一部 14話 アレクセイ家の晩餐
「オヤジー! 取ってきたぜ! ついでに食えそうな野草も持ってきた! これで料理できるだろ?」
アルタリアと共に、その辺の雑魚モンスターを適当に狩ってきてオヤジさんに渡した。
「よしいいぞ。食事くらいはワシが作ってやる。代わりにきちんとアルタリアの面倒を見るんだぞ。これはお願いだ! お前たちは応接間で待っておれ!」
アルタリアの親父さんは食材をアルタリアに運ばせ、俺達を応接間に案内した。
「汚ねえなあ・・・・・・」
思わず呟く。応接間といっても埃に蜘蛛の巣だらけ。長い間使われてなかったのだろう。部屋はそれなりに広いのだが、老朽化でボロボロだった。
「では私はこの部屋を掃除しておきますね!」
マリンがすぐさま箒を持ち出し、誇りを片付けていく。マリンが綺麗好きで助かった。
「おお、助かるぜマリン。そのまま屋敷中をピカピカにしてくんねえかな?」
「それはさすがに時間がかかりすぎますよ。とりあえず応接間だけで勘弁してくださいね」
アルタリアの無茶振りに律儀に返答するマリン。
そんな中、親父さんはいそいそと食堂で料理の下準備にかかっていた。
・・・・・・それにしても。
厨房にエプロンを着て立ついい年したおっさんの姿・・・・・・。そのうしろ姿を見てなにか寂しさを感じる。手際よく料理を一人でこなす中年。なんていうか・・・・・・虚しい・・・・・・。
「いいか、アルタリアの取ってくるモンスターは生臭く、肉が硬い! 火が通しやすいように細かく切る! あと煮込み方にコツがある。調味料を入れるタイミングが重要だ!」
板についてる・・・・・・。
どうせならおっさんじゃなくて美少女の手料理が食べたかったなあとか、そういう気持ちよりも、この人はこうやって今まで孤独に食事を取るのを想像すると……ひどく胸に来る。ああはなりたくないなあ……。
「なぁ、あんた以外に人はいないのか? メイドとか、執事とか?」
「ハッハッハ! いるわけねえだろマサキ! うちはド貧乏だって行っただろ!」
親父さんに聞くとアルタリアが代わりに答える。
「昔はいたんだよ・・・・・・。数人だが一応お手伝いがなあ。・・・・・・だがアルタリアが外で問題を起こすたびに、連座で捕まるのを恐れてみな出て行ったよ・・・・・・。はぁー」
「そうだったっけ? アハハ覚えてねえ!」
悲しそうにため息を付く旦那と笑い飛ばすその娘。
「私も手伝います」
「ヒッ!」
いきなり真後ろにぬっと現れたレイに、驚く親父さん。
「私は料理は得意なんです。手伝いますよ」
「い、いや・・・・・・気持ちだけで十分だよアンデッドくん。座っておれ。というかその粉はなんだい?」
親父さんはレイの持つ緑色の粉を見て尋ねる。
「これは入れるだけでぐんと旨みが増すんですよ。少し見た目は悪くなりますが。騙されたと思って入れてみてください。私が独自に薬草を調合して作った秘密の粉です」
「いや、そんな得体の知れないものを入れるわけにはなあ・・・・・・」
「これはヤバイのじゃないです! いつかマサキ様を手篭めにするための媚薬じゃないから安心してください! みんなで食べる料理にはそんなもの入れませんよ! 普通のおいしくなるやつです! だから是非! あ、マサキ様の料理にだけこっちのを入れてくれれば・・・・・・」
「やめろ! ワシの厨房で変な物体を入れようとするな! 離れろモンスター!」
鍋に何か入れようとして怒られるレイを。
「レイ、お前はいいからこっちこい。何もするな。座れ。そして黙ろうか」
俺も厨房から引っ張りだす。油断も隙もないヤンデレアンデッドめが。
「あ、ゴホン。ところでアンデッドくん? その媚薬とやらは女性にも効くのかね?」
「一応男性用に調整したのですが・・・・・・女性にも問題なく効くと思いますよ?」
「ではあとで少し貰っても・・・・・・」
アレクセイの旦那がレイに媚薬について聞くと。
「ああ!?」
「・・・・・・いやなんでもない。なんでもないぞアルタリア! さあ料理を早く完成させねばな。はっはっはっは」
娘に威嚇されて萎縮する父だった。
「おめーらやっぱクズだな。俺が言うのもなんだけどな」
そんな親子を見て呟いた。娘の目の前で媚薬の取引するなよ。
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「「「「「いただきまーす」」」」」
みんなで揃って夕飯だ。
「肉は全てこの私の者だ! 早い者勝ちだぜ! オラオラ待ってたら無くなるぜ?」
食事が始まると同時に、アルタリアがフォークを握り締め肉を突き刺す。そんな彼女を見て・・・・・・。
「やると思ったよ。俺はゆっくり食うから」
「お前は昔からそうだったわ。好きに食え」
俺と旦那の二人が冷めた顔で食事を続けた。
「なんだよ張り合いが無いなあ。そんなんじゃ戦場で生き延びられねえぞ?」
「お前と無駄な争いする方がよっぽど危険だ。安全策を取る」
つまんなそうな顔をするアルタリアにそう返した。多少の肉くらいくれてやる。そこに。
カキンッ! とフォークがぶつかる音がした。
「アルタリア……あなた少し取り過ぎじゃないですか? マサキ様の分がなくなるではないですか」
そんなアルタリアを制止するのはレイだった。
「んだと? 早い者勝ちだろ? 食事ってのはよう!? それにマサキは戦いを放棄したんだ!」
「ではマサキ様の分まで私が代わりに戦います!」
フォークで火花を鳴らしあう二人の女。何やってるんだこいつら。こんな所で闘志を燃やさなくても……。
「まあいっか」
彼女たちが揉めている間に、他の三人は好きに料理を食べていた。
「にしても旦那。普通に上手いな。よくあの適当な食材で作れたなあ」
「そうです! 正直食べれるのか不安なモンスターもいたのに、よくこんな真っ当な料理を作れましたね」
俺とマリンが親父さんの腕前に関心すると。
「ワシの家はとにかく貧乏だからな。特に食料は死活問題になる。毒さえなければとりあえず口に入れるのだ」
「あ……はい、生きるって簡単じゃないですね」
自慢げに答える旦那。アレクセイ家も大変だな。
「ほらマサキ様、なんとかアルタリアを阻止しました! あーん」
「断る」
レイの差し出したスプーンを奪い取った後。
「おいこれアルタリア食ってみろ」
「いいのか? じゃあいただき!」
そのままアルタリアにパスした。
「あっ! なんて事をするんですか!」
アルタリアが俺の差し出したスプーンで肉を食べると。
「なんだこれ? 少しビリビリするぜ? オヤジ? 何入れたんだ?」
「ワシはそんなもの入れてないぞ?」
やはりな。痺れ薬でも入れていたのだろう。このクソ女めいつの間に?
「チッ!」
舌打ちをするレイ。アルタリアに状態異常耐性があって助かったぜ。
「ところで、この部屋に着てからずっと気になってた事があるんだが……」
俺は食事を続けながら、この多分晩餐会用に作られた部屋――今はボロボロで見る影もないが――の正面に飾られてある大きな絵画を見てたずねた。
「あの大きな肖像画にかかれた女性は一体誰なんだ? アルタリアのお母さんか?」
その絵画に描かれているのはアルタリアによく似た顔の、小さな子供を二人抱き上げた美しい女性だった。ただしアルタリアのオレンジ髪と違って金髪だが。
「……うっ、ううっ……。お前さん……。どうしてワシを置いて行ってしまったんだ……」
俺の言葉を聞いて急に涙ぐむ親父さん。
「あ……すいません。もうお亡くなりになってたんですか。そうですよね。この屋敷にいないって事はそういうことですよね。こりゃ失礼しました」
地雷を踏んでしまったのか。他人の家族の暗い部分に踏み込んでしまい申し訳なくなって謝罪すると。
「かーちゃんなら生きてるぞ?」
「は?」
「私が小さいころ、オヤジに愛想を付かして離婚したんだ。そのあとで豪農かなんかと再婚して幸せな家庭を築いてたぜ。少なくとも飯にも困るうちよりは絶対マシさ。ハハハ! 一回会いに言ったけど二度と来るなって言われたよ! うちの一族には金輪際関わりたくないってさ」
アルタリアがそんな残念すぎる事実を言い出した。えっ? 生きてんのかよ母親。しかも絶縁されてんの? 親父さんも奥さんになにをしたんだ。やはりアルタリアの父だけあって善人じゃないな。
「じゃあその男の子は?」
肖像画に描かれているがこの場にいない、もう一人の事を聞くと。
「兄貴のことか? 数年前だっけな? 『俺はこんな貧乏貴族じゃ納まらない! ビッグな男になってやる! エルロードのカジノで一発逆転だ!』 とか何とか言って家を出てったぜ? 今どこにいるのかしらねえけど多分生きてるだろ」
「…………おい」
「ぐっ!」
アルタリアの親父さんを軽蔑の目で見ると、ばつが悪そうに目を反らされた。
「駄目だなアレクセイ家は。アルタリアといいその兄といいどんな育て方をしたんだよ。この代で終わりじゃねえのか? はぁー」
ため息をつきながらクズ一族に呆れると。
「なんだと平民風情が! 調子に乗るなよ!」
「ハッハッハ! マサキの言うとおりじゃねーかオヤジィ! 兄貴はどっか行っちゃったし、私は貴族の役目なんて無理だしよお。冒険者として生きてくしかないじぇねえか!」
怒る親父さんにアルタリアが笑って言い返した。こいつも少しは自分が駄目人間だと自覚があるのか。
「ぬぬぬ……せっかく借金をしてまで騎士学校に行かせたというのに……! 我が家から騎士が出れば少しはマシになると思ったのに! 問題ばかり起こして退学だと! この恩知らずめ! おかげで家への風当たりは強くなる一方だ! なぜワシの思い通りにいかんのだ! この役立たずが!」
「ああ? オヤジが言ったんじゃねえか!? うちは貴族といっても貧乏だから、舐められないようにとにかく強くなれって! 私はオヤジの言うとおりにしただけだぜ?」
「うるさい! お前は少しは加減をしらんのか? 名家の子息をいつも半殺しにしやがって! 結果うちがどうなるか予想もつかんのか! この馬鹿が! お前などワシの娘じゃない!」
あらら。
母親の話からアレクセイ家の話に移り、今度は親子喧嘩が始まった。父と娘が言い争う。親父さんも本性を表してきつい言葉を娘に浴びせている。
「んだとオヤジイイ! 言ってくれるじゃねえか! 全部あいつらがよえーのが悪いんだよ! それに私は悪くねえ! うざってえから決闘でぶっ潰してやっただけだ! 決闘はたしか……犯罪じゃなかったよな! 私を馬鹿にする奴は相手が貴族だろうが王族だろうが関係ねえよ! 勿論親でもなあ! じゃあオヤジィ! オヤジも決闘でケリを付けようじゃねえか!」
「落ち着けよ、俺達は親子喧嘩を見に来たわけじゃあ」
「そうですよアルタリアさん。親に受かってその口の聞き方はどうかと思いますわ」
俺とマリンは立ち上がるアルタリアを止めようとするのだが。
「んだと? うちの事に口を出すなよ。常識だろ? 強いものが正義だ! 弱い奴はどうなっても仕方ない! まぁ私もあえて弱虫を叩き潰すような気は無いが、かかって来るなら話は別だ!」
自慢げに持論を語るアルタリア。その自信たっぷりの表情から鑑みるに邪心は一切ない。本気でそう信じている。
どんな育て方をしたらこうなるんだよ。
「ヒッ! いやすまん……。ワシが悪かった! 悪かったからそのフォークをこっちに向けるのはやめろ。ワシが悪かった! すまなかった! だから許してくれ!」
アルタリアが実の父に向けて少し殺気を見せると、すぐに親子喧嘩は終わった。親父さんがひたすら謝りだしたからだ。
「……ったく。喧嘩する度胸がねえならいちいち突っかかってくんなよな。オヤジも、貴族の雑魚共にしてもそうだし。狼は生きろ! 豚は死ねだろ? 違うかオヤジ? 昔からこうやってきたよな? そうやってかーちゃんも追い出したんだろ?」
「いや母さんを追い出したわけじゃあないぞ? 向こうが勝手に出て行っただけで……。ワシとしては今でも帰ってきて欲しいんだがなあ……」
どうやらこの家では物理的に強いものが上で……今はアルタリアが一番強いから親父さんは逆らえないのか。教育を間違えすぎだよ。弱肉強食が絶対の一家とか狂ってる。そら母親も逃げ出すわ。
それにしてもアルタリア……こいつ本当に危ねえな。実の父親だろうが関係なく牙を向けるとは。家族ですらコレなら仲間にでも容赦しないだろう。下手に機嫌を損ねて、敵対する羽目にならないようにしなければ。
「改めて……とんでもない奴をパーティに入れてしまったなあ。知れば知るほど後悔するよ。はぁー」
「ま、待ってくれマサキ君! 頼むからアルタリアとこれからも一緒に組んでくれ! 諦めないでくれ! もう我が娘と組む物好きなどおらんのだ! お願いだ!」
俺がため息をついていると親父さんが必死で頭を下げ……おい土下座までしなくてもいいだろ。
「マサキい!? お前も私と組むのは嫌になったか? まぁ今までの奴らもそうだったし。しゃーねえけどなあ」
必死でDOGEZAの姿勢を取る父親、しかも一応貴族。その姿に呆れている俺に、笑いながら……でも少し寂しそうな顔で聞いてくるアルタリア。
「心配するなアルタリア。お前との縁は町のやつらに強引に押し付けられた形とはいえ、その攻撃力、そしてスピードは高く評価している。俺の指示にちゃんと従ってくれるならば、その力を最大限に引き出してやる! いいな! これからもよろしく頼むぞ」
そう言って右手で肩を叩いた。アルタリアにはまだ利用価値がある。いくら紙装甲といえど使いようによっては大きな結果をもたらすことが出来る。そう確信してるからだ。
「本当かマサキ! そんなこと言われたの初めてだぜ! とりあえずお前の言うとおりにしてればいっぱいモンスターを倒せるんだろ? それでいい! お前は最高の仲間だ! 一緒にモンスターを殲滅しようぜ!」
アルタリアは笑顔で、今度は無理して作った笑顔じゃなくて、心からの本気の笑顔を浮かべながら俺に抱きついた。
「おい、抱きつくなよ! 放せって!」
アルタリアは……精神こそ狂っているが……見た目だけなら魅力的な、官能的なスタイルをした美少女なんだ。胸も大きいし腰も……いかんいかん。考えるな! そんな彼女に急に抱きつかれるとDTのこの俺の手に余る。
惑わされるな!
見た目は全てじゃない!
重要なのは中身だ! こいつは美少女の皮を被った殺し屋だぞ!
俺は自分自身にそう言い聞かせる。なんとか興奮した心に落ち着きを取り戻そうとしていると。
「じー」
「ヒィッ!」
そんな俺の内面を見透かしたのかレイが鬼のような形相で睨んでくる。
「イヤッホウーー! ほら見たかオヤジ! 私にも本当の仲間ができただろ! やっぱり強いことはいいことなんだ!」
ウキウキで父親に自慢するアルタリア。少し良心が痛むな……。俺は彼女を、というか彼女の力を利用する。ただそれだけの筈なのに……。なぜこんなにむず痒いんだ。彼女の喜ぶ姿を見ていると心がチクチクと痛む。
アルタリアが仲間なのは一時的なものだ。もしもっと優秀な仲間ができれば無慈悲に切り捨てる。それが今までの俺のやり方であり、そしてこれからも同じはずだ。それだというのに。やはりゲーム越しのパーティとリアルに組んだ人間だと勝手が違うな。
「いいから放してくれ! ほら見ろ! レイがほら! 何か唱え始めたぞ!」
「おっとわかったぜ。つい嬉しくてな」
アルタリアはようやく解放してくれた。そして俺はダッシュでレイの元に向かいなだめに向かった。
「アルタリアにはそんな気は無い! あいつは恋愛とか百年早いだろ? 嬉しかったらきっと誰にでもあんな態度を取るんだよ! 多分いいことがあったらモンスターが相手でも抱きついてたと思うぜ?」
「……でもマサキ様も……満更でもなさそうでしたよね?」
「気のせい! 気のせいだから! だからその手を引っ込めて! 引っ込めてくださいお願いします!」
無駄に鋭いレイに頼み込んで、アルタリアへの攻撃を止めさせようとする。女って怒りを浮気相手に向けるって本当なんだな。
いや、っていうかそもそも浮気でも何でもねえ。レイが勝手に俺のことを勘違いして、アルタリアも適当に抱きついただけだし。その証拠に今度はアルタリアはマリンに抱きついている。そのままグルグル回っている。ほらアルタリアの行動に深い意味は無い。意味は無い……少し悲しくなってきた。
「ほらな? あの姿を見ろ!」
「……いいでしょう」
その様子をみてレイは魔力を引っ込めた。
「チッ、やりづらい」
喜び続けているアルタリアから顔を反らしつつ、ボソっと告げた。
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