三部 5話 紅魔戦線
「オラッしっかり掘れ!」
俺達は穴を掘る。ひたすら穴を掘る。
「初めての実戦だと思って楽しみだったのに……いきなり土木作業ですか」
「そういうな! 俺だってやってるんだ! 戦いってのはな、事前の準備を備えたものが勝つんだ。戦場構築こそ勝利の鍵よ! 次こそ紅魔族の力は関係無しで、俺の実力をノイズに認めさせてやるわ!」
愚痴る黒の部隊にそう激励する。紅魔族が敵のゲリラ攻撃を食い止めている間に、俺は部下と共に穴を掘っている。次こそはこの俺、サトーマサキ様の実力をノイズに認めさせてやる。
一応すでに認められてるんだけど、あれは紅魔族がやっただけだから俺としては複雑な気分だ。俺なにもやってないし。俺の成果でもないことをほめられても嬉しくない。
だが今回はその紅魔族は苦戦している。この戦いで勝利すれば、間違いなく俺の実力だと証明できる
「ほら見ろれいれいを! あいつを見習え」
れいれいは炸裂魔法で凄い速さで次々と穴を掘り続けている。
「さすがはれいれい副官だ。紅魔族なだけはあります」
「感心してないで手を動かせ! 俺もやってるんだから! 疲れたらマリンの元で回復してもらえ!」
感心する部下を叱って穴掘りを急がせた。
「彼らは何者ですか?」
必死で穴を掘る、そんな黒い軍服に身を包んだ集団を見て、紅魔族が質問する。
「教えてやろう。言う事聞かないお前らの変わりに俺が作った近代の部隊! お前たちが赤なら俺達は黒だ! 漆黒の部隊! 名付けて『ブラックネス・スクワッド』! 紅魔族だけでは手に余る戦いを補助するために生まれた、俺の軍隊だ」
「あーあ、やっぱさー」
「無いよなマジで」
「漆黒の部隊まではよかったんだけどなあ」
「ブラックネス・スクワッドはねえわー」
ヒソヒソと話す紅魔族たち。またもや俺のネーミングセンスにダメだしをしている。何度も何度も言われると傷つくぞ。
「うるさいお前ら! お前らはとっとと戦って来い! 俺がこの紅魔の里を本物の軍事拠点にするまでの時間稼ぎをしろ!」
「なにをいっているんだ。もうすぐマスターが最強の兵器を作るんだろ? あの『魔術師殺し』をも上回る! それさえあれば楽勝だ!」
『魔術師殺し』をまともに見たこともないくせに。よく言うぜ。
煽ったのは俺だけど。
「どちらにしても完成まで時間がかかる! それまで紅魔族は魔王軍の攻撃を食い止めろ! そうだろ?」
「まぁ、たしかに一理あるな。紅魔族! 交代して出撃だ!」
紅魔族は魔王軍の攻撃を食い止めに向かった。塹壕さえ完成すればこっちのものだ。それに俺も博士と別のアプローチで、“新兵器”を開発させている。アレがあれば勝利は揺るぎ無いはずだ。
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俺たちの作った塹壕のおかげで戦いは膠着状態になった。魔王軍がいくら攻撃を仕掛けようとしても、塹壕と鉄条網に阻まれて身動きが取れない。そこを紅魔族が迫撃砲の代わりに魔法を撃ち込む。このため魔王軍は散々な犠牲を出し、森の奥から出てこなくなった。
魔王軍の攻撃が緩んでいる。とはいっても数で劣る紅魔族が攻勢に出るのは危険だ。今紅魔の里ではにらみ合いが続いている。
こうなることは想定済みだ。むしろ望んでいた。
そろそろ俺、いや俺たちの出番だ。
「俺の戦いを見せてやろう。元魔王軍、ひゅーこよ。特等席で見物させてやる」
「な、なにをするつもりなの?」
「魔王軍が壊滅する様子をじっくりと見物させてやる。元仲間がやられていく姿を見て、どちらの側につくかもう一度考え直すがいい」
拘束させたひゅーこを椅子に座らせてそう耳元で呟く。これから起こる惨劇を見せ付けてやることにしたのだ。
「こんなことで私が屈すると思うの? 仲間が負けたからって! 私が命欲しさに裏切るような人に見える!? 忠誠は本物よ! そんな脅しなんて!」
「いいや、お前は客だ。この世界のな。俺が本物の戦争とは何か教えてやる。絶望を味わえ。この世界で普通のゲームと同じような方法で戦えば、人間に勝ち目はない」
そうだ、この世界に俺以外にも多くのチート持ちが送られてきたはずだ。それでも平和が訪れないということは、見方を変えねばならない。ここは勇者がレベルを上げれば魔王を倒せる、そんな単純な世界ではない。勝つためにはチートだけではなく、更にプラスα、ありとあらゆることをしなければならないのだ。例えそれが正義から外れていようとも。
「正義も悪もない。あるのは勝者と敗者だ。全員整列!」
ブラックネス・スクワッドはガスマスクをつけた完全装備で整列する。
「全員持ち場に付け。そして合図を確認次第、作戦実行に移る」
「合図とはなんでしょうか?」
「すぐに分かる。行け」
黒の部隊を戦闘配置に付かせる。
「予定では、そろそろ博士の新兵器の稼動実験のはずだが」
博士は本当に新兵器を開発させたらしい。コードネームは――『レールガン』
その名の通り電磁加速装置を使った兵器だろうか?
施設から博士と紅魔族がレールガンを発射し、魔王軍を蹴散らす。そう聞いていたのだ。
その時間をまだかまだかと待っていると……。
「『レールガン』発射!」
コソコソと森の中を隠れている魔王軍目掛け、一筋の大きな閃光が貫いた。
そのレーザー光線は、立ち塞がるもの全てをまるで豆腐のように引き裂いていった。
「アレが新兵器か……。博士にしてはまともなもんを作ったな」
レールガンから発射された光は全てを貫通した。魔王軍たちが隠れている森を文字通り貫いて、一つの道が出来た。ルート上にいたモンスターは勿論、後ろにある山に穴をぽっかりあけた。
「すげえじゃねえか! これなら何でもぶっ殺せる!」
威力に興奮したアルタリアが叫ぶ。
「いいぞ、博士。どんどん撃て! 本当に俺の出番がなくなるかもしれんな」
「え? あり合わせの部品で作ったから、連射は無理かな? 砲塔がめっちゃ熱いし。もっかい撃ったら壊れそう。あとは任せるよ」
なんだと!
さらに博士は追い討ちのように。
「あ、あとね佐藤君。この『レールガン』の充電のせいで、紅魔族の半分は魔力切れだから。あとは君たちで頑張って!」
「なめんな」
やっぱりポンコツ兵器じゃねえか! 感心して損した! それに加え紅魔族の半分が戦闘不能だと? なんてことをしてくれたんだ!
いつになっても次の発射が来ないと気付いた魔王軍は、本当に新兵器が存在するとわかり、むしろ士気が上がっている。死に物狂いで新兵器を破壊しようとこっちに向かってくる。
「やっぱり俺のプランがあってよかったな。博士や紅魔族に任せたらこれで終わってたわ」
「合図を確認しました! こちらブラック・ワン。命令をどうぞ」
愚痴っていると、部下から連絡が入った。
「予定通り作戦を開始する。次の段階になるまで指定の位置で待機だ。マリン、れいれい、準備はいいな!」
「はい! 行きます! 『セイクリッド・クリエイトウォーター』
『カースド・ティンダー』
マリンが大量に水を発生させる。マリンはプリーストだが、水の神を信仰しているためこの魔法が使えるのだ。そのマリンが発生させた水を、高熱で蒸発させていくれいれい。
紅魔の村全体に霧が立ち込める。
「なんとしても! なんとしても! あの研究所を破壊! そして新兵器をも破壊するのだ! ってなんだこの霧は!?」
魔王軍の悪魔が、『レールガン』の射撃跡から飛び出して命がけの特攻を仕掛けてくる。
「はぁ、はぁ、なんなの? これは?」
「ど、どうかしましたか隊長?」
走る最中に、片膝を付く悪魔らしき隊長格。
「効いているな。プリーストであるマリンの出す水は聖水でもある。悪魔やアンデッドに有効なのはアーネスで実証済みだ」
悪魔やレイスたちが弱っているのを確認し、ニヤリと笑う。
「げほっ! げほっ、こんなのに負けるか! 私は悪魔だぞ! 人間如きに! 全員続け!」
魔王軍の構成員が全部悪魔かプリーストならこれで終わりだったが、他の種族もわらわらいる。まだまだ安心できない。
「霧如きに怯むな! 進め! ゲホッ! ゲホッ!」
悪魔は苦しそうだが、鬼やトカゲの怪物たちは気にせずに襲い掛かってくる。
「DPSを用意しろ!」
部下に通信機で命令する。さあここからが本番だ。
「はっ! DPSガス! 設置完了!」
「こちらも設置完了」
全員マスクを装備でボンベを設置していく。
俺の新兵器……博士の見た目だけの欠陥兵器とは違う、地味だが凶悪で効果的な兵器の出番が来たようだ。
「やれ」
デットリーポイズンスライム。
それはスライムの中でも最悪クラスの毒を持つ危険なモンスター。そのスライムの培養に成功し、今度は蒸発させて霧状にする。それをつめたボンベがあの生物兵器。DPSガスだ。
毒の濃度は薄まっており、触れたら即死とまではいかないが、それでも十分すぎる威力を持つ。このガスを長い間吸い込んでいれば、じきにまともに歩く事もできなくなる。
「この世界にジュネーブ条約が無いことを後悔するがいい」
毒ガス兵器が戦場にばら撒かれる。
すぐに効果が出るだろう。
「ううっ? なんだこれは? 体が痺れてくる!」
「ただの霧じゃないぞ! 何かが混じっている! ゴホッゴホッ!」
「おい! 大丈夫か? しっかりしろ! なんてこった! まだ戦ってもないのに!」
「目が……目に染みて前が見えない!」
「こ、これは毒だ!? なんて非道な真似を……!?」
十分すぎるほどの成果だ。あとでDPSガスの研究員には礼を言わねばな。
「各拠点より放火を浴びせろ」
怯んだ魔王軍に一斉に弓矢を浴びせる。変哲もないただの矢だが、毒の霧の中では辛いだろう。
「うっ! 痛い! やべえぞ傷口から毒が!」
「あ、あそこの影に隠れるぞ!」
「続け! 逃げろ!」
慌てて岩に隠れる魔王の兵士だが……。
「……!!」
それは岩じゃなかった。岩に擬態したゴーレムが立ち上がり、敵を踏み潰す。赤い眼を光らせ、魔族を突き刺し死体にしていく。
「ぎゃああ!」
「罠だ! 逃げろ!」
「こ、この程度のゴーレム! 俺の敵じゃ……ダメだ! 毒のせいで体に力が!」
「ぐわああああ!!」
「な、なあ? 俺たちって魔王軍だったよな? 敵の方がよっぽど悪らしい気がする――ゲホッ」
突如正体を現すゴーレムに倒され、敵は足並みが揃わず、バラバラにされていく。
「こ、こうなったら突撃あるのみだ! 秘密の施設を攻撃しろ!! 流石にあそこには毒はないはず」
秘密の施設周辺には毒ガスは撒いてない。風向きを調整して安全になるようにしている。そこを目掛けてくるが。
「隊長! 施設前に侵入者が!」
「問題ない。そこは紅魔族がいる。あいつらに任せとけ。これくらいは働いてもらわねばな」
案の定、突撃したモンスターは紅魔族によって瞬殺されていた。
「馬鹿な! 魔王軍の精鋭である我々が……こんな無様な目に! 危険なのはあの赤い眼の奴らだけじゃなかったのか!?」
「ダメだ……毒のせいで体が動かん!」
「何かがこちらに向かってきます!」
大混乱の戦場に、黒き部隊はようやく動き出す。
「はっ!」
「……なにか来る? ゴーレムか?」
昏倒する魔王軍の目の前に現れたのは、マスクをした黒の小隊だった。何も見えない深い霧の中で……特別仕様の黒いゴーレムを引きつれ、兵士たちは姿を見せる。盗賊、アーチャー、戦士、ゴーレムからなる小隊だ。
「こちらブラック・スリー小隊。敵を発見。このまま拘束する。『バインド』」
アーチャーが周囲を捜索し、盗賊が敵を確認、拘束する。動けなくなった相手をその場で始末する。もし手強い相手がいればゴーレムに戦わせる。戦士はそれでももし苦戦するときに撤退の援護をさせる。これぞ完璧な連携だ。
「こちらエリアG制圧完了」
「こちらエリアM制圧完了」
「エリアM2制圧完了」
「エリアG制圧完了
「エリアD、未だ敵反応あり」
「エリアN2、同じく敵反応あり」
「こちらエリアN、敵の反撃を受けている!」
「エリアS、制圧完了」
各部隊が報告を告げる。
ちなみにエリア名は俺が付けた仮称だ。
多くのグリフォンを撃ち落したといわれるエリアGや、ひゅーこがドラゴンと共に落ちてきたエリアD、体に溜まった余分な魔力を排出する施設があるエリアMなど、紅魔の里を更に細かく分割し、今回の作戦では仮の名で呼んでいる。
「決して無理はするな。まだ交戦中の者は敵を残して撤退しろ。中に誘い込め。霧が晴れれば……紅魔族に始末を任せる」
「こちらエリアN! 敵の攻撃でマスクを壊された! 至急救援を! もとッ――」
一つの小隊の通信からの途絶えた。どうやらやられたようだ。
「アルタリア、救出に向かうぞ? 準備はいいな。決してマスクを外すな。死にたくなければな」
「わかってるさ。ただ殺せばいいんだろ? 少し前が見えにくいが、我慢してやる」
すぐさま救助に向かわねば。マリンとれいれいは霧を発生させているので動けない。俺とアルタリア、そしてゴーレムの三体でエリアNへと向かった。
「よ、よくもこんなことを! こいつら、絶対に殺してやる! はぁはぁ、だけど今は、なんとか……。ここから脱出しないと! 他の仲間はどこ!? みんなどこへ行ったの? 逃げるのよ!」
「た、隊長! もうダメです! 俺を置いて逃げて!」
俺の部下を倒した一人の敵が、一人の鬼を背負いながら足をひきずって歩いている。
「悪魔族か。どおりで毒の効きが悪いわけだ。だが聖水の霧は苦しかろう」
マスク越しに敵の姿を確認し、ゴーレムと共に対峙する。
「お、おのれ! 人間如きが下らない真似を! はぁ、やってくれたわね! 許さない! このツケは!」
「降伏をお勧めする。そうすれば命だけは助けてやろう」
相手の言葉を無視し、マスク越しにただ抑揚の無い声で警告する。
「な、なんだと! この霧は私には辛いけど! それでも人間なんかに後れを……取らない!! 殺してやる!!」
仲間を背負いながらも殺気を向ける悪魔。下半身が毛むくじゃらの女性タイプだ。そしてこの霧の中で動けるとは、それなりの力を持つのだろう。
「もう一度言う。降伏をお勧めする。あいつは俺のように優しくは無い。今すぐ両手を挙げて跪けば……」
「あがっ!」
その場に崩れ落ちる悪魔。胸には大剣が突き刺さっていた。
「……跪けば命だけは助けてやる、つもりだったが遅かったな」
「ひゃっはっは! 手負いの奴を殺すのも楽しいなあ! こっちの死にぞこないも――」
「お、おのえ、お前らこそ……本当の意味で悪魔――」
アルタリアは無慈悲に剣を振り下ろす。二つの獲物を始末した。悪魔とはいってくれる。だが戦場では誰もが悪魔となるのだ。アルタリアは他に獲物がいないか見つけては剣で刺していく。
「こいつらを連れて帰るぞ。目的は仲間の救出だってことを忘れるなよ。ここには毒ガスが撒かれてるんだ。いくら状態耐性の高いお前でも、マスクが取れると死ぬぞ?」
「わかった、わかってるって。続きは毒が無くなってからにするよ」
倒れた黒の小隊を、ゴーレムに担がせ戦場から帰還する。
「こちらブラックネス・リーダー。エリアNの部隊を回収した。他のエリア状況を報告せよ!」
「制圧完了です。ほぼ全てのエリアの敵を無力化しました。生き残ったモンスター達は撤退していくようです」
「よくやった。そのままでいい。追う必要は無い」
終わりだ。毒ガス兵器のおかげで戦闘の雌雄は決した。
「隊長! DPSガスがそろそろ尽きそうです!」
「了承した。だがもう十分だろう。ガスを止めろ! 霧も晴らすぞ。マリン、れいれい、魔法を中止せよ」
「わかりましたわ」「はいマサキ様」
マリンの『クリエイトウォーター』が止まり、水蒸気が消えていく。霧が晴れ、毒ガスも無くなっていく。
霧が晴れたあとにそこに残されたのは、毒を吸い込んでピクピクと弱りきったモンスターだった。
「無駄に殺すなよ。拘束したあとで捕虜にしろ。抵抗が激しいようならその場で始末して構わん!」
毒ガスを浴びて弱りきった魔王の兵士を、止めを刺さずに台車でまとめて運ばせ、牢屋に投げ込んでいく。後で情報をたっぷり聞きだすつもりだ。
死体は邪魔なのでその場で燃やす。
敵がほぼ壊滅したのに比べこちらの損害は軽傷者が少数。圧勝だ。この戦闘結果に満足している。毒ガス兵器は中々使えるな。
「ひ……ひどい。いくらなんでも酷すぎる。仲間と共に力を合わせ、困難を乗り越えて魔王を倒すのが勇者のセオリーでしょ? こんなのもうどっちが悪かわからないわ!」
生き残った魔王軍を処理していると、ずっと黙り込んでいたひゅーこが、わなわなと肩を震わせながら口を開く。
「力は合わせている。俺なりにな。それにいちいち倒すよりもまとめて片付ける方が合理的だ。違うか?」
気にせず答えると。
「こんなやり方でもし魔王様を倒せても! あなたには名誉も何も無いわ!」
「俺が興味あるのは結果だけだ。勝利という結果、それだけだといつも言っているだろう? これが俺のやり方だ魔王に勝ち目など無い。勝つのはこの俺だ。よくわかっただろう?」
「あなたには! いつか! きっとバチが当たるに決まってる」
「そうかもしれないな。その時を待っておくよ」
恐れと軽蔑を含んだ目で睨みつけるひゅーこに、そう言い返した。
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