三部 20話 超巨大機動要塞戦
どうやらノイズを破壊した化け物は、それだけでは満足せず紅魔の里をも目標に定めたようだ。
軽い振動を感じる……それが段々と大きくなっていくのもわかる。
作戦室にて、立体投影された地図で里と敵の位置を確認する。
魔道カメラを付けた鳥を使い、空から機動要塞を偵察させている。
時間はあまり無い。
その前に最後の確認だ。
「敵の、あの怪物の情報は!?」
「不明です!」
「武装は!?」
「不明です!」
「弱点は!?」
「不明です!」
「くっ!」
報告を聞き、思わず悔しがる。
いやわかるけども。情報があるならとっくの前に俺の耳に入ってる。
オロオロ頭を抱えていると、投影された映像が一つ一つ消えていった。
敵は対空兵器も装備しているようだ。空中からの攻撃は不可能か。そもそも飛べないけど。
「そんなんで戦いが出来るか!? 敵を倒すには敵を知らないとダメなんだぞ! 何もかも不明とか舐めてんのか! 俺が魔王を倒すためにどれだけ情報を集めたかわかるだろ!?」
「あの巨大な建造物についてわかっているのは……『機動要塞』というコードネームのみです。なにしろ巨額の国家予算をかけて作り上げたそうですからね。機密事項のため、関係者以外には閲覧を許可されていませんでした」
「はぁー……そうだよな。そうだよなあ」
ため息が出る。
なんでもいい。情報が欲しい。あの巨大な怪物、おそらくノイズが作り出した最悪の超兵器の情報が。
……作り出した張本人のノイズは潰されてしまったが。
「隊長! 秘密施設からこんなものが。暗号か何かで書いてありますので、私には読めませんが」
「暗号もクソも日本語じゃねえか。なになに……」
渡されたメモを読んでみると。
『……はぁーー。機動要塞ってなんだよ。バカじゃねーの? 作りたければ勝手に作ればいいだろ。どうして俺がやらんきゃなんねえんだよ。無理に決まってるだろ! お前所長だろ?って言われたけど、知ったこっちゃねー! やらなきゃ所長クビだって!? クビでいいわ! いいって言ってるのに! 誰も俺の言うこと聞いてくんない。……っというか超大型の兵器作るんだったら人型合体ロボでよかったじゃん。なんであっちは却下したんだよ! どう違うんだよ! それならテンションあがるのに! この国アレだ。クソだわ。終わってるわ。あーもうやってらんねーよ! こうなったらバカのフリでもして逃げよ。なんかいい方法ねーかなあー? そうだよ、裸で走り回るってのは……』
……メモはここで終わった。
何やってんだあの博士は。それとこの国は。
「……なんの参考にもならんな。これで全部か?」
「はい」
残念そうに首を振る副隊長。
「ノイズに行って生き残りと話せれば……詳細が聞けるかもしれないが、そんな暇は無いか」
そうだ。もう時間は無い。
やるしかないのか。
正体不明の敵と、勝つか負けるかわからない無謀な戦いを。
今までの戦いではまず敵のデータを調べ、弱点となる方法をみつけて倒してきたのに。まぁゴリ押しもあったけど。
敵が何なのかもわからず闇雲に迎え撃ち、自分達が強ければ勝ち、相手の方が強ければ負ける。
なんてシンプルなんだろう。
本当に俺らしくも無いクソな戦いだ。
「全員聞け! 戦術を告げるぞ」
最後の号令に、ブラックネス・スクワッドも、紅魔族も、無言で耳を傾けた。
「紅魔族が魔法で攻撃、黒の部隊が撤退の援助だ。魔法を撃ち終えた紅魔族と共にテレポートで逃げる。使えない奴にはマナタイトを渡しておく。これで紅魔族の魔力を無理やり回復させた後、テレポートを使わせろ」
作戦は単純だ。遠距離から魔法で攻撃し、無理だったらテレポートで逃げる。
「全員無茶をするなよ。紅魔の里が破壊されてもまた作り直せばいい。この里はかって魔王軍に蹂躙されたが、すぐさま復興した! それを思い出せ! 壊せないようなら逃げるんだ! いいな!?」
「前のはほぼ毒ガスのせいだろ?」
「マサキが里中にデッドリーポイズンスライムを放ったから、除染が大変だったんだぞ?」
紅魔族の無粋なつっこみが入るが。
「それを言うなよ。とにかくこの里を可能な限り守るつもりだが、無理なら全力で逃げる。俺は逃げるからお前らもちゃんと逃げろよ! 逃げ遅れたやつは知らん。いいな!」
とにかく逃げろ。逃げる事こそ全てだと、全員に強く説明した。
「私は何するんだ!? こんな面白そうな戦いを待っていたんだ! やらせろ! やらせろ!」
期待の眼差しで眺めるアルタリア。
つーか楽しそうだなあ。こんなときだってのに。
「アルタリアの役目は救助だな。そのスピードを生かしてな、やばそうな仲間を助けてやれ」
「ええー。私だって戦いてえよ! 救助なんてねえぜ。前線で戦わせろよ」
「あの巨体相手にお前が何の役にたつんだ?」
聞き返すと。
「あんなもんぶっ壊し――。……うーん? イヤイヤ、さすがに無理かー。救助するわ」
彼女も無理があると気付いたのか、こくこくと頷いた。
「よし! わかってくれて嬉しい。いいか? 俺は勝つことが好きだ。結果が全てだった。だが命がなくなれば終わりだ。今回の戦いでは生き延びることこそが本当の勝利だ。生きていればあの機動要塞を破壊する方法が見つかるかもしれない。欲しいのはアレとの戦闘記録だ。情報を集め、次に生かすのだ」
そうだ。この戦いで敗れようとも次がある。生きてさえいれば。
俺は賞金首で、世界中の嫌われ者になったが、それでもまだ終わっていない。終わる気は無い。どんな手を使ってでも権力を取り戻してみせる。
そのためには機動要塞と戦ったという実績が必要だ。
ただ逃げただけでは賞金首のままで、臆病者のままで終わる。例え負けようが抗った事を世界に示さないとならない。
これは最終決戦じゃない。俺の最終的な勝利のための布石だ。どうなるかはまだ自分にもまるでわからないが。
フン。この世界に来て、ここまで先が見えない戦いなんて久しぶりだ。勝っても負けても、その後が全く予測できない。
面白い! いや嘘だ。全然面白くない! 普通の勇者ならこういうときにワクワクしたり燃えたりするんだろうが、俺は違う。予想外すぎることなんて嫌いだ。
「では各自バラバラにテレポートで避難した後、この座標に集結しろ」
個人的な魔道具を投影装置に挿入し、スクリーンに地図のある地点を点滅させる。
「ここに何があるんです?」
「俺の個人的な秘密基地だ。いろんなものが揃ってる。どうせ後で行く予定だったから丁度いい。今回の戦闘に加わらない奴らは先に行け。ほら、ひゅーことか」
紅魔の里からもノイズからも離れたある場所。あそこには色々ある。俺の悪事がつまっている。本当なら隠しておきたかったんだがこの際そんなことは言ってられない。
「基本はこれでいくとして、他に何か無いか!? 使えるものは何でも使うぞ!」
自分の作戦を説明した後、その場の全員に意見を聞くことにした。
「『魔術師殺し』!」
「却下! 機動要塞が魔法を使うとは限らん。一番危険なのはあの図体で押しつぶされることだ。そもそもあのポンコツ動かねえし! 仕舞っとけ!」
首を振って答える。
「『レールガン』!」
「……使えるかもしれん」
レールガン、その言葉にピクッと反応して頷く。
「一番運の強いやつは? 命中率は運に大きく左右される。なるべく運の強いやつ!」
「……全員の冒険者カードを照合した結果、運のステータスが一番高いのは、BCMW-01こといっくんですね」
副官の言葉を聞き、紅魔族のリーダー、いっくんにみんなの注目が集まる。
「よりによってお前かよ」
「こっちの台詞だよ!」
ぼやく俺の声を聞き、言い返すいっくん。
「まぁいい。いっくんに任せる。レールガンの操縦は出来るよな?」
「前撃ったときと一緒だろ? 簡単さ。もう充填済みだろうから一人でも使えるよ。魔力を注ぎ込む必要は無いぜ」
前回は一発撃つのに紅魔族の半数が魔力切れになってたっけ。
だがすでに充電済みなら問題ない。
そういえばまだ俺は実物を見てなかった。博士から適当に作ったから、いつ壊れてもおかしくないと聞き、放置していたのだ。
そんな不確かなものを作戦に使うのは嫌だが、この際どんなものでも構わない。
レールガンは紅魔の里の中心に高くそびえたつ、防衛用のタワーに設置してあるはずだ。
あそこからなら里全体が見渡せる。指揮には持って来いの場所だ。
「全員配置に付け! 俺はいっくんと砲塔に向かいそこで指揮を取る! 作戦開始だ!」
「「「「了解!!!」」」」
声を揃えて答えるブラックネス・スクワッド。
「やるか」
「ま、しゃーねえでしょ」
「ノイズの後始末は、同じくノイズに作られた私達がつけましょう」
「こういうの燃えるよな! 滅びた祖国のために立ち上がるとか、まるでおとぎ話の主人公じゃないか!」
「ノイズのために! これは復讐の烽火だ! 覚悟しろ機動要塞!」
……一方紅魔族はバラバラだ。
でも機動要塞と戦う、その心は一つだ。一つの筈だ。そうであってくれ。
それぞれ迎え撃つために走り出した。
……接近まであと一時間と言ったところか。
いっくんと共に階段を登り、砲塔の頂上までたどり着くと、そこにはレーザー砲台があった。どうみてもこれが『レールガン』だろう。
「なるほど、こいつは強そうだな」
ゴテゴテした金属や配線コードに覆われた、SFっぽい機械的な巨砲が備え付けられているのをみて納得する。
すぐ隣には照準装置が付いた座席があり、すかさずいっくんが乗り込む。
「見てろよマサキ、これさえあれば相手が魔術師殺しだろうが魔王だろうが、機動要塞だろうが仕留めてやるぜ! これには狙撃スキルも付いているからな。ってあれっ?」
自信満々に座ったいっくんだが、急に困った表情をしてこちらを振り向いた。
『エラーです。照準システムの起動に失敗しました』
と、同時に砲塔内でアナウンスが鳴り響いた。照準座席の前のモニターが赤く表示される。
「どういうことだよいっくん! お前簡単に撃てるって言ったじゃねえか!」
「いや待てよ、確かに前はこれでよかったんだよ! おかしいな?」
俺といっくんは二人で言い争いを続ける。
『エラーです。照準システムに致命的な問題が発生しました。ロックオンが出来ません』
そんな俺たち二人の狼狽を嘲笑うかのように告げるアナウンス。
「クソ! うるせえ! なにか変わったところは無いか? 前撃ったときと今で違うことは!?」
「なにもねえよ! ここに洗濯物が干してあるだけで!」
「なんであいつはこんな所に洗濯物を! まさかこの中に重要なパーツが混じっているかもしれん! 探すぞ!」
「「よいしょ!!」」
二人で協力して洗濯物を仕舞うと。
「やっぱなんもねえな。普通の白衣が干しているだけだ」
「ポケットもよく探せよ。クソ! もう時間がねえってのに。このまま動かないならレールガン抜きでやるぞ!」
必死で白衣になにか入ってないか漁っていると、あることに気付いた。
「……おい待て。いやちょっと待て。なんだこの物干し竿は!」
洗濯物の方ばかり注目してて気付かなかったが、物干し竿だと思っていたものは、物々しく、長大なライフルだった。
『エラーです。レールガンをセットしてください』
さっきからこの機械はなにを言っているのか、もう一度思い出せ。
……照準システム? 照準システムのエラー? レールガンのエラーではなくて?
「おいまさか。ちょっと手伝え」
ゴテゴテした機械の横を確認してみると、案の定継ぎ目がある。
ロックしてある金具をずらすとパカっと開き、内部に細長い空間が見える。
恐る恐る物干し竿ライフルを入れると、隙間に丁度ピッタリ収まった。
『システムクリアー。標準システム起動成功。レールガンセット完了。充電終了。発射可能です』
照準のモニターがグリーンに変わり、『ROCK』と『FULL』の文字が点滅している。
「おい! どうやったんだマサキ! 上手くいったぞ!?」
白衣を調べていたいっくんが俺に尋ねる。
「み、認めたくないが、この物々しい砲台は単なる照準装置だ。充電器も兼ねてるかもしれないけどな。で、さっきあった物干し竿みたいなのが、『レールガン』だ」
「なんだってー!」
驚きの声をあげるいっくん。
「い、いやそんなまさか!? あの細長いのが!? 馬鹿にしてんのか!?」
信じられないといった顔をするいっくんの前で、もう一度物干し竿を取り外すと。
『エラー! 照準システム使用不可。レールガンを再セットして下さい』
「な?」
物干し竿みたいな長いライフルを指して言った。
「え!? 『レールガン』は、『魔術師殺し』にも対抗できるマスターの最強の発明品で。我々紅魔族の切り札で……。ええ!? それが!? その長いのが!?」
「そうだ! あのハゲ博士! ふざけた兵器ばっかり作りやがって! 殺意が沸いてくるわ! 今度会ったらぶん殴ってやる!」
レールガンを再設置し、照準システムを作動させて呟いた。
「なあ! 俺はいまだに納得できないんだけど!! 『レールガン』の新の姿がこんなんだと知ったら、里のみんなは悲しむぞ!?」
「だったら黙っとけばいいだろ!? とにかくこのおふざけ兵器は動くようだ。下らん手間をかけさせやがって! 戦いに備えるぞ!」
未だぎゃーぎゃー言う男を照準席に座らせ、全軍に準備完了の知らせを告げた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ついに来たぞ! まずは第一陣と行くか」
千里眼スキルを使い、機動要塞をこの目にはっきりと映す。
大きな足が一つ、一つ地面に下りるたび、ビリビリと振動が里中に響く。
ここまで震えが来るとは。
なんてでかさだ。重さだ。
そして――
「――早い」
物凄いスピードで迫ってくる蜘蛛の巨体。赤く光る七つの眼が、こちらを睨みつけている。
まさしく破壊の化身。周辺にある森だろうがなんだろうが、踏み砕いてまっすぐ進む。
あの無敵の行進を止められるものは誰もいないだろう。
いや本当にそうか?
試してやろう。
「迎え撃て! プランA!」
隊列をなした紅魔族が逃げずに立ち向かう。
『ファイアーボール』
『ファイアーボール』
『カースド・ライトニング!』
『カースド・ライトニング!』
『ライトニング・ストライク!』
巨大な怪物目掛け、遠距離から次々と高威力の魔法を撃ちこむ紅魔族だが。
「効いてません!」
「やはり……あのサイズでは」
「無念だ! テレポートを頼む!」
ブラックネス・スクワッドと共に次々と消えていく紅魔族たち。
「真打ち登場! 我こそは最強の紅魔族にして、里の守護者ななっこ! 爆発魔法の伝説はここから始まる――って早い! 早すぎです! 名乗りを上げる時間も無いのですか!」
残ったななっこがポーズを決めるが、構わず無視して前進する機動要塞。
「人の世にっ! 『爆発魔法』! 生まれしころより……『爆発魔法』! 爆発道ぃ!! 『爆発魔法』!」
伊達に最強を名乗っているわけではなさそうだ。当たれば即死どころか死体すら残らないような破壊力をこめた魔法が、次々と機動要塞目掛けて轟音と共に降り注ぐ。
その激しい光の点滅はここまで届き、空を真っ赤に染め上げた。
どちらが破壊の化身かわかったものではない。
衝撃だけで周辺の木々はたちまち薙ぎ倒され、引き起こした風が台風のように物を持ち上げている。
だが……。
「なっ!」
思わず声をあげるななっこ。
機動要塞は無傷だった。
透明な膜の様なものに遮られ、魔法での攻撃をことごとく弾いている。
「撤退しろ! どうやら結界を装備しているようだ。魔法ではどうしようもない! 引き返せ!」
「ぐぬぬ……。私の爆発魔法が敗れたわけではないです。結界に阻まれただけです。今回はこのぐらいで勘弁してあげますよ!」
無念そうに呟きながら、ななっこは仲間と共に後退した。
そんなななっことは逆に、前に進むレイ。
「プロトタイプ! 今のを見たでしょう!? あなたよりも強い魔法で! やっても無理だったんです! 引き返しますよ!?」
ななっこの警告にも関わらず前進するレイ。
「レイ? 何をやっている。ななっこの魔法の威力はお前より上だった。これは事実だ。諦めてテレポートで逃げるんだ!」
「……」
俺が通信機越しに叫ぶと、レイは少し黙った後。
「どうやら本当に魔法は通じないみたいですね。ならば直接乗り込んで、中からぶっ壊して見せましょう!」
そう宣言した。
「私には魔法使いとしての能力だけではなく、長年のストーカー行為で鍛えた背筋力があります! 握力も! 脚にしがみ付き登りあがって見せますよ! 」
ストーカーの自覚があるならやめて欲しい。
いやそれより。
「無茶だ! 無茶すぎる! あの巨体に! このスピードだぞ! お前がいくらしぶといと言っても限度がある! よせ!」
「私は怒っているのですよ! マサキ様の野望を台無しにしただけでなく! 賞金首にしたのも、全部この蜘蛛のせいです! 全身全霊を込めて! この醜い怪物を破壊します!」
紅い眼を輝かせ、体の周りに紅いスパークを散らしながらも、レイは歩き続ける。
「私はマサキ様のことが好きです。目にしてからずっと! 歯向かう障害はなんであろうと始末して見せます!」
「言ったはずだぞレイ! 機動要塞を破壊できなくてもいいと! 次がある!」
通信機に何度も叫び続ける。
「賞金首になってしまったマサキ様は、この戦いが負ければ命を狙われる事になります。そんな状況では、再び今までのように舞い戻ることは不可能じゃないですか!!」
「わかってる! わかってるとも! そこから何とか持ち直してやる! 次を作る! それが俺だ! 俺なら出来る!」
気付いていたか。
そう、次なんてない。
この戦いが終われば、俺はただの犯罪者として逃亡の人生が始まるだろう。
生きようが死のうが、少なくとも冒険者としての生活は終わりになる。
「マサキ様が魔王を倒し、いずれ全世界を支配する新たな覇者として君臨する姿を、私は見たかったのに! それを!」
「気にするな! 賞金首のままでもいい! そうだレイ! 二人でどこか遠くに逃げよう! 誰も知らないような場所で、山賊になるってのはどうだ!? そんな人生もいいだろ!?」
犯罪者に身を落とそうとも、生きていればまた新たなチャンスがあるはずだ。
山賊になるのも悪くは無い。それをレイと、自分にも言い聞かして説得する。
「マサキ様、私のような人を側においてくれてありがとうございます。ねぇ、本当に、私の事が好きですかマサキ様。私はあなたを独占できればそれで満足だったんですが……、最後に教えてください」
レイは足を止めて、巨大な蜘蛛の怪物の目と鼻の先で聞いてきた。
「……ぐぐ、愛している! 本当だとも! レイ! だから行かないでくれ!!」
「マサキ様! ありがとうございます。その言葉だけで勇気がもらえました」
その言葉と共に、レイは土煙の中に消えた。
レイ……。
レイ!
胸が痛い。
大事ななにかがなくなったような、胸に大きな穴が開いたような気がする。
俺はこんなに弱い人間だったのか?
俺は目的のために、勝利のために、仲間だろうがなんだろが平気で捨て駒にする冷酷非情な男だったはずなのに!
心など、とっくに捨てたものだと思っていたのに。
……大きな虚無感が俺の中で生まれ、それはすぐに強い怒りへと変わった。
「プランBに移るぞ。第二陣! 準備!」
自分でも驚くほど冷静に、しかし目に狂気を孕みながらも、しっかり機動要塞を睨みつけ、次の命令を下した。
「ま、待てよマサキ!」
「なんだ!?」
「プロトタイプが……れいれいさんがやられたんだぞ! それをお前!」
人でなし! という表情で今にも掴みかかってきそうないっくんだが。
「……。救助に向かう時間は無い。機動要塞はもう紅魔の里に入った。俺が目的は機動要塞の破壊だ。違うか!? リーダーの役目は冷静になることだ! お前も紅魔族のリーダーなら肝に銘じろ!」
怒りと狂気に満ちた、俺の鋭い目を見て怯んだ。
彼も俺の様子を察したのか、もう何も言い返しては来なかった。
そう、作戦が終わるまで非情になれ。それが指揮官の仕事だ。
レイの事を思うたびに胸が痛くなる。「マサキ様!」といつも俺に付きまとっては、信じられない事をし、手を焼かせる。
俺の事が大好きで、でもいつも俺の思い通りにはならない。そんな怖くて恐ろしい、俺の可愛い子悪魔……いや悪魔
レイ……。
ずっと「マサキ様!」の声が脳内でループしている。彼女の言葉は、きっと俺の脳に残り続けるだろう。
「マサキ様!」
「見てろよレイ。俺があの機動要塞を破壊してやるからな」
第二のプランはタイミングが命だ。早すぎても遅すぎても駄目だ。
もう少し、もう少し引き付けて。
「マサキ様!」
わかっているぞレイ。お前の思いは無駄にしない。
「なあ。おーいマサキさん、マサキさん」
そんな俺を肘で小突くいっくん。
「なんだ! この戦いの雌雄は、プランBの成功にかかっているんだぞ!? 邪魔をするなら……」
いっくんは無言で俺の後ろを指差した。
流石に気になって指の先を見ると。
「マサキ様! マサキ様! ギリギリでテレポートで脱出してきました!」
空気もフラグも読めないヤンデレが、ほぼ無傷で目の前に現れて、笑顔で言った。
ぷっつん。
俺の中で何かがキレた。
このゴキブリ女……やっぱ殺しておくべきだったかも。
「てめぇ! 何でもお約束を無視したらいいと思うなよ! 逆張りか! ああコラア! 大人しく死んどけこのクソメンヘラ!」
俺はかってないほどブチギレ、フラグをブレイクしたレイを蹴りにしながら叫ぶ。
「『勇気がもらえました』って言ったよな!? 何の勇気だコラア!」
「逃げる勇気ですよ。愛しているという言葉だけで、全身が暖かい気持ちで包まれました。未来への希望も!」
「うるせえ! もう一度死にに行け! 殺す!」
「ぐっ! 苦しい! 苦しいですマサキ様! でもドメスティックバイオレンスなマサキ様も素敵です! もっと強くしてください! ううっ!」
怒りのままにレイの首を絞めながら叫ぶ。
やってくれたな。俺の心を滅茶苦茶にかき乱しやがって! こんなに心を揺さぶられるなんて! 許しがたいことだ。殺す!
「ここまでコケにされたのは生まれて初めてだ! 絶対許さん! 望みどおりこの場で犯してやる!」
「ゴバッ! 痛い! 本気でキレたマサキ様も素敵です! こんな積極的なの初めてです! これが初体験ですね!? 暴力的で、怒りのままに! 一生忘れられない思い出に、傷になるでしょうね!」
「うるせえ死ね!」
レイに容赦なく腹に膝蹴りを食らわせた後、顔面を思いっきり殴りつけて地面に突き倒し、馬乗りになって服を破り捨てる。
「愛のあるセックスなんて無いと思えよ! お前に与えるのは痛みだけ! 俺の心を弄んだ代償だ!」
「望むところグボッ! ううぅ! 、いい。素晴らしい! げふう……、うれしい。愛する人の怒りを受け止められるなんて……光栄すぎま、ぐふう!」
殴られながらも興奮気味のレイ。俺は彼女を押し倒しながら暴力を振るい続けた。
「おーい、おーい。マサキー! お取り込み中のとこ悪いが、第二陣が合図を待ってるんだけど……」
「ああ!? ……ああそうだったな。やらせろ!」
いっくんにせかされ、なんとか冷静さを取り戻して、レイを捨てながら言った。
「このバカのせいで危うく台無しになるところだった! プランB! 発動!」
「「『クリエイト・アースゴーレム!!』」」
遠距離攻撃がそれほど得意ではない紅魔族たちを集めさせ、力を合わせて一体の巨大なゴーレムを作らせる。
より強いゴーレムを作るには活動時間を削るしかないので、ギリギリのタイミングで生成させる。
彼らが最後の砦だ。
クソヤンデレのせいで少し遅れてしまったけど。
「よしいいぞ、その調子だ!」
地面の土がもりもりと盛り上がり、里の家を飲み込みながらも巨大な人型を形作っていく。
想像以上の大きさだ。もはやこれはゴーレムではない。巨人(タイタン)だ!
紅魔の里を守る巨神を見て思わずガッツポーズをする。
「おお! なんて巨大な雄雄しき姿!」
「紅魔族が力を合わせば、城をも超えるゴーレムだって作れるぜ!」
怪獣同志の戦い。
神々の争い。
目にするのはまさしくそれだ。
ノイズが作り上げた狂った蜘蛛の怪物。
紅魔族全員の魔力を使って作り上げた、超サイズの巨人。
二つの巨大な化け物が今、激突する。
「行けーーー!」
「これが紅魔族の底力だ!」
決着はあっさり付いた。
殴りかかろうとした巨人の片腕は、蜘蛛に触れた途端に崩れ落ちる。
これは間違いなく魔法結界の効果だろう。
「お、おのれえ! またしても結界が!」
「腕がなくなっちゃったよ!」
「怯むな! 想定の範囲内だ! そのまま押さえつけろ!!」
片腕を失った巨人にさらに命令し、全身を使ってのしかかり攻撃をさせる。
単純な大きさでは巨人の方が上だ。
いくら魔法が通じなかろうが関係ない。
結界で崩れるゴーレムの土砂を、そのまま機動要塞に浴びせてやる。
大量の土でその素早い動きを封じ、入り込んだ砂で機械の歯車を停止させる。
巨人が敗れようが道連れにしてやる!
完璧だ。完璧なプランだ。これなら倒せなくとも動きを封じることは出来る。
そう考えていると……。
「だ、ダメです! 機動要塞の結界のせいで、ゴーレムの土が全て弾かれます!」
「なにい!」
なぜだ……。完璧すぎるプランだったはず……。
「おそらくだけど、ゴーレムは魔法で作ったもの。体を構成している土も魔法の影響下にあるから……同じように魔力結界で防がれたんだと思う」
そういうことか……。
なんてことだ。これじゃあ機動要塞を押し止める計画は失敗だ。
巨人に次の命令を出す暇も無かった。
スピードは全く落ちないままに、蜘蛛は大きくジャンプし、たやすく巨人のお腹を貫通した。
「ああ無理!」
「やられた! 逃げろ!」
「やっぱり大きさだけにこだわったもやし君だからねえ。勝てないかあ」
「いいから捕まれ! 『テレポート』」
「急げ! 『テレポート』」
巨人崩壊!
それと共にゴーレムを作り出していた紅魔族たちが、黒の部隊と共に次々と退却していく。
これで紅魔の里に残ったのは、俺といっくんの二人。それとプラスクソ女だけだ。
「こうなったら最後のプランC! 『レールガン』の出番だ! いっくん、お前の肩に世界の命運がかかってると思えよ!」
「プレッシャーかけんなよ! マジやめろよ!」
もはや機動要塞は目と鼻の先! 里を蹂躙しながら、俺達のいる射撃タワーに接近してきた。
「俺はやればできるやればできる!」
「そうやればできるやればできる! いっくんはやれば出来る子だ! 頼む!」
「マサキ様と私もやればできる!」
「レイ! てめえは黙ってろ!」
いっくんを応援しながら、ウザいレイに言い返してレールガンの狙撃を待つ。
頼む。
レールガンが最後の希望だ。
破壊力は知っている。
結界だろうとたやすく貫通できる! 多分!
欠点は口径の小ささだ。もし貫通したとしてもどうでもいい場所にあたれば、機動要塞は止まらない。
「いっくん! お前は念押しにマリンに支援魔法をかけて貰ってたよな! 運が上がってる! だから必ず当たる! 機動要塞のコアを狙え!」
「言われんでもわかってるわ! 中心だろ! 見てろよマサキ! それと世界! 俺が救世主になる姿を!」
『照準システム、ターゲット・ロックオン完了』
「発射!」
強烈な、眩い光が砲塔から発射され……!
その閃光は魔力結界を軽々と貫通し。
まっすぐと機動要塞の中心へと向かい……。
向かい……。
向かい、小さな穴を開けて当たってそのまま消えた。
消えた……。
消えた?
「消えたぞ! おい、どうなってるんだ!?」
「俺が知るか! ちゃんとレールガンは発射したんだ! お前も見てただろ! でかい怪物のドテッパラに突き刺さった!」
「だったら貫通するはずだ! なんで全くダメージを受けてないんだ! 小さな穴を開けただけだぞ!」
「魔力結界は貫通できた。止まったのは機動要塞の内部でだ。そこでなにか硬いものに、レールガンが止められたんだよ。他に考えられるか?」
そんな馬鹿な……。『レールガン(仮)』で破壊できないものなど……この世界には……。
ある、はずが……。
「……コロナタイトか。そういうことか」
ようやく気付いた。
巨大な機動要塞を動かす無限のエネルギーはどこから生まれているのか。
コロナタイトだ。ゲセリオンの内部にあったアレを、機動要塞の動力源として使ったのか……。
コロナタイトならレールガンを防げてもおかしくない。
通りで渡したとき総督が大喜びしていたわけだ!
なんていうことだ! こんなことになるぐらいならあんなもん捨てればよかった。
「はぁ、作戦は全て失敗。いっくん、俺たちもテレポートで撤退するぞ。ほら、レイも」
諦めのため息をつき、最後の指示を出して言った。
「おいちょっと待ってくれマサキ。レールガンも持っていく」
「そんなポンコツにもう用はない。まぁいい好きにしな。一緒に飛ぶか。時間は無いぞ」
いっくんが急いでレールガン本体を取り出している。
俺は目の前に迫る機動要塞の7つの目を見て言う。
「よし、これで全員安全な場所に――」
そこまで言いかけた所で。
「まだ終わってません! 天命を果たす時が来ました! アクア様!」
今すぐ三人でテレポートをする直前に、マリンがいつの間にか砲塔の真上にいて、叫んだ。
「マリン! 何やってる!? 降りて来い! 一緒にテレポートで逃げるぞ!」
「逃げません! これがアクシズ教徒アークプリーストの、預言者である私の使命です!」
頑として首を振るマリン。
「無茶だぞ! 無駄死にしたいのか、マリン!?」
「いいえ、マサキ。私が全身全霊をかけて魔力結界を打ち消して見せますわ。結界さえなくなれば紅魔族のみなさんでどうにかなりそうですし。邪悪な結界の解除はプリーストの役目です!」
マリンはいつも以上に真面目な顔をし、目をつむって頷いて言った。
「本当に破れるという保障はあるのか!? 向こうはコロナタイトを動力源にしている! 無限のパワーだ! 勝ち目なんて!」
「確約はできません。ですがやって見せます! 今日この日この時こそが、私が生まれてきた理由に違いありませんわ。アクア様は世界の混乱を止めるために、私に予言の声と、青き髪と、青い目を授かってくれたのです!」
全く聞く耳を持たないマリン。
これだから、ワガママで頑固な仲間は嫌いだ。
「行ってください、マサキ。このあとの事は任せましたわ」
「ダメだ! マリン! やめるんだ!」
彼女はもう飛び降りた後だった。
マリンの周囲に複雑な魔法陣が浮かび上がった後、手に白く光る玉を握り締め、機動要塞目掛けて殴りかかった。
「『セイクリッド・スペルブレイク』!!」
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……終わった。
何もかもが破壊された紅魔の里に、俺達は戻ってきた。
マリンを見つけた。
酷い様子だった。
手足は変な方向に曲がり、体からは内臓が飛び出し、絶対にお茶の間に見せてはならない姿で横たわっていた。
モザイク必須な様子で、地面に寝転がっている。
「マリン! おい! マリン! どうしてあんな無茶をしたんだ!」
「……マ、……マ、サキですか……」
必死で声をかけると、かすかに反応があった。
まだ息がある!
「おい衛生兵! 早く回復させろ!」
「こんなに重傷だと無理ですよ! 私たちの力じゃ治せません!」
「見習いではなく、正式なプリーストでもいれば……」
ブラックネス・スクワッドのプリーストたちが必死で回復魔法をかけているが、治る様子はない。
「け、結界を……かかか解除す、ううっ! ことは……未熟な私には無理……でした……わ」
今にも消えかかりそうなマリンの声。
「……そろそろお迎えが来そうです。最後に約束してください。……マサキ、あの兵器を……破壊してください」
「……あの兵器か」
手を握るが反応はない。おそらく感覚がないんだろう。
「アレを破壊することが、私の天命……アクア様、お許しください」
女神に謝り、残念そうに目をつむるマリン。
「マリン! 目を覚ましてください! 私との再戦はどうするんですか!? 勝ち逃げなんてずるいですよ! ねえ」
「思えばお前とは一度も決闘した事なかったな。戦おうぜマリン! お前の力強さ! もう一度見せてくれよ! こんな所でやられるタマじゃないだろ? うううっ」
レイもアルタリアも涙を流しながら、マリンに声をかけている。
「……みなさんとの旅は……、酷かったですが――ゲホッゲホッ。……楽しかったですわよ。向こうでアクア様に、罪が軽くなるようにお願いしておきます……」
そんな俺たちを見て、笑いかけながら彼女は言った。
「……時間です。マサキ、最後にお願い……。あの兵器を……破壊……」
「……ああ、約束する」
もう動かない折れた手を、強く握り締め。
「くっ、アークプリーストさえいれば!」
「洗礼を終えた、高レベルのアークプリーストさえここにいれば!」
衛生兵たちが苦悶の表情で、涙している。
「マリン様!」
「マリン様!」
マリンの言葉を聞き、アクシズ教徒に改心したモンスターたちもみな、彼女の様子を嘆いて涙し、頭を垂らしている。
誰もが彼女の最期を嘆いていた。
マリン……。
彼女だけが俺達の良心だった。
狂信的ではあったが善人だった。
マリンだけが俺の悪事にはっきりとNOを告げた。おかげで俺は隠れてやるはめになったんだが。
彼女の目の前で堂々と悪事が出来る者はいなかった。
マリンは正義だ。
だから紅魔族もブラックネス・スクワッドも、みんなマリンのことを尊敬していた。
こんなに良い奴から死に、悪人が生き残るなんて……。
そんなのあんまりじゃないか。
この場にいる全員の中に大きな悲しみの嵐が吹き荒れていた。
偉大な預言者の死を前にして、みんなで頭を下げて祈っていると。
「ノイズが滅んだのは本当だったようだな! なんとも無様なこったぜ」
これは。
このどこかで聞いたことのある、ムカつく声は……。
「ノイズってのは魔道技術大国なんだ! 探せばまだお宝があるかもしれねえ! それにここは確か改造人間が住んでた場所だぜ!? 噂じゃヤバイ兵器を守らせてたらしい! それさえ手に入れれば、この俺がアクシズ教のニューリーダー、いや世界征服も夢じゃねえ!」
あいつだ!
絶対に仲間にしたくない最悪の男、アクセル教徒のナンバーツーだ!
「今すぐあの愚か者共をこの場に連れて来い!」
欲深いアクシズ教徒め。そのおかげで助かった。地獄に仏だ。マリンを回復できるアークプリーストが、向こうからやってきた!
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