辻橋女子高等学校⑦ ― ずっとチンチンプイプイだと思ってた

 ―――ここは―――どこだ?



 ―――ここは――――――なんだ?



 意識が朦朧とする中で、かすかに感じる体の感覚をたどる。

 たどってはみたものの、よくわからなかった。なんというか、感覚がない。たどるものがない。神経が麻痺でもしているのだろうか。今自分がどうしているのか、どういう状態なのか、体がどうなっているのか、よくわからない。

 普通に考えたら非常事態もいいところ。救急車を呼ぶか呼ばないか考えることもあるのではないかというところだが、もう全てがどうでもよくなっていた。それくらいに疲労が溜まり、何よりも睡眠を優先したいと、俺の全細胞が総力を上げて意思表示してくる。


 目は……開かない。開く気がしない。まぶたが文鎮のように眼球の眼前に居座っている。文鎮ならまだいい。もはや勇者しか引き抜くことができない聖剣なんとかカリバーみたいなレベルまである。そうなったらもう勇者を待つしかない。

 そういうことであれば、俺はそれまで眠りにつくとしよう。

 

 …………。


 ……………………。


 ときどき体を揺さぶられている気がする。

 でも、なんかよくわからない。

 揺さぶられているような気もするし、ふわふわしてる感じもある。

 自分の体が自分の体でないような……そんな気さえしてしまう。

 夢心地とでもいえばいいのだろうか。

 重力に縛られることを忘れた俺の魂が肉体から解き放たれているような―――もしかして死んだのか?

 ……まあそれもいいかもしれない。だって考えてみろ。あの三人、あの三姉妹、三人の姉達、間違いなく貰い手ないぞ。誰も貰ってくれないぞ?どうにかして嫁にやりたいけど、投げつけたいレベルだけど、それだけじゃだめだもんな。返品、もしくはクーリングオフされることだってあるわけだもんな。投げつけたところで投げ返される……因果応報というやつか。……いや少し違うか。

 要はこのまま生きていても、世話殺しの刑まっしぐらなわけ。他の筋道が見えてこないんだ。全くな。

 ……まてよ?このまま三人が社会に出たらさすがに家にお金を入れるよな。ということはもしかして俺は今まで通り姉達の世話をしていれば働かなくていいんじゃないか?専業主夫として生きていけるんじゃないか?あいつらは性格はいうまでもなくキテレツだが、それぞれが何かあることに特化してすごい力を発揮しそうな気がする。オールマイティとは正反対のタイプだが、そういう人ってさ、ほら、なんか凄いことしそうじゃん?とんでもねぇ成果出しそうじゃん?馬鹿と天才は紙一重に期待しちゃうじゃん?



 ……根本的なところで思考ミスしてた。


 あいつら、働かねぇわ。


 そこ、超重要なそこ、前提をはき違えていたわ。


 じゃあだめだ。このまま死んでしまおうか。

 なんだか不思議と気も遠くなってきたし……。

 なんなんだろうな。このふわふわするような感覚は。 

 ふわふわするような、でも体が動かない、固定されているように動かない……微動だにしない……全く動かない……動けない……痛い……なんか痛いぞこれ……なんだこれまじで……いやなんか痛くね?これ……あれなんか痛いな……いやちょっと薄々感じてはいなくもなかったけど、気づかないふりしてたというか、寝起き状態が痛み止めになっていたみたいな?……いやでもこれ痛いわ……イタ……イテテテテイタイイタイイタイ!!!


 厳重なシャッターくらい重かった状態から居酒屋ののれんくらい軽くなったまぶたを開けると、目の前には真っ白な壁が見えた。手を伸ばせば届きそうだ。しかし手は動かない。動かせない。その前に手はどこにあるんだ。

 足は? 動かせない。手も足も完全に固まったまま動かないようだ。

 金縛りか?金縛りってこんな痛いものなのか?手も脚もどんな状態になっているのかわからないが、動かせないということだけはわかる。力を入れているはずなのにびくともしない。

 こんなことだったらアイツをそのままうちに泊めておくんだった。あれだけの霊能力を持っているなら金縛りをかけてくる妖怪などチチンプイプイのプイだろう。

 そう。確かチチンプイプイ。チンチンプイプイではないとついさっきまですごく怒られていた。

 今はそんなことどうでもいい。チチンだろうがチンチンだろうが、どっちでもいいから早くこの痛みから解放してくれ。


 ……手足は動かないけど、顔は動くみたいだ。


 顔を少し上げてみた。動くといってもたいした動きにはならなかったが、白い壁以外の情報が手に入った。

 知っているようで知らない光景―――それが率直な印象だった。……いや違う。知らないようで知っている光景だ。それはそうだろう。普段見ているものが逆に映っていたら、普通は知らないように思ってしまうだろう。


 目の前には俺の部屋のドアが上下逆さまに映っていた。

 俺はこの瞬間、だいたいのことを悟った。いや全部かな。俺の眼球が一度取り外され、上下逆さまに入れられたとかそんなことではもちろんない。上下逆さまに見える眼鏡がかけてあるわけでもない。


 俺は顔を見上げたわけではなく、見下ろしたんだ。


「ようやくお目覚めか、坊や」

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