一部 17話 荒くれのラビッシュさん

「暇だな」


 俺はギルドの待合室で、一人でルールブックを見ながらボードゲームを弄っていた。

 駆け出したばかりの街アクセル、そこでトップクラスの成績を収めるエースパーティー。そのリーダーであるこの俺がどうして暇なのかというと。

 話は少し前にさかのぼる。



 ――ある日、冒険者ギルドにはこんな苦情が寄せられていた。


「最近マサキ一味がこの街周辺のモンスターをほぼ独占している! そのせいで俺達は商売あがったりだ!」


 この俺が思いついた、多数のモンスターを誘い込み一気に片付ける戦法、名づけて『フォーメーションα』で今日も稼ぎまくろうと思ってた矢先だった。

 やっぱり範囲狩りは最高だしな。アルタリアにトレインさせてレイの炸裂魔法で一気に始末する。また今日も討伐クエストの紙を片っ端から剥がしていく。

 適当にまとめて受注しているため、時には書いてあるモンスターを退治しそこねて失敗扱いになり、ペナルティーが発生することもある。あるのだがそんなの莫大な報酬利益に比べれば誤差のようなものなので全く問題ない。

 そんな俺の姿を見て、他の冒険者が文句をつけてきた。


「おいてめえ! マサキ! 少しは遠慮しろ! てめえのせいで辺りのモンスターがガクッと減ってるんだよ!」

「君は何を言ってるんだ? モンスターがいなくなることはいいことだろう? 俺も冒険者として、街の発展のために尽くしてる。それのどこが悪いんだ?」


 怒る冒険者を冷静に諭す。


「あ!? ああ、たしかにな。確かにモンスターが消えるのはいい。いいんだがお前らあまりにやりすぎなんだよ! このままじゃあ俺達の仕事がなくなっちまう! 楽に倒せるモンスターを根こそぎ奪われると困るんだよ!」


 そんな彼らの抗議に。


「悪いな。モンスター退治は早い者勝ちだ。君たちも頑張ってくれ。じゃっ」


 軽く会釈をして、その日もモンスターを狩りまくった。



 ――またある日の事。


「マサキを何とかしてくれ! 頼む! あいつはこの辺りのモンスターを絶滅させる気だ! あれだけいたジャイアントトードも全く見かけない! このままだと冒険者としての仕事がなくなる!」

「マサキの奴、弱いのも強いのも関係なく全部討伐しやがって! あとはもうめんどくさいのとか、ちょっと遠出の奴しか残ってないんだ! このままじゃあ俺達は金がなくて野垂れ死にだ!」


 ギルドの受付に凄む冒険者たち。彼らの言うとおり、俺達のパーティーは大活躍を続けている。このペースで行けば町周辺モンスターは軒並み駆除出来そうだ。


「も、申し訳ありません。あの、ギルドの法律には……受けるクエストの上限とかはありませんので……。とにかくモンスターの駆除が最優先なため。サトー・マサキさんの行為を止める事は出来ないんですよ」


 ギルドの受付も必死でクレームに答えている。だが当然だ。モンスターを倒しすぎて罪になるなんて、そんな馬鹿げた法律があるわけが無い。そんなのがあったら魔王が喜ぶだけだ。

 彼らを無視し、無言で残ったクエストの紙を剥がしていると。


「おいマサキ! 少しは遠慮したらどうだ! お前達が凄いのは認める。認めるよ! だがな、なにもここまでやらなくてもいいじゃないか! 多少は俺達のぶんも残しといてくれ! やりすぎなんだよ!」


「そうだぞ! お前達の活躍のせいで! 弱い冒険者はみんなやることがなくなって廃業寸前だぞ! 弱い奴らだけじゃない! 俺のようなベテランでも正直きついんだよ! だから!」


 職を奪われそうになる冒険者がまたしてもつっかかってきた。


「なにも金を稼ぐのに冒険者に拘る必要は無いぞ? 他にも道はある。街の外壁を見てみろ。完成するのはまだまだ先だ。土木工事なら有り余ってる。そっちに行けばいいだろ? まぁ頑張りたまえ」


 彼らに転職のアドバイスをし、またしても俺は狩りへと向かった。


 


 ――そのまたある日。今日も残ったモンスター討伐クエストの紙を剥がしていると。


「ゴホン。あ、あの……冒険者サトー・マサキさん? あなたの活躍は目を見張るものがあるですが、少し自重してくれると助かるのですが……。あなた方がモンスターを倒しすぎるせいで、この街の他の冒険者の不満が爆発寸前なのですよ」

「モンスターを倒せばこの街もより発展する。この街が大きくなればまた新しい脅威も増えるでしょう。そうなれば俺達だけでは対処しきれなくなります。その時にはまた彼らも忙しくなるでしょうよ」


 困った顔でお願いする受付のお姉さんにそう言い返す。

 そのそも俺達だけでこの街のモンスターをほぼ独占できているのは、この街自身が小さいという理由もある。正直今の段階では街というよりは村だ。この街アクセルが大きくなればもっと冒険者の数が必要になる。近くの森にはまだまだモンスターが隠れているはずだ。そうなれば彼らにもその内仕事が回ってくるだろう。そう、こっちを睨みつけてくる、面白くなさそうな顔で朝から酒を飲んでいる冒険者達にもだ。

 そう先の事を考えてまた今日も狩りに出ようととすると。


「お願いです、サトー・マサキさん。他の冒険者のことも考えてください! 今やギルドは半壊状態にあります! 原因はあなたです! あなたたちがクエストをほぼ独占しているから、町の冒険者が困っています! 結果冒険者のなり手がどんどんいなくなっているんですよ! ただでさえ収入が不安定な冒険者が、あなたのせいで雀の涙くらいしか稼げないんです! もし今魔王軍からの攻撃でもあれば、私たちは一たまりもありません! ですから!」


「いや、俺は別に悪い思いしてないし、悪いこともしてないし、しらね」


 そう言い切ってクエストへ出発した。



 ――こんなことを続けていると……


「冒険者サトー・マサキとそのパーティに告げます! ペナルティーとしてあなた方は当分! クエスト受注禁止です!」


 ついに痺れを切らしたギルドが俺達にそう告げてきた。


「なんだと! これは横暴だ! モンスターを退治して何が悪いんだ! ふざけるな! ペナルティーだと!? 俺達が何をしたというんだ! 言ってみろ!」


 俺は激怒してギルド職員に言い返すが。


「新しいギルドの法律が制定されました。それによれば、ギルドの和を乱す冒険者には罰を与えると。例えばみんなで倒すはずのモンスター達を誰かが独占したり。そういった行為は禁止事項です。ですからサトー・マサキさん、あなたたちには当分謹慎をお願いします」

「んだとコラあ! この程度でケチケチすんじゃねえよ! 俺はな! 確かにトレインやって狩場を独占したがな! ただそれだけじゃねえか! 俺の国ではな! こんなのまだまだ序の口なんだよ! 本来ならこの先があってな! 他人が狩ろうとしたモンスターをとどめだけ掻っ攫う横殴りとかな! また引き連れたモンスターに邪魔なプレイヤーを襲わせたりとかな! それらは我慢してやってるのになんて言い草だ!」

「うわあ……」


 かってネトゲでやっていた迷惑行為を説明して逆ギレする。そんな俺の発言にドン引きするその場のギルド職員、そして冒険者達。



「やべえよあいつ」

「やっぱ狂ってるよ」


 ヒソヒソと俺の悪口を言う冒険者達。


「とにかくここしばらくの間! あなた方はクエストを受けることが出来ません! 報酬も発生しません! いいですね!」

「そんな! 勘弁してくれよ! このままじゃあ金がなくて死んじまうよ……」


 そうギルド職員に頼み込むが。


「サトー・マサキさん? あんたはさあ、ここ最近滅茶苦茶モンスターを狩りまくってたじゃん? ぶっちゃけ当分は何もしなくても暮らせるだけの金持ってるの知ってるんですよ? 大人しく引きこもってくださいよ」

「ぐっ」


 男の方のギルド職員にバラされそのお願いは失敗に終わった。



「消えろ! 消えろ!」

「やめろ! やめろ!」


 ギルドでは俺に対する大ブーイングの嵐。


「ってめえら! 覚えとけよ! この借りは高くつくからな! いつか絶対に返してやる! この俺を怒らせたことを後悔させてやる! わかったな!」


 俺はそう捨て台詞をはいて、仕方なく引き下がることにした。




 と、いうわけで俺は冒険者としての仕事が一切出来ない。だから暇なのだ。


「くそったれがめ。クズザコ冒険者共が! そもそも特定のモンスターだけ狩るってのが非合理的なんだよ。目に付く奴はまとめて狩ったほうがいいに決まってる! なにがギルドだ。なにがクエスト制度だ! 古臭い風習に縛られやがって!」


 愚痴りながら一人ボードゲームを動かす。



「そもそもだぞ! 奴らは俺に町の問題児ばかり押し付けやがって! それにな、あいつらは確かに色々と難がある! あるけど使いようによっては役に立つんだ! そのチャンスを手放したのはこの町の冒険者のカス共のほうだ! 見事使いこなして何が悪い!」


 俺は愚痴りながら、酒場の隅っこで所在無さそうにル-ルブックをめくっている。

 ちなみに他の仲間はどうしたかというと……。


「ああ、私には見えます! 見えますとも! アクア様がこのアクセルに舞い降りた後! 温泉に浸かって風呂上りに牛乳の飲んでいる姿が! そう! 即ち! このアクセルには温泉が出るはずです! アクア様が降臨なさる前に! 早く源泉を掘り当てなくては! レイさん! 炸裂魔法で温泉掘削の手伝いを!」


 マリンはまた何か電波を受信したのか、そんな事を叫びだし、つるはしを持ち出してレイを誘った。


「気乗りしませんね……。本当に出る保障はないですし」


 最初は難儀を示していたレイだったが。


「待ってくださいマリン。温泉がもし出れば、混浴もありですか?」

「うーん……私の故郷アルカンレティアでは混浴はありますね」

「そうですか! 是非やりましょう! 温泉を掘り当てましょう! もし見つからなくても大丈夫! 無いなら作ればいい! マサキ様! 終わったら混浴しましょうね!」 


 そういって二人は元気に駆け出して言った。誰が混浴なんてするか。

 そしてアルタリアの方は。


「私ってさあ! 一日最低一回はなにか殺さないとおかしくなるんだよ! だからなんとしても狩ってやる! じゃあな!」


 と物騒な言葉を言い残してどこかへ走り去っていった。

 だから今俺は一人だ。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「にしてもこのボードゲーム、ルールが滅茶苦茶だな。テレポートで盤外に逃げるとか。あとエクスプロージョンってなんだよ。盤をひっくり返すとか禁止にしとけよ」


 ルールに文句を言いながら一人遊びで暇つぶしをしていると。


「こんにちは! じゃない! このラビッシュ様が来てやったです……ぜ!」


 大声がしたので振り向くと、ギルドの扉から戦士の服装をした、金髪の女性が入ってきた。ちなみに開けたドアはきちんと自分で閉めていた。二人の取り巻きをつれている。


「最近面白い奴がいるらしいな! 名前はサトー・マサキ! 噂じゃクエストを独り占めしたとか! この町一番の不良冒険者であるこのラビッシュ様の前でよくもそんな事をやったな! いい度胸で……だぜ!」


 自称この町一番の不良冒険者は叫ぶ。


「サトー・マサキさん! じゃなかった! マサキって奴はどこだ! 教えてくれ」


 どうやら俺の事を探しているようだ。


「どうもありがとうございました。で、あんたか! この私の町で色々やってくれてるのは! 聞かせてもらうからな! いいな!」 


 ギルドにいる冒険者に俺の事を尋ね、その人にわざわざお礼を言った後、俺の目の前に静かに座った。


「はあ。俺ですけど」


 不信極まりない戦士風の装備をした女を見て、俺は嫌そうな顔で答えた。なんなんだこいつ? さっきから悪ぶってるけど、ドアをちゃんと閉めなおしたり、教えてくれた人に敬語でお礼を言ったり、座り方も普通に行儀よくて困惑する。言動と行動が一致して無さ過ぎる。口こそ悪いが行動は真面目な優等生みたいだ。

 なんだ俺? 試されてるのか? ドッキリ的なものか?


「おいギルドの! いつものアレだ! アレ持って来い! ついでにこいつにもくれてやってくれ!」


 荒れくれ? の女性がギルドの職員に叫ぶ。すると手元にはミルクが運ばれてきた。


「どうだ? まぁこの私のおごりだ! まさか飲めないとはいわないよな! だよね!」

「…………あ、はぁ」 


 目の前にあるミルクを見つめる。うんミルクだな。おかしいな? 普通こういうときってお酒じゃないのか? 何でミルクをおごられないといけないんだ? この女は一体何がしたいんだ?

 仕方なく注がれたジョッキで飲む。うん、ミルクだ。よく冷えたミルクだ。ただのミルクだな。


「プハー! であんたがサトー・マサキで間違いないな? この俺、……俺様? いや私でいいかな? 私はラビッシュ! この町では知らないものはいない要注意冒険者さ!」


 一人称も定まっていない謎の女はラビッシュと名乗った。そんな彼女に俺は。


「ラビッシュさん? ずっと思ってたんですが、左肩のところ、外れてますよ?」

 彼女の鎧の肩当がズレていた。一目あったときからずっと気になっていたのでそれを指摘した。


「え? ああ、ご親切にどうも」


 そういって肩当を直すラビッシュは、ハッと気付き。


「あ! 違う! これはあえてやってやってるんだよ! ええっとアレだって! 着くずしってやつだ! どうだ! 悪っぽいだろう」


 せっかく直した肩当をもう一度ズラし直して自慢げに威張るラビッシュ。

 本当になんなんだこいつは? つっこんだら負けなのか? アレか? どっかの箱入り娘か何かの反抗期か? 


「そうですともラビッシュ様! あなたは悪党です!」 

「可憐な着くずしでした!」


 ラビッシュについてきた二人が彼女を褒め称える。一人は騎士っぽい男で、もう一人は魔法使いっぽい女だ。何か理由があるのか、それぞれ顔を隠している。

「やっぱり? やっぱ私ってワルの冒険者だよな! そうだよな! この服の着方で間違ってないよな?」


 ずれた肩当をさすりながら不安げに答えるラビッシュ。だから何なんだこの茶番は。


「ふああーぁ。で、俺に何か用?」


 アホらしくなって欠伸をしながら目の前のファッション悪党に尋ねた。


「え? ええ……、ええっと、そうだ! お前マサキだな! マサキという名の冒険者が、この町で色々と悪事をしてると聞いてだな。この町でよくも! じゃない! この町一の大悪党であるこの私を差し置いてよくもやってくれたな! うん、うんっと! 調子に乗るな! そうだ! 調子に乗るなよ!」


 色々と台詞を噛みながら俺にケンカを売ってくるラビッシュ。いや、これはケンカを売ってるのか? こんなチグハグな有様じゃあ腹を立てようが無いぞ。


「あのさあ、結局お前は何がしたいんだ?」


 俺は困った顔でラビッシュに聞く。すると向こうも困った顔をする。俺に話しかけた後のことを何も考えてなかったのかだろうか。お互いに沈黙している、その時。



「このクソ女! 勝手に俺たちのパーティーに紛れ込んでんじゃねえ!」

「アルタリア! てめえはクエスト禁止だって言われてただろ!」


 アルタリアが他の冒険者に捕まって、ギルドへと連行されていた。


「違う! 私はアルタリアじゃねえよ! 名前はダグネスだ! ダグネスって言うんだよ! 初めまして!」

「どう見てもアルタリアじゃねえか! っていうか少しは変装くらいしろよ!」


 友人ダグネス嬢の名前を騙るアルタリア。だが服装はいつものアルタリアだ。正体を隠す努力が全く見当たらない。


「いいだろ! 少しくらいよう! 一日一殺しないと気分が落ち着かないんだよ!」

「知ったことか! っていうかすでに散々暴れたあとじゃねえか! 大物を4匹も掠め取りやがって! ギルドで大人しくしてろ! おいマサキ!」


 激怒している他の冒険者達が俺の名を呼ぶ。


「どこに行ったのかと思ったら……。何やってんだよお前」


 仕方なくアルタリアを引き取りに向かう。


「だから私はダグネスだって! アルタリアじゃねえって。なあ聞いてくれよ! 5匹目を殺そうとしたところをこいつらに止められてよお」

「謹慎中なのになにやってんだよ。俺の罪が増えたらどうする。なにがダグネスだ。勝手に人様の名前を使うなよ。しかも大貴族の」


 アルタリアに説教すると。


「マサキ! お前の差し金か? よくもこんな真似を」

「なわけねえだろ! このドS女を完全に制御できるわけねえだろ! こいつが勝手にやったんだよ!」


 俺は冒険者に反論する。


「チッ! 次はゆるさねえからな! 二度目はねえぞ! ちゃんと見張ってろよ! 仲間をほったらかして女と遊んでるとはいい度胸だな!? ってラビッシュさん?」


 冒険者は俺に悪態を付いたが、ラビッシュの姿を見て驚愕する。


「お、ちょっと……? ラビッシュさん? あんたなにやってんです? こんな男と関わらない方がいいですよ? こいつはここ最近悪名を轟かせてるマサキっていう名の要注意人物で……」

 ラビッシュの姿を見て急にかしこまる冒険者。なんだ? この金髪姉ちゃん、思ったよりずっと有名人なのか?


「そうだ! 知ってる。だから用があって来たんだよ! 同じ悪い冒険者同士で、話がしたかったんだ! なにかおかしなことがある?」

「い、いえ……」


 たじたじになる冒険者。この態度の代わりようははどういうことだろう。ラビッシュ……本当にこの町の大悪党なのか? 


「だって私は悪いからな! 悪い子だからな! さっきだって飲み終わったポーションのビンを! ゴミ箱に捨てずに横に置いといてやったぜ! どうだワルだろう?」

「は、はぁ……」


 いや、それはないな。やっぱりこいつはただの悪人ごっこだな。っていうかポイ捨てはしないのか?

 そんな彼女をお構い無しに。


「ああそうだマサキ。結構体力が減ってよう。体力回復のポーションか何か持ってねえか? もってたらくれよ」

「あるぞ。ほい」


 アルタリアが聞いてきたのでポーションを渡した。アルタリアはHPの上限が低いため安物でもすぐ満タンになる。


「ぷはー、生き返ったぜ! ありがとよマサキ!」


 ポーションを取ってがぶ飲みしたあと、その辺にほおり捨てるアルタリア。割れたビンの破片が散らばろうがお構い無しだ。


「ちょっと君! じゃなくてお前! なんてことをするんだ! こんなことをしたら掃除の人に迷惑じゃないか!」

「んだよ。掃除するのが仕事なんだからそいつらにやらせればいいだろ?」


 そのアルタリアの所業に抗議する自称大悪党。一方自分が悪いことをしたとも思っていないアルタリア。

「うん、アルタリア。お前がナンバーワンだ」


 アルタリアの肩を叩いて告げた。やっぱり荒れくれってのはこうだな。


「あ? ありがとよ。で、私なにかやったか?」

「いや、本物と偽者の違いがわかっただけさ」


 不良の態度をみて満足してみると。


「おいそこの女の冒険者! よくもみんなが使うギルドでポイ捨てなんかしたな! このラビッシュ様がいる限りそんな真似はさせないぞ! こっちを向け!」


 さっきまでのワルごっこはどこに行ったのか、急に正義感溢れた口調で注意するラビッシュ。っていうかこっちが素なんだろう。無理して悪ぶってたのは誰にでもわかる。


「んあ?」

「どこのどいつだ? この町でこんな真似をするのは! ってあんたは! アレクセイ家の?」


 アルタリアが振り向くと、ラビッシュは驚いて後ずさった。


「んだよ? 決闘なら受けて立つぜ? って、ん?」


 アルタリアはウキウキで剣に手をかけるが、ふとなにかに気付いたようでラビッシュの顔をじっと見つめた。


「なあ、あんた。どっかで私と会った事ないか?」

「……え!? なんのことかな? は、は……初めまして、アレクセイ・バーネス・アルタリア。私はラビッシュっていうんだ。そ、その、よろしく」


 汗をダラダラ流しながら、アルタリアから距離を取って心細く告げる。


「うーん、どこだっけなあ? どっかで見たことがあるんだよなあ。お前の顔」


 アルタリアのほうも、戦いより疑問が勝ったようで、ジロジロとラビッシュの方を見ている。


「いえ! 初めてですって! こうやってお会いするのは! そうでしょ? 私はラビッシュです」


 このラビッシュという女、やはり、っていうかどう考えても何かあるな。そもそも聞いてもいないのにアルタリアのフルネームを言い当てたぞ。この町でアルタリアが貴族だということを知っている人間なんていない。それに普段の彼女の様子から、言われても信じる人間などいるわけがない。実際に屋敷に向かった俺達を除けば。

 それ以外で彼女の正体をしっているとするなら、たとえばあのダグネス嬢のように、同じ貴族の人間とかしか……。





「なあ、ラビッシュ? とかいうの? あんたってひょっとしてどっかの……」

「ああ待て! ちょっとお前来い!」


 俺がラビッシュの正体を探ろうとしていると、その取り巻き二人にストップをかけられた。


「なんだお前ら。揉め事なら喜んで買うのがうちの仲間にいるぞ?」

「いいから、いいからちょっと来て下さい!」


 そういってギルドの外に連れ出される。


「俺とやる気か? 俺に手を出すのはいいが、そうすればレイやアルタリアが黙っちゃいねえぞ。それを理解しているのか?」


 そう脅していると。


「そうじゃない。お前には少し黙ってもらう。コレでな」


 騎士っぽい男が懐から何か取り出す。なるほど、ガバガバとはいえ仮にも悪党を名乗るだけの事はある。危険なのはあの天然ボケ女じゃなく、取り巻きの方だったか。

 実力行使で来るか。レイとアルタリアの名前を出しても引かないとなると、中々のやり手かも知れない。  

 俺も警戒し、懐のナイフに手を置くと……。


「お願いします! これを差し上げますんで! お願いですからあの方に話を合わせて置いてください!」


 騎士っぽい男が取り出したのは数枚の金貨だった。


「そう! お願いよ! ラビッシュ様はちょっとわけがあってあんな事をしてるの! お願いだから彼女を悪人扱いしてあげて!」


 魔法使いのほうも必死で俺に懇願してきた。


「はぁ……」


 拍子抜けだ。俺はナイフから手を離し、スキルを唱えるのもやめた。


「別に金には困ってないんだけどな。知ってるだろ? 俺は最近かなり活躍してたんだ。まぁそのせいで干されてるんだけどな」

「そこをなんとか! 少しラビッシュ様とお話しするだけで、この金貨が手に入るなら悪い話じゃないでしょ?」

「そうよ! ちょっとした人助けだと思って! こんなわりのいいバイトはないのよ!」


 二人の取り巻きはなおも必死で俺に頼み込んできた。

 なんとなく事情が掴めてきたぞ。あのラビッシュとかいう金髪の女はどっかの貴族か何かのお嬢様で、悪い冒険者に憧れてて、それを叶えるためにこの二人が護衛としてついているのか。どおりでこの二人、辺境の田舎の町には相応しくない豪華な装備をしているわけだ。

 アルタリアも下級とはいえ一応貴族の端くれだし、どこかの会合で顔を合わせたに違いない。ラビッシュは正体がバレるのを恐れてあんな怯えていたのか。


「まぁいいか。じゃあ乗っかってやるよ。こっちに損はないしな。暇だったし」

「それは助かります! 噂では大貴族が相手でも襲い掛かる無法者と聞いていたのに。よかったよかった」

「ラビッシュ様も本物の外道冒険者と話したとなれば満足するでしょうし!」


 少し引っかかる言葉があったが、彼らの願いを聞いてやることにした。金も貰ったことだし。それに相手は間違いなくそこそこの一族だろう。恩を売っておいて悪い気はない。


「じゃあラビッシュお嬢様のところに戻るか」

「ちょっとマサキさん、お願いですからお嬢様と呼ぶのは止めて下さいね?」

「このやり取りがバレてしまったら意味無いんですからね!」


 そう注意されながらもギルドの中に戻った。

 貴族に借りを作るのはいいことだし、少しくらい付き合ってやってもいいじゃないか。打算を考えながら、お嬢様の悪党ごっこに付き合ってやることに決めた。


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