一部 15話 夜の怪
食事が終わり、辺りはもう夜になっていた。
「とりあえず今晩はここに泊まるとしてだな。そういえば親父さん、腐っても貴族屋敷なんだから、秘密の地下室とかないの?」
アレクセイの旦那に尋ねる。夕食時に聞いたアレクセイ家の惨状や、情けないDOGEZA姿を見た俺はもう完全にタメ口だった。
「そんなものねえよ! あるわけないだろ? うちは貧乏貴族だぜ?」
アルタリアが代わりに答えるが。
「あるぞ」
「だろオヤジ、あるわけ……えっあんのか?」
父親から出た言葉に驚くアルタリア。
「お前が知らないのも無理はない。なにしろ今まで一度も使ったことがないからな。これからも無いだろうし。よければ見せてやってもいいぞ?」
旦那は娘に説明した。
「じゃあお言葉に甘えて」
俺達はアレクセイの秘密の地下室へ向かうことになった。まず書斎へと案内される。本棚には『食べれる野草の見分け方』、『雑草をサラダに変える100のレシピ』、『ゴブリンだって頑張れば食える』と目を背けたくなるようなタイトルの本が並んでいた。
「ではいいかな諸君。この本棚にあるこの本とこの本を……、こう、こうやってだな。引っ張ると秘密の入り口が出てくるのだ」
ゴゴゴゴゴと音がして床から階段が現れる。
「「「「おおーー!!」」」」
感心する俺達を前に。
「腐っても貴族だ。これ位の嗜みはあって当然よ」
先ほどまでの腑抜けた態度はどこにいったのか、少し得意げになって家のからくりを見せびらかす旦那だった。
「ですがアレクセイの旦那様、このような家の秘密を部外者である私たちに見せてもいいんですか?」
「いいんだよ。どうせ使うことなんか無いし。隠し財産も何もないから。見せてやる見せてやる」
マリンにそう言ってノリノリで会談を降りていく旦那だった。
地下室にたどり着く。そこには鉄格子の牢や、拷問器具が並べられていた。性的なタイプのも勿論ある。
「あわわわわわ……」
顔を真っ赤にしている純情なマリンを尻目に。
「へえ……中々本格的ですねえ」
「だがどれも使った形跡が無いな。埃さえとれば新品そのものだ」
俺とレイは拷問器具を手に取って言った。
「おいどうして隠してたんだよオヤジ! こんないい場所が家にあったら! モンスターでもなんでもとっ捕まえて拷問遊びが出来たのに! くっそう!!」
「そんなことをして悪い噂でも立ったらどうする! ただでさえ近隣住民から睨まれてるのに! 頼むからやめてくれよ? なっ?」
悔しそうに駄々をこねる娘にお願いする旦那だった。
「ていうか親父さんって貧乏なんだろ? こんな地下室を作る余裕はあるのか?」
俺は捕縛用の頑丈そうなロープを確かめながら尋ねた。
「よくぞ聞いてくれた。この屋敷を建てたときはな、まだワシには少しは財産があったのだ。そしてあの頃のワシには夢があった! いつか我が子供達が立派に成長し、アレクセイ家の名を天下にとどろかせた暁には! ワシも年端もいかないメイドの一人や二人をこの部屋に連れ込んであんなことやこんなことを! 罰と称して●●や●●を食らわせてやりたかったというのに! 他にも村の美人処女を権力に物を言わせ無理やり連れ込んだり……。ああ! それも全部台無しだ!」
「うわぁ……」
「言い切りましたよこのおっさん」
おっさんのカミングアウトにドン引きする俺達。
「フン! 夢破れた中年を舐めるなよガキ共! 男はみんなドスケベの野獣なんだよ! わかったか! 笑いたければ笑え!」
開き直って叫びだすおっさんをみな冷めた軽蔑の目で見ていた。
「そんなんだからかーさんに逃げられたんじゃねえのか?」
「ぐうっ!」
アルタリアの的確な突っ込みにおっさんはその場に崩れた。
「ん? なんだこんなところに写真が?」
ふと拷問部屋の机に置いてある写真立てに気が付いた。
「あ、まて! その写真に触るな! 返せ!」
変態が起き上がって隠そうとするが、俺はヒョイと手に取った。
「うわぁ……」
再度ドン引きする俺。なぜならその写真にはダグネス嬢が移っていたからだ。服装からして多分騎士学校時代のだろう。
「娘の同級生の写真を……。こんな部屋に置くとか……人としてどうなんだ? ダグネス嬢のこと……そんな目で見てたの? うわっキモッ。娘ほど離れた年齢の子を……普通に犯罪モノじゃん」
「ひぃ」
マリンも写真を見て、小さく悲鳴をあげ、アレクセイの変態から思いっきり距離を取った。
「返せ! それはワシのだ! ダスティネス家の令嬢はワシのものなのだ!」
「お前のもんじゃねえよ。っていうかさすがに怖いよ。なあアルタリア、娘のお前からもなんか言ってやれ」
顔を引きつらせながら娘に会話のバトンを回すと。
「そうだぞオヤジイイ!! ダグネスはお前のじゃねえ! この私のものだ!」
「えっ?」
予想外の返事に思わず声が出た。
「ダグネスはなあ! この私の獲物だ! 学校時代からの友達であり、そしてライバルだ! 今は実力は五分だけどな! いつかこの私の手で完全に屈服させてやるんだ!」
「なんだと! 我が娘とはいえこれだけは一歩も譲らんぞ! ダスティネス嬢はワシのものだ! ワシの娘がお前じゃなくあの子だったら! 何度もそう願わずにはおれんかったのだ! 絶対にやらんぞ!」
うわぁ…………。なんなのこの親子。人様の娘を勝手に取り合いしてんじゃないよ。っていうかお前達二人にはなんの権利もないからな。
「えいっ」
「うわああああああああ!!」
気持ちが悪くなってきたのでダグネス嬢の写真を破って捨てた。絶叫する中年。
「なんてことを! ワシの……金の無い我がアレクセイ家で……唯一の家宝といってもいい写真を……ううううう」
泣きながら必死で破れた写真をかき集め、なんとか修復しようとする変態中年。
「うるさい。キモいんだよ」
「その写真はオヤジにくれてやる! だが本物はこの私のものだ!」
そう父親に言い放つアルタリアにも。
「お前ら、やっぱり親子だわ。どっちもキモいよ。てかその執着心なんなの?」
ダグネス嬢に執着する父娘にそう言い放った。
「あの美貌を見ても欲情しないとか、男としてどうなんだ!? お前実はそっちの気があるのか?」
「相手が強ければ強いほど、戦いは面白くなるものだろ? ワクワクするぞ!」
「うっせーよカス共!」
この変態親子を適当にあしらった。
「クズ親子の相手はこれくらいにして、そろそろ本題に入ろう。この地下牢を観察した結果、中々頑丈そうだ。これなら俺にとっても都合がいい」
地下牢を眺めながら腕を組み、うんうんと満足そうに俺は頷いた。
「マサキ、まさかあなたもここに女性を連れ込んで……あの変態貴族と同じようなことをたくらんでいるのですか?」
そんな俺にマリンが近づいてくるが。
「やらねーよ! 誘拐は普通に犯罪だぞ? そもそもこのポンコツ貴族に事件をもみ消す力は無い! 絶対捕まるじゃないか! そんな事をしてなんの特になる!?」
「では仮に、この貴族に権力があったら、女性を連れ込んでたということですか?」
「……えっ」
質問を重ねるマリンに一瞬黙ったあと。
「いや待て、ああ、うん。確かにそれは魅力的だね。男の夢かもしれない。だが、そんな人間のクズのような真似をするわけないだろ。心の中だけ収めるさ。俺にだって良心がある。やらないからな! おい! その目はやめろ! そんな目で見ないでくれ!」
マリンの俺を見る目が、だんだんそこの変態中年を見るのと同じになってきたので、慌てて反論した。
「フン。まぁいいだろう。俺はそんなことにこの牢屋を使うつもりは無い。もっと正しい使い方がある。それを今見せてやる!」
拘束用ロープを手に取りすぐさま叫んだ。
『バインド!』
「えっ!?」
俺はレイに向かって奇襲を成功させる。レイの体はロープでがんじがらめになり、身動きが取れない。
「ちょっとマサキ様、一体何をするんですか? まさかこの私をこの場で調教するんです? いいでしょう受けて立ちます! 相手がマサキ様ならどんな羞恥にも耐えて見せますよ! さあさあ! 私たちの愛をみんなに見せてやりましょう!」
拘束スキルで縛られたレイは、怒るどころか嬉しそうに鳴きだす。
「仲間になにをしているんです? やっぱりあなたそういうつもりなんですか! 私の目が青いうちはそんな真似はさせませんよ!」
「先ほどはワシらをキモいと罵ったわりに! 貴様も同じ穴の狢ではないか! 苦労を共にしてきた仲間を容赦なく縛り付けるとは、マサキ、お主も悪じゃのう!」
マリンとおっさんがギャーギャーと騒ぐ。がそんなの無視だ。
「外野は黙って見ていろ。さらに『バインド!』」
今度はレイの口にくつわを入れて喋れなくする。
「よし、これで魔法を唱えることは出来まい。後はこうだ! えい!」
身動きがとれず、口も塞がれたレイを蹴り飛ばして地下牢の中に放り込んだ。
「むぐううううう……」
ようやく俺の意図がわかり、恨めしそうに睨みつけるレイ。だが一足遅かったな。さらにこの部屋にあった手錠、足枷、全ての拘束道具をレイに装着させる。こうしてみるといくら貞子女といえどとてもエロいのだが、感傷に浸っている暇は無い。
「よしみんな手伝ってくれ! 鍵はこいつの魔法の前には無意味だ! 代わりにこの扉の前に物を置いてバリケードを作るんだ! それでこの悪霊を閉じ込める!」
俺が必死に物を移動させ、扉が開かないように固定させていく。
「マサキ! どうしてレイさんにこんなことをするんです!?」
「どうして? どうしてだと? 俺が毎晩こいつに襲われて! 怖い思いをしているといつも話しただろ!? おかげで夜もまともに眠れない! この地下牢に閉じ込めておけば、俺はようやく安心して眠れるんだ! なにもずっとここにおいとくわけじゃない! 明日には出してやるさ! だが! とにかく! 俺はぐっすり眠りたいんだ! 一晩でいいから! わかるか!? 毎晩悪霊に襲われる俺の気持ちが!」
聞いてくるマリンにキレて言い返した。
「でもここまでしなくても……」
「ここまでしてもまだ安心できないのがレイという女なんだよ! 見てないで手伝え! それか何もするな! 邪魔すると許さんからな! いいか、明日には出すんだから! それは約束する!」
マリンに念押しにきつく告げた。
「手伝うぜマサキ! こういうのってなんか興奮するよな! なんか悪いことしてるみたいでさ」
アルタリアが重そうなものを一人で持ち上げては、扉の前に設置していく。
「その意気だアルタリア。夜のレイはマジで怖いぞ。昼の5倍は危険だ」
「へえ私とどっちが怖い?」
「うーん……やっぱり夜のレイかな。とにかく見た目がなあ」
「それは聞き捨てならないな。いつか決着を付けてやるぜ」
アルタリアと雑談をしながら入り口を固めていった。
「よし! これで! これでやっとまともに眠れる! うう……なぜか涙が出てくる。俺はやったんだ!」
地下室を完全に封鎖した俺は拳を振り上げガッツポーズをした。
「おーい……? レイさん? もし辛かったら言ってくださいね? 私が拘束スキルを解除しますから」
「やめろ! 情けは無用だ! これは俺とあの悪霊との戦いなんだ! 俺の安眠がかかってるんだよ!」
声かけをするマリンを引っ張り出す。
「ハッハッハ! ざまあねえぜレイ! 最近少し生意気だったからな! いい気味だ!」
「お主らはいつもこんなことをしておるのか? さすがワシの娘を引き取っただけの事はあるな」
嬉しそうに笑うアルタリアと少し困惑気味のその父だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
深夜。
アレクセイ邸は部屋の数こそ多いものの、長い間掃除もせず放置されていたため、寝室として使えるのはリビングだけだった。そのリビングのソファーで旦那はいつも寝ているらしいのだが、今晩はアルタリアにその場所を奪われている。
仕方なく旦那はキッチンで布団を引き、残った俺とマリンはそれぞれ毛布を引っ張り出し床で寝ていた。
ガリガリガリガリ……。
「……ん」
小さな音がする。何かを引っかくような音がして、俺はふと目が覚めた。
「ネズミでもいるのか? まったくこのボロ屋敷め」
俺がもう一度眠りに付こうと布団に潜った、その時。
パーン! パン! バーン!
と大きな音が鳴り響いて、屋敷が少し揺れる。
「なんだ! 敵襲か!」
「このアルタリア様が屋敷にいるときに、襲ってくるとは運が無かったな! モンスターめ!」
その音で飛び起きるアレクセイの父娘。
「……まさか!?」
…………違う。モンスターの襲撃じゃない。さっきの音は聞きなれた音だ。そうアレは……レイがモンスターをまとめて倒すときに使っている、『炸裂魔法』の音だ。
バキン! バキン!
物が壊れる音がする。それがだんだんこっちに近づいてくる。
「アルタリア! 気をつけろ! レイだ! レイが来るぞ! 危険度は昼間の比じゃない! 油断するなよ!」
「夜のレイは怖いって聞いたが! 面白い! 受けてたとうじゃないか!」
アルタリアはパジャマ姿でその辺のパールのようなものを拾い上げて迎え撃つ気だ。
よし、これで一人でレイを相手にせずに住む。旦那は役にたたなそうだから戦力外として……こっちは2対1だ。……ん? 2対1だって?
「おいマリン! なにスヤスヤ寝てるんだ! 目を覚ませ! お前も戦え!!」
炸裂魔法の音が付近で鳴り続けているのも関わらず、気にせず爆睡しているマリンをたたき起こす。
「むにゃあ? なんですかマサキ? 今何時だと思ってるのです? 寝かせてくださいませ」
「いいから起きろ! 敵襲だ!」
「うぅーん? 周囲にはアンデッドはおろか、モンスターの気配すらしませんよ? なにも心配はないです。じゃあおやすみ」
一瞬だけ顔を上げるが、すぐに安心した顔で再度眠りに付くマリンだった。
「おい! モンスターよりヤバイのがいるんだって! 近づいてるんだって! 起きろ!」
「すかー」
「おのれええええ!! 寝るな! 起きろお!!」
マリンは二度と俺の呼びかけに反応せず、そのまま睡眠に戻った。ってかよく眠れるな。さっきから炸裂音がどんどん近くなってるのに。
「この役立たずめ! こうなったらアルタリア! お前だけが頼りだ! 一緒にレイを打ち破るぞ!」
「ははっ! 楽しそうだな! いいのか? 一応仲間だろ?」
「いい! やっていい! ぶっ飛ばすぞ!」
さすがに刃物は気が引けたので、俺はモップ、アルタリアはパールのようなものをそれぞれ手にして悪霊女の襲撃に備えた。
ガチャ。
ガチャ。
ガチャ、とドアが開かれる音。どうやらレイは屋敷の部屋を片っ端から探っているようだ。
『……マーサーキーさーまーーー。どーこーでーすーかーーー?』
おどろおどろしい声が屋敷に響き渡る。だが姿は見えない。
「おいお前! なんて物をワシの屋敷に連れてきたんだ!」
「くそったれが! あれほど厳重に封印したのに! それでも駄目だったか! 『炸裂魔法』なんて覚えさせるんじゃなかった!」
旦那が抗議するが俺はそれどころではなく、アルタリアの後ろに隠れて待機している。
『…………こっちから、マ……サキ……さま…………の……匂いが……します…………ね。キヒヒッ……。食べて……しまいた……い』
だんだん猟奇的な口調になってくるヤンデレに、背筋が凍りつく。
ガコッガコッと大きな足音がする。もうすでにリビングの扉の前まで来てる! っていうか一応仮にも年頃の女の子の足音じゃねえ。よくこんな怖い音が出せるな。
「来いレイ! 決着を付けようぜ! このパーティーで最恐は誰なのか教えてやるぜ!」
面白そうに構えるアルタリア。彼女がいるおかげで、俺はあと一歩のところで踏みとどまることができた。いつもならとっくに逃げ出してる。
『よくもこの私を閉じ込めましたねええーーーーよくもよくもよくも!!! この代償は……高くつきますよ……? ひひひひひひ』
レイの精神に来る声と共に、バン! とついにリビングの扉が開かれた。
「さあ勝負だレイ! かかって来い! ってアレ? どこだ?」
扉が開かれるがそこにレイの姿はなかった。不思議がって首を傾げるアルタリア。
ボトンッ。
「ひっ」
俺の首筋に何か液体のようなものが当たり、思わずしゃがみこむ。
ガサガサガサ!
その時、大きな虫のような足音が真上から聞こえた。
「上だ! アルタリア! 上にいる! やれ! 死なない程度にぶっ殺せ!!!」
天井をゴキブリのように這う恐怖のレイを確認しアルタリアに叫んだ。
「…………むむ」
アルタリアは天井を這うゴキブリ女を見て動きが止まった。
「なにしてるアルタリア! やれ! ぶっ潰せ! 決着をつけるんじゃなかったのか!?」
俺が怒号を上げるがアルタリアは動かない。今まで見たことがない真っ青な顔をして、そして。
「うわああああああ!! いやあ! 私虫だけはだめなんだよお! 気持ち悪いし食べても不味いし! あの動きがほんと嫌い! うわあああん!!」
まるで普通の少女のように、泣きながら逃げ出していったアルタリア。あいつにも怖いものがあったとは。以外だ。今度言うことを聞かないときは虫でもけしかけるか。
いやそんなのは後だ! 今は目の前の恐怖に集中しなければ! このゴキブリ女に!
「アレ? いないぞ?」
上を見上げるとさっきまでいたでかい虫がいない。
ガサガサガサガサガサ!!!
「うわあっ!」
レイはすでに地面に降り、四足歩行で一気に俺に距離をつめて飛び掛ってきた。
『ハァッ、ハァッ、捕まえましたよ! 愛しのダーリン! キキキキキキ!! シャー!!』
「くっそう! 離れろ! この化け物め!!」
もう完全に人間じゃない。その動きも笑い方も。
「『バインド』!」
俺はいざというときのため、枕元に用意していたロープを持ち、レイに発射するが。
『キキキキキキ。二度と同じ目にかかるものですか』
ガサガサと素早く動き拘束スキルは回避された。
「ちっ! よくかわしたな! だがまだまだ! 『クリエイト・アース』!」
すぐに次の手を用意し、レイを怯ませるつもりだ。手にまず粉状の土を発生させて……。
「『ウィンドブレス』!」
「なっ!」
それを目くらましにぶつけようとしたのだが、一足早くレイに風魔法を唱えられた。おかげで俺は目に砂ぼこりをもろに食らって自滅してしまう。
「ぐわあああ!! 目が! よくも!」
『マーサーキー様ー! あなたの考えることはお見通しですよ? いつもいつもあなたの事だけを考えているのですから。当然です。フヒヒッ』
前が見えない! そのまま俺は悪霊に押し倒される。
「くっ! まだだ! まだ終わらんよ!」
必死でじたばたと抵抗する。相変わらず凄い握力でしがみ付いてくる。天井を這いまわれるんだから強くて当たり前だ。俺はまだ諦めない! このまま無理やり既成事実を作られてなるものか!
冷静になれ! 敵の……レイの事をよく観察しろ。何かを! 弱みが……。こんなときだからこそ、クールになるんだ。
「……」
「おや、もう抵抗を諦めましたか? では愛の時間と参りましょう」
俺は力を抜き、一瞬だけなすがままにされる。
「炸裂魔法を使いすぎたな! いつもほどの力がないぞ! アレは大量の魔力を消費する。あの地下牢も無駄ではなかった! 無駄ではなかったのだ! 食らえ!」
気が緩んだレイの隙を付き、腕を掴んでひっくり返した。
「はぁっ、はぁっ、さすがですマサキ様。確かにあのバリケードを破壊するのには骨が折れました。疲れを隠していたのによくわかりましたね。それでこそ我が運命の人です」
「お前の思い通りにはさせない! 大人しく一人で寝るんだな!」
レイに言い放つが。
「疲れているのはあなたも同じじゃないですか、マサキ様。『バインド』の消費魔力は少なくありません。それを今日は三回も使いました。冒険者のマサキ様にはかなりの負担になるはずです」
「……」
「……」
睨みあう俺とレイ。互いに魔力があまり残ってない。このままではらちがあかない。無駄に残った体力を消費するだけだ。
…………折衷案として、俺に手を出さないことを条件に、一緒の布団に寝ることを許した。
「マサキ様の温もり……匂い……ああ最高です! このまま時が止まればいいのに!」
興奮して俺に寄り添うメンヘラに。
「いいかレイ、それ以上近づくなよ! 手を握る以上の事をやったら戦闘再開だからな! わかってるな!」
女の子と二人きりで同じ布団で寝ている。本来ならとてもうらやましい状況のはずなのだが、俺にとっては神経が磨り減る緊張感ある時間だった。
なにしろ相手は危険なメンヘラ女だ。一線を越えてしまえばどうなるのかわからない。そんな状態に持ち込まれるのはごめんだ。
「ああマサキ様! こうやって一緒の布団で寝れるなんて夢のようです。ああ体温が伝わってきて幸せです。今まではマサキ様が照れて中こんな機会はありませんでしたからね」
「照れてねえよ! お前と同じ布団とか恐怖しかないんだよ! 本気で拒絶してるんだからな! 今回は仕方なくだ! もう二度とないからな!」
「おおっとツンデレですか?」
「違うわ! 本気で嫌だ! 勘違いすんじゃねえぞ! おい股間の方に手を伸ばすのはやめろ! ストップだからな!」
相変わらず油断も隙もないゴキブリメンヘラ悪霊女に注意し、夜はふけていく。周辺には戦闘の後が残っており、リビングはボロボロになっていた。
朝になった。
「んん……?」
いつの間にか眠ってしまったらしい。目を覚ますとレイが俺の肩を枕代わりに眠っていた。
「ちっ離れろ!」
「むにゃ?」
自分の体を確かめる。なんともない。どうやらレイも寝てたらしい。ホッとした。
「あら、おはようございますマサキ。あれ? 結局レイさんを地下牢から出してあげたんですね。なんだかんだいって優しいですわね。オホホ……じゃなくてプークスクス!」
俺の近くでむにゃむにゃと寝ているレイを見て、マリンが言った。
「出してあげた? そんなことするか! こいつが勝手に出てきたんだよ! っていうか昨晩は大変だったんだからな! お前起きないし! てかよく寝れたな!」
「だってモンスターもアンデッドもいませんでしたし。寝れるときに寝るのも冒険者のつとめですよ。ねえアルタリアさん。ってアルタリアさんはどこです?」
「あの役立たずめ! 結局肝心なときに逃げ出しやがって! そういえばどこに行ったんだろ?」
首を振ってあたりを見渡す。
「ひいいいいい」
ふと部屋の隅を見ると、机の下に隠れガタガタと怯えているアルタリアを発見した。なにかトラウマを植えつけられたみたいだ。特にレイのほうを決して見ないようにしていた。
「お前達、頼むから二度と来ないでくれ」
アレクセイの旦那がうんざりした顔で言った。元々ボロボロだった屋敷を、さらに破壊の限りを尽くされ正真正銘の廃墟にさせられたからだ。
「すいませんでした。そうします。みんな集まれ! 街に帰るぞ!」
さすがに良心が痛んだので旦那には素直に謝り、みんなを連れてアクセルの町へと帰ることにした。
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