一部 35話 傷ついた街

 アクセルの領主だったアンナ卿は、魔王軍の攻撃で壊滅的な打撃を受けた。アンナ家頭首は命こそ取り留めたものの持病が悪化し、そのまま病院へと担ぎ込まれたそうだ。

 アンナ家は領主の仕事をこなすのが不可能と判断され、権限を一時的に停止されている。

 つまり現時点で、アクセルの領主は空白状態となった。


「困ったぞ」

「困ったな」


 ここはアクセルの冒険者ギルド。そこには色んな冒険者がたむろしていた。

 だがギルドの建物は魔王幹部バラモンドのせいで……そう間違いなくあいつのせいで、浸水被害でボロボロになっていた。

 ギルドの建物だけじゃない。このアクセルにある家全てがボロボロになっていた。 


「これは全部あいつのせいだからな」


 俺は目を反らしながら言った。

 困ったのは何も浸水被害だけじゃない。

 アクセルの領主が空席になってるため、町を運営できない、つまりギルドの再開のめどが立たなかった。街のギルド運営もまた領主の仕事だからだ。

 ギルドが運営できなければ仕事が出来ない。金も領主が入院中で動かせない。


「困ったぞ」

「困ったな」


 問題はそれだけではなかった。王都の人間達は、バラモンドの襲撃と知ったとたんにアクセルの事を諦めていたようだ。今までの例で言えば、バラモンドが動けばその道にある村や街は壊滅する。アクセル襲撃の時点で、周辺の町や村の人間はとっくに避難済みだった。街周辺に誰もいないせいで、王都に連絡が付かない。

 そんなバラモンドの軍勢がまさかしょっぱなから、それも出来たばかりのアクセルで敗れるとは誰も想定していなかったようで、周辺の人間は驚きつつも恐る恐る戻っている。

 これらの情報は、アクセルが攻撃を受けた際、誰よりも早く逃走したアルタリアの父から聞いた。ちなみに今は『君たちの事を信じていたとも! ワシ? ワシは応援を呼びに行っただけだ』とか何とか行って元のボロ屋敷に戻っていた。


「いや、どうすんだこの街? 領主は動けないし! そのせいでギルド再開の目処も立たない! それだけじゃない! 賞金は誰が出すんだ?」


 そう、一番の問題はこれだ。

 バラモンドは敗北こそしたものの、領主の城の襲撃には成功した。そのおかげでこの街は事実上の無政府状態となった。ギルドがなんとか収めているが、滅茶苦茶になったアクセルを援助するものが何も無い。


「おいどうなってんだ! 俺達はあのバラモンドの軍勢と戦ったんだぞ! それなのに少しの報酬は無いのか!? まさかただ働きだと言わせるなよ?」

「商店街は全て壊滅したんだぞ! これからどうやっていけばいいんだ! 仕事が出来ないぞ!」


 怒って押し寄せる町の住民達。


「待ってください! アンナ卿は面会謝絶の状態でして、資金を動かすことが出来ないんです! すぐに王都から使いが来るはずです!」

「王国は我々を見捨ててはいませんとも!」


 冒険者や住民は不満の限界だ。俺は懸賞金を町の修復に当てると皆に約束したものの、その金が届かない。クエストを受けても、資金繰りが出来ないこの状況では報酬を払うことが出来ない。

 町に備蓄された配給でなんとか持ちこたえている有様だ。しかもその食料も、浸水被害でかなりのダメージを受けたようで、残り少ない。

 もはや住民は暴動寸前だ。命がけで戦い、勝利を収めたというのに、報酬も保障も何もかも無いからだ。


「今からでも遅くない。この街から逃げるか」


 俺は怒る住民達を眺めて、そんな事を呟いた。




「噂は本当だったようですね!」


 もはや暴動を抑えるもの限界か。ギルド職員が全てを諦めて逃げ出そうとする直前だった。一人の女性の声が待ちに響き渡った。

 それは当然だ。彼女は拡声器を持っていたのだから。

 更に二人の騎士を連れている。ベルディアとは別の騎士団のようだ。鎧の形が違う。


「お……お、お待ちしておりました! あなた達の到着があと一歩でも遅れていたら、この町は別の理由で崩壊してたかもしれませんよ?」


 ギルドの職員が、その黒髪の女性、そしてその護衛の騎士を見て叫んだ。


「静まりなさい! アクセルの民よ! 自分は、王国から派遣された調査員のサナー。あの悪名高いバラモンドが撃破されたと聞き、王都から派遣された。この目で見るまで信じられませんでしたが……あなた方、本当にあのバラモンドを倒したみたいですね。あの要注意人物が通った後に人間が生きているなんてありえませんから」


 サナーと名乗る黒髪のショートの女性は、驚いた顔で告げた。


「王都から派遣された? だったら丁度いい! とっとと金を渡せ! 飢えてんだよ!」

「ああ!? 今更きやがって! 本当だよ! いいからとっとと懸賞金よこせよ!」


 相手が王都の人間と聞いても、アクセルの住民は関係なくキレかかった。おそらく我慢の限界だったんだろう。そんな冒険者を食い止めようと剣を抜く、二人の騎士。


「今の暴言は、極限状態であったため、善悪の判断が付かなかったと見なし、不問にします」


 サナーは騎士を止めて言った。


「うるせえええ! ぶっ殺すぞ!!」

「いいからとっとと金よこせよ! 殺すぞ!」


 騎士がいようが気にも留めない冒険者達。そりゃそうだ。彼らは魔王幹部の軍勢と戦ってきたんだ。たった二人の騎士にビビる筈がない。盗賊にジョブチェンジしそうな勢いで、今にも飛び掛りそうだ。逆に騎士の方がビビッている。


「わかりました! すぐさま食料を用意します! 詳しい話はその後にしましょう!」


 まともに話が出来る状況ではないとようやく気付いたサナーは、騎士と共にその場から逃げ出した。



 ……。

 …………。

 追加の食料が届けられ、やっとアクセルに平和が訪れた。殺気立っていた住民も落ち着きを取り戻し、配給に群がってそれぞれ食事についていた。普段ならこういう仕事はプリーストが行うものだが、バラモンド戦でそのプリーストたちは酷使されたため疲労困憊、騎士団が配給を行うという珍しい光景が広がっていた。


「みなさん! これで落ち着きましたね。ではこれから、あのバラモンドをどうやって倒したか、詳しく説明してもらいますよ!」


 さっきまで涙目で逃走していたサナーは、威厳を取り戻そうと必死で冒険者、そして町の住民に尋ねた。


「それにしても凄い跡ですね! 街中水だらけとは。一体どんな戦いがあったんですか?」


 街中がボロボロ、特に一階部分はほぼ壊滅状態。しかもいたるところに水溜りが出来ている。そんな痛々しい町の様子を見て、サナーが質問すると。


「ああ、それはな。マサキの野郎が――」

「オラアアア!!」


 そこまで言いかけた冒険者目掛けて、石を投げつけた。 


「何をする! マサキ!」

「うるせえ! 黙ってろ! いやあ、こんにちは。王都からわざわざご苦労様です。王都がどこにあるか知らないけど。この戦いでなにがあったのか、それは全てこの俺が代わりに説明しますよ」


 他の奴らに余計な口を出させる前に、俺は素早く調査員に近づき、代わりに話すことにした。本当の事を言われると俺は困る。


「あなたは何者です? この戦いでどんな活躍をしたのです?」

「そいつはな! この町一の鬼畜外道! 悪魔よりクズといわれる。サ――」

『バインド!』


 またしても余計な口を出す冒険者に、今度はバインドをお見舞いしてやった。


「何をする! マサキ!」

「うるせえ! 黙ってろ! いやあすいませんね。俺はマサキというけちな男ですよ。ホラ見てください、俺の冒険者カードを。最弱職の『冒険者』でしょう? この俺にたいした活躍が出来るわけないでしょ? だが何があったのかは誰よりも詳しく知っています。安全な場所で隠れて震えていましたから」


 本来なら、『バラモンドを倒したのはこの俺様だあああああ!!』と名乗ってやりたいのだが、やり方がやり方のため、言い出せなかった。だって純粋にこの町に一番被害を与えたのって、バラモンドではなくこの俺だからね。勝つために仕方なかったとはいえ。


「この街の領主は傷を負い、ベルディアの騎士団も壊滅状態だったそうですね。だったら指揮を取っていたのは誰ですか?」

「コーディです」


 俺は即答した。


「コーディとはこの町一番の剣士ですよ。双剣使いの。誰もが認める一流の剣士。冒険者ギルドで調べればすぐにわかります。彼のパーティーは最強ですから」


 とりあえずコーディに押し付けた。まぁ彼が大活躍したのは間違ってないし、ギルドで最強なのも嘘ではない。


「では説明をお願いします。マサキとやら。バラモンドが倒されたとなれば賞金はきちんと与える予定ですが、詳しく聞きたいのです。王都の人間も驚いていましたから。あの危険人物からどう街を防いだのか」


 彼女も俺の冒険者カードを見て、ただの雑魚だと思っててくれたようだ。さらに先ほど一度逃走したのもあって、すでに街の人間から見下されている。そんな中俺に持ち上げられて少しいい気になっているみたいだ。


「ではこの街の惨状について教えてください。バラモンドは今までの城攻めで、水を使ったことはありませんでした。一体何が起きたんです?」


 サナーの質問に。


「それはだな! そこにいるマサキとか言う人間が! 街を封鎖した上で水源から――」

『クリエイト・ウォーター』


 何度も何度も俺の邪魔をする、冒険者に今度は水を浴びせかけた。


「何をする! マサキ!」

「うるせえ! 黙ってろ! いいえ、そうですね。説明しますよ。バラモンドの奴、コーディたちの活躍で城をせめあぐねまして、何をとち狂ったか街の水源を破壊しましてね。そのせいでこんなことになったのですよ」


 とにかく、街の損害をバラモンドのせいにしなければ。


「ここの調査が終われば、次にアンナ家の城へ向かう予定です」

「気をつけてください。城への道には、まだ爆弾岩が残っているかもしれないんで」


 それを聞き、一つ忠告をすると。


「どうして爆弾岩が道路にいるんですか? あのモンスターはあんなところに生息してないはずなんですが」

「どうしてでしょうか? 爆弾岩も住処を変えたかったんではないですか? モンスターが何を考えているのかなんてわからないんで、俺からはなんとも」


 すっとぼける。とにかくすっとぼける。

 その後も説明を続ける。そう、いかにこの被害を、バラモンドに押し付けられるかだ。そのためにはこの戦場で、この俺の活躍を完全に消し去る必要があった。



「なるほどなるほど、つまりですね。バラモンドはまずアンナ家の城を急襲、ベルディア騎士団を壊滅させた。その後この街に攻め込もうとするも、コーディの活躍で失敗。その後何度も攻めようとするも、たまたまいた野良ゴーレムと遭遇し撤退。さらに次の日はたまたまいた爆弾岩と接触し爆発。不運続きで激怒したバラモンドは、街の上流から攻め込もうとするも、城壁と勘違いして水源を攻撃し、水が破裂し自滅に至った。最後は溺れていた所を生き残ったベルディアが止めを刺したと」


 かなり無理がある戦況が完成した。


「そういうことです。いやあバラモンドもこの街に未来の勇者となる男、コーディがいたことは想定外だったんでしょうねえ。完全にパニックになったんでしょう。ですがそれ以外にもこちらにいい事が重なりましてね。これも幸運の女神のおかげでしょうか。今回の戦いは完全に時の運が味方してましたねえ」


 うんうんと頷き、サナーに答える。



「ふざけないで下さい! バラモンドは魔王軍でもかなりの危険人物と聞いていました! 彼が通った跡は植物しか残らないらしいんですよ!? 私もこのアクセルの調査を任された際、バラモンドがやられたというのは偽情報の可能性もあり、死を覚悟してここまで来たんだぞ! しかもなんだ! なんで野良ゴーレムや爆弾岩が都合よく出てくるんだ! たまたまが多すぎるぞ! そんな危険な魔王幹部が! そんな間抜けな破れ方をしたなんてありえるわけない! 馬鹿にするのもいい加減にしろ!」


 最初は丁寧語だったが、俺の話を聞いているうちに我慢できなくなったのか、口調を荒げて俺に怒鳴った。


「むぐぐ!」

「ぐううー!」


 後ろには口を封じられた冒険者たちがいる。


「それになんだ! お前はさっきから他の冒険者が何か話そうとすると! 魔法を使って邪魔をしたり! お前本当にただの最弱職の『冒険者』なのか!? なんでお前にやられてもみな反撃しないんだ!? 最弱職の冒険者がそんなに恐れられているとでもいうのか!?」


 サナーとの話中、口を挟もうとする他の冒険者には、魔法による嫌がらせを繰り返し、それでも何か言おうとする奴には口を『バインド』で縛ってやった。そんな俺の姿を見れば、どう考えても只者じゃないだろう。彼女の嫌疑の目がどんどん強まってくる。

 あーー無理かな? 流石に無理があるよなこの説明。もうこうなったら全部喋るか? でもなあ、絶対保障とかさせられそう。自分で言うのもなんだが、俺が使った戦法は最低だ。



「おーい、聞いたぞ! 王都からの支援がやっと来たそうじゃないか。なら俺も休ませてもらうぜ」


 悩んでいると、街周辺のパトロールに行っていたコーディが戻ってきた。


「おっ! コーディ! いいところに来たな! サナーさん、紹介するよ。彼がこの戦いの英雄、コーディだよ。さっき話したろ? 詳しいことは彼に聞くといい。じゃっ! 俺はこの辺でおさらばするよ」


 サナーへの説明はコーディに押し付け、俺は全力で走り出した。もうほとぼりが冷めるまでどっかで隠れてよう。もし何か罰でも受けそうなら、この街から逃げて別の場所へ拠点を作ろう。


「おい! その男を捕まえろ! 今すぐ! その男は怪しいぞ!」


 調査員は騎士に俺を追わせるが。


「この俺を止められるものは誰もいない! 相手が魔王幹部であろうとな! ではさらばだ!」


 逃げ足スキルを発動させ、地平線のかなたまで逃げ出した。

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