一部 29話 サトー商会の日々

 さて、キールダンジョンのゴールドラッシュは終わった。冒険者によって大抵の貴重な宝は取り尽くされたようだ。人でごった返しだったダンジョンも落ち着いている。

 今のメインの仕事は、本当に冒険者になりたての、レベルが低い初心者のサポートだ。彼ら相手に弁当やアイテムを売りさばいている。脅威のなくなったキールのダンジョンはいい練習場になるだろう。がっかりしないように安物の剣や装備を買って来て宝箱につめなおしたり、ダンジョンマスターのような事もしている。



「それにしても一番の売れ筋がこれというのはなあ」


『マサキ様人形』


 レイが手作りで作ったぬいぐるみがこの店の大ヒット商品だ。ちなみに形状はなんとも形容しがたい何かだ。俺と似てるとか以前にどこが頭で手足なのか、そもそもこれは生き物なのかすら疑わしい謎ぬいぐるみだ。


「どうやらみなさんもやっとマサキ様の素晴らしさに気付いたのでしょう!」

「そうは思えないけどな」


 レイは誇らしげに答えるが絶対違うと思う。そんな会話をしていると外から叫び声が聞こえてきた。


「死ねえええ!! マサキいいいいい!!」


 高級品のナイフを俺から取られた盗賊の冒険者がキレている。そしてぬいぐるみをメッタ刺しにしている。

 あいつから奪ったナイフはキールのダンジョンに再配置してやったのだが、まだ見つかっていないらしい。ちなみに俺もどこに置いたのか忘れた。


「最近心臓が痛むと思ったら……もうこれ完全に呪いの人形だろ! あとあいつもせめて俺のいないところで呪えよ」


 盗賊の持ってるぬいぐるみ以外にも、その辺に『マサキ様人形』の残骸が散らばっている。ストレス解消用に使われたのだろう。バラバラにされていた。



「『マサキ様人形』という名前はやめよう。ふつうに『謎』でいいだろ。そうしよう」

「ええ? ですがこれを買ったお客様は、おかげでモンスターが近寄らなくなったとか! 気に入らない相手が不幸になったとか! 喜びの声が寄せられているんですが?」


「やっぱりどう考えても呪いの人形じゃねーか! 俺の名前を使うのはやめろ! 俺の名前の人形がバラバラにされるのは心臓に悪いわ!」


 レイと相談した結果、『呪いのぬいぐるみ』という名前に変更した。


「あと売れてるのはキールまんじゅうか。キール要素がよくわからんが意外と買ってくれるものなんだな」


 どこからどうみても普通の饅頭なんだが、おみやげとして買ってくれるようだ。




――悪い魔術師キール


 キールがなぜ貴族令嬢を攫ったのか。キールは実は悪い魔術師ではなかったという事実は今やアクセルでは周知の事実になっている。主にレイのおかげだ。彼女がキールの話に感動し、わざわざ手作りでキールの物語をパンフレットにして冒険者に配っている。レイ曰く同じ愛に生きる者同士感銘を受けたらしい。レイも愛に生きてるというのは確かに間違ってはいない。ベクトルを思いっきり間違えてる気がするけど。

 そのおかげか、期せずしてキールの名誉回復にも繋がったようだ。たぶんもしこの先キールがこの街で見つかったとしても、次は争うことなく終わるだろう。その変わりに、そんないい魔法使いキールを嵌めたことになっている俺の評判は更にガタ落ちだが。


「嫌われたもんだぜ。まぁいいけどな! 重要なのは勝利の結果だけだ」


 最近街で歩いてると子供がサッと木陰に隠れるんだが、俺は気にしてない。気にしてない! 断じて! 全然傷ついてないからな!



「おーう! マサキ! 今日もまたダンジョンに潜るのか? 私はまた前みたいに草原で暴れたいぜ! ダンジョンにはろくなの残ってないからよう!」

「定期収入はあるし別にわざわざ危険なクエスト受けなくてもなぁ……って、ちょ! アルタリアさん!?」


 アルタリアのほうをみて思わず顔を赤くする。だって仕方ない。アルタリアの姿が……パンツ一丁に大剣という、非常に……っていうか丸出し。おっぱい丸出し。いやありがとう。ありがとうございます。だけど……。


「なんだよ!? なに赤くなってるんだ? 急に目を反らすなよ!」


 不思議そうな顔で覗きこんでくるが……やめて欲しい。彼女の動作に合わせて果実がプルンプルン揺れる。おっぱいプルンプルン。巨大な、おおきなピンクのお山が二つ……乳首まではっきり丸出し。そんなの俺には無理! そんなガン身できるほど神経強くない! 


「……マーサーキー様?」

「ヒイッ」


 必死でアルタリアから目を反らしていると、レイが恐ろしい声で後ろから呟く。思わず悲鳴を上げるが。


「レイ、落ち着け! 男ならどうしても目を奪われるよ! あんなん反則だろ! でかいし! 俺は悪くない!」


 なんとかレイを説得しようとするが。


「……チッ」


 彼女は自分の平原をペタペタ触り、少し悲しそうな顔をしたあと。


「おのれ!!」 


 レイの怒りのボルテージが上がっていく。ぐっ怖い。前方のエロおっぱいに後方の化け物。なんだかハーレム系主人公のお決まりパターンだな。でもレイの目がマジなんだけど? このまま『主人公の名前』エッチ! とか言われて軽くビンタされておしまいとか、そんな空気じゃない。レイがすごい形相で睨んでくる。一方アルタリアは能天気な表情だ。これは絶対違うな。ハーレム主人公が同居の女子のお着替えを不可抗力で覗いてしまうとか、そういうのじゃ絶対無い。なんでこんな殺伐してんの? っていうか早く胸隠せよ。モザイクさんが大変だろ! 恥じらいの欠片もないな。アルタリアの顔は悪くないと思う。少し生意気そうな目付きだが美人だと思う。そしてスタイルも中々。でも性格が全てを台無しにしている。


「……アルタリア。マサキ様を誘惑した罪は重いですよ? この場で排除するべきですね?」


 レイの怒りの矛先はアルタリアに向かい、魔力を手に集中させて睨みつける。


「やんのかレイ? いいぜ!? てめーとは一度決着を付けたかったんだ」


 アルタリアが剣をふって喧嘩を買うが。


「アルタリア! 決闘はいいが、その前にせめて服を着ような? 目のやり場に困るんですが?」


 辺りになにか隠せるものがないか探して言う。


「鎧も服もなくても変わらん! だってどうせ一撃食らったら終わりだ!」

「そうじゃない! そういう問題じゃないんだ! せめて前は隠そう? な!?」


 そりゃアルタリアの低い防御力じゃ、鎧を付けた所で焼け石に水だろうが。むしろ何も着てないほうが素早く動けるだけ有利だろうが。おっぱい丸出しで動き回れると困る。やっぱりブラブラ揺れるだろうし……。

 なんとかアルタリアの上半身にシャツを着せることに成功する。これでよし。いやいいか? 裸にTシャツって中々エロい格好をしていると思うんだが。いやこれでもパンツ一丁よりはマシか。


「アルタリア、どうやら今回は無自覚だったので見逃してあげます」


 嫌々ながらも服を着るおっぱい騎士を見て、レイは殺気と魔力を引っ込めるが。


「なんだよ? やるんじゃねえのか? バトルしようぜ? なあ!」


 アルタリアはなおもやる気だ。っていうかアルタリアさん、シャツ越しでも体の凸凹が……。中々立派なボディをお持ちですね。


「ああ?」


 そんな彼女にレイが再度キレる。


「落ち着け! レイ! アルタリアはエロとか自覚ないから! 一番年上だけど! そういうの無自覚でやってるんだ!」

「そうですか。ところで話は変わるのですがマサキ様。あなたは巨乳と貧乳どちらが好きですか?」


 今度はレイが俺に質問してくる。いや話変わってないんだけど。


「そうだな……巨乳は好きだし、でも貧乳も悪くは……」


 そこまで言いかけたところで、レイから尋常じゃないほど負のオーラが出ているのに気付いた。


「貧乳が大好きです! 巨乳なんてたんなる脂肪の塊! 俺は貧乳っ子だから!」

「そうですか。それはよかったです。もしマサキ様が巨乳派なら、ありとあらゆる方法を使って貧乳派に洗脳をするところでした」


 笑顔で応えるレイだが……いや目が笑ってないんだが。しかも洗脳とか、この女ならやりかねんな。それより自分が巨乳になるという選択肢はないのか? 


「そういえばマリンは?」


 このままバーサーカー二人を相手にするのは疲れるので、水色のあいつの事を聞いてみた。


「マリンなら、今まで泊まっていたエリス教会にお礼をしに行くと言ってましたよ?」


 レイが答えた。マリンは確かアクシズ教徒のプリーストだ。そんな彼女が今までエリス教の教会で寝泊りしてても問題とかプライドとかないのか? 


「アクシズ教徒とエリス教徒は犬猿の仲で有名だからな! 今頃マリンの奴、教会を用済みとか言ってぶっ飛ばしてるんじゃねえのか?」


 アルタリアがなおも不安なことを言ってきた。


「そんなに二つの宗教は仲悪いのか?」

「有名ですよ。っていうかアクシズ教徒が一方的に敵意をむき出しにしてるだけなんですけどね」

「殺し合いに発展することもあるって聞いたような聞かなかったような?」


 彼女たち二人の答えを聞くに、本当に仲が悪いらしい。


「ちょっと嫌な予感がするから教会まで行ってくる!」


 こうして俺はエリス教会へと向かった。




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「今まで泊めさせていただき、ありがとうございます。これはせめてものお礼。うちで作っているキールまんじゅうです」

「これはご丁寧に。いえいえ困ったときはお互い様。エリス様もアクア様も本来は先輩後輩の仲。仲良くするのが一番ですよ」


 どうやら俺の不安は杞憂に終わったらしい。マリンは今までのお礼として、キールまんじゅうをエリス教徒のプリーストらしき人に差し出していた。


「仲が悪いんじゃなかったのか? あいつらめ煽りやがって」


 ふと思い出してみると、マリンがエリス教のプリーストと一緒にいることは結構あった。そういえばキールとの戦いでも共に並んでいたっけ。


「なあ、そこのエリス教のプリーストさん、マリンは何もやらかしてないのか? そもそも他宗教の人間を泊めてもいいのか?」


 疑問に思って聞いてみると。


「いやあ、他のアクシズ教徒と違って、マリンさんは怪我人が多いときは手伝ってくれるし、こちらとしても助かってます」

「何より嫌がらせをしてこないところがいいな!」


 数人のプリーストによれば、どうやらマリンは好評らしい。


「オーホホホ! じゃなくてプークスクス! 私の使命はアクア様の降臨の準備をすること! 他のアクシズ教徒と違い! エリス教の信者を奪い取ろうなんて事はしません! 私には使命があるのですわ!」


 他のアクシズ教徒はなにやってるんだ。やっぱ碌な奴らじゃないな。でもマリンは違うようで、仲間として誇らしい。


「見直したぞマリン」

「どうしてもやめて欲しいのは……毎朝と毎晩、エリス様の像の目の前で、エリスの胸はパッド入り! と叫ぶことくらいですね」

「あれさえなければマリンさんはとても尊敬できるアークプリーストなんですがねえ」


 残念そうに呟くプリーストたち。


「おいコラ! 俺の関心を返せ!」

「ち、違うんですマサキ! これは教義でして! 『エリスの胸はパッド入り!』と毎朝晩叫ぶ決まりなんです! 教義だからしかたなく! 悪気はないんです! だからアクア様の杖を取らないで!! その枝を見つけるのにはなかなか苦労したんですから!」


 マリンのゴミを奪って叩き折ろうとするが必死で抵抗をする。


「そんな教義があってたまるか! お前女神の名を騙ってやりたい放題してるだけだろ!」


 容赦なくへし折ろうとすると。


「いや本当にマリンさんには助かってるんですよ? 他のアクシズ教徒だとこの程度じゃ済まないですし。平気で石を投げつけて窓とか割ってきますしね」

「他の街だと酷いもんだよ。女神の肖像画に落書きしたり、どう見てもバレバレなマッチポンプをしたりと……」


 うん、アクシズ教徒って碌なのがいねえな。

「お前の宗教はどうなっているんだ?」


 軽蔑の眼差しで見ると。


「仕方がないのです! アクシズ教徒の教えに、『汝、我慢することなかれ』というのがありましてですね。みんなそれを忠実に守っているだけなのです。悪気はないのです!」

「悪意しかねえだろ」


 更に告げると。


「他には『犯罪でなければ何をやったって良い』というのもありますわ」

「その教えは気に入った。今回はこの枝を折るのを許してやろう」


 マリンにゴミを返してやることにした。 



「じゃあマリンさん! また困ったことがあったら来て下さい! あなたならいつでも歓迎しますよ!」

「アクシズ教徒みんながマリンさんみたいだったらもっと上手くやってけるんだがなあ」


 エリス教徒たちから笑顔で見送られ、教会を後にした。


「アクシズ教徒はともかく、お前は上手くやってるようだな? でもなんでだ?」

「最初に言ったでしょう? マサキ、私の役割はいつかアクア様がこのアクセルに降りた際、苦労しないようにこの街を快適にすることですわ! エリス教徒と争うのは時間の無駄です。私にはもっと大きな使命があるからですよ!」


 水色の目を輝かせながら答えるマリン。その瞳には一点の曇りが無く、彼女が心からそう信じていることがよくわかった。


「まぁいいか。マリンはマリンで『汝、我慢することなかれ』という教義を守ってるんだもんな」

「そうですよ! マサキも少しはアクシズ教の素晴らしさに気付きましたか?」

「ふん、『何をやったって良い』って所は悪くないな」


 そう二人で話しながら、店舗兼我が家へと帰っていった。


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