二部 3話 ようこそアルカンレティアへ

 エルフとドワーフを仲介させた俺達は、とりあえずアルカンレティアを観光することにした。


「アルカンレティアへようこそ! アクシズ教入信者からは、病気が治っただとか宝くじに当たっただとか芸が上手くなっただとか、様々な良い実体験を聞く事が出来るんですよ。どうです? あなたも入信してみませんか?」


 うぜえ。

 この街を一歩歩くごとに、獲物を見つけたモンスターのようにまとわりついてくるアクシズ教徒の勧誘。

 うんざりしながら街を歩いていると、ふとあることを思い出す。

 

「こんなことならマリンと離れるんじゃなかった。そういえばアルタリア、お前のところは別の宗派じゃなかったか?」

「ああ? ええっとうちは確か……パリス教だったっけ? そんな名前の神のとこだった気がするぜ? ちょっと待ってろ」


 がさごそと服の中をなにかを探しているアルタリア。


「あったぜ、ほらな。私はプリス教徒の信者だ。一応」


 ペンダントのようなものを取り出し、その場のアクシズ教徒たちに見せ付けた。っていうか名前くらい覚えてやれよ。


「なんだ、エリス教徒か。って……え!?」


 一瞬汚物を見るような表情をした女性だったが、そのペンダントを見ると固まった。

 アルタリアが取り出したのは、エリス教徒である事を示す物。物なんだと思う。……多分。自信がないけど。なぜならアルタリアの持ってたそのペンダントは、真っ黒に汚れた上に滅茶苦茶に変形していた。


「ね、ねえ。あの人本当にエリス教徒なの?」

「ある意味俺たちよりあの邪神を馬鹿にしてないか?」

「これまで色んなエリス教徒に会ったが、あんな汚いお守りを持ったやつは見たことがない」


 円陣を組んで相談するアクシズ教徒たち。うん彼女たちの言うとおり、アルタリアのお守り、本当にただのゴミにしか見えないもん。

 彼女たちは少し話し合ったあと。


「あ、あの……いくら相手が暗黒神エリスとはいえ、その扱いはバチが当たりますよ? もう少し神様を尊重してあげたほうがいいですよ」


 敵対する宗派の人間にまで心配されるアルタリアだった。彼女の持つ薄汚れたゴミを見るや否や、アクシズ教徒たちは大人しくどこかへ行ってしまった。


「凄いなお前」


 一方レイは。


「こいつらいい加減! ぶっ殺していいですかね!?」

 

『ターンアンデッド』を浴びせられまくって激怒していた。彼女を宥めながら、こうしてしばらく歩いていると。




「これはこれは皆さん、ようこそいらっしゃいました。マリンから話は聞いています。アクシズ教の総本山、アルカンレティアにようこそ。私はアクシズ教の最高責任者、ゼクシスです」


 温厚そうな白髪のおばあさんが、多くのプリーストを引きつれて現れた。側にはマリンもいる。


『ターン・』

「お止めなさい。彼女からは邪悪な気配はしません。人間です。マリンの仲間に無礼な真似はよしなさい」

 他のプリーストが、レイの姿を見るや浄化魔法を唱えようとするのをすぐさま制止するゼクシス。

 

「こ、これは失礼しました」


 謝るプリーストたち。レイを見て人間だと感じ取るとは、このおばあさん中々の実力者かも。


「あなたがマサキさんですか。マリンから話は伺っております。アクセルでは大活躍だったとか? それにしても上手そうなショタだ。じゅるり」


 急に舌なめずりするゼクシスに、少し恐怖を覚え。


「お、おい、なんだその顔は! そもそもショタってなんだ? 俺はどう見ても大人だろう? そんな年齢じゃ?」

「この私から見たら殆どの男はショタです。さあおねしょたタイムと参りましょう! 眼鏡っこも好物です。はぁはぁ……」

「ひっ、冗談じゃない!」


 やっぱこのクソ教団のトップだけあって、ろくな奴じゃない。なんだこのババア! キモい!

 確かめるまでもないが魔道具を起動させてみると。


『変態。超変態。危険危険』


 真っ赤な文字で表示される。案の定だ。 


「どわあああ!!」


 ゼクシスから逃げ去ろうと思った矢先、何かの光線がババアに直撃した。


「おっと! てっきり邪悪なアンデッドがいると思ってだな。間違ってつい撃っちまったぜ! まぁそんなところに突っ立ってるのが悪いんでさあ」


 どう見ても一直線にゼクシズ目掛けて飛んできたのだが。レイを狙ったようには見えなかった。


「おのれストックめが。またしてもこの私の邪魔をしおって!」

「すいませんねえゼクシス様。まぁ失敗は誰にでもあること、勘弁してくださいよハハハハハ!」


 嬉しそうに高笑いをあげるイケメンの男。見た目からして彼もまたアクシズ教徒のプリーストだろう。


「彼はこの教団のNo.2、ストックさんですわ」


 マリンが俺に紹介する。


「おいおいマリンじゃねえか! よく帰ってきたなあこの異端者。また変な事を広めようとしたらこのおれ様の『パッド光線』を浴びせてやるぜ」

「異端ではありませんよ! 私は本当にアクア様の姿が、声が聞こえたんです!」

「まぁ俺にとっては関係ない話だがな。もしこの俺様をナンバーワンに推薦してくれるんなら、お前の言葉も信じてやってもいいんだがよ?」

 

 最高責任者に謎の光線を浴びせた男は、野心を隠そうともせずに言い放った。

 

「よくもやってくれたなこの大馬鹿者めが!」

「ちょっとした誤射ですよゼクシス様。それにしてもあんたも老いぼれましたね。この程度の攻撃を食らっちまうなんて? そろそろアクシズ教も変革のとき! あんたのような老人は引っ込んで、この若い俺様を新しい最高責任者の座に選んだほうがいいですぜ! そうすれば暗黒パッド神エリス信者なんぞ一掃して見せますよ!」

「なんだとこの若造が! お前如きにアクシズ教を渡すわけがないだろう! 引っ込んでおれ!」


 アクシズ教のナンバーワンとナンバートゥーが言い争っている。周りのほかのプリーストは、また始まったと言った風なあきれた表情でその様子を眺めている。


「ストックさんは実力こそあるのですが、性格に少し問題がありまして。アクシズ教徒のニューリーダーになりたがっているんです。それとあの人の光線には気をつけてください。食らうと幸運が凄く低下するんで」

「それははた迷惑な技だな」


 マリンの説明を聞きながら頷く。


「それと女性は気をつけてください。あの光線には、女性の胸のサイズを小さくすると言う不思議な追加効果があるんですわ。彼曰くパッド神エリス様を裏切ったからこんな技が使えるようになったとか。ちなみにストックさんは元エリス教のアークプリーストでしたが、権力闘争に敗れてアクシズ教に鞍替えしたと言う前歴があります」

「つまり元裏切り者か。碌なやつじゃない事は言動からわかるが」


 念のためゼクシスとかいうばあさんの胸を見ると、見事にぺったんこだ。じいさんと言われても信じてしまいそうなほど。今まで何度もあの技を受けたのだろう。『パッド光線』……恐ろしい技だ。男の俺には関係ないが。


「この二人がアクシズ教のナンバーワンとナンバートゥーか。大丈夫なのかこの教団は?」

「ゼクシス様もストックさんも、実力はこの街、いや世界でもトップクラスのアークプリーストですから。なんだかんだでやるときはやってくれますよ。オホホ」


 マリンは少し笑いながら答えた。

 ふと見るとゼクシスは馬乗りになってストックをボコボコにしていた。あのババア、ババアの癖に動きが早いな。変態とはいえ最高責任者なだけの事はある。


「なんどもなんどもこの私にへなちょこ光線を食らわせおって! おかげでこの私の夢! 精通もまだな小さな男の子をおっぱいで誘惑すると言う手段が絶たれてしまったではないか! どうしてくれる!」

「も、申し訳ありませんでしたゼクシス様! もう二度とこんな真似はしません! あなたこそアクシズ教徒の真のリーダーです!」


 必死で慈悲をこうナンバートゥーだった。



 ストックへのお仕置きが終わった後、アクシズ教団の本部である大教会にと連れられた。


「ち、ちくしょう! ゼクシス! いつかこの俺が本物のリーダーに相応しいってことをみんなに教えてやる!」


 顔をボコボコにされながらも、ブツブツと恨み言を告げるストック。こいつ全然懲りてねえな。この反骨心はどこから来るのだろうか?

 大教会にはモンスターの入った大きな檻がある。中にはオスのオーガが捕まっていた。目を合わせると震え上がり、肉体はともかく精神的にはかなり衰弱している。そして札には『ゼクシス専用』と書かれていた。普段なにをしているかなんて想像したくもない。


「明日もエリス教会へと向かいますよ! あそこの神官はイケメンでしたからね。まず私が暗黒神エリスの像の胸をやすりで削る、きっと顔を真っ赤にして怒鳴ってくるでしょう。そこで私が、『怒った顔も素敵ですよ?』と大人の余裕をみせる。これできっとイケメン神官もアクシズ教徒に改心するでしょう!」

「さすがはゼクシス様です! あの人とずっとお付き合いしたかったんですよ! ゼクシス様が怒られている間に、着替えを回収することにします! あああの方の匂い……想像するだけでいきそうです!」

「なんですって! それはいけません! 着替えも全部この私の物です! 勝手な手出しは許しませんよ!」

「早い者勝ちですから!」

「ゼクシス様といってもそれは譲れません!」


 ゼクシスを中心として、女性信者がとんでもないことをたくらんでいた。

 気持ち悪いババアだ。全員レイ並の変態しかいないのか? エリス教徒に同情する。


「ゼクシス様! 女性神官のほうは私達が引き受けます!」


 男の信者が叫ぶと。


「ふっふっふ、いいでしょう! なんていうと思いました!? あいにく私は男も女もいけるバイセクシャル! 可愛い女の子も大好物です! しおらしいエリス教徒のシスターには、百合の園にご案内しましょう! ああ、お姉さまと呼びなさい!」


 いくつだよババア。この色ボケばあさんには、いやこいつらには着いていけない。他の街でアクシズ教徒が恐れられる本当の理由が、今ようやくわかった気がする。


「くっ! ゼクシス様! いくらなんでも欲張りすぎですよ!」

「まて、ゼクシス様も一人だ。何人も同時に相手が出来るわけが無い。むしろゼクシス様に注目が集まったところを、魔道カメラで盗撮といこうじゃないか」

 

 ろくでもない悪知恵ばかり働かすアクシズ教徒たち。もうこの集団は関わりたくない。



「ちっ、くだらねえ奴ばっかりだ」


 そのアクシズ教徒を覚めた目で眺めるのは、ナンバートゥーでもあるストックだった。


「おや、あんたは参加しないのか?」


 ストックに尋ねると。


「俺様の目的はこの街でナンバーワンになることだ。いやこの街だけじゃない、いずれ世界のな! くだらねえセクハラなんかで満足する器じゃないぜ」


 なるほど。ストックは欲望に忠実だが、他の教徒のような迷惑変態行為には興味がないようだ。バニルアイを起動させてみると。


『この俺こそがナンバーワンだ!』


 そのまんまだな。黄色い文字で表示された。赤ほど危険ではないが注意といった所だ。こいつは言いくるめればうまく利用できるかもしれない。


「中々の野心家だ。君も大きな権力は好きかな? 俺も失敗したとはいえ、アクセルではかなり恐れられていてね」

「マリンの連れか。興味深いな。どんな手を使ったか是非教えて欲しいぜ」


 ストックと小声で会話をする。


「どうだ? この街で一時的に手を組むと言うのは?」

「悪くないぜ。お前も中々のワルのようだ。この街にそんな骨のあるやつはいないからな」

「「フッフッフッフ」」

 

 俺とストックの同盟が成立する瞬間。


「ストーップ! 離れてください! あなた達二人! 組んだら絶対にヤバイ! この私の目が青いうちは、そんな事はさせませんよ!」


 マリンがそれを塞ぐように立ちはだかった。


「チッ! 邪魔すんじゃねーよマリン! 今大人の話し合いをしてたところだ!」

「そうだぞ異端者! 落ち着きなって。これも我らが女神アクア様のため、つまり俺様のためでもあるんだ!」

 

 俺とストック双方から反論されるが。


「マサキ! この私の故郷でアクセルのような真似はさせませんからね! 絶対に許しませんよ!」

「まるで人を犯罪者みたいに、やめてくれよマリン。だからその目はやめて」

 

 しかしマリンはずっと睨んでくる。


「ストックさん! もしマサキと組んでなにかしたら、すぐにゼクシス様に言いつけますからね!」

「わ、わかったよマリン。ここはお前に免じて引き下がってやるよ」


 渋々諦めるストックだった。

 これはまずい、話題を変えよう。


「そういえばマリン。ここはお前の故郷と聞いたんだが、家族はいないのか?」

「いません。私の両親は、魔王軍との戦いで命を落としました」


 えっ。マジで? 地雷だったかな?


「い、いやなんかごめん。まさかそんなことが」


 そういえばアルタリア以外の家族構成、全然知らないな。


「私の両親は、それは熱心なアクシズ教徒でした。いつもアクア様のことを拝み、教義を信じて魔王を倒すため戦いました。私が生まれたときは、この水色の髪と目を見て、大喜びしたと聞いています。これをアクア様の奇跡と思い、最前線で魔王軍に立ち向かったそうです。ですが仲間を庇って……最後は……」

「それは辛い事を聞いたな。すまない」


 マリンに謝ると。


「私は悲しくなんてありませんよ。両親がいなくなってからは、このアクシズ教のみんなが私の親代わりになってくれました。少し代わったところもありますが、皆さんとてもいい方なんです。おかげで私も立派なプリーストになる事ができました。これもアクア様と、アクシズ教のおかげですわ」


 そうだったのか。マリンにそんな過去があったとは。アクシズの奴らがいい方には見えないけど。


「しょうがねえなあ。お前の故郷だし、俺もこの街で何かするのはやめてやるよ」

「そんなの当たり前でしょうが! っていうか私の故郷じゃなくてもやっちゃだめですわよ! アクセルでのこと全然懲りてませんね!」


 まったく、と言った顔でプンプンと怒るマリン。まぁいい、目的はあくまでノイズだ。この街は単なる通過点。いちいち揉め事を起こしても意味はない。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 その夜。


「きちゃいますか。やっぱりきちゃいますか」


 カサカサ

 すっかり慣れっこになったその音で目を覚ます。


「美少女と一緒に旅行だなんて。これはなにかあってもおかしくないですよね。ダーリン!」

「美少女はカサカサいわねーよ! なんでお前の足音はそんなに怖いんだよ!」


 ゴキブリ女やっぱり怖い。どうやったらそんな音が出るんだよ。


「さぁマサキ様! 今日こそ私を受け入れるときです! それがあなたの運命なのです! 一緒に子作りと参りましょうか?」

「残念だったなレイ。この街ではお前なんぞ怖くは無い。地の利と言うやつだ。今教えてやろう」


 そしてすぐさま。


「アンデッドが出たぞー!!」

「なっ! マサキ様!?」


 大声で叫び、街中へ走り出す。


「アンデッドだと!」

「このアルカンレティアに忍び込むとは! いい度胸じゃねえか!」


 起き上がって飛び出すプリーストたち。


「あそこだ!『ターンアンデッド』!」

『ターンアンデッド』


 アンデッドの姿を確認するや、アクシズ教徒もエリス教徒も共に光魔法を唱える。


「だから私はアンデッドじゃありません!」


 必死で言い返すも、その見た目はどうみてもアンデッド。耳を貸すものはいなかった。

 その隙に俺はどこかへ隠れる。


「どいつもこいつもうざったいですね! 私の愛を邪魔するなんて! ただで済むと思わないで下さい!」

「ハッハッハ、ここではお前はハンターじゃない、獲物だ。追われることの辛さを少しは味わうがいい」


 激高するレイだった。

 そんな彼女をあざ笑いながら、俺は闇夜に姿を消した。

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