辻橋女子高等学校⑥ ― ジュニアの引き合いに出される象の鼻の気持ちを少しは考えてやったらどうだ?

「そう……必要なんてない。ない上で、お前のジュニアを私は見つめている。なぜかと言えば、さっきも言ったとおり、好奇心ほかない。私とて思春期真っ只中の女だ。将来関わることもあろうブツを偵察しておくことは私の人生にとってプラスになる。お前のジュニアを気遣い、管理することも、将来交わる相手、及びその相手との間に男の子ができればそのときもまた役に立つだろう。つまり私は、お前のお粗末なジュニアを観察することに時間を投じ、未来の自分に投資しているのだ。そして、なんだ、お前、露出癖でもあるのか? それとも今開花したのか? そうであるのであれば、それはすまないことをしたな。お前の未来を暗くする一つの不安要素を生み出してしまったようだ。

 で、どうする。そんなに見せたいのであれば見せてくれてかまわないぞ。なんせ私の通う学校は女子高でな。ジュニアを持っているものがいないのだ。しかたがないから手近なお前をサンプルに観察したが見事につまらないものだった。見ている間、どうという変化もなく、ただ象の鼻のようにプラプラとしているだけ。長くもなく太くもなく、むしろ象の鼻の方が長くて太くて立派であろう。実に観察しがいのないものだった。あの時間……未来への投資に使ったあの時間は正しかったのだろうか……。

 さて、なんだ。私に見せたいのか? その象の鼻よりも魅力のないモノを。見せたいのなら見せてみろ。限りなく近づいて見てやる。管理している者としては、成長記録として写真もとっておかなければならないな。ちょうどここにカメラもある。

 ほら。どうした。見せたいのだろ? 

 私に。実の姉であるこの私に。

 ほら、早くしろ、ほら。一細胞も見逃さずにくまなく見てやる」





 ……なぜだろう。

 涙が出てきた。


 俺が馬鹿だった……。最近、ずっと優しげ(あくまで優しげ。優しいとは言わない。決して)だった沙紀だったから忘れていた。



 そうだ。沙紀も沙紀で負けず嫌い。もしかしたら三姉妹一の負けず嫌いの可能性すらある。


 沙紀は絶対に自分の非を認めようとしない。


 そして、口喧嘩では絶対に負けない。負けているところなんて見たことない。だから他の姉たちも少し沙紀と口論になると、「あーはいはい。それでいいわよー。もー」と早々に戦線離脱するのだ。この家の支配者は沙紀と言っても過言ではないだろう。


 妃乃里は口喧嘩になることはなく、その場はひらりとかわして別のルートで結局自分の流れに引き寄せる。結奈は単細胞だから子犬のようにキャンキャン吠えるけど攻め込まれれば最後は泣き寝入り、または泣きながらどっかに行く。沙紀は真っ向勝負を仕掛けてくるのだ。




 そんなことよりも…………はぁ。完全に怒らせちゃったよ、これ。調子に乗りすぎた。あまりにもオドオドしてて面白かったからな。さっきまでのかわいらしい頬の紅潮はなくなり、腕を組み、顔を少し上に向けている。

 つまり、完全に俺を見下しているということだ。


 …………あー……どうしよう。どうしよう。

 沙紀怒らせると長いんだよ。怒りんぼ期間が。夏風邪のように一向になおらない。


 まあ、もうこうなったらしょうがない。いっそのこと再び攻めに転じるか?

 そうだよ。だって俺悪くないもん。覗いてたあっちが悪いんだもん。

 でも同じ家に住む者同士で関係が悪くなると居心地が悪くて仕方がない。

 

 ん? でもそれでも困るのは向こうだよな。料理をしているのは俺。洗濯しているのも俺。自分でやっていることは自分の体を洗うことくらいか。沙紀に関することを一切やらなくなったら、一体沙紀はどうでるのだろうか。いっそのこと、このまま姉弟戦争勃発させちまうか?!


 …………いや、やめとこう。これでも怒らせなければ一番理解のあるいい姉ちゃんなんだ。ここは姉を立てる形で、土下座でこの紛争を終わらせるのがベストな選択だ。




 俺の手に感触を感じる。いや、内側ではない。内側のふにゃふにゃではない。

 手の甲に、ジュニアを隠している両手の甲の間の隙間にとてつもない圧力を感じる。


 なんだと思って見ると、いつの間にか沙紀の顔が俺の股間の正面にあった。


「おい、何してるんだ! やめろ! やめろってぇ!!!」


 沙紀はとんでもない力で今現在ジュニアを露呈からガードしている唯一の壁である俺の手をこじ開けようとしていた。



 おいーーーっ!!! いくらなんでもムキになりすぎだからぁ!!!


 ほんとにやめてくれ! 何してんだ沙紀!!!


 この場合俺の締める側よりも開ける側の方が力が入りやすい動きだ。かつ沙紀に力で勝てたことがない俺は全身全霊を持ってして、この開かずの扉を、いや、開かずの扉にしなければならない扉を守っている。


 だって! だってだって、そうしないとこのままだと沙紀の指が触れちまうよ!!!


 あほか!!!


 てかなんでパジャマを露骨にはだけさせてんだ? 肩丸出しですけど! 何してんのこの人! さっきまでそんなんじゃなかったじゃねーか! 


 何考えてんだこのおんなぁああああああ!!!





「わかった! わかったから! 俺が悪かったから! この通りだ!!! ごめん、姉御」




 俺はさっと後ろに下がり、沙紀に向かって勢いよく土下座を放った。おでこはもちろん、脇の下すら床についてしまうんじゃないかと思うくらいに深々と頭をたれた。




「……もしかしてお前のここに生えていたものは今はもうなくなっているのか?」




 なんでそうなる?!


 まだいじめたりないのか、この人って人は!!!


 ‘いたもの’とか過去形やめて。取ったみたいじゃないか。依然として俺の男のシンボルは健在だ。


 俺がこの十数年間ぶら下げてきた苦労は俺の全細胞が記録している。重力に逆らえず、俺の中心の中心、体のど真ん中でブラブラして、時には邪魔扱いされてもなおここにある。ずっと二人三脚で生きてきたんだ。勝手になくされてたまるかぁ。



「今もあるけど。もちろん」



 土下座したままだから声がこもる。



「そうなのか……。おかしいな。妃乃里姉様の部屋にあったものの映像では女が少し肌を見せればここがこうニョッキしていたのだが」


 ニョッキ?


 なんだニョッキって。イタリア料理のあれか?


 しかしその沙紀の手振りが明らかに俺の股間から何かが反り立つような感じに動いている。なんだその壁からバナナが反り返っているようなジェスチャーは。




 ―――ん?


 いやいやいやいや待て待て待て。その前に妃乃里の部屋からどうのこうのと言っていたぞ、今。


 もしかしてソレを見て影響を受けたのではないか?



 三姉妹の中で最も知的な沙紀だ。視聴目的が違うが、学術的探究心の方に思考が進んでも全くおかしくない。生徒会長をしているくらいだし。

 というか妃乃里のベッド下コレクションのこと―――なんだ、みんなもしかして知っていたのか? この沙紀の隠す気が微塵もない、発言に躊躇も何もないところをみると、見たのは今日や昨日ではないのだろう。もはや当たり前と化しているのだろう。

 ということは、結奈もあの肌の露出が極端に多いDVDを見ているのだろうか。中にはブルーレイもあった。VR対応なんていう表記があるものも見受けられたが、あのような刺激の強い映像をVRで見たら一体どうなるのだろうか―――という男心をくすぐる好奇心は置いておいて、それよりも沙紀が何を考えているのか知りたい。弟の股間を凝視する姉の出現など非常事態、一大事と言っても決して過言ではないぞ。



「一体どうしたんだ沙紀ねぇ! こんな夜更けに弟のお風呂タイムを覗き見て、からの肌の露出、そして俺が今できる唯一にして最大の最終防衛肉壁までこじ開けようとするなんて……どうかしてるぞ!!!」



 語気を強めて言ったせいか、沙紀の表情が曇った。


 しまった。少しきつく言ってしまったか?


 でもこちとら驚きの連発で、もう気持ちに余力もあまりないのだ。



「……非常時だから仕方がない」



「非常時?」



「ああ、そうだ」



 非常時という割には非常感が全く漂っていないんだが。まあこの一連の出来事全般的に非常ではあるが……緊急ではないということか。

 じゃあこの今の非常の連鎖を引き起こした非常の元凶があると―――そういうことなのか。



「……明日、朝六時に私の部屋に来なさい。そうすれば全てがわかる」



 やけに早いな。ということは俺は六時よりも前に起こさなければならないということか。



「起きるのは何時なんだ?」



「三十分前でいい。私は寝起きがいいからな」



 寝起きがいい……だと?


 ―――まあいい。今は聞き流そう。どんなに言っても沙紀は絶対に認めようとしないのだから。自分の現実を。



「非常って、一体どんなこ―――」



「詳しくは明日話す。今日はもう寝るといい」



 ため息交じりの言葉が、俺の言葉の尻を噛む。


 なんか深刻そうだ。学校で何かあったのかな。



 沙紀はお風呂場の出口へ体を向けて歩き出す。


 中途半端に開いていた扉を開き、出て行こうとするが、少し足を止めた。



「すまんな、奏陽…………お前にしか頼めないんだ」



 不安を浮かべた目でそう言い残し、扉は閉まった。



 …………。


 …………なんだよ。


 そんな顔されたら……心配しちまうじゃねーか。




 一体、どうしたんだよ、姉御―――。

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