物なんて装備するわけにはいかないでしょう? 私は打撃攻撃には自信がありますがね」
こいつ使えねえ。いや違う。なんで打撃しか使えない人間が天敵とも言えるこのカエルに挑もうと思ったんだ? 馬鹿なのかこいつは。
「さあマサキ! 今こそ勇者の力を使うべきです! 勇者候補と言えばなにかしら特別な力を持っているはずです! それを今こそ発揮するべきです!」
「俺にぶん投げかよ! 俺はな! 戦闘向けのチートは貰ってないんだよ! 使えるのは花鳥風月だけだぞ! 宴会芸でどうやってこの巨大なカエルを倒せって言うんだよ!」
「勇者様はやれば出来る! 出来る子なのだから! 上手くいかなくてもそれはあなたのせいじゃない! 上手くいかないのは世間が悪い!」
「世間が悪いじゃねえ! 悪いのはお前の頭だ! なんでこんなモンスターの討伐クエストなんて受けたんだ! 相性最悪な相手に! くっそう! 俺がやるしかない! やるしかないんだな!? おわあああああああ!!」
この馬鹿へは後でじっくりと説教することにして、俺はレンタルソード片手に、捕食中で身動きの取れないカエルへ向かって駆け出した!
「で、この杖はなんなんだ?」
なんとか一匹のジャイアントトードを撃破した俺は、無事マリンを引っ張り出した後、彼女が戦闘で使わなかった木の杖を拾って聞いた。
「それはアクア様の持つ聖なる杖を模して作ったものです。そっくりの花を見つけてドライフラワーにするの苦労しましたよ? あくまで装飾用なんで戦闘には使えませんが……。あっ! 折らないで! アクア様の杖を折らないで!」
俺は役に立たないゴミをへし折った。
「今度からクエストは俺が決める! そもそもなんでカエルの討伐なんて請けたんだよ! 一匹だったから何とかなったけど! わらわら出てきたらここで全滅してたぞ!」
愛用の役に立たないゴミをへし折られ、涙目のマリンに俺は尋ねる。
「ジャイアントトードですマサキ。それはですね、私には見えたのです! アクア様がこのモンスターの粘液を浴びて涙を流す姿を! ですから私は! なんとしても降臨なさる前にジャイアントトードを駆除しようと! それがアクシズ教徒の預言者である私の仕事ですわ! まさか打撃がここまで効かないとは思ってもいませんでしたが」
真面目に言い返すマリンに。
「わかった! お前の予言なんかどうでもいいが、カエルを倒したいことはわかった! だがそれならちゃんと下準備してからだ! 俺は最弱職の≪冒険者≫で! スキルは『花鳥風月』のみだぞ! まずはもっと弱っちいのを! それでレベルが上がったらこのカエルを倒してやるから! いいな!?」
「ジャイアントトードですマサキ。でも仕方ありません。運が良かったですね。ジャイアントトードよ。次にあった時こそあなた達の最後です!」
食われて囮になる以外何の役にも立たなかったこの無能プリーストは、カエルの粘液でべたべたになりながら偉そうに宣言する。
この無能の癖に!
「じゃあとっととクエストを諦めて引き上げるぞ。もっと簡単なのから倒していこう。この街の近くの森には別の弱いモンスターがまだ駆除できてなくて残ってるそうじゃないか。そっちに行こう」
俺はクエストを諦め撤退しようとする。クエスト失敗で罰金とかペナルティーないよね? その辺ちょっと心配だけど命には変えられない。倒したカエルの死体を放置して引き返そうとしたその時。
「うわっ! また来たか!」
仲間を殺されたのに怒ったのか、それとも簡単に倒せそうな獲物を求めて来たのかはわからないが、数匹のジャイアントトードが回りに集まってきた。
ゲロゲロと嫌な鳴き声をだしてわらわら集まってくるジャイアントトード。気付けば10匹近く姿を現し、あっという間に退路がなくなってしまった。
「囲まれた! この数じゃ勝ち目はないぞ! おいマリン! なんとかならないのか?」
「ああアクア様の声が聞こえます! 『カエルってよく見ると可愛いと思うの』 そうですね! 私もそう思いますアクア様!」
さっきまでの勢いはどこにいったのか、急に弱気になるマリン。もう駄目だなこいつは。マジで使えねえ……。
「くっ!」
俺はかっこよく剣を構える。まるで漫画の一コマのように。なぜこの構えをしたのか。それは俺がまともな剣の構え方を知らないからだ。形から入ってみただけだ。
「マサキ! さっきと同じくやっちゃってください! マサキはやれば出来る子! 出来る子なのだから――」
「やかましい! さっきは一匹だったからギリギリいけたんだよ! こんな数相手に何とかなるわけないだろ!?」
俺とマリンは背中合わせになりながら、ゆっくりと包囲を狭めていくカエルを警戒する。
ああもう駄目だ。
俺の冒険はここで終わりだ。
早くもゲームオーバーなのか。
こんな電波女に関わったばかりに……。
迫る巨大カエルたちを前に覚悟を決めた俺。だがその時だった。カエルの一匹がいきなり内部から爆発した。
「やれやれ、やっと拘束スキルの効果が切れましたか。でもこれで逃げられるとは思わないで下さいよ? 我が愛しき人よ。どこまでもあなたについていきますから。覚悟していてください。ヒヒヒヒヒ」
カエルの内部から飛び出してきたのは、黒マントに黒いローブ、黒いブーツに杖を持ち、トンガリ帽子は被っていないものの、典型的な魔法使いの格好だった。
十七、八といった所か?
黒髪を腰まで伸ばし前髪もまた顔の半分が隠れるくらい伸ばしたその娘は、御伽噺にでてくる悪い魔女のような恐ろしい声で言った。
いきなり仲間の一匹が爆発したことで、ジャイアントトードは怯え、彼女から距離をとって警戒している。
「誰だか知らないが助かったよ。俺は冒険者のサトー・マサキだ。君は?」
予期しない援軍が来たことで緊張が緩み、俺は魔法使いの少女にお礼を言った。
「誰ですかあなたは? 気安く話しかけないで下さい。名乗る気もありません」
冷たい返事を聞いて心にグサッとくる俺。この反応を見ると、多分この子は別に俺達を助けに着たとかそういうわけではなく、カエルの中に食われててなんとか脱出したらたまたま目の前に出てきた。そういうことか。
ああそれでもなんて運がいいんだ。もし彼女がカエルに食われてなかったら、俺は、いや俺とマリンはここで全滅していただろう。
「そう言わないでくれよ。お互い冒険者同士だろう? ここは助け合いと行こう。カエルに囲まれて困ってるんだ。一緒にこの危機を乗り越えようじゃないか」
「私が魔法を使うのは愛する人のためと決めているのです。カエルなんて知りませんよ。そんなことはどうでもいいのです。早く愛しき人のところに向かわないと。あなたのような冴えない眼鏡に付き合ってる暇はないのです」
こいつ!
なんて冷たい奴だ。それにムカつく!
よく見ると巨大カエルたちは彼女に怯えて道を開けている。野性の本能でこの魔術師が危険だと察知したのだろう。彼女が進むのをこのモンスター共は止めたりはしない。だが一方で俺達の方にはまだ狙いをさだめている。多分この子が離れた瞬間に襲いかかってくる気だ。
この娘と離れれば俺達は最後だ。いけ好かないとはいえなんとかしてこの魔術師の子と協力しないと。
俺は見通す眼鏡にスイッチを入れて彼女を見る。どうすれば協力的になってくれるのか? それが知りたい。
『Warning!』
ん?
『警告! 危険!』
この少女を魔道具の眼鏡で見ると、レンズにそう表示された。文字は真っ赤だ。そんなにヤバイのかこの女は。とりあえずカエルの方にも使ってみるが、どうしてモンスターよりこの少女の方が危険だと表示されているのだろうか?
だが、それでも! 俺はこの少女を説得しなければおしまいだ。カエルに食われるか、眼鏡がかってないほど危険シグナルを発してる目の前の少女に助けを求めるか、二つに一つだ。
「なあ行かないでくれ! 頼む! せめて周りのカエルだけでも追い払ってくれないか!? いつか絶対に礼をするから」
俺は少女に必死で頼み込むが。
「しつこいですね。邪魔ですよ。あなた方がどうなろうと知ったことではありません。人の恋路を邪魔する奴は、カエルにでも食われて地獄に落ちればいいのです」
なんて冷酷な女だ。それによく見ると怖い。手入れなんて全くしてない、伸ばしきった前髪が顔を隠しててまるで幽霊みたいだ。もし夜中に彼女に出会ったらちびってしまうかも知れない。それほど見た目が怖い。
俺が頼んでも顔色一つ変えず、去ろうとするお化け少女。
彼女にとって見れば他の冒険者が死のうがどうでもいいのだろう。見た目だけでなく、中身まで嫌な奴だ。
「頼む、後生だから! 後でなんでもするから! カエルをさっきみたいにサクッと倒してくれればいいんだ!」
「ジャイアントトードですマサキ。でも彼の言うとおりです! 私はアクシズ教のアークプリースト! 私を助けてくれれば、あなたにもアクア様のご加護が訪れるでしょう!」
「宗教勧誘ですか? 下らない。私が信じるのは神ではありません。愛だけです!」
二人で必死で頼むが、フッと鼻で笑うような造作で馬鹿にした。ああもうこいつ!
「愛は素晴らしい! うん凄いね! 俺もいいと思う! だから助けて!」
「……」
俺が必死で食いついていると、急に彼女は歩みを止めた。
「……ねえもしかして、あなたは私の運命の人ですか?」
……は?
唐突に何を言い出すんだろうこの女は。この状況で。
「私が運命の人だと思っていた人は、さっき私を拘束した後、カエルの群れの中に放り込んだのです。でも本当の運命の人なら、そんなことはしませんよね? だから私の本当の運命の人はあの人ではなく、あなたの方だったりして?」
いやいやいや。
いきなりなにを言い出すんだこいつは?
っていうか運命の人は何やってんだ?
巨大カエルの群れに拘束した上投げ入れるなんて普通に殺人だろ?
「あなたのその眼鏡、似合ってますよ? よく見たらかっこいいじゃないですか。うん」
ついさっきまでボロクソに俺の容姿をけなしたこの女は、掌を返した様に褒め始めた。
「……運命の人……ではないかもしれないけど……でも助け合うことは出来るはずだよ……?」
急に態度を豹変してきた女に、警戒しながら返事をした。
「そうですか、残念ですね。もしあなたが運命の人なら何だって言うことを聞きますのに。ではごきげんよう。私はさっきの人達を追いかけなければならないんで」
がっかりした表情をし、俺達を見捨てて遠ざかろうとする魔術師の女。このままじゃあカエルに食われて御陀仏だ。
くっ!
俺の眼鏡によるとこの女は危険だ! 超危険だ! 眼鏡が真っ赤に警告する。モンスターの群れより危険ってどういうことだよ。
だがもう……。
他に選択肢は……。
「そうだ。俺が運命の人だ。だから助けてくれ」
言った。
言ってしまった。
おそらく見通す眼鏡があろうがなかろうが、直感的にヤバイと感じるこの女の前で。
俺は宣言した。あなたの運命の人だと。
他に方法は無かった。
「やっぱりそうだったんですか! だったら早く言ってくださいよ! この巨大カエルを片付ければいいんですね。おやすいごようです! 『ライト・オブ・セイバー』」
彼女の手から光の刃が発生する。その光の線がシュッとカエルの胴を引き裂いた。彼女は両手で同じ魔術を使って次々とジャイアントトードを始末していった。
俺達二人がかりで一匹倒すのが精一杯だった巨大ガエルの群れは、その魔術師の攻撃であっという間に肉片に変わった。まさに瞬殺だった。
怖い。やっぱこの人怖い。
「私の名はレイです。運命の人よ。もう一度、もう一度名乗ってくれませんか?」
眼鏡は今だ警告を鳴らしている。敵を全滅させた後、全身に浴びた体液を拭こうともせず手を差し出すレイと名乗る魔術師の少女
「お、俺の名はマサキ、サトーマサキだ。よ……よろしくレイさん」
「レイさんなんて他人行儀な呼び方は止めてくださいダーリン。私の事はレイと呼び捨て、ちゃんずけ、もしくはれいれいとあだ名で呼んでくれても結構ですよマサキ様。ヒヒヒヒヒヒ……」
彼女のどこが怖いか? まず見た目が怖い。長い前髪で顔を覆い隠すその姿はジャパニーズホラーにしか見えない。あとついでに笑い方も怖い。そして今まで髪で隠れてて気付かなかったのだが、目が赤い。カエルの体液を浴びても気にも留めないところもヤバイ。ぶっちゃけよう、存在そのものが全部怖い。
「ヒイッ、よ、よろしくレイ」
なんとか笑顔を作りつつ、俺は引きつった顔で手を取る。
「プリーストにウィザードが揃って! なんとなくパーティっぽくなりましたね! やりましたよマサキ!」
「黙れ馬鹿者め! そもそもお前のせいでこんなことになったんだからな! 二度とこんな目には合ってたまるか!」
のんきな水色の無能を叱った後、ギルドへクエスト完了の報告をするために帰ることにした。
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