将来について

 姉を三人も持つとたまに困ることがある。


「お前の姉ちゃんってどんな感じ?」


 同じ学校には、クラスは違うが結奈がいる。顔も双子だけあってよく似ているからすぐに姉弟だとばれるが、他に二人もいるとなれば、そういう話題になってしまう。長女は天真爛漫、次女は泰然自若、三女は傍若無人――あいつらを形容するには、四文字もあれば十分なのでそう答えたいところだが、仮にそう答えたとしても、質問者は決まってこう続ける。


「かわいいの?」


「美人なの?」


「おっぱいでかいの?」


 そんなことを聞かれても自分の親族を褒めて相手に伝えるなんてことは、なかなかにしづらい。特に思春期を少しこじらせ、ひねくれ真っ盛りの高校二年生にとっては、自分の恥部――いや、そこまでいかなくとも乳首を露出するくらいには恥ずかしい。最後の質問に対しては、「胸がでかいから何なんだ。あんなの自分の体をより地球に留めんとする足かせならぬ胸かせでしかない」と非おっぱい星人の俺は答える。そんなことを言ってしまったが最後、おっぱい執着者によるおっぱい談議がその後の休み時間ごとに、延々と繰り広げられるのである。しかし、これも結果オーライで、おっぱいを否定されたおっぱい星人は、その怒りがこみ上げ、俺の姉の胸の話など忘れてしまうのだ。姉の胸がそれなりにあるとか適当な事を言ってしまうと、「じゃあ見に行く」みたいな展開にもなりかねないわけで、おっぱいに対する熱烈な愛情を冷めた目で右から左に聞き流して終わるならそれが一番良い。


 姉の外見を知っていて、それなりに興味を持った人は、内面や家にいる時のことを聞いてくる。


「お前のお姉さん、優しい?」


「掃除機とかかけちゃったり、エプロン着て料理とかしちゃうわけ?」


「家でもあんなに美しいのか? 俺と一日だけ交代してくれ!」


 最後のはもう既にゾッコンモードに突入していて、もはや気持ち悪いレベルに達しているが、この流れで俺から言うことがあるとするならば、うちの姉達の外見はそこはかとなく整っているので全くモテないということはないということはとりあえず言っておこう。家でのぐーたらさを知っていると、こんな風に姉の人間性について聞かれた時は、非常に困る。嘘はつきたくないが、しかしながら、本当のことを言ってしまった暁には、姉達からどんな仕打ちを受けるのか分かったものではない。そのため、俺はいつもどっちつかずな答えをするしかないのだ。でも実際、どんなに多くの人がうちの姉を好きになろうが、最終的に俺に関係するのは結婚相手だけだ。


 結婚――――。そもそも、あいつらが結婚なんてできるのだろうか。服は脱ぎっぱなし。脱ぎ捨てたものをその都度拾うのは、いつのまにか俺の家事の一部になっている。洗濯機も回せない。きまぐれに料理をやったら、人参は皮を剥かないでそのまま調理。家事力ゼロの女達。考えてみたら結婚なんて夢のまた夢。できるわけがない。ちょっとがんばって男の気を引いて付き合ったとしても、同居した時点でどん引きされることは目に見えている。ということは、このまま何の変化も無く、あいつらが歳をとって行くとするならば、ずっと貰い手なく実家に居続けるということになる――それはつまり、俺はずっと姉達の世話係として生きなければならないことを意味するのではないか。


 お先が真っ暗である。姉が誰かにもらわれない限り、ずっと俺はこのままの生活を強いられるのは言わずもがなだ。彼女も作らせてもらえないことは間違いない。ここでは、俺が彼女を作ることができるかどうなのかということについては置いておく。もし作ろうものなら、その前に妨害されるか、「そんなに作りたいならあたしが彼女になるからその子と別れなさい」とか、訳のわからないことを言い出すに決まっている。自分の生活の質を落とすようなことは、手段を厭わず妨害するに決まっている。今、なんとかしなければ、俺の未来は奴隷人生と化してしまう。それだけは絶対に避けたい! 俺にだってやりたいことがいっぱいあるんだ!


 未来を明るくするにはどうすればいい。三人を結婚させればいい。単純明快だ。わかりやすい。今は、結婚は無理でも、その候補者、彼氏を作らせる。それができれば兆しはある。俺が明るい未来を過ごせる兆しが! しかし、そんな簡単に行くわけが無い。仮にいつか男の誘惑に成功したとして、家事力の低さや自分の事しか考えていない自己中っぷりにどん引きされることは分かりきっている。そこまではもはやどうしようもない。ポイントは、そこで引き留められるかどうかなんじゃないか? 何かが必要だ。新郎候補者を引き留める何かが。


 不良が道端で捨てられているノラ猫に優しくしている姿を見ると、心がキュンとなる女子がいるらしい。圧倒的なマイナス面も、そういう意外な一面によって、それまでドン引いてたこともむしろそれがあってこその愛情に変わる――これは使えそうだ。


 かといって、そんなような姉達の意外な一面など、俺は知らない。誰にでも一つや二つあるはずだ。姉弟にすら隠している一面が。だから今、俺が自分の未来に希望を見いだすためにすべきことは、その異性を虜にしてしまうような、より具体的に言えば、女子力不足の姉達を、逆にそれが魅力にすら感じさせてしまうような一面を探り出し、知ることだ。それを引き出すには、こちらが普段しないようなことをしなければならない。どんなことをすればいいんだ……と悩んでいると、アイロン台の上に置いてあるパンツがふと目に入った。


 もし、実の弟が姉にパンツを貰いに行ったら、姉達はどういう反応をするだろうか。もしかして意外に焦ったりして、これまで見たことが無い表情とか仕草とか見れるのではないか……?


 ―――イケる!


 俺はアイロンがけをさっさと終わらせ、姉の部屋に向かった。



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