一部 25話 悪い魔法使いVS悪い冒険者

 前回のあらすじ。ダンジョンを普通に攻略するのがめんどくさくなった俺は、街の人間を集めて水を注ぎ込むことにした。すると激怒したダンジョンマスター・キールが激怒して飛び出してきた。そんな感じ。



『カースド・フリーズ』


 キールは出てくるや否やすぐに水を凍らせ、これ以上のダンジョンへの浸水を防いだ。


「強化したとはいえただの初級魔法で水をせき止めるとは。中々やるな」


 そんな彼の実力に敵とはいえ感心していると、その悪い魔法使いはやがて首を小刻みにプルプルと震えだし。


「おおおおお前達! 冒険者としての誇りはないのか! 私は悪い魔法使いキール! 貴族令嬢を攫った悪人だぞ! それをお前らときたら! もし姫が攫われたら! 城ごと破壊するのか!? 人質の命はどうでもいいのか? それでいいのかお前らは!?」


 ダンジョンマスター・キールは相当のお怒りのようで、そんな真っ当なことを言ってきた。


「アクセルのクエストには、キールの撃破しか書かれていない。つまり令嬢の生死は問題ではない」 

「「「うわあ」」」


 きっぱりと俺が答えると、その場にいたキールを含める全員がドン引きした。



「もうどっちが悪人かわかんねえよな。俺もあのダンジョンマスターに同情するよ」

「俺もダンジョンに何度も挑戦したことはあるがなあ、マサキのやり方は邪道とかそういうレベルじゃない。ダンジョンの存在意義がなくなる!」

「まとも冒険者なら一階ずつ攻略していくもんだ。最初からマサキには反対だった!」


 街の他の冒険者どもまでキールに同調し、俺の事を軽蔑した目で見てくる。

 こいつらめ!

 元々街での俺の評判が最低なのは知っていた。だがここまでとは。カツアゲしたのをまだ恨んでるのか? 楽そうな狩り場を見つけ出しては壊滅させたことか? だが全ては街の発展のためなのだ。他の冒険者の獲物を横取りして裏で売りさばいたことは発覚していないはず……。これはバレたら殺されるな。

 これからは街の冒険者たちにもっと優しくしよう。それは後にして、今はのこのこ出てきたダンジョンマスターを倒す絶好の機会だ。街の注意を俺ではなく敵に戻さないと。


「ていうかそもそもだな! 貴様が女を攫ったのは結構前の話だろ? まだ生きてるのかそいつは!? 言ってみろ!!」


 言われっぱなしなのもしゃくなので反論すると。


「……少し前にあの世へと向かったが。おっと、言っておくが寿命だからな! 私が殺したわけじゃない! そこまでの悪党ではないぞ」


 どうやらキールの攫った令嬢はもうこの世にはいないようだ。


「死因なんてどうでもいい。人質はもういないんだろ? だったら遠慮なくダンジョンを破壊させてもらおう。キール! 黙ってここから去るのなら見逃してやろう! 女もくたばったならここに固執する意味はあるまい!」


 そうならキールに立ち退きを要請するが。


「正々堂々と私の住むダンジョンの奥までたどり着ければ! そして私を倒せるなら! お望みどおり消え去ってやる! だがこんなやり方は許せん!」

「ふざけんな! 正々堂々だと!?  あんな難易度めちゃくちゃなダンジョンクリアできるわけないだろ! 舐めんな! ゲームバランス考えろ!!」


 あんなクソダンジョン攻略できるか! なんで上級モンスターがしょっぱなの地下一階にいるんだよ! キレて反論する。


「おおおおお前! 私は一人で国を敵に回したんだぞ!! 騎士団が踏み込んで来たこともあった! なんとか追い返したがな! アレくらいの備えはあって当然だろ?」


 キールも負けじと論戦するが。


「そんなの知るか! 今はもう狙われてないだろうが! 難易度も下げとけよ! 普通の冒険者の気持ちも考えろ! もういい! これは最後の警告だ! このダンジョンから大人しく立ち去れ! さもなくばこの先も毎日のように水を注ぎ込んでやるからな!!」

「なんだって! そんな暴挙を許してたまるか! 私とあの人の思い出が詰ったこのダンジョンからは! 絶対に出ないぞ!」 


 俺とキールの話し合いはここまでのようだ。


「どうやら戦いは避けられないようだな。レイ! やれ!!」

「はいマサキ様。『炸裂魔法!!』」


 川から引いた水以外にも、キールの頭上に貯水タンクを設置しておいたのだ。貯水タンクをレイが破壊し、上から水がキールに降り注ぐ。


「うわあっ!! なんだ!?」


 キールの注意がそれた今!


「全員指示通りに動け! ベルディアが来るまで時間を稼ぐんだ! 網を投げつけろ! 動きを封じろ!!」


 急な水で怯んだ隙に漁業用の網をいっせいに投げつけ、キールの動きを止める。その合間に。


「マリン!」

「エリス教徒のみなさん、出番です! 準備はいいですね!? せーので行きますよ! 『ターンアンデッド!』」

『『『ターンアンデッド』』』


 この街中から集めたプリースト、一人以外はエリス教徒だが、彼らが前線に飛び出す。そしてマリンの合図と共にいっせいに浄化魔法を浴びさせた。


「ぐおおおおおおー!! 熱っ! 熱っ! おいやめ! ひああああ!!」


 浄化魔法の集中攻撃を受け、悲鳴を上げるキール。 


「やったか!?」


 効果は抜群のようだ。苦しむキールを見て、俺はつい敗北フラグを口にしてしまう。


「はぁ、はぁ、こんな卑劣な相手は生まれて初めてだ……。私が言うのもなんだが、お前達、なんて悪い冒険者なんだ……」


 キールは体から黒い煙を噴き出しながらも、立ち上がりこっちを睨みつけてくる。


「おいマリン! どうなんだ!?」

「ぐっ! もし私がアクア様ほどの力があれば、相手がたとえリッチーでも浄化できたと思うんですが……。それに上位魔法の『セイクリッド・ターンアンデッド』はまだ覚えていません……。近接格闘にスキルを振りすぎましたか……」


 マリンが悔しそうに答える。

 リッチーと化したキールに浄化魔法は通用しなかった。街中のプリーストを集めて一斉放火はいい手段だと思ったんだがなあ。アンデッドの王というのは誇張では無いようだ。



「さすがはかって王国を轟かせた、稀代の天才キール。よくたえたな。だが戦いはこれからだ! プリースト隊は下がれ! レイ! 凍らされた水を破壊しろ! 再度動きを封じるぞ!」

「わかりました! 二度目の炸裂魔法!!」

「どわっ!」


 キールに凍らされ、蓋となっていた氷をレイがふっ飛ばしたことで、再度ダンジョンの中への水攻めが再開される。


「お前達!? 何度も言うけど! 冒険者としての誇りはないのか? こんなやり方で勝って嬉しいか? 本当に良心とかないのか?」


 キールは必死で水を止めに戻りながら、再度冒険者達に語りかける。


「奴の妄言に惑わされるな! 相手は悪名高い魔法使い! 口ではまともそうなことを言っても! 本性は国家に逆らった反逆者だ! 容赦などするな! どんな手を使ってでも排除しろ!」


 キールの正論に大声で言い返した。


「反逆者キールよ! いくらダンジョンの入り口を封鎖しても無駄だぞ! 他の場所から穴を掘ってでもダンジョンを浸水させてやる! どうしても水攻めを止めたければ、この水源まで来るんだな!」

「この冒険者のクズどもめ! 流石の私も怒ったぞ!」


 激怒したキールがこっちに向かってくる。そう、水源である川目掛けて歩き出す。

 狙い通りだ。そのままこっちに来い。お前を倒す手段はなにも『ターンアンデッド』の集中砲火だけではないぞ?

 戦うのを少し躊躇していた冒険者も、リッチーが迫ってくるならばやるしかない。キールが思ったより常識人だったことには驚いたが、これで大体作戦通り進んでいる。


「冒険者の野郎ども! 全員準備はいいな!」 


 あらかじめ構築しておいたトーチカに潜んでいる冒険者たち。この戦いのために外壁を作っていた工事現場の作業員を動員し、ダンジョンの外に穴を掘り隠れている。


 そこから。

「撃てー!! ファイア!!」

『ファイアーボール』

『ライトニング』

『ブレード・オブ・ウインド』


 俺の号令と共に遠距離攻撃の魔法がキール目掛けて降り注ぐ。飛んでいくのは魔法だけではない。潜ませておいた弓兵も次々と矢を発射する。トーチカには小さな窓が開いており、そこから弓や魔法を放っている。



「ぐうう……おのれ! よくもやってくれたものだ。『カースド・ライトニング』」


 黒い稲妻が俺達の陣地目掛けて降り注ぐ。凄まじい威力なのは間違いない。

 だが。


「中々の魔力だ。だがこの頑丈なトーチカを破壊するまでではいかないようだな」


 俺はニヤリと笑った。作業員に作らせたトーチカは超頑丈の特別製だ。わざわざ外壁用に集められた煉瓦を奪っただけの事はある。多少の魔法を受けようと倒れはしない。


「いたっ! 痛いぞ! 貴様らよくも!! 『カースド・ライトニング』『カースド・ライトニング』『カースド・ライトニング』」


 キールは執拗に上級魔法を繰り返し、トーチカを破壊するが。


「くっくっく、トーチカは一個だけじゃない。腐るほどあるぞ! 一つを破壊するのにそれだけの魔力を使って大丈夫かな? さぁ攻撃を続けろ!!」


 トーチカはキールの侵入を拒むため、あらゆる場所にあらゆる角度で設置されている。一つや二つ壊された所で大した問題はない。ちなみにトーチカの内部には地下通路があるから壊されてもそこから逃げられるはずだ。多分。


「はぁ、はぁ、この卑劣な外道共め……『カースド・ライトニング』」


 次々と降り注ぐ矢や遠距離魔法が効いたのか、壊しても壊しても他の場所から攻撃が再開されることに困惑したのか、キールは段々と魔法による反撃の間隔が長くなっていく。いくら無限ともいえる魔力をもつリッチーにも、疲れが見えてきたようだ。これはチャンスだ!


「今こそ突撃のときだ! 全軍砲火一時停止!! 接近部隊! 俺に続けええ!!!」


 俺は剣を振り上げ、隠れていた戦士たちと一緒にキール目掛けて飛び出した。


「待ってたぜ! この時をよおおおお!!!!!」


 アルタリアがはしゃいで大剣をブンブン振り回す。


「あぶねえぞアルタリア! 当たるだろ! ふざけんなよ!」


 注意するのは二刀流の剣士、コーディ。彼はこの町で一番の剣士であり、報酬ナンバーワンの座を俺達のパーティーと競い合っている。最近の俺は闇のお仕事に夢中なため、トップはくれてやってるが。



「な!? 今までの戦いぶりから、てっきり貴様は安全な後方に隠れているものだと思っていたが、少しの勇気はあるようだな! いいだろう! この悪い魔法使い、キールが相手してやる!」


 どうやらキールは俺が突撃を仕掛けたことに驚いているようだ。俺の行動からそう思うのも無理は無い。キールはすぐさま魔力を俺に狙いを定め――


『カースド――』

「『マジックキャンセラ』ー!」


 俺は被せるように魔法封じのスクロールをさっと広げた。キールの手からは何も出なかった。カースド・のところで切れたので本来どんな魔法が出る予定だったのかもわからなかった。


「えっ!?」


 驚きの声をあげて呆然とするキール。


「今だ! 奴は魔法が使えない! 徹底的に斬り付けろ! 脚を狙え! 動けなくしろ! あと喉もだ! 魔法を唱えなくしてやれ! この汚い口を塞げ!」


 キールは俺がスクロールを使い、魔法を封じてくるとは思いもしなかったようで、大きな隙を見せた。そこに駆け込んでいく戦士部隊。


「オラアアア!!!」

「うりゃうりゃああああ!」

「死ねええええええ!!!」


 気付けばキールは某黒ひげのおもちゃのように体中を刃物で突き刺されていた。元々アンデッドのため体は綺麗ではなかったが、さらにボロクズのようになっていくキール。


「どこまでも……どこまでも汚い手を! 絶対に許すわけにはいかん! 『カースド――』」

「『マジックキャンセラ』ー!」


 同じ方法でキールの魔法をまたしても消し去った。唖然とただ戦士集団にリンチされているキール。


「おい! そろそろ退却するぞ! もう十分だ! 逃げるぞ!」


 俺は叫んで戦士部隊に撤退命令を出すが。


「なんでだよマサキ! まだこいつは殺しきれてねえぞ? これからが楽しいところだろ?」


 文句を言うのは俺のおなじみバーサーカーアルタリアだ。


「うるせえ! スクロールが切れそうなんだよ!! 急げ! こいつから離れるぞ! また次を待て!」


 彼女を怒鳴りつけながら戦士たちと共に撤退する。


「お前達……逃がすものか……! おのれ!」

「砲火を再開しろ! 弓でも魔法でもなんでも食らわせろ! 再度撃て!!」


 反撃しようとしたところをまた遠距離魔法を浴びせられ、無残にボロボロになるキール。


「うわあああああ!! こんな! こんなのアリか? 卑怯とかそういうレベルじゃないぞ? おい! やめろ! やめてくれ! おい!」


 アクセルの目の上のたんこぶだったダンジョンのマスターは、ついに弱音を吐き出した。


「言ったはずだ。黙ってここから去るなら見逃してやると。今更嘆いても遅いわ! バーカ!」


 そうはき捨てて俺はトーチカの中に隠れた。



「マサキの作戦は人として大事なものをいくつも失っている気がしますが……でもいけるかもしれませんね。私たちだけでアンデッドの王、リッチーを倒すことが!」


 マリンが少し余計なことを加えつつもそう言った。


「合理的な手段をとっただけだ。戦争に卑怯も何も無い。むしろ誇らしいことだ。勝利の結果さえあればいい」


 自分の戦闘方法が上手くいってほくそ笑む。

 穴の中に隠れる冒険者達が、安全なトーチカの中から遠距離で攻撃する。そして隙あれば突撃し、ヒットアンドアウェイを繰り返す。これは現代の戦争で言うとなんだろうか? いわゆる塹壕戦に近いと思う。


「はっはっは! これはもう余裕だな! 見ろよあのキールの無残な姿を! ベルディアにはすぐにこっちに向かうように伝令を送っといたが、俺達だけでも勝てちゃうんじゃね? フハハハハ!」

「さすがはマサキ様! 今回はいつもにもましてより悪魔的で外道で天才的ですね!」


 レイも俺の構築した塹壕戦を褒め称える。


「そうだろそうだろ? これがこの俺、サトー・マサキ様に歯向かった者の末路だ! 相手がリッチーだろうが魔王だろうが粉砕してやるわ!! もうほぼ勝っただろ? あとはこいつに懸かった懸賞金でパーッと遊ぼうぜ? そもそもダンジョンマスターがのこのこ地上に出てきたのが間違いなんだよ。しかもなんの対策も無しでよ。俺ならまず偵察を送るね。それか一度ダンジョンから離れたところでしばらく様子を見る。ホントバカだなあいつ。もう俺の勝利は100%揺ぎ無いな」


 キールはありとあらゆる魔法攻撃に曝された上、矢や刃物で体中をズタズタに切り裂かれ、もはや形が残るのは骨のみと言った無残な状態になっていた。そんな弱ったリッチーをみて俺は上機嫌で大笑いしていた。

 後にして思えばこれがいけなかったのかもしれない。俺は勝利を確信し、完全に油断した上、死亡フラグも敗北フラグも惜しげもなく言い放ってしまった。



「もう容赦はせん! 私を本気にさせたようだな! これは最後の切り札だ! 本来なら人に向けて使いたくは無かったが……」


 ボロボロになりながらも、キールはなんとか立ち上がり、大声でなにか叫んでいた。


「はったりだぜ! 奴はもうボロボロだ! 何かできるならとっくにやってる!」


 アルタリアが馬鹿にしたような声で言い返す。


「私が……この私が、なぜ国一番のアークウィザードと呼ばれたのか? その証拠を今……見せてやる!」


 キールはもう襲い来る魔法や矢から身を隠そうともせず、ただ両手を掲げ空を見上げた。


『我が名はキール。かってこの国一番のアークウィザードにして』


 ノーガードで詠唱を始めるキール。


『愛する者のため、ひたすら魔術にこの身を捧げた!』

「やばいですよ! マサキ様! キールから尋常ではない魔力を感じます!!」 

「わかってる! これはヤバイ! 明らかにヤバイ!」


 引きつった顔で俺を揺さぶるレイ。



『そして今! また愛するものを! 我が愛しき住処を守るため! もう一度この力を解き放つ!』


 圧倒的な魔力が空気越しに伝わり、俺を含むその場にいるものたちを震え上がらせる。


「全員! 退避だ! 攻撃中止! 退却! 地下深くに逃げ込め! 全ての戦闘行動をやめてここから離れろ!」


 俺は全員に聞こえるように大声で叫ぶ。もっとも冒険者のほうもすでに危険を察知したのか、蜘蛛の子を散らすように慌てて逃げ出している。


 

『いでよ伝説の魔法よ! 爆発魔法!!』

 


 一つの閃光と共に、耳をつんざくような轟音。その瞬間、キールを中心として巨大な爆発が発生した。


「うわああああ!!」

「ぎゃあーーー!」

「くっ!」


 キールの放った切り札の魔法により、俺が設置させたトーチカは崩れ去り、辺りは焦土と化していた。


「敵ながらお見事だ……さすがに、これは想定外だった……」


 いざという時のために用意していたシェルターに潜り込んだ俺達パーティーは、なんとか軽傷で地下から這い上がった。なおアルタリアは軽傷だったがそれでも十分戦闘不能になってた。


「アレはなんなんだ? なんだあの魔法は?」

「アレは伝説の魔法、爆発魔法です。この世界で最強の威力を誇ると言われている魔法です。迂闊でした。国一番のアークウィザードであるキールならば、使えてもおかしくは無かったのに」


 レイが爆発魔法について答える。


「あんなのがあるならもっと地下深くトンネルを掘ればよかった! あの爆発魔法でも届かないくらい深いのを!」


 悔しがってレイに愚痴った。


「やはりリッチーを相手にするのは無謀だったようですね。いつかまた修行を積んで、この私の手でキールを浄化して見せますわ」


 残念がるマリン。そんな彼女に俺は。


「ああ、マリン。お前の言うとおりだ。いったんここから逃げるぞ。部隊は壊滅した。これ以上の戦闘は不可能だ」


 敗北を認め、大声で叫んだ。


「全員! 負傷者と共に撤退しろ!」


 周りを見渡すと瓦礫の下から怪我をした冒険者が這い出してくる。あの爆発魔法の威力は凄まじかった。トーチカごと全てを吹き飛ばしてしまった。



「終わりだ、卑劣な冒険者どもよ!」


 キールが手にバチバチと魔力を込めながら、こっちへ迫ってくる。おそらく狙いは水源だろう。生き残った冒険者には目もくれずにまっすぐと向かっている。

 リッチーっというのは化け物か! あれだけの魔法を使ってまだあれほどの力を隠しているとは……。


「このままでは水源が破壊されてしまいますよ?」

「もういい、好きにさせてやれ。今は避難が優先だ。いい加減そろそろベルディアが到着するだろう。あとは騎士団に任せよう。っていうか早く来い。あのむっつりスケベはなにやってんだ」


 中々到着しないベルディア騎士団にイラつきつつも、レイに言った。

 それにしても……キール。恐るべき相手だった。俺の用意周到な戦場構築を強引に突破するとは。敵ながらあっぱれだ。どんな力を持とうが敵は一人だと甘く見ていたようだ。この世界のモンスターについてもっと知る必要がある。自分の調査不足を恥じた。

 またキール個人にも興味がわいた。何が彼をそこまでさせるのか。噂では貴族令嬢を攫った悪い魔法使いの癖に、ずいぶんと堂々とした戦いをする男だった。

 久々に俺の魔道具を起動させてみようか。彼の真実を見極めよう。俺はメガネのスイッチを入れると。



――善人――


「ん?」


 驚きの単語が浮かび上がった。



――いい魔法使い――


「おかしいな? 壊れているのかな?」


 噂ではキールは女を攫った悪い魔法使いのはずだぞ? なんだこの結果は。メガネをこんこんと叩く。爆発のせいで壊れたか?

 この魔道具の言葉を信じる前に、今回での戦いでのキールの戦いぶりを思い出してみよう。

 そういえば直接冒険者を攻撃することはなかったな。想定ではもっと犠牲が出ると思っていたのだが……怪我人こそいるが俺の目の前で死んだ人間は一人もいない。最後の爆発魔法もそうだ。キールは撃つ前にわざわざ大声で警告をした。

 あのタメがなければ……いや最初から爆発魔法を撃ち込まれていれば……俺達の命はなかったかもしれない。もしそうなら、キールは俺達が死なないように手加減をしていた可能性が大きい。

 魔道具を信じるか……? いや相手はリッチー。しかも俺が散々怒らせてしまった。下手をすればその場で打ち殺されるかも!?


「ぐうう……! どうする? いや! 俺は直感を信じる!」


 俺はたった一人でキール目掛けて走り出した。


「全員手出しをするな! 俺がキールと再度交渉に向かう!」

「マサキ様! 何を!?」

「マサキ? 死ぬ気ですか!?」


 キールの元へ向かう俺に、レイとマリンが悲鳴を上げるが。


「いいか、手出しはするなよ? これから最後の交渉に行く! もしだ、もしこのメガネが正しければ、戦いを終わらせれるかも知れない。失敗したときは任せた!」


 そう二人につげ、キールに対峙した。



「貴様は! なんの用だ!? この私をここまで怒らせたのはお前が始めてだ。これ以上の邪魔をすれば容赦はせん!」


 怒りをあらわにして俺に魔力を向けるキールに。


「いいえ! このたびは申し訳ありませんでした! あなたの事を誤解していたようだ!」

 すぐさまキールに謝罪をする俺。 

 どうやら賭けは当たったようだ。もしキールが本当の悪党なら、わざわざ話さずとも、すぐに俺を殺せたはずだ。


「今更何を言う! 命乞いしても遅いぞ! ここまでしておいて私が黙っておくとでも!?」

「いいえ、キールさん。もうあなたへの攻撃は中止します。おい! 水門を閉じて、ダンジョンへの水攻めを中止しろ!」


 水を制御している作業員に命令する。


「で、でもマサキ!? これはお前がやれって!?」

「いいから閉じろ! 戦闘は中止だ! やめろ!」


 怒鳴りつけて水を止めさせた。


「今度はなにを企んでいる? これで私の怒りが収まるとでも?」


 警戒を解かないキール。俺が彼にやらかしたことを考えると当然の反応だった。


「少し話し合いをしたいのですよ。俺の名はサトー・マサキ。どうです? 私とあなたは冒険者とモンスターという、本来敵同士ですが。かといって必ず戦う必要はないと思うんです。他の道があると思います。あなたにも立場があると思うが、どうですか? 内輪で話しませんか? キールさんは噂ほどの悪い魔法使いではないことは、この戦いでわかったのです。むしろいい魔法使いだったような気がしますね!」

「いいい、いや、わわ私は悪い魔法使い……。女を攫った……」


 いい魔法使いという言葉にすこしたじろぐキール。よし、これはいいぞ。善人なのは本当だ。


「外ではあれですから、少し建物の中でお話しましょう。あそこでどうです? 今は誰もいないはずです」

「あ、あの……私は……」


 戸惑うキールを引っ張る。そして目指した先はキール対策本部。ダンジョンの真横に立てられた戦略拠点だ。俺の行動に困惑する他の冒険者達。レイと、マリンにアルタリア(マリンが背負っている)もおそるおそる付いてくる。

 そしてキールと俺の仲間を連れて建物に入ると。


「全員立ち入り禁止だ! これからキールさんと俺は話し合いをする! 誰も入るなよ! わかったな!」


 唖然とする町の住民達に怒鳴りつけ、ドアをバタンと閉めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る