一部 11話 ダクネス? ダグネス? 

 街の様子がおかしい。いくら田舎の小さな町とはいえ静まり返っている。普段なら住民や冒険者がぺちゃくちゃどうでもいい話をしているのに。今日に限っては真剣な顔をして無言で直立している。子供達の姿も無い。


「マリン、なにがあったんだ。魔王でも攻めてきたのか? 説明!」


 いつも通りしつこくしがみ付いてくるレイを足蹴にしながら、俺はマリンに尋ねる。


「魔王軍ではありません。ギルドの職員から話を聞いたのですが、どうやら国のお偉いさんがこの街の視察に来るそうで。そのお方は貴族の中でもかなりの名門の出で、王家とも繋がりの深いお方だとか」

「視察だと!? こんな何もないショボイ街にか!? しかも名門貴族が!? そいつはよほど暇なんだな」


 俺が欠伸をしながら適当に返事をしていると。


「いいですかマサキ、相手は名門貴族ですよ? おかしな口を聞けば処刑されても文句は言えません。気をつけてくださいよ」


 マリンが俺を問題児扱いしてくる。偽預言者の癖して。ちょっとムッときて反論した。


「マリン、俺はな! 確かにクズで外道で悪人かもしれないが、立場というのはわきまえてる。目上の相手に無駄に喧嘩を売ったりしない。それくらいわかってる」


 レイをエルボー連打で沈めながらマリンに答える。


「そうですか、それならいいのですが」

「そうだ! それにもし俺が本気で喧嘩を売るのなら、表面上ではニコニコして従うふりをし、こっそりそいつの情報を聞きまわり、同調者をけしかけて、全ての権限を失わせてから潰す!」


 俺はかってとある有名なギルドマスターを追放したときのことを思い出して言った。


「なにかいいました?」

「すまん忘れてくれ」


 疑いの目をやめないマリン。つい過去の事を喋ってしまったからだ。


「とにかく大人しくしててくださいよ。マサキだけじゃないです。レイさんもアルタリアさんも!」


 マリンは俺だけでなく、二人にも言った。


「貴族の相手なら慣れてるから心配すんな」


 アルタリアはなぜか得意げに言った。全然安心できない。


「相手って戦うことじゃあないぞ?」

「それくらいわかってるって。馬鹿にすんなよ」


 アルタリアに俺も警告したが、ムッとした顔で言い返された。

 うーん不安だ。こいつ本当に大丈夫だろうか。念のため縛って馬小屋に入れてたほうが……。


「むー! むー!」


 ちなみにレイの方はすでに縛り終えた。後はどっかに閉じ込めるだけだ。



 


 どうやらとうとうその貴族とやらがやってきたようだ。まだ作りかけとはいえ城壁に囲まれた街の大門が開かれ、鋼鉄の鎧に身を包んだ騎士たちがぞろぞろと入ってくる。

 街の人々はみな緊張した顔で彼らを出迎える。


「アクセルの民よ! このたびはこの街の様子を見に来た! 控えるがいい!」


 騎士の中でも大柄な、白い頑丈そうな鎧を着込んだ、おそらく隊長格らしい男が先頭に立って叫ぶ。


「やめてくれ。今回はただ視察にきただけだ。民を怯えさせたくは無い。ありのままの姿が見たいんだ」


 大柄な騎士を注意するのは一人の美しい女性だった。


「ですがダスティネス卿、あなた様がわざわざ来る必要は無かったんです。状況が知りたいのならいくらでも偵察を送りますよ?」


 どうやら彼女が例の大貴族らしい。貴族と聞くから楽な生活を送っている箱入りお嬢様かと思いきや、彼女も女物の鎧を身にまとって腰には剣を下げている。どうやら武闘派のようだ。金色の美しい髪をなびかせながらはっきりと話している。


「そもそも、アクセルの街を開拓する事業は我々ダスティネス家の発案だ。魔王の城から離れた場所に街を作れば安全地帯になるとな。我が父は国の業務が忙しくて来られないが、代わりに私がこの目で確かめる義務がある!」


 どうやら真面目そうな貴族みたいだ。大貴族と聞くから宝石や金銀をこれ見よがしに見せ付けてくるような服装かと思いきや、質素で最小限の紋章の付いた鎧を着込んでいる。平民に対して威張り散らすタイプの貴族ではないみたいだ。少しホッとする。これなら下らないことで捕まったり罰を受ける事はなさそうだ。


「そういえば昨日の報告で聞いたぞ。あっという間にモンスターを大量にしとめた凄腕冒険者のパーティがいるらしいとな。ぜひ彼らと会い、話を聞きたいものだ」

「俺も、いや私も不思議に思っていました。この街の冒険者でそんなパーティがいるならもっと早く我らの耳に入ってもおかしくないんだが。おいお前、ギルドの者に聞いて来い! 一日でこれだけの数を倒したパーティにはこの俺も会ってみたくなったぞ」


 騎士の隊長が部下に人探しの命令をしている。

 どうやら彼らは俺達の事を話しているらしい。ふっふっふ、今こそ名を売るときだ。大貴族と仲良くなっておけばこの先楽に“ゲーム”を進められる。


「探す必要はありませんよ貴族様、騎士様。お探しの相手ならこの――」


 俺は手をこまねきながら騎士たちに近づく。そしてそこまで言いかけたところで。


「おーい! 誰かと思えばダグネスじゃねえか! ダグネース! 私だよ! アルタリアだよ! おい聞いてる!? 久しぶり!」


 アルタリアが貴族の女性の顔を見て大声で叫び始めた。


「誰だ貴様あああああああああ! この無礼者おおおおお!!! このお方を誰だと思っている! 王家の懐刀と言われるダスティネス家の! その長女に在らせられるお方! ダスティネス・フォード……」

「だからダグネスだろ? わかってるって」


 激怒するフルプレートの騎士の隊長に、気楽に言い返すアホの子アルタリア。


「帰るぞマリン」

「帰るってどこに?」

「ここじゃないどこかにだ! いいから逃げるぞ! アルタリアは今この瞬間から仲間を脱退した! 火の粉が降りかかる前に逃げるんだ!」


 俺はマリンの手を引いて走り去ろうとした。アルタリアがこれ以上問題を起こす前に逃げた方がいい。あいつは大貴族に向かってなんて態度を取ってるんだ? あいつもレイ同様縛っておけばよかったと後悔する。


「ちょっとおっさん邪魔! 私はダグネスに話してんだけど?」

「誰がおっさんだ! 貴様! 口の利き方に気をつけろ! 冒険者風情が馴れ馴れしくダスティネス卿に話しかけていいと思ってるのか! 平民の分際で! この場で成敗してやる」


 緊張が高まる騎士とアルタリア。


「そのようですね。この場は逃げた方がよさそうです。まさかアルタリアさんがあんな態度を取るとは想定外でした。檻に入った後なんとか交渉で出してもらいましょう」

 マリンも俺に同意し、レイの入った袋を担いで立ち去ろうとするが。


「ベルディア。いいんだ、気にするな。アルタリアは私の古くからの友人だ。それに彼女は平民じゃないぞ。貴族だ」

「「「えっ?」」」


 貴族令嬢の言葉に、その騎士隊長はもちろん、俺とマリンも思わず声が出た。




「いやあダグネス! 元気してたか? お前が騎士になってから全然会う機会がなかったよなあ。騎士って面白いんか? 毎日モンスター殺せんの?」


 バンバンと肩を叩きながら無礼極まりない言動で尋ねるアルタリア。俺はもちろん、護衛の騎士たちもヒヤヒヤしながらその様子を見届けてる。


「ダグネスと呼ぶな。私の名はダスティネス・フォード……」

「なげえよめんどくせえ! 昔みたいにダグネスでいいだろ?」

「はあ、全く。ダグネスでいい。お前は昔からそうだったな。アレクセイ・バーネス・アルタリア。貴様こそこんな所でなにをやってるんだ? 冒険者ごっことは、貴族の仕事はいいのか?」


 アレクセイ……なんだっけ? つまりアルタリアも貴族なのか? こいつが? ありえない。倒したモンスターを「こいつは生で食うと旨いんだ」とかいってボリボリかじってたこいつが貴族とかありえない。


「おいおいダグネス、わかってんだろ? うちは貴族って言ってもよう、超辺境のド貧乏だぜ? その辺の農民の方がよっぽど贅沢な暮らしをしてるわ。貴族の仕事どころか明日の食い物にも困る有様だっての」


 アルタリアはダグネスにそんなことを言った。

 なるほど、貧乏貴族か。だったら普段の優雅さの欠片もない行動も少しは納得できるかもしれない。


「アレクセイ家はそれで大丈夫なのか? 確か父君がいたはずじゃ?」

「大丈夫なわけないだろ? まぁ家の事はどうでもいいんだよ。私はモンスターを倒す生活が送れれば満足なんだ。冒険者の毎日は楽しいぞ? 昨日なんて最高記録を出したんだぜ?」


 二人は今までのことを語り合う。うーん、なんだか不良のヤンキー女が優等生のお嬢様に絡んでるようにしか見えない。貴族同士とは思えない。

「お前が!? あの誰よりも早く戦いを始め、誰よりも早く戦闘不能になるお前がか!? 信じられないな。私の知らないうちに成長したんだな。嬉しいぞ!」


 どうやらアルタリアが攻撃スピード特化紙装甲なのは昔から変わってない様だ。


「私自身は攻撃最強を変えてないが、仲間と……ええっと連携? することによってすげえスコアを叩き出したんだ! モンスターの大群だろうがぶっ殺せる!」

「へぇ。みなから嫌がられてたお前を受け入れてくれるパーティがいるとはな。あの頃は結局私が強引に組まされてたな。そんなアルタリアが……。お前を受け入れてくれるなんてその仲間というのはきっと素晴らしい人達だろうな」


 まるで子供の成長を喜ぶ親のような、感慨深い表情でうんうんと頷くダグネス。アルタリアの幼馴染も大変だったようだ。



「紹介するぜ! 私の最強の仲間をな。多分なんだが、私よりよっぽど悪党な気がする卑怯者のマサキに」

「間違ってはないかな。どうぞよろしく」

「頭がおかしいことで有名なアクシズ教のプリースト、マリンに」

「頭がおかしいなんてオホホ……じゃなくてプークスクス! これはどうも」

「街ではモンスターとして扱われているレイだ」

「ふがががふがふがががふが!(お前に言われたくない!)」


 アルタリアは三人を俺、マリン、レイの順に紹介した。


「そのレイという方はずいぶんきつく捕らえているが大丈夫なのか?」


 袋から足だけ出してじたばたしているレイをみて、ダグネス嬢が質問をする。


「問題ないです。こいつはこれくらいやってもまだ安全じゃないです」

「いつもはこんなことはしないのですが、さすがに今日は……。何か間違いがあってはいけませんからね」

「こいつ危ねえからなあ。私はまだ話が通じるけどレイはなあ。ハハハ」


 俺含め三人ともレイが袋の中に詰め込まれていることに納得している。っていうか街中の人間も賛成だろう。彼女を知るものなら当然の処置だ。何気にアルタリアがレイを話が通じない扱いしているのもちょっと面白かった。いやお前も同じだぞ。笑ってんじゃねえよ。


「むぐぐぐぐ! ふがうがががう!(アルタリアには言われたくない!)」


 同感だレイ。正直お前達二人とも戦い以外のときは封印しときたい。 


「でも大切な仲間なんだろう? こんな酷い真似をして許されるのか!」


 ダグネス嬢がレイの扱いを見てられないと言う風に言い返すが。


「戦いでは頼れるアークウィザード! だが日常では恐怖の化身! それがレイという女だ! ダグネス様、大変危険ですので離れてください」


 俺はダグネス嬢を説得する。


「危険と言ったらアルタリアの方が! 彼女は昔から何度も何度も野蛮極まりない行為を! 死を覚悟した事だってあるんだぞ!?」


 ダグネス嬢がなぜかアルタリアを例にして反論してくる。ああ、この貴族の令嬢も、過去にアルタリアに悩まされてきたんだなあ。死を覚悟とかなにがあったんだ。少し同情する。


「はあ! ダグネス! 私よりレイの方がやべえんだって! これマジで!」

「むぐぐぐ!(なんだと!)」


 熱い底辺争いをする二人。


「ダグネス嬢。このレイという少女の危険度はアルタリアと同じクラスです。アルタリアの事を知っているなら、縛った上で袋詰めにする気持ち、わかりますよね? もしアルタリアと共にパーティを組んだら、つい拘束しておきたくなりませんか?」

「なるほど、それなら納得だ。にしても世界は広いんだな。アルタリア以外に危険物扱いされる冒険者なんて初めてみたぞ」


 どうやらレイの扱いに同意してくれたらしい。っていうか大貴族にここまで言わせるアルタリアも中々ヤベー奴だな。


「マサキ! ダグネス! 私をこのお化け女と同じ扱いしやがって! 許さん! そうだダグネス! こうなったら剣だ! 戦いで決着をつけるぞ! さあ構えろ!」


 アルタリアはいきなりそんなことを言い出して剣を抜いた。


「おいやめろお!」


 ああヤベェ。なんてこった。なんでこんなに気が早いんだ! やっぱこいつも拘束すべきだった。やっぱり逃げた方がよかった! クソッ!



「この無礼者があああああああ! 旧友だと聞いて黙っていれば許さん! いくらお前が貴族だろうが関係ない! ダスティネス家の令嬢に向けて剣を向けるとは! この場で成敗してくれるわ!」


 護衛の騎士隊長が立ち上がる。うん。これは仕方ないな。俺はアルタリアが処刑される前になんとか食い止めようとしたと納得させなければ。


「いいだろう! そういえばお前と戦うのも久しぶりだな! 受けてたとうじゃないか!」

「「えっ!?」」


 俺と騎士は思わず声を上げてしまった。アルタリアの挑戦に笑顔で応えるダグネス嬢。この人心広すぎないか?


「ひゃっはー! それでこそダグネスだ!」


 アルタリアは剣を舐めながら嬉しそうに言った。もうこの悪役はなんなんだよ。




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