二部 紅魔編

二部 1話 キャベツの群れ

 ――きっかけはキャベツだった。



 あの裁判でなんとか自分だけ生き延びることができたものの、失ったものは大きかった。

 俺が今までやらかしてきた犯罪が明るみになってしまったのだ。

 裁判自体が無効にされたため、直接罪を負うことはなかったのだが……。

 おかげでダンジョンでの商売は止められ、ギルドに貯めといた資金も凍結。クエスト受注にも制限がかけられた。

 何をしても疑いの目で見られるため、まともに仕事にありつくことが出来ない。

 街の住民の俺を見る目もより悪化し、なにか危険モンスターを見るかのように、ただ歩いてるだけで逃げ出す始末。っていうか魔王幹部より恐れられている気がするんだが。


「やっちゃったからなー。あれはやっちゃったからなー」


 おかげで貧乏暮らしに逆戻りだ。まぁ屋敷こそ没収されなかったが。住民いわく、俺達に他の宿で泊まられる方が怖いらしい。屋敷で隔離してくれたほうが安心するとのことだ。

 

「めしとってきたぞー!!」


 俺達の今の食料は、アルタリアがギルドに無断で倒したモンスターだ。それをみんなで調理して食べる。

 俺だって自分でクエストに行きたいのだが、街の外を出歩こうとするとギルドの監視が付いてきてやりにくいことこの上ない。しかも報酬もめっちゃ引かれるし。

 こうなったのは自業自得なのも分かってるんだけどね? まぁどう考えても俺が悪いんだけどね。よいこのみんなはまねしちゃだめだぞ! ルールを守ってクエストをこなそう!


「ジャイアント・トードじゃないですか! これはご馳走ですわね!」

「ではまず私が捌きますね」


 なんだかんだでポジティブな仲間たち。

 手際よく台所でカエル肉を切っていくレイと、鍋の用意をするマリン。



「もうこんな生活……嫌だ!」


 俺は、血を吐くように切実に呻いた。

 もうたくさんだ。なんでこの俺が、この街一番の実力者であるこの俺が、アルタリアの取ってきたモンスターを、食べられるかどうか確認しながら恐る恐るつまむ。

 そんな貧乏学生のような生活をしないといけないんだ!


「こんな街! 大っ嫌いだ! 命がけでこの街を守ったのはこの俺だぞ!? だというのになんでその英雄の俺が! こんな貧乏暮らし……いや極悪人のような扱いを受けないとならないんだ!」


 我慢に耐えかねて、苦悶の声で叫ぶと。


「それはマサキが、英雄であると同時に極悪人だからではないですか?」

「うっ!」


 マリンの言葉が突き刺さる。


「勝手にモンスターを売りさばいたことは許せねえが、まぁマサキなら仲間だし許してやるよ。お前が悪党なのは知ってたことだし。なんか納得がいったわ」


「ゆ、許してくれてありがとう」


 アルタリアにもたしなめられる。


「不利な判決が出たら裁判ごと破壊するとは、さすがはマサキ様といったところです。なんていう悪魔的所業……」


 レイは褒めてくれるが、あまり嬉しくない。


 更にマリンは声を荒げて。


「そもそもマサキがやらかしたことで、連座として私達までまともな職にありつけないんですよ? その辺わかってます?」

「……ごめんなさい。反省します。次はばれない様にします。それか合法スレスレのラインでやります」


 土下座して謝ると。


「全然反省してないじゃないですか! あの時確信しましたよ! このパーティーで一番の問題児は、マサキ、あなただってことが!」

「返す言葉もありません」


 ただただ、土下座を続ける。


「まぁいいじゃねえか。私は昔を思い出して楽しいぜ?」


 生でカエル肉をかぶりつきながら、アルタリアが言った。


「マサキ様から外道さをとったら、それはマサキ様じゃないですよ。ただのメガネです」


 レイが擁護って言っていいのか? そう怒るマリンを宥めようとするも。


「レイさん! 甘やかしてはいけません! この男の性根は腐りきって……いや腐った部分が本体といっても過言ではありません。この男は一度徹底的にどん底に落とさないと駄目なんです! そうでなければ反省なんてするわけないですからね。ああ、アクア様! この薄汚れた悪の化身のような男を、どうか許してください!」


 レイをしかりつけ、祈りのポーズをとるマリン。

 普段なら、ふざけんなこの電波カルト女! と言い返すところだが、どう考えても俺が悪いので黙るしかない。


 土下座姿勢から一転し、ジャンプして椅子に座り込んだ俺は。


「こんなクソみたいな街! とっとと脱出するぞ! そしてこの俺の悪名が広まってない所にいって! 一からやり直すんだ!」


 この街で俺はやりすぎた。そろそろ潮時だ。


「で、どこに行くんですか?」

「それは今考え中だ!」


 街のパンフレットを出し、考え込んでいる。『カジノ大国エルロード』うーん、俺はそんなに運は強くないしな。イカサマ有りなら誰にも負ける気はしないんだが。バレたらここと同じ目に合いそうだ。『温泉の街ドリス』別に休暇に行くわけじゃないし……そもそも温泉ならそんなところに行かなくてもマリンが掘り当てたのがあるし……。

 かといって王都に行くのもなあ。ダグネス嬢を頼ってみるのも悪くはないが……ベルディア裁判の時に俺の悪名が知らされてる可能性はある。着いたとたんに裁判のやり直しで処刑される可能性もゼロではない。しばらく様子を見たほうがいいだろう。

 パンフレットを眺めて色々悩んでいると。



『緊急クエスト! 緊急クエスト! 街の中にいる冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください! 繰り返します。街の中にいる冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください!』


 街中に響く大音量のアナウンス。


「なんだ? また魔王幹部でも攻めてきたのか? 今度こそ終わりだな。ハハッ!」


 もうこの街のために体を張る気はない。次は絶対に逃げてやる。こんな街滅びようが知ったことか。


「違いますわ。これはおそらく――」


 マリンがそこまで言いかけたところで。


「キャベツだな! 久々に新鮮な野菜が食いたくなったところだ!」


 アルタリアが、魔王幹部から奪った剣を振り上げて立ち上がる。


「これで献立のメニューが増えますわ! マサキ様にはバランスのいい食事をいただいて欲しいですからね」


 レイも杖を持って立ち上がる。


「おほほ、じゃなくてプークスクス! キャベツなら私達が参加しても文句はないでしょう! では行きますよ! 皆さん!」


 マリンが俺に代わり、号令をだしてメンバーをまとめる。

 なんでキャベツ如きでそんな騒いでるんだ? 緊急クエストで呼ぶほどの事か? 冒険者を集めるほど農業の人手が足りないのか? 

 たしかに最近野菜不足だった気がするんだが、この彼女たちの張り切り具合はどういうことだ?

 考えながら外へ出ると。


「なんてこった」


 そこでは緑色のボールのようなものが、元気に飛び跳ねている光景が目に入ってきた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「オラアアアア! 死ねやキャベツども! この禍々しき剣を食らうがいい! ってガハッ!」


 アルタリアは勢いよく飛び出してキャベツを斬りおとすが、すぐに反撃に合い地面に倒れた。

「アルタリアさん! 大丈夫ですか? 今回復します! 『ヒール』」

 すぐさまマリンが回復魔法を唱える。

「ありがとよマリン! よくもやってくれたな! 野菜の癖に! この私の剣を食らえ! グハァ!」

 元気を取り戻したアルタリアが、またもやキャベツに襲い掛かるが、またもや倒れる。

『ヒール』

 マリンが回復させ。

「よっしゃあ! 今度こそ! グホッ」

 キャベツの集中攻撃を食らい、打たれ弱いヘッポコクルセイダーはまたもや敗れるのだった。

『ヒール』

 立ち上がるアルタリアが。

「うっ」

『ヒール』



 一生やってろ。

 マリンとアルタリアの駆け引きを見て思った。

 そういえばこの世界の野菜は、飛んだり跳ねたりするんだった。

 にしてもキャベツだけ、群れで襲い掛かるとかちょっと怖いな。


「マサキ様のため! マサキ様のため! マサキ様のため!」


 炸裂魔法で軽く地面を掘り、即席のバリケードを作り上げたレイは、安全な場所から次々とキャベツを仕留めていく。

 この女、すぐに俺のやり方を真似するな。これはキール戦で使った塹壕戦をコンパクトにしたものだ。油断できない。

 そろそろ俺も行くか。

 『潜伏』スキルで身を隠し……

 他の冒険者が必死で戦っている中、彼らが倒したキャベツをこそこそ回収していった。

 この俺は佐藤正樹。

 この街一の大悪党、いやいずれはこの世界にその名を轟かす、伝説の男になる男だ。

 一度バレたくらいで、簡単にやり方を変えるような甘い男ではなかった。



 ……。

 大量にハイエナ――もとい自分のやり方でキャベツを手に入れた俺は、そのまま屋敷へと戻った。

 ギルドに持っていってもどうせあれこれ言われて報酬を引かれるに違いない。それなら純粋に食料として回収した方がマシだ。


「マサキ様も中々捕まえましたね! さすがは私の愛しの人」


 レイはすでにキャベツの調理を始めていた。

 っていうか、部屋中キャベツだらけだ。少なくとも俺の10倍は手に入れたのか。やはりこの女、出来るな。 


「くっそう! 相手が一匹なら! 巨大キャベツがいれば! 私だって!」


 マリンにおぶられながら、悔しそうなアルタリアがごねる。

 残った二人も帰ってきた。数個のキャベツを持って帰る。どうやらそれで全部のようだ。


「こんなにたくさん食べられませんよ。ギルドに渡してきましょうよ」


 部屋でギッチギチに詰ったキャベツ、そして俺が持って帰ったキャベツの束を見てマリンが言った。


「なんだと! ギルドなんかに渡すか! これは俺たちのものだ!」


 マリンに言い返す。

「でもこんなにあっても食べきれないでしょう? 腐らせるくらいなら収めたほうが。この数なら報酬を引かれても十分稼ぎになりますわ」

「ギルドのクソどもに渡すくらいなら、腐らせた方がマシだ!」


 そんないい子のマリンに吐き捨てる。


「なんですって! キャベツだって生きてるんです! 必死なんです! もし私達が捕まえなければ、誰も知らない秘境でひっそりと息を引き取ると言われてるんです。それならばこそ、みんな必死で捕まえるんです。今この瞬間を生きるキャベツを! 食べ物を粗末にするなんて真似! プリーストであるこの私が許しませんわ!」


 急にまともなことを言い出す……いやマリンは元々まともだったな。あの女神のことがない限りは俺達の中で一番の常識人だった。


「別にギルドに渡さなくても……俺にはまだバレてない秘密の裏ルートが。そこで捌けば大量の利益が――」

「なにか言いました?」

「気のせいです」


 つい口を滑らせてしまい、マリンに詰め寄られた。 


「裏ルートとか言いませんでした?」

「なんのことだかさっぱりわかりません」


 目を反らしてすっとぼける。俺とマリンがこう着状態になっていると……。


「なんだこれ? キャベツじゃねえじゃん。マサキが捕まえたのはレタスじゃんか!」


 生で俺のキャベツにかじりついたアルタリアが、気付いて言った。




 

 ……レタス?

 はっきり言って俺にとっては、飛び跳ねる緑の物体がキャベツだろうがレタスだろうがどうでもいいのだが。


「なぁお前らも食ってみろよ! マサキが取ってきたの、殆どがレタスだぞ!?」


 アルタリアの言葉に、みんなが俺の獲物に集まってくる。


「レタスですわ」

「レタスですね」


 マリンやレイも言った。


「このレタス、かなり味が落ちていますね」

「それはそうですよ。レタスはキャベツと違い、群れを成して飛び回る習慣はありませんもの。せいぜい畑で飛び跳ねるくらいですわ。この長距離の移動で、生命力を使い果たしたのでしょう」


 レイがレタスを口に入れて、辛口の評価をしていると、マリンが説明する。

 どうしてキャベツの中にレタスが混じっているのか。正直言ってアホらしい話だが、どうせ暇だし調べてみる。

 じゃあひっさびさに、この俺のチートである、魔道具メガネを起動させてみるか。レタスを見て、スイッチを押してと。


 ――ノイズ――


「ノイズ? ノイズってなんだ? 雑音ってことか?」


 表示された文字に、首をかしげていると。


「ノイズ!? まさか魔道技術大国ノイズの事ですか!? あの国では魔道技術が発展して、様々なモンスターを作り出したりしているそうです」


「このレタスはノイズで造られた……そう考えると納得ですわね」


 レイとマリンが口々に言った。

 魔法技術大国ノイズ? なんだその国は。

 だがしかし、魔道技術大国という響きは、なんだか俺の琴線に触れる。ノイズ……とっても男のロマンを刺激する国だ。男は大体ロボとかメカとか大好きだもんな。


「そうと決まれば! この街から出るぞ! 目指すは魔法技術大国ノイズだ!」


 目標が決まった。この俺はこんなクソ田舎で終わるような人間ではない。

 どうしてこんな紛らわしい生物を作り出したのかはわからないが、とりあえずは行って見よう。


「私たちの悪評は広まりすぎました。このままではいずれ舞い降りるアクア様のため、この街を綺麗にするという天命もできそうに無いですね。一度離れた方がいいでしょう」


 マリンも同意する。


「アルタリアさんは……一応貴族なので、勝手に他国に渡るのは……?」

「そんなの知ったことか! この街周辺はいい加減飽きた! 新しい刺激が欲しい! わくわくすっぞ!」


 貴族って言っても潰れかけのアルタリアは、意にもとめず旅立ちに夢を膨らませている。



「私は!」

「お前には聞いてない。じゃあ全員一致で、この街を出るぞ!」


 レイを無視し、旅立ちの決意をする。


「私はどこまでも! 地獄の果てまでもマサキ様の元へ着いていきますとも!」

「聞いてないっていっただろ! じゃあ全員、アクセル全開で! 未来を切り開くぞ!」


 こうして俺達四人は、決意を新たにし、次なる冒険への準備を始めた。




「でもマサキ、街を出るのにも、馬車なりテレポートなりお金が要りますよ? 今の私達は、どう考えても貧乏。仮にこの大量のキャベツやレタスを売った所で、そんな大金を用意することは出来ませんわ」

「それなら問題ない! 今すぐ『アクシズ教会』に向かうぞ!」


 心配するマリンに、自慢げに告げた。



「アクシズ教会? そんなもんこの街にあったか?」


 アルタリアの疑問に。


「ああ、確かマサキの悪事がバレる前、私の布教のためといって作ってくれた祠の事ですね。あれはマサキにしては珍しい善行ですわ」


 俺達はさっそくそのアクシズ教会へと向かった。



 アクシズ教会。っていうかただの小さな祠。

 アクシズ教徒が恐れられているのはとっくにご存知だ。だから誰も、この祠にちょっかいを出そうとはするまい。そんな事をすればマリンが黙っちゃいまい。

 祠の中には、俺を送り込んだ女神の小さな像が建っていた。


「まずはこのクソ女神の像をどける」


 飾ってある小さな女神像をほおり投げると、「おおっと」とマリンがキャッチする。

 像をどけると、土台に小さな穴が空いている。


「で、この隙間目掛けて、『ウィンドブレス』を10秒間浴びせ続けると……」


 テレレレテレレレン。


 ガコっと祠の奥の、隠し扉が作動する。そこには金塊が入っていた。


「どうだ、ギルドに預けていた金なんて俺の全財産の一部に過ぎん。もちろんここだけじゃないぞ? 非常事態に備えて、色んな場所に財を隠しているのだ。税金逃れにも役立つ。っておいマリン! その目をやめろ! その目を!」


 ゴミを見るような目で、あきれた顔で見つめるマリンに言い返した。


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