エピローグ

 機動要塞は、結界のなくなった魔王城をやりたい放題に蹂躙し尽くし、次の獲物を探してどこかへと走り去ったらしい。

 それと魔王は死ななかったらしい。いわく、もし死んだなら誰かしらに天からの使いが来るそうだ。逃げたなアイツ。

 きっと今頃、一から魔王軍を再建しているだろう。

 魔王も大変だ。

 城もなければ軍隊も無い。あの様ではまた人類を脅かすようになるには相当時間がかかりそうだ。

 当分は平和な世の中が続くだろう。


「チッ魔王の奴。どうせならぶっ壊してくれればよかったのに。そうすれば魔王軍を壊滅させた上に機動要塞も破壊できて、一石二鳥だったのによ!」


 思わずぼやく。何事も思い通りにはいかないものだ。俺の作戦と同じように。


「それでだダスティネス卿! 俺にかかった賞金はどうなる?」


 ベルゼルグから来た騎士、ダグティネス卿に聞くと。


「あの兵器を破壊できなかったから、おそらく説得するのは難しいと思う」


 残念そうに答えるダグネス嬢。


「そうなるだろうな。まぁ失敗したのは事実だ! 仕方ない。全部俺のせいにしてていいぞ!」


 これで俺は晴れて大物賞金首だ。もういい。なったものはしょうがない。俺はできる限りの事はした。それでダメだったなら、後は受け入れるだけだ。


「いや、私も! 将軍殿の活躍はこの目で確認した。まさか魔王城の結界を破壊し、ほぼ壊滅に追いやるとは……。いつの日か、あなたの無実を証明してみせよう」

「そんな無駄なことはしなくていい。俺の冒険はもう終わりだ。もう未練はない。色々とやりきったからな! それよりもだ、アルタリアの事をお願いしたい」


 強化魔法のおかげで、自分の限界以上のスピードを出せたアルタリアはご機嫌で剣を振り回している。


「おい! ダグネス! 見てたか!? 私の活躍を! 凄いスピードで突っ走り、魔王を思いっきり切り裂いてやったんだ! すげえだろ!? 魔王にあんなことできるのは私だけだぜ!?」

「すまない、速すぎて見えなかった」

「んだと! だったらお前で再現してやる! 構えろ!」


 相変わらずケンカっぱやいアルタリア。

 もうダグネス嬢と決闘する気か。

 いや、今まで我慢してただけかも。

 本当ならダグネス嬢を見るやいなや問答無用で突っ走る、そういう奴だった。

 ダグネス嬢も満更でもない様子で、決闘の準備をしている。

 なんだかんだで仲がいいよなこいつら。


「決闘の前にお願いがある。アルタリア、いやアレクセイ・バーネス・アルタリアは……色々と問題はあるが、使いようによっては優れた戦士になる。俺の代わりに彼女の事を任せたい」

「アルタリアの事なら、将軍よりよっぽど詳しいぞ。なにしろ昔からの付き合いだからな。安心してくれ!」


 胸を張って答えるダグネス嬢に。


「念のためとりせつも用意しておいた。この通り使えばアルタリアは騎士としてもやっていけるはずだ。頼むぞダスティネス卿」

「おいマサキ! なにごちゃごちゃ言ってんだ? もう私もよ、魔王と戦った英雄だからな! ダグネスに本物の戦士ってのを教えてやらねーとダメなんだ!」


 アルタリアについての説明書を渡して離れた。するとすぐにガチャガチャとした音がする。

 どうやら決闘が始まったようだ。

 アルタリアの事はこれでよしとして。



「マリンはどうする!?」

「私は、モンスターたちにアクシズ教の素晴らしさを教える宣教師になりますわ。魔王が逃げ去った今こそチャンス。やりがいがあります!」


 相変わらずの曇りない青い瞳で答えるマリン。


「いい夢だ。頑張ってくれ。お前ならできるさ。そういえば、機動要塞の事はもういいのか?」


 あれだけ固執していた機動要塞の事を尋ねると。


「ええ。なんとなくですが……私には新しい未来が見えたのです。アクア様に選ばれた勇者と、アクア様があの要塞に立ち向かう勇敢な姿が。デストロイヤー……そんな言葉が聞こえてきます。あの要塞はアクア様がきっと何とかしてくれます。私はまた、もう一度、自分の使命を探そうと思いますわ。新しい信者と共に」

 

 屈託のない笑顔で答えるマリン。

 マリンの側には、アクシズ教徒に改心した様々なモンスターが揃っていた。アンデッド、悪魔は除くが。

 しかも前より増えている。

 どうやら最後の戦いで、魔王城から撤退している最中にも布教を行っていたようだ。

 抜け目のないやつ。

 実は結構ヤバイよなこいつ。



「で、マサキ様! 私は!?」


 よし、とりあえず次は紅魔族だな。



「オサ! オサ! オサ!」

「族長! 族長! これからはあなたが紅魔族のリーダーだ!」

「ひゅーこ族長! 万歳!」


 爆裂魔法の威力に相当痺れたのだろう。

 感激して、ひゅーこを胴上げする紅魔族。


「ちょっとやめてよ! やっとひゅーこって名前に慣れてきたのに! その新しいあだ名はなんなの!?」

「ひゅーこ、いや族長には負けたよ。あんたこそ紅魔族の長に相応しい」


 困惑するひゅーこのもとに、いっくんがスッと、カラコンを差し出した。


「そんなの要らないから! ねぇ! 誰か私の話を聞いてええ!!」


 首を振って拒絶するひゅーこだが、紅魔族はそんなことお構い無しだ、


「さすが我がライバル……。私も爆発魔法を鍛え、いつかこの世界の伝説に刻まれるくらいに。その時はどっちが凄いか改めて勝負しましょう! ひゅーこ族長!」

「勝手に闘争心を燃やさないでええ!! 族長ってどういうこと!? なんで誰も聞いてくれないの! 新手のイジメなの!? ねえ!」


 紅魔族は、新たにひゅーこをリーダーとして生まれ変わるようだ。


 赤の部隊の次は、黒の方だな。

 ブラック・ワンを中心に整列する部隊。


「お前たちの任務は完了した! ブラックネス・スクワッドよ! 今まで付き合ってくれてありがとうな」


 これまで俺を支えてくれた頼れる部下、ブラックネス・スクワッドにねぎらいの言葉をかけた。


「ブラック・ワン。いやアレクサンドル!」


 認識番号ではなく本名で呼ばれた事に驚いたのか、BS-01ことアレクサンドルが俺の顔を見た。


「ではアレクサンドル、そしてお前たちに最後の指令を与える。今までの戦いですでにわかっていると思うが……いくら強いアークウィザードといえど、弱点はある。紅魔族を倒すために創立されたお前たちなら、一番よくわかっているはずだろう?」


 うんうん、と頷く隊員たち。


「紅魔族を守れ! それが最後の命令だ。紅魔族の力に目をつけた多くの国や、邪悪な魔の手先が欲しがるだろう。悪い奴に……そう例えば俺のような悪人に利用されないためにも、彼らを助けてやれ!」

「「「はい将軍!!」」」


 俺の最後の命令に、笑顔で応える隊員たち。


「それではこれにてブラックネス・スクワッドは解散だ! 紅魔族と仲良くな! 元気でやりな!」


 手を振って言った。

 かつての、最高の部下達に。


「将軍? 質問が!」

「もう将軍じゃないぜ。アレクサンドル」

「はい、マサキさん! 質問があります。ええっと、その武器なんですが。結局使いませんでしたね」


 アレクサンドルに腰に挿した刀のことを聞かれ、納得して頷く。


「ああ、この日本刀の事か。これはあくまでシンボルだ。ノイズ残党をまとめ上げるためのな。こいつの役目は全員で魔王城に向かえた時点で必要なくなった。そうだ、お前にやろう。俺には要らないものだからな」


 俺は刀をアレクサンドルに渡した。


「いいんですか!? これはノイズの国宝とも聞いていますが」

「いいんだ。賞金首の俺が持ってたら無駄に狙われるだけだ。お前と、紅魔の里に渡しておいた方が安全さ。嫌なら売り払ってもいいぞ! 好きにしていい」


 彼らには戦いにおける様々な事を教えた。

 諜報、陣地構築、伏兵、夜戦。その他様々なことを。

 俺の作った無敵の軍隊だ。紅魔族と組めば、きっとどんな相手にも負けないだろう。



 他には渡しそびれたものはないか、もう一度考え、気付く。

 

「ああ、そこの紅魔族、ちょっと来い!」

「なんだよマサキ」

「これからひゅーこ族長の就任式で忙しいってのに!」


 俺の顔を見て、嫌そうな顔をする紅魔族に。


「このメガネはくれてやる。ある悪魔の能力が備わっている。全てを見通すとかいう悪魔のな。占いに使ってもいいし、望遠鏡に使ってもいいな。レンズは二つあるから、大事に使うといい」


 俺の魔道メガネ。思えば目立つ活躍は出来なかったな。でも影で色々と役に立った。だがもうこのアイテムからは卒業だ。


「おい! これは本物の魔道具じゃねえか! いいのか!?」

「何か裏があるんだろ? おい!」

「いい。どうせいつかは手放す予定だった。なにしろ全部覗かれてるみたいで嫌だからな。あの悪魔にな!」


 眼鏡を外して裸眼になって言った。

 なんだかこの姿もなんか新鮮だな。


「マサキ様! 眼鏡を外した姿も素敵です! では私とこれから一緒に――」


 あとなにかやり残したことは……そうだ、アクシズ教徒だ。



「おーい、ストック! 約束の兵器だ! これだ!」


 ゴーグル型のディスプレイの着いたゲームを手渡した。


「マサキ! これは一体どういうもんなんだ!?」

「いいか、まずはここを覗き込め」


 ゴーグルを除くと、真っ赤な画面が広がる。


「いったいなんだこれは、マサキ! なにか見えるぞ」

「見えるか? よし、いい調子だ。それはお前に世界を滅ぼすほどの力がたまる兆しだ。そしてこっちにあるコントローラーで制御しろ。見えたものを動かすんだ!」


 バーチャルガールを起動させ、コントローラーで操作させる。


「凄えぞ! なんだか飛び出して見える! こんなもん始めてみたぜ!」

「そのままスコアを溜めていけ。最大になったとき、お前は本物の力を手にすることになるだろう! さぁやれ!」


 ストックはこのまま放置だ。


「いいぞ! 本当にわかってきたぜ! コツさえ掴めば簡単なこって!」

「おいストック! 貴様ばかりずるいぞ!」

「命がけで戦ったのは俺たちも一緒だ! 変われ!」

「世界を手にするのはこのストック様だ! 誰にも渡すものか! わかった! 揺するな! あとで変わってやればいいんだろ? 壊れたらどうする気だよ! 世界が滅びるんだぜ!」


 仲良くゲームで遊んでいるアクシズ教徒に少しほっこりする。

 さあて、あとはこれが単なる玩具だとバレる前にとんずらするだけだ。




「さあ再契約だ。アーネス」


 全員の姿を見届けた後に、アーネスの元へ行った。


「嫌な予感しかしないんだけどさあ。今度は何を仕出かすつもりだい?」

「そういうな。この契約はお前にとっても得なはずだ。なんせ前払いだからな」

「絶対騙されるか!」


 ブスっとした顔で答える我が下僕の悪魔。

 

「悪魔は代価として魂を得るんだろう? そして地獄に持っていく。それなら俺の目的とピッタリじゃないか。魂だけなんてケチなことは言わん。俺の体ごと地獄へ持ってけ」

「はぁ?」


 何を言っているのか、という呆れた表情で声の出ないアーネス。


「正確には俺ごとっていうか、荷物ごとだけどな。この中には地獄でも通用しそうなサバイバルグッズが入っている。おおっと安心しろ。魔素の濃い地獄でも平気なように専用のガスマスクを作っておいた。いやあ、いざって時絶対に逃げられるように準備してたんだ。さすがに地獄まで追って来る様なやつはいないだろ? おい、旅立ちだ。早く行くぞ!」


 荷物を背負って、改めてアーネスを急かす。


「ご主人、地獄に行くってどういうことかわかっているの? あそこには悪魔の使役した代償で、悪感情を払い続ける悪人たちが行くところだよ」

「なんだ、俺にピッタリではないか。じゃあ契約内容は……この私、サトー・マサキは、多分これからもアーネスを使役するだろうから、その代償として、先払いとして地獄に行きます。これでいいな」


 無視して契約書を書く俺に。

 

「先払いって何!? どういうことなの!? こんな契約嫌なんだけど!?」

「お前の命を見逃した時の借りがあるだろ? このままずっと俺の元で働くのは嫌だろう? 再契約なんてチャンス、今しかないぞ? それに俺も鬼じゃない。いつかお前に飽きて契約を取りやめるかもしれない。その時はお前は自由だ。またウォルバクとかいう邪神の元へ戻れるぞ?」


 そう言うと、泣きながら契約書にサインするアーネス。


「じゃあな」


 最後にみんなに手を振って、地獄へと旅立ちした。



「フッハッハッハ! ここが地獄か! 身を隠すには持って来いの場所だ! さあ我がパートナー、アーネスよ。俺が他の悪魔に取られないように守るがいい。そうなればお前はただ働きだぞ!」

「はぁ、もう勘弁して欲しいんだけど。っていうか正直あんたの魂、欲しくない」


 今回は対等な契約にしたためか、アーネスと俺に上下関係はない。ご主人と呼ばずにあんたと呼んでくる。


「連れてきといてなんだけど。あんた、地獄を舐めてるよ。あたしより強い悪魔だってたくさんいるんだよ? そうなったらいくら契約といっても守りきれないからな。その荷物が尽きたときがあんたの最後になるよ」

「それなら安心するがいい。新しいテレポート先にな、この地獄を登録しておいた。魔王城前も紅魔の里ももういらないしな。あと俺の古いテレポート先にな、アクセルがあってな。俺はあそこを追い出されたんだが、まだ色んな場所に財産を隠しててな。やばくなったら逃げて、あっちで装備を買い換えればいい。何度もチャレンジできるさ」


 自慢げに語ると、アーネスは困った顔をし。


「!?!?!?!?!?!?!????? と、登録? 地獄をテレポート先に登録? 地獄ってテレポート先に登録できるもんなの?」

「やってみたら出来た、それだけだ。全く無用心な奴らだ。これだと地獄の物を持ち出し放題じゃねえか。それだけで金には苦労しなそうだなあ。思ったよりは楽そうだ」


 にこやかに答えると、少し悲しそうな顔をしたアーネスが。

 

「…………。あんたにはもう何も言うことはないさ。好きにしな。で、どこへ向かうつもりだい?」

「目指すは悪魔公爵のバニルだ。十分過ぎるほど、俺の目から悪感情を貰ったはずだ。感想を聞きにいくとするか。待ってろよ! バニル!」


 俺の冒険は終わった。

 そう、サトー・マサキとその仲間の冒険は。


 ここから始まるのは別の話だ。

 邪悪な人間の男マサキが地獄に降り、そして世界に厄災をもたらすまでの暗い暗いお話。

 この素晴らしい世界を、俺にとって都合のいい世界にして、本物の闇を見せてやる。

 いつか世界も気付くだろう。だがその時はもう遅い。

 この俺が、この世界に新たな秩序をもたらしてやろう。


 まずは……地獄から始めるとしよう。

 こうして俺は、目の前に広がる大きな闇の中へ――











「あ、そういえば。あんたの嫁、放置してきたけどよかったのかい? なんだかあたし、あとでめっちゃ恨まれそうな気がするんだけど」

「いいんだ。俺はしばらく一人になりたかった。あいつがいたら色々と調子狂うからな」


 まぁどうせ来るだろうしな。あいつは

 レイが来るまで地獄ライフを楽しむとするか。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「じゃあな」


 マサキ様はそう言って、目の前から消えてしまった。


「え!? これで終わり! マサキ様!? 私との幸せな日々は!? ええ!?」


 取り残された私は、慌てて周囲をうかがうと。

 

「なんだかマサキらしいですね。自ら地獄に行く人間なんて聞いたことありませんわ。きっとまた何か悪い事を企んでいるに違いありません。その時はこの私が、アクア様に代わってお仕置きです! オーホホホいえプークスクス! プークスクス!」


 マリンはモンスターを引き連れ笑っていた。


「私はダグネスと一緒にベルゼルグに戻るぜ。そういえばオヤジってまだ生きてんのかな? マサキ、また会う日が楽しみだ。どんな奴になってるか、ワクワクするぜ」


 アルタリアもニコニコしながら帰国する準備を始めた。


 どうして?

 みんな寂しくないの?

 マサキ様と別れたというのに。

 私達は強い絆で結ばれた、最強のパーティー……。

 リーダーであるマサキ様がいなくなったら、私達もバラバラに……。

 

 いいや、強い絆で結ばれたというのはちょっと言いすぎだったかも。

 マリンは変な神を拝む頭のおかしな人だし。

 アルタリアは血を求めて暴れる危険な野生児。

 マサキ様のことを本当に理解しているのは私だけだった。

 そう私だけ。

 よく考えなくては。

 マサキ様の事を。


「ひゅーこ族長! 私は、いや僕はアレクサンドルと言います。これからよろしくお願いします」

「あ、あの……族長ってなに?」

「何かお困りでしたら、マサキ元将軍と共に作った都市開発計画書がありますので、いつでも頼ってください」

 

 マサキ様の副隊長だった男は、紅魔族へ挨拶へと向かっている。

 なるほど、マサキ様が紅魔族を倒すために作り上げた黒の部隊。訓練されてはいるが、圧倒的な火力はない。

 紅魔族と組めば、お互いの弱点を補強できる。

 さすがはマサキ様。きちんと残したものたちの事も考えている。

 私もマサキ様の事を考えないと!


「ああああーーー!!」


 気付いた。気付いてしまった。


「どうしました? レイさん?」

「なんだ? レイ」


 マリンとアルタリアが、心配そうに私に聞くが。

 それどころじゃない!


「今マサキ様は、アーネスとかいう女悪魔と二人きり! これは許せません! 浮気ですか? 浮気ですよね! こうしちゃいられません! 時は一刻を争います!」


 私が密かに預かっていたもの、ランダムにモンスターを使役できる魔道具を取り出し。

 即! 召還!


 成功したようだ。強力な力を持つ悪魔を呼び出したようだ。


「ヒュー、ヒュー、ヒュー」


 右目は青く、左は白い。

 一見普通の好青年のように見えるが……少し心配だ。

 なにせ後頭部がない。

 これでは私の話を理解出来ないかもしれない。


 紅魔族やアクシズ教徒たちの顔が引きつっている。

 かなり危険な悪魔だということは、彼らの反応ではっきりとわかる。

 でも私にとってはどうでもよかった。

 地獄にさえ行ければ、マサキ様の元へ追いつけるのなら、相手が上級悪魔だろうが、公爵だろうが関係ない。


「あなたの名前は何!? 私の名前はレイ。私は地獄に行きたいの。私を地獄に連れてって。早く! 今すぐ! 早くしないとアーネスとかいう泥棒猫に私のマサキ様を取られる! 急いで!」

「ヒュー、ヒュー……、待って、早くてよく聞こえないよ! もっとゆっくり頼むよ!」


 やはり後頭部がないせいだろうか。

 もう少しわかりやすく説明しなければ。


「私を! 地獄に! 連れて行け!」

「ヒュー……、僕はマクス。マクスって言うんだ? 君はなんて」


 ダメだ。別に悪魔の名前を知りたかったわけではないのに。

 いいえ、よく考えよう。契約には名前を聞く必要があった。

 この悪魔はまず自分の名前を明かした。多分これが順序なのだろう。


「そう? マクス、私はレイ。レイとよんで。レイよ」

「ヒュー、ヒュー、レイ、レイだね。レイは何が望みなんだい?」


 望みならさっき言ったのに。

 また言わないといけないのか。

 全く、マサキ様の身に性悪女が迫っているというのに。

 本当にのんきで、頭のない悪魔だ。


「マクス! 私を地獄に連れて行きなさい!」

「地獄に連れて行く? どうして? 地獄に連れて行くのは、代償を払うとき――」

「いいから、連れて行きなさい!」


 私が強く迫ると、視界の周りがぐにゃりと曲がり、体がふわりと浮かんでいた。

 再び目が見えるようになったとき、気付くと大きな屋敷の中にいた。

 辺りを見回すと、手足を捻じ曲げられた人間たちが苦痛の声を漏らしていた。

 拷問部屋か何かだろうか。


「レイ! レイ! 地獄に連れて来たよ! これからもっと願いを叶えるよ! 僕に仕事をおくれよレイ! 早く願いを言ってよ! レイ! レイ!」 

「これから? もう用はないです。失せなさい悪魔。あとは自分でやります」


 無事に地獄にたどり着いたことを確認して、マクスに告げた。

 悪魔と契約することが危険なことは百も承知だ。なにせ昔からずっと黒魔術を研究していたのだ。すべては愛しい運命の人と結ばれるために。

 簡単な願いだけ頼み、あとは自力でやるのが私の悪魔の使い方だ。


「もっと欲望に忠実になってよ! レイの願いを叶え、代価が欲しいよ。ねぇ!」

「代価ですか? 何が望みですか? 悪感情が欲しいんですよね? あなたは苦痛が好物なんですよね? くれてやりますよ!」


 私はナイフを取り出し、思いっきり自分の腕に突き刺した。


「満足ですか?」


 吹き出す血を浴びせて聞いた。


「レイ! レイ! そんなのダメだよ! もっと良い声を聞かせてくれよ! ヒュー、ヒューッ!」


 不服らしい。

 ただ地獄に来るだけなのに、わがままな悪魔だ。

 

「レイは綺麗な瞳をしてるね」

「この眼が欲しいんですか? 1つあれば十分ですからね。上げましょうか?」


 ナイフで目をえぐりとろうすると。


「レイは嫌いだよ! もういいよ! 絶望の味がしないなら意味がないんだよ。出会ったことを忘れたいよ。その目は要らない! 嫌い!」


 いつの間にか、屋敷の外に追い出されていた。

 ふと気付けば腕の傷も元に戻っていた。

 どうやら契約は終了したようだ。


「ここまで連れて来たお礼に、せめてもの忠告です、マクス。その頭は普通の人が見ると気にするでしょうから、隠したほうがいいですよ!」


 どうせ私の言葉も、いや出会った事すら忘れてしまうんだろう。でも代価なしで悪魔を使ったのは癪なんで一応言っておいてやろう。


「それといきなり拷問部屋に連れて行かないほうがいいですよ! そんな場所を見せてしまえば警戒されますからね! それでは公爵様!」


 地獄の公爵の一人、真実を捻じ曲げる者マクスウェル。

 恐ろしい大物を引いてしまったものだ。

 きっと彼に頼めば、すぐにでもマサキ様の元に連れて行ってくれるだろう。

 でもそれでは駄目だ。

 自分の力でやらないと意味が無い。

 マサキ様は、私の手で物にしなければ。

 悪魔に代償として掻っ攫われては元も子もないのだ。

 ああマサキ様。


 マサキ様マサキ様マサキ様

 マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様

 マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様

 マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様

 マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様

 マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様


「……マサキ様」


 しばらく歩いていると、付近に邪悪な気配を感じた。

 悪魔たちだろう。

 地獄に人間である私がいるのが珍しいのだ。

 彼らの目にはさぞ旨そうに移っただろう。

 この私を捕まえ、思う存分に拷問し、悪感情をご馳走としていただくつもりに違いない。


「あぁ……、望むところです。愛は障害が強ければ強いほど燃えるもの! マサキ様! 私はほんの少し、穢れてしまうかもしれませんが……間違いなくあなたの元に向かうので! その時は夢の新婚生活と参りましょうね!」


 私は走った!

 いざマサキ様の元へ!

 魔素を思いっきり吸い込んで!

 どこにいるのかわからないが、地獄にいることだけは確かだ。

 それだけで十分だ。十分すぎたのだった!


「待っててくださいマサキ様!! あなたの愛しき妻! レイがあなたの元へ向かっています! ヒーッヒッヒッヒッヒッヒ!!」


 灰と化した悪魔達の残骸を踏み潰し、私は走り続ける。

 地獄に私の笑い声が響き渡った。

 地獄よ、地獄。地獄に住む悪魔たちよ。

 聞きなさい。震え上がりなさい。私が、私たち夫婦が地獄にやってきました。

 

 これからの世界はきっと薔薇色になるでしょう。

 本当の愛を! 恐怖を! 私とマサキ様が教えてあげますから! 染め上げてあげますから!


「待っていてくださいね!」



                                       完

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