二部 9話 新兵器

「やばい! やばいぞ佐藤君! やっべー! まじやっべー やべやべ!」


 俺が公務員宿舎でレイをいつも通り縛っていると、博士が急にドアをあけて飛び込んできた。そういえば最近見てなかったな。


「なにがやばいんだよ博士?」

「なにがって!? アレだよ! 俺がこっそり作ってた秘密の楽園が! お偉いさんにバレちまったんだよ!」


 頭をくしゃくしゃにかきながら説明する博士。


「ああもう、元はといえば君たちのせいだからな? 周辺に生息する安楽少女を狩りまくったせいで! 施設の存在がばれちゃったじゃないか! こんちくしょう!」 

「ほーう、ってことは国家予算でおもちゃ作ってたことバレて、クビかな? 俺も別の研究員とコネを作ろう」


 このゲーム脳は諦めてこれからは他の研究員の元で働くとするか。

 

「ま、まぁ待ちたまえ。話はここからだ。お偉いさん達にはね。世界を滅ぼしかねない超兵器って言ったら信じてくれてね。ほんとバカだよこの国の奴ら。それゲーム機だよゲーム。ぶっなにビビッてんだよあのクソ女! あーあ笑いがとまらねえ! ぶはっはっはっは!」


いきなり慌てた顔で叫んだと思えば、今度は大笑いする博士。忙しい奴。


「ごまかせたんならよかったじゃねえか」

「そうなんだが、今度は別の問題が発生してねえ。予算をくれてやるから、魔王に対抗できる兵器を造れって言われたんだけど。それで変身合体ロボを提出したらね、ボツにされちゃってさあ」

「当然だろう。合体する意味がない。わざわざ一つになるよりバラバラで戦ったほうが効率的だ。さらに合体して大きくなるくらいなら最初から巨大ロボを作ったほうがいい。もし戦闘中に合体パーツの一人がやられれば、合体は不可能になる。合体機能で無駄なコストもかかるしな」


 合体ロボは合理的ではないと説明した。


「夢もロマンもないことを言うね君は。それでも日本出身かよ! まぁそれは置いといてでね。ちゃんと新兵器を作ったんだ! 付いてきてくれ。今回は仕事を頼みに着たんだよ」


 そのまま工場へと連れていかれた。


「見てくれ! これぞ俺が適当に設計し、好評を得て完成した名付けて『魔術師殺し』だ! 魔法に強くてデカいのを作らせたらこうなった。これで魔王を倒せるんじゃね? うん。多分」


 博士は工場の中心に置かれている、ブルーシートを被せた物を紹介してくれた。


「それが本当なら心強いな。ってなぜ目を反らす」

「き、気のせいさ。この犬型――じゃなかった。蛇型兵器、『魔術師殺し』の力を見せてやるんだ。ようやく技術試験隊らしい仕事を与えられるな。では頑張ってくれ!」

「実戦テストが俺たちの仕事だしな。別にいいが」


 こうして俺たちは新兵器のテストへと出発した。新兵器『魔術師殺し』は重いため、ゴーレムに運搬させることにした。


 



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 ノイズ周辺で危険と記されている領域をうろつく事30分。鎧を着た鬼のようなモンスターの集団に遭遇した。


「てめえらノイズの奴らだな。こんな魔王城の近くに国を作って、色々とコソコソしやがって。気にいらねえんだよ! 魔王軍の恐ろしさをもう一度思い出させてやるぜ」


 武器を振るい、俺たちを囲むように配置に付く魔王軍のモンスターたち。


「ほう、魔王城周辺となると中々手強そうなのがいるじゃないか。だが俺たちの敵ではない。今すぐ潰してやろう。しかしぶちのめす前に一つ質問がある」

「すでに勝ったつもりとは、俺たちも舐められたもんだな! で、質問ってのは何だ兄ちゃん?」


 ジリジリと距離をつめながら、俺に尋ねてくる魔王軍の一人。


「お前たちの中に魔法が使える奴はいないか?」 

「は、はあ!?」


 なにを言い出すのか? と言った表情を浮かべる鬼たち。


「ええじゃない! この新兵器はな、コードネーム『魔術師殺し』で魔法が通用しないものなんだ! 鬼とか戦士系の相手だと実力を発揮できないじゃないか! お前ら見た感じパワー系っぽいし期待できないな。これは実戦テストなんだぞ? 思う存分魔法を撃って来い! あとはいらんから帰ってよし!」

「なんか敵にめちゃくちゃ言ってますよマサキ様」

「いつもの事ですわ」


 鬼の集団に今回の目的を詳しく説明してやると、レイとマリンがヒソヒソとぼやいている。


「おい、もしオレらに魔術師がいなかったら、どうするつもりだ?」

「出てくるのを待つ!」


 モンスターの疑問にはっきり言い切ると。


「ふざけるな!」

「ええーーー! やだ! 今すぐ戦いたい!」


 激怒する鬼達と、駄々をこねるアルタリア。


「で、もし俺達が待ってやった場合、何かメリットはあるのか?」

「そうだな。実験の協力に感謝して、魔術師以外は見逃してやろう」

「ぶっころ」


 俺の答えにキレて襲い掛かってくる鬼達。


「チッ。無駄な争いは避けたかったが、仕方ない。やってやろう」

「それでこそだマサキ! 殺し合いの始まりだぜ!」


 起き上がると同時にすばやく飛び出し、鬼の一匹を血祭りに上げるアルタリア。


「ははっ! いいぜ! やっぱりこの感覚が最高だ」

「て、てめぇ。よくも仲間を!」

 

 恍惚の表情で敵を鎧ごと斬りおとす狂戦士に、激怒する鬼たち。


「アルタリアの援護だ、レイ」

「わかっていますよ。全く世話を焼かせる女です。『ライトニング』」

「おおっと、ありがとよ!」


 後ろから不意打ちを食らわそうとした鬼を、レイが魔法で吹き飛ばす。


『セイクリッド・ブロー』


 近寄ってきた鬼たちはマリンが殴りつける。さすが回復役兼タンク役だ。でもいつも思うが回復役がタンクってどうなんだろう。俺たちの中で頑丈なのがヒーラーしかいないんでしょうがないんだが。


「くっ! こいつら強いぞ!」

「待て、あの男は何もしてこない! 多分荷物運びかなんかだ。あいつを人質に取れば、他の奴らもおとなしくなる!」


 新兵器『魔術師殺し』の上で欠伸をしながら見物していると、鬼達が俺のほうに注目を集める。


「今回はテストだって言ったのに。面倒な奴らめ。まぁいい。相手をしてやろう。俺に歯向かったことを後悔するがいい。きな」


 俺は立ち上がり、手で鬼達を挑発する。


「死ぬのはテメーだ! 人間!」

「女に戦わせて一人だけ見物とは、ハーレム気取りかこのクズめ!」

「口先だけのクソ野郎め!」

 

 仲間たちを無視し、俺に向かって特攻を仕掛けてくる敵たち。


「俺の力を見せてやろう。かかってこい」


 そんな鬼達が近寄るのを見計らって、俺は手に持っているスイッチを押した。ゴーレム機動のスイッチだ。運搬用に使っていたゴーレムたちが立ち上がり、鬼を食い止める。


「ちょ! お前!」

「お前は戦わないのかよ!」

「言っただろ。面倒だって。ふあーあ」


 ゴーレムに戦わせてもう一度座りなおし、戦いの見物を再開した。


「あそこまで言っておいて何もしないとは、さすがマサキ様です」

「それもいつものことですわ」


 鬼達と優勢に戦っていると、敵の援軍らしきものが到着した。悪魔っぽい集団だ。


「悪魔族!? でましたね! 私の退魔魔法をお見舞いしてやりま――」

「やめろマリン! やっと魔法が使えそうな奴が出てきたんだぞ! 当初の目的を忘れるな! これはあくまで新兵器のテストなんだ!」


 『エクソシズム』を放とうとするマリンを慌てて押さえつける。


「お前ら悪魔だよな!? 見た目からしてどう見ても悪魔だもんな。魔法は使えるだろ? よし、このときをずっと待ってたんだ!」

「お前……どこまでも魔王軍をコケにしやがって!」


 苛立つ鬼たちを無視して、ウキウキしながらブルーシートをはがしていく。


「紹介しよう! これぞノイズの新兵器! 『魔術師殺し』だ! さあどんどん魔法を撃って来い!」


 援軍に来た悪魔族たちの前で、それはついにその姿を現す。


「うっ……なんてでかさだ」

「こっ! 怖い」


 登場した巨大なメタリック色の蛇の化け物を見て、怯える魔王軍たち。


「オラ! 撃てよ! ビビッてないでこいよ! 撃たないとテストにならないだろうが! 早くこい!」


 『魔術師殺し』の後ろに隠れ、悪魔たちを挑発する。


「あんなのはったりだ! 食らえ! 『ライトニング』」

『ファイヤーボール』

 

 悪魔たちがビビリながらも魔法を発射してくる。が、メタリックの表面で全てかき消されていく。


「ほう、あの博士もたまにはまともなものを作るじゃないか。ふむふむ、『ライトニング』と『ファイヤーボール』の中級魔法は効かないと。その調子でどんどん撃ってきていいよ」


 傷一つない『魔術師殺し』の様子に満足し、調査書を書く。

 

「次はこっちの番だな! 行け!」


 『魔術師殺し』はその巨体をくねらせ、長い体で鬼達をなぎ払った。


「近接戦も良好っと」


 調査書に更に書き込んでいく。


「本当に魔法が効かないぞ!」

「ノイズの奴ら! 『魔術師殺し』とは! やばいもんを作りやがって! ぐわっ!」


 悪魔たちも魔法が通用しないことに気付き、慌てて距離を取る。逃げ遅れた悪魔は噛み付かれて投げ飛ばされた。


「中々いい結果が出たな。最初のデータ採集はこれでいいだろう。そろそろ終わりとしよう。行け」

「うわあああああ!!」


 怯える鬼と悪魔に、『魔術師殺し』を差し向けた。メタリックに光る凶悪な顎で、モンスターたちを噛み砕こうと大口を開け――。

 開け……?

 あ、あれ? そのまま食いちぎれよ。どうして動かないんだ? これでフィニッシュだったのに。

 蛇状の顔をよく見ると、光っていた眼の色が消えている。

 

「……ま、まさかエネルギー切れ? ちょっと待て、まだ動かしてすぐだぞ?」


 頭を押さえて縮こまっていた魔王軍の兵士たちは、攻撃がこない事に気付いて不思議そうに立ち上がる。

 や、ヤバイ。ここで動力切れと知られるわけには……。俺達は逃げられても、この兵器までは持っていけないぞ。魔王軍に奪われるのは流石にまずい。

 こうなったら適当な事をいって帰ってもらうしか。


「な、なるほど。十分すぎるほどデータは取れたぞ。魔王軍の君たち、ご協力感謝する。データ収集の礼もかねて、この場は見逃してやろう。次の戦場で会おうじゃないか」


 動きの止まった新兵器を見て慌てるが、すぐに平常に戻り、いやむしろいつもより強気に。自分達がやばい状況なのに気付かれるわけにはいかない。偉そうに踏ん反り返って宣言した。


「み、見逃してもらえるのか?」

「や、やった! 助かった!」


 怪我をした鬼や悪魔たちはホッと胸を撫で下ろすが。

 

「おい、待て。なにかおかしいぞ? さっきまではやる気満々だったのに! どうして急に?」

「そうだ。何か変だ!」


 さすがに俺の態度の急変を不思議に思ったようで、一部の疑い深い奴らが聞き返してくる。


「なにやってるんだ! マサキ! とっととぶっ殺すぞ!」

「うるさい! タイムだタイム!」


 アルタリアも鬼を足蹴にしながら叫び返してくる。くっ、出来ればやってるよ! 不思議そうな顔をするレイとマリンをこっちに手招きする。そしてそのまま作戦タイムになった。


『実はな、この兵器動かなくなったんだが。このままだとまずい!』

『なにを! 悪魔如き私が退治して見せますわ! 鬼は他の二人が片付ければ余裕です』

『今のところはこっちが圧倒的有利ですよ?』

 

 三人でごにょごにょと小声で話し合う。


『今のところはな。でもまた敵の増援とかきたらきついだろ。勝つだけならともかく、こっちには動かなくなったこの欠陥兵器をもって帰らないといけないんだぞ? 俺達が優位の状態で休戦した方がいいだろ』

『勝つだけならまだしも、これを守りながらというのは大変そうですわ』

『運搬に使ったゴーレムも半分は破壊されてしまいましたし、確かに引いたほうがいいですね』


 これ以上の戦いをやめることで同意した。


「なにをコソコソやっている!」

「マサキ! タイムはまだ!? もう再開していいよな! ねえ!」


 魔王軍の鬼や悪魔たち、それとアルタリアの目の前で。


「なになに。魔術師殺しくん、なるほど。『この程度の敵を殺すのは造作もない』、と? ほうほう、『オレ様の相手はこんな雑魚じゃない! 幹部でも連れて来い!』そうかい、だからこいつらは見逃してやるという事か。『お前たちは魔王城に帰ってオレ様の恐ろしさを広めろ』。うんうん、わかったわかった。そういうことか。魔術師殺しくんがそういうなら仕方ない。この場は見逃してやるよ」


 動かない平気の横でガバガバな一人芝居をし、なんとか魔王軍の奴らを誤魔化そうとする。頼むから納得してくれ。


「この大蛇って自我あったっけ?」

「おいそこの男! 本当にその怪物がそう言ってるのか?」


 少し強気を取り戻して聞いてくる魔王軍。

 

「グダグダうるせーな! やるっていうならこのまま続けてもいいらしいぞ! じゃあ戦闘再開といくか!? この場にいる奴らは全員こいつの餌にしてやる!」


 ウソを付いているときに見破られそうになったら、逆ギレして押し通すしか他はない。ここにきて「ほんとは兵器が動かないから無かった事にして下さい」なんて言えるか! 長期戦が嫌なだけで今は俺たちの方が強いんだ。


「そうだ! やるなら来い! 私達はノイズ最強の冒険者パーティーだ!」


 俺の意図を察してくれたのか、レイが杖を高く上げ、雷を背後に落とし、威嚇する。


「ヒイイッ!」

「や、やべーよこいつら! やっぱり逃げようぜ!」


 魔王軍はようやくビビッて退却してくれた。


「なんでー! なんで見逃すのー! 殺したい! 殺したーいー!」


 魔王軍が去っていくのを悔しそうにじたばたするアルタリアだった。

 




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「出て来いやオラアアア! 博士オラア!」


 ノイズに帰国した後、アルタリアのようにドアを蹴り破って博士の研究所に押し入る。


「ど、どうしたんだい佐藤君?」

「なにが『魔術師殺し』だ! 即効動かなくなったんだが? ぶち殺すぞ!?」

「あ、やっぱり?」

「やっぱりだと? お前気付いてただろ! この兵器の欠陥に! よくもやってくれたな! 誤魔化すの大変だったんだぞ!」


 胸倉を掴みながら文句を言ってやる。


「ま、まああんな大きな兵器を動かすとそうなるよね? バッテリーがさあ、持たないんだよねえ。なんかないかな。解決法思いついたら言ってよ」

「先に言えよ! クソッ! こんなん単なる盾にしかならんわ! 魔族の攻撃を防ぐためのな! 魔法がいくら効かないって言ってもな、回り込まれたら終わりじゃねえか! 相手がビビッて逃げてくれたから助かったけどよ!」


 怒りながら実戦テストの結果を報告する。


「言っとくがこんなポンコツ兵器でいつまでもごまかしきれると思うなよ? 魔法こそ効かないけどすぐ動かなくなるし! アルタリアが引っ張って回収したんだぞ? このことが魔王軍、いや王にバレたらまずい! 本物の新兵器を作れ! ちゃんと通用する奴! まともに戦える奴を!」

「うん、この兵器はしまっておこう。使えないな。いざというときの切り札とか何とか言って。うん、そうしよう」

 

 これでポンコツ欠陥兵器、『魔術師殺し』の活躍は短いながらも終わった。


「これは仕舞って置くとして、次の兵器を考えよう。今度こそ成果あげないと、クビになるかもしれないからな」

「そうだ! 俺が何度提出してもボツにされる戦車はどうなんだ? 前の失敗を生かし、『フリーズ』用、砲撃の『ファイヤーボール』用、さらに動力で三つのコアを用意すれば実戦でも通用するはずだ!」


 自慢げに新しい最強戦車改の設計書を提出するが。


「ああ、これね。コレさあ、みんなで考えたんだけど高純度のマナタイトが大量に必要になるんだよね。作れてもコストかかりすぎだよ。一機作るのにいくらかかると思ってんの? 予算全然足りねーよ」

「くっ、ダメか……。たった一台戦車があっても意味ないしな。ただの的だ。仕方がない」


 戦車道は残念だが諦める事にした。いやそれでもあのゴミ、『魔術師殺し』よりはマシだと思うんだが。


「こうなったら禁断のあのプロジェクトを始動させるか。人道的にどうかと思って躊躇してたんだけど、このままじゃ研究員としての地位がやっべーからな。地位には変えられないもんな。仕方ねーよな」

「あのプロジェクトってなんだ。もしあの『魔術師殺し』みたいなふざけたもん作ったら、王の前に俺がぶん殴ってやるからな!」


 疑いの眼差しで博士を睨みつけると。


「要は改造人間なんだけどね? 手術で魔法の適正をぐーんとあげるの。理論上は完成してて、その辺のモンスターでは成功したんだけど、まだ人体で試した事はないんだよなあ。やっぱ失敗したら怖いじゃん! 俺人殺しじゃん!」


 改造人間? この博士、ただの禿げたおっさんの癖して中々やばい事を考えるな。ていうか改造人間って、普通悪のマッドサイエンティストとかが考えるもんじゃね? 人間の勢力がやっていいのか?


「出来ると思うんだけどさあ……いざってなるとやっぱ怖くてねえ。どっかに失敗しても心痛まないやついねーかな?」


 そんな事をぼやく博士に。


「なら私が志願します! マサキ様を守るために! 私はもっともっと強くならないとダメですからね!」

「レイ!?」


 いきなりレイが宣言した。 


「え? いいの? でもねえ、今までの実験例だと、どうやら改造前の記憶がなくなるっていう副作用があってね。モルモットにしたモンスターが昔できてたことを忘れたりとね。ちょっと危ないよ? それでいいならやる?」

「ダメですよレイさん! もっと自分を大事にしないと!」

「記憶がなくなるってことはよ、今までのことも全部忘れちまうのか? ダグネスとの試合やお前らとの楽しい日々も忘れちまうのか? それは嫌だぜ」


 マリンがレイを引き止めて説得する。アルタリアも首を振って言った。


「マリンはプリースト、アルタリアはクルセイダー。この手術はウィザードの力を高めるものなんでしょう? だったら私しかいないじゃないですか! ねぇマサキ様。マサキ様は勝つためなら手段を選ばない人でしょう? 仲間を改造手術に差し出すくらい平気ですよね!」


 欠片も迷いなく、レイは俺の目をみて言ってきた。


「い、いや……俺は外道かもしれないが、そこまでやるつもりは。さすがになぁ……酷くないか?」


 さすがにそれは……僅かに残った良心が痛む。レイは見た目も怖いし、言ってる事も滅茶苦茶だし、夜はいつも襲ってくるし。何度もモンスターの群れに投げこんでやりたいと思っていたが、なんだかんだで戦闘では頼りにしているんだ。っていうかそんな危ない奴だからこそ、俺のような悪党にも付いてきてくれるんだろう。大切な仲間……少しなやんだが多分大切な仲間だ。メンヘラでさえなければ本当に大切な仲間なんだが。そんなレイを、誰もやったことのない兵器の実験台にさせるなんて……。

 そんな俺の迷いに気付いたのか。レイはいつものように俺を押し倒す。


「安心してください! この私は必ず戻ってきます! どんなことがあってもマサキ様への思いは変わりません! 仮に失敗して醜い姿になろうとも! 必ずマサキ様の元へ舞い戻りますよフヘヘヘヘヘ! 待っててくださいよマサキ様! その時は結婚しましょう! 子作りもいいですね! ああ楽しみです」

「痛いわ! 放せ! 今すぐこのメンヘラ女をぶち込め! 遠慮はいらん! 記憶を消しとばせ!」


 凄い握力でしがみ付いてくるレイにそう言ってしまった。


「じゃあ手術するけど。本当にいいの?」

「いいです。迷いはないです! ちゃっちゃとやってください」


 そんな軽いノリで、レイは自分自身を差し出した。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 ――ノイズの秘密の実験室

 

 俺は手術中と書かれたランプの前でうろうろしている。ついレイの挑発に乗ってしまって手術にOKしてしまった。俺は元々人として最低だったが、どんどん悪人度が増してる気がする。このままいったら俺本当にヤバイ奴じゃん。今でも十分ヤバイけど、どんどん取り返しの付かないレベルに堕ちてる気がする。

 レイ……大丈夫だろうか。博士は失敗する確立は1%以下とか言ってたけど、それフラグじゃないか? 仮に成功したとしても、記憶がなくなるってことは……今まで知っているレイと別人になってしまうってことだ。今までのようにうまくいくだろうか。逆に俺の事を拒絶されるかもしれない。レイは性格が手遅れだったとはいえ、俺の事を肯定してくれる数少ない人間だったんだ。

 マリンもまた、仲間が心配のようで手術室のソファーに座っている。


「マリン、今回は俺を責めないのか?」


 自嘲気味に尋ねると。


「ええ、本来ならあなたがやったことは最低です。ですが……これはレイさん自身が決めたこと。レイさんはマサキのためなら何だってしますからね。一度彼女がやると思ったなら、誰にも止められませんとも」


 そうだったな。レイはそういう奴だった。俺がやれと言えば躊躇せずやるし、頼んでいない事まで勝手にやって困る事もある。俺の事を『運命の人』だと思い込んでいる。運命の人か。本当にそんなもんあるのかよ。


「もうあのレイとは会えないのか……。手術の前に最後の決闘をすればよかったぜ」


 アルタリアまで悲しそうな顔をして言った。


「な、なあ、お前ら。仮に手術が成功しても、失敗しても、レイはレイだ。俺たちの大切な仲間だということには変わりない。いつも通り……じゃなかった! いつも通りじゃダメだ! 優しくしてやるんだ? いいよな?」


 そんな会話をしていると、手術室のドアがガチャっと開いた。


「終わったよ。手術は成功だ。ほらやっぱ俺って天才だ。こんなの朝飯前だよ」


 博士が自慢げに語っていると、傍らには俺が知らない美少女が立っていた。黒い髪をした長髪の少女。その美少女は紅い眼を見せながら。


「はっ……はじめまして」


 もじもじして恥ずかしそうに言った。


「こいつ誰?」

「誰だ?」

「あの? レイさんはどこです?」


 俺たち三人は首をかしげ、博士と少女に聞き返した。


「彼女だよ。手術に邪魔だったから髪は少し切ったけど。それ以外の見た目は特にいじってないよ?」


 博士は困った顔で聞き返す。


「う、ウソだ! レイはこんな奴じゃなかった! そもそも立ち方が違うもん! もっと獲物を狙うような前かがみで歩いてたし!」

「あなたまさか! 失敗したから替え玉を用意したんじゃないですわよね!?」

「レイはこんな腑抜けじゃねえ! 今にも飛び掛ってきそうな殺気を常に放ってた!」


 俺たち三人は博士に掴みかかり揺さぶった。


「君たち、何を言ってるんだよ! ずっと旅した仲間なんだろ? 彼女がそのレイさんだよ! それに手術前に言ったよね? 記憶が無くなるって! 反応が違うのは当たり前だろ!」


 必死に説明する博士だが。俺達は目の前にいる美少女がレイだということが信じられなかった。


「あ、あの……ひょっとして迷惑でした? ごめんなさい」


 揉める俺たちを見てなぜか頭を下げる美少女。

 うーん……誰だよこいつ。マジでわからん。誰だ? 俺の仲間はこんな謙虚な奴じゃなかった。

 すると美少女は、俺の顔をじっと見つめ……見つめて、なんか付いてるのか? 変かな? そんなジロジロ見つめられると照れるんだが。


「マスター! あなたが私のマスターですね! そんな気がするんです。私にはわかります」

「え? あ? い? そうだったか? えっ?」


 どこかで聞いたようなセリフを言いながら、急に俺の手を掴む美少女。ついキョドってうまく答えられない。


「マサキのことをマスターとか言ったぞ?」

「信じがたいことですが、目の前のお方は本当にレイさんなのかもしれません。マサキの事を認める女性なんて彼女しかいませんからね」


 首をかしげながらも、少しずつ信じようとしているアルタリアとマリン。

 俺は急に手を握られた事でドキドキしていると。


「はっ、ごめんなさい。私、いきなりこんなことを。はしたないですね」


 恥ずかしそうに顔を赤らめながら、俺の手を放す美少女。

 うん、やっぱりこいつは違うな。別人だ。


「改造魔道兵のプロトタイプ! ナンバー00だねえ。コードネームはそうだ、元々レイってなまえだから、『れいれい』ってのはどうだ。仮にだけど」

「安直だな。っていうかいまだに信じられないんだが。マジで誰だよこの人?」


 急に登場した美少女にビビッている俺。


「あ、あの! マサキさんと言いましたよね? なんだかあなたのことを知っているような気がするんです。とても大切な方だったと思うんです。よければ一緒にいさせてください。迷惑じゃなければですが。駄目ですかね……?」


 恐る恐る尋ねるれいれい? を見て。


「これはレイだわ」

「レイさんですね。勿論ですわ。今までどおり仲良くなりましょう」


 あっさり納得するアルタリアとマリン。お前らの判断基準は何だよ。


「なに勝手に決めてんだお前ら!」

「やっぱり駄目ですかね?」


 しょんぼりとした顔をするれいれい? に。


「い、いや。駄目じゃないよ。君のような美人がいてくれるなら助かるよ。あはは……」

「ありがとうございます! よろしくお願いします、マスター!」


 俺が返事をすると、とびきりの笑顔で応えてくれた。うん、なんて可愛い笑顔なんだ。レイなら笑うだけで怖かった。やっぱりコイツ、誰なんだ!?

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