三部 18話 魔王城封鎖 前編

 俺の名はカル。魔王幹部候補の魔族だ。現在、魔王軍の部隊を率い、指揮をとっている。

 ……幹部候補。少し前までは仲間から尊敬の眼差しで見られていたエリートだった。

 だが今は違う。戦況が一変したのだ

 魔道技術大国ノイズ、魔王城の一番近くにある人間の国。守りこそ固いがそれほど積極的に攻撃を仕掛けてくるわけではない。だからこそ脅威とは見なしていなかったのだが。

 奴らが開発した新兵器によって、パワーバランスは一変した。

 ノイズは新兵器を使い、積極的に魔王への攻撃を加えてくる。ノイズ軍の侵攻に押され、魔王の領地は日に日に縮小していった。



「カル隊長! 先遣隊との連絡が付きません。壊滅した可能性が高いと思われます」

「……そうか。もうすぐここにも来るだろう。全員、森の中に隠れろ。隠れ切れれば、の話だが」


 森で敵を迎え撃つモンスター部隊。

 本来なら、森はモンスターのテリトリーだ。魔王軍に圧倒的に優位なフィールドで不覚を取るはずがない。

 だが敵は森ごと焼き払うと言う力技で優位性を消し去った。

 森に隠れていた仲間が慌てて飛び出すと、そこを集中砲火され殺される。

 巨大な森を焼き払うなんて、普通はできない。

 だが敵には強力な魔法使いが多数存在する。そんな誰もが一度は考えるが、無理だと思って諦める戦法を使う事が可能だ。

 こんな大胆で最低な戦法を使う奴は、今魔王軍の中で恐れられている危険な四人の冒険者に違いない。

 今や高額賞金首となった魔王軍の手配書を思い出す。


 ――回復役とは思えない多彩な近接スキルを持ち、アンデッドや悪魔は容赦せず、それ以外のモンスターはアクシズ教徒に洗脳させていくと聞くアークプリーストのマリン。

 ――目にも止まらないスピードで動き、鎧ごと真っ二つにするという攻撃力を併せ持ち、あっという間に魔物たちを惨殺していくという神出鬼没のクルセイダーのアルタリア。

 ――まるで幽霊のように忍び寄り、現れたと思えば的確な炸裂魔法で足を吹き飛ばし、多くの大型モンスターを行動不能にしていくアークウィザードのれいれい。

 ――そして何よりも恐ろしいのは、彼らのリーダーであるサトー・マサキと言う名の男だ。職業こそ最弱職の冒険者だが、勝つためには手段を選ばない。


 デュラハンが攻めてくれば街ごと水に沈め、数で劣れば戦場に毒をばら撒く。さらにどうやっても倒せないはずだったゲセリオン様を倒した。数々の外道行為を躊躇なく行う、もはやどっちが悪なのかわからなくなる、ノイズの大隊長。

 奴の存在は魔王軍にとって危険だ。あそこまで凶悪な人間がいるとなると、我らの悪としてのアイデンティティーが失われてしまう。


「どうおもいます? 隊長」

「魔王様……魔王はいずれ倒されるものだ。それが昔からの決まりだ。それが今なのかもしれないな」

「隊長、でしたらもう魔王なんて無視して、逃げ去った方がいいのでは?」


 部下が諦めたような表情で言った。

 敵前逃亡だと? 貴様それでも魔王軍の精鋭部隊か!? 臆病者め! 今すぐこの場で処刑してやる!

 っと数ヶ月前の俺ならそう激怒していただろう。

 しかし今の状況では、そう思うのも無理がないことだ。


「ああ、好きにしな。お前たちが逃げたとしても、見なかったことにしよう。本来なら脱走兵は処刑するのが決まりだが、相手が悪すぎるよ」


 俺も部下同様、諦めた口調で答えた。

 この前のノイズの侵攻で、我が軍の精鋭部隊が成すすべもなく壊滅させられたことは記憶に新しい。

 魔王軍全体に厭戦気分が高まっている。

 敵は、サトー・マサキは俺たちに恐怖を植え付けた。


「隊長はどうするんです?」

「俺は最後まで戦うよ。幹部候補として、恥のない戦いをするつもりだ」


 ふとある女の事を思い出す。

 シャイナー……俺と同じ幹部候補だった女悪魔。あいつと俺はよく顔を合わせては、どっちが先に幹部になるか話していた。

 そんなあいつは……ノイズの秘密基地を破壊しようとして命を落とした。

 感傷に浸っていると。



「出ました! あの赤い眼は……! 紅魔族です! ノイズの赤い奴です!」


 どこかで怒鳴り声が響く。


 ――紅魔族


 ノイズの新兵器。見た目は人間と同じだが、恐ろしい脅威である。

 その実力は魔王幹部ですら敵わない。そのため魔王軍は幹部による攻撃を控えている。これ以上幹部を倒されれば、結界維持に支障が出る。

 代わりに出撃するのが俺のような幹部候補だ。だがシャイナーは破れ……あと名前は忘れたがドラゴンに乗ってた奴も負けたらしい。


「逃げろ! いったん離れるんだ!」

「間に合わない! ぎゃあああ!」


 魔法の雨あられが降り注ぎ、一方的に蹂躙されていく俺の仲間たち。

 仲間がやられているのを黙ってみるしかない。あいつらに見つかれば終わりだ。

 みんな震えている。固まっているとまとめて殺されるのがわかっているため、各自バラバラに隠れている。 

 残った茂みの影へ。だがその茂みも焼かれれば終わりだ。

 いつ自分の番が来るか、びくびくしながら震えているモンスターの仲間たち


「……!?」


 隠れていると、一人の紅魔族が目の前を無防備に歩いていた。

 こっちには気付いてない。

 自分の強さを過信して、単独行動をしているのだろう。

 これはチャンスだ。ノイズの軍勢に、ほんの少しでも打撃が与える事ができる。

 


「食らえ紅魔族! 仲間の! シャイナーの仇!」


 紅魔族の背後から忍び寄り、牙で食らい付こうとする。あいつの首を噛み切り、シャイナーのツケを払わせるんだ!


『バインド』


 そう飛び掛った瞬間、俺の体は急にロープのようなもので拘束された。


「なんだ……と」


 紅魔族の近くに、黒い服を着た奴が潜んでいた。潜伏スキルか? 全く気配がなかったぞ?


「おのれ!」


 ロープを力づくでほどくが。


『ファイヤーボール』

 

 すでに紅魔族に見つかっていた。俺は炎を受けて、ただの灰になっていった……。紅魔族にばかりかまけて……敵が潜んでいることに気付かなかった、俺のミスだ。

 シャイナー……。

 仇を取れなくて、ゴメンな……。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「予定通りに森を突破しました。あとは魔王城を攻めるのみです」

「よろしい。全軍、陣形を固めろ」


 魔王城はもはや目の前だ。

 ブラック・ワンの報告を聞き、満足そうに答え、次の指令を出す。

 地面には焦げたモンスターの残骸が散らばっている。

 聞けば数人の紅魔族が危険な目に合ったそうだが、ブラックネス・スクワッドが撃退したらしい。

 いくら強くても所詮はウィザード。敵に近づかれれば危険だ。

 やはり黒の部隊を創設したのは間違いではなかった。

 まぁ仮に、紅魔族の数人が倒されたとしても、作戦全体に支障はないのだが……。


 今俺は移動要塞として使っている、四本足の巨大ゴーレム。『紅魔族用歩行型トランスポーター』の上から、戦場を見渡している。

 いや、もうその名称は変えたのだった。単なる輸送機から、地上用のフリゲート艦へと役目は変わった。

 俺の帰艦でもある。艦名は<サトーズ・フィスト>

 古の伝説の勇者の名前から名付けた。魔王軍に恐怖を与えるだろう。

 武器は備え付けのボウガンが少し程度だが、変わりに数名の紅魔族たちが乗り込んでいる。

「上から魔法を撃つと、爽快だぞ?」と言うだけで簡単にその気になってくれた。チョロい。

 近づこうとする魔物へ容赦なく魔法を撃ち込む。ほぼ無敵の要塞だ。

 

「おいマサキ! とっとと魔王城に攻め込もうぜ! なに上でふんぞり返ってやがんだ。今がチャンスだろ?」


 紅魔族のリーダー、いっくんから通信が入ったが。


「まだだ。現段階では敵を壊滅したが、向こうにはまだ何か切り札があるかもしれん。今度は魔王のターンだ。敵の動きを待て。待機せよ」


 待機命令を出す。

 いっくんのいうことにも一理ある。このまま紅魔族が魔王城へ押し入れば、魔王を倒せるかもしれない。

 だが俺が望むのは完全な勝利だ。勝つか負けるかの賭けにでるのは、できるだけ避けたいものだ。


「ほら見ろ。魔王軍に動きがあったぞ。とっとと迎撃しろ」


 魔王城の門が開き、結界の前に、虹色に輝く鎧をきた兵士たちが続々と集結していった。

 

『カースド・ライトニング!』

『カースド・ライトニング!』


 すぐさま紅魔族が上級魔法を浴びせる。

 だが魔王軍の部隊は無傷だった。そのまま走ってこっちに向かう。

 

「や、やばいぞ! きっとあのレインボーな鎧が、魔法を無効化しているんだ!」

「一度離れた方がいいんじゃない?」


 持ち場を離れようとする紅魔族たちの中、一人の少女が杖を構え立っていた。


「真打登場!」

「おいななっこ、きっとあの鎧は魔法耐性に特化した特別製だ。逃げるが勝ちって言葉もあるし――」

「私は最強の、伝説のアークウィザードになる人間ですよ! 相手がなんだろうとぶっ壊して見せます! われこそは破壊の化身! ななっこ! その力を見せてあげます!」


 ななっこは止める仲間を無視して詠唱を続け、圧倒的な魔力を杖の先から放ち。


『爆発魔法』


 大きな爆発が起きるが、やはり魔王軍は無傷だった。


「脅かしやがって! だが無駄だあ!」

「馬鹿め! 我々の装備は魔法にはもっぱら強いのだ」

「魔王様から与えられたこの鎧、相手がいくら伝説の勇者だろうと、魔法は効かない。魔法はな」


 あざ笑い、余裕気に前進する魔王軍。


「『爆発魔法』――! 『爆発魔法』――! 『爆発魔法』――――ッッッッ!」


 挑発にキレたななっこが爆発魔法の連打を開始。


「無駄だってのによう、紅魔族って言っても今のオレには怖くねえぜ」

「そうそう、効かない効かない。っておい、なんか鎧がミシミシ言ってね?」

「いくら魔法が効かないって言っても限度があるかも」

「あの頭のおかしいのをとっととぶち殺すぞ! 急げ!」


 千里眼スキルで観察していたが、あの対魔法使い用の鎧にヒビが入っていくのがわかった。

 ななっこの爆発魔法を浴び続ければ、いずれ壊れるだろう。

 もう余裕の表情はない。死に物狂いでななっこ目掛け突撃する虹色騎士たち。


「ギリギリだな」


 敵と紅魔族の距離を見て呟いた。

 ななっこがこのまま撃ち続ければ、間違いなくあの鎧は破壊されるだろう。だが接近される前に間に合うかどうかは、やってみなくてはわからない。

 まだ魔王攻略は序盤だ。こんなことで危険な賭けに出る必要は無い。

 新たな命令を出す。


「ななっこの砲撃を停止させろ。魔力の無駄だ。魔法が通用しない相手には、先生の出番だ」

「なんだと! 私はまだやれる! むぐ――」


 無理やり紅魔族に抱え込まれ詠唱を止められて引っ張られるななっこ。


「ギャハハハハ! どうやら俺たちの勝ちのようだ!」

「ビビッたな! 紅魔族ってのはチキン集団か?」

「一時はどうなる事かと思ったが! オラオラかかって来いよ!」

「なにおう! 放してください。あいつらを爆発魔法で粉々にするんです! 私にはできますよ!」


 勢いずく魔王の兵士、魔法を中断させられて不満をはくななっこ。

 そんな彼らに、一筋の閃光が直撃した。


「グハッ!」

「なんだ!? なにが起きた」

「おい! 仲間が吹き飛んだぞ!」


 一人の騎士が、高く吹き飛ばされ、地面に落ちた。

 その姿を見て驚く魔王軍兵士たち。


「ふっはっはっは! ようやく私の出番が来たぜ! 待たせやがってよ、マサキ!」


 敵軍の背後に、アルタリアが剣を掲げて大声を上げた。


「なんだ今のは! 見えなかったぞ!」

「聞いたことがある。超スピードの女騎士がノイズにいると!」

「おいどうすんだよ! この鎧は魔法にはめっぽう強いけど、物理攻撃には弱いんだよ!」

 

 少し浮き足出す虹色の騎士団。


「大丈夫だ! 敵はたった一人。集団で防御すればいい!」


 敵はすぐさま盾で密集隊形を取ろうとする。

 素早い判断力だ。だが全て予測範囲内だ。


「今こそ私達の活躍のときだぜ! 全員突撃だああ!! 続けええ」


 アルタリアの号令とともに、ブラックネス・スクワッドが姿を見せる。


「なんだこいつら!」

「囲まれてるぞ!」

「こうなったら乱戦だ! 俺達は高レベルのエリート部隊! 負けるはずがない!」


 いくら俺のブラックネス・スクワッドが養殖で無理やりレベルを上げたといえども、相手にそれなりの実力があれば苦戦もする。

 そうなればこちらにも多少の被害が出るだろう。

 しかし残念ながら、俺には、いや俺たちにはまともに戦う気はなかった。


「倒す必要は無い。動きを止めるのだ」 

『バインド』

「なっ!」


『バインド』

『バインド』

『バインド』


 騎士同士で密集して防御を固めている隙に、拘束スキルで次々と自由を奪っていく。

 前方の騎士がロープでつまずいたため、後方の騎士も急停止させられぶつかる。

 ロープが絡み合い、身動きが取れなくなった奴から。


「よっしゃーー!!」


 アルタリアが盾や鎧ごと勝ち割っていく。


「お、おい! 離れろ!」

「離れろって言っても! ロープが!」

「ロープを切れ! 早く!」

「腕が動かないんだよ! もう少し離れろ!」 


 魔王軍の騎士団の進軍は完全に停止した。


「ようやく解けた! よくもお前ら、ブヘッ!」


 なんとか脱出に成功したものもいるが、アルタリアに各個撃破されていく。

 だがやはり数が多い。全滅させるのは厄介だ。

 こうなったらあの方法を使うか。


「アルタリア、あの樽を持ってこい。まとめて始末するぞ」

「ああ? もっと殺してえのに、なんでだよ!」

「数が多い。倒すのに時間がかかりすぎる。まだまだ魔王軍はいるから安心しろよ」

「わかったよ」


 渋々納得したアルタリアは、ゴーレムが運んでいた一つの樽を持ってきた。


「敵兵の真上にぶん投げろ」

「はいよ!」

「レイ、樽に向けて『ファイヤーボール』発射」

「はい、マサキ様。『ファイヤーボール』」


 敵軍の真上で、炎が散らばった。


「魔法なんぞ通用しないと……あつっ!」

「この程度の魔法、あちちちち」


 特別な鎧は魔法など通用しない。だが熱までは防ぐことはできなかった。樽の中に入った油が降り注ぎ引火する。騎士風のモンスターは燃え上がった。


「どんどん投げ入れろ」

「せーのっ」

『ファイヤーボール』


 次々と樽を投げ込み、爆破していく。中には油以外にも、唐草など燃えやすいものがたっぷり入っていた。魔王軍の精鋭部隊は炎で包まれていき……。


 ――やがて全てが終わった。

 その場にはただ、焦げカスと、魔法に強い鎧だけが取り残された。


「野戦は我が軍の完全な勝利で終わった。作戦は次の段階に移る。鎧を回収し、攻城戦の準備を始めろ」


 紅魔族の脅威となる敵は片付いた。

 さあ始まるのはいよいよ攻城戦。魔王を玉座から引き釣り下ろすときが、ようやく来たのだ。

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