結奈④

「頂戴って……俺のパンツをか?」

「え、あ、うん。そうよ。あんたのパンツ……。だってあたしのだけなんてなんか不公平じゃない」

 不公平?

 それはマイナス的な意味でか? プラス的な意味でか?

 大抵の人間が新品のパンツならもとより、いくら洗濯済みとは言え人が履いたことがあるパンツなど人差し指と親指の先端でつまみたくなってしまうのも無理はないくらいのブツであるだろうに。

 そんな物を貰うことを肯定した上で、そうしないと不公平と言い出すのは、つまるところ、俺のパンツを欲しているということだ。


 ―――被る気か? 


「まあいいけど。部屋行って取ってくるわ」

 俺が結奈に背を向けこのカリブ海体験場から出ようとすると、「ちょっと」と不機嫌のこもった声で呼び止められる。

「なんだよっ」

 振り返ると、結奈は大砲の後ろから出てきていた。

「と……取りになんか行かなくていい……」

「は? 何言って……ん?」

 そう言う最中、結奈の右手人差し指がゆっくりと俺の下のほうを指し示した。

 結奈は顔を背け、左手を丸めて口に当てて恥ずかしそうにしている。

 ……すっごい嫌な予感しかしないので、ここはあえてその指先が何を示しているのか聞かないでおくとして、話のポイントをそらす。

「何に使うんだよ。俺のパンツ」

「は、ははははぁ? つかう~? 何いってんの~? 何言っちゃってるのかしら、この変態仮面は。使うとか意味わかんないし、使うとか!」

 そらす角度が五度にも満たなそうな俺の話の方向転換により、動揺の全開率がほぼ100%な三女は、使うという言葉に過敏になっている。

「まぁ双子のよしみってやつよ。同じへその飯を食べた仲なんだからさ、もっとその……一緒に生まれた者同士、パンツを交換して成長を分かち合うみたいな? そんな感じよ」

 サッカーの試合後のユニフォーム交換みたいなこと言い出した。

 へその緒からの栄養補給を同じ釜の飯みたいに言っているが、ほんと、その時の俺に言ってやりたい。さっさと出てこいと。お前がのんびりしていたせいで俺は毎日、メイドでも執事でもなくもっぱら雑用係として使われているんだよ。

「で、どうすんの?」

「何が」

「……ぬ、脱ぐの?」

 嫌な予感セカンドカミング。もう逃げられない。

「だから何が」

「ぱんつよ! おぱんつよ!」

 視線がまた俺の股間に戻っている。

「は、早く脱ぎなさいよ」

 くそう。

 やっぱりさっき指差していたのは俺の服を通り越して今履いているパンツを示していたらしい。嫌な展開になってきたぜ。

「なんで脱がなきゃいけないんだよ。部屋から持ってくるって言ってるだろ」

「だだだだって、あんた、あたしの生パン狙いなんでしょ? 違うって言ってもそうなんでしょ? じつわ! 知ってるんだから。ほら、早くぬぎなさいよ。」

 何言ってんだこいつ。反論させない話術すげえ。

「あ…………あたしも、その……脱ぐから。あんたが脱いだら、……脱ぐから。だから脱ぎなさいよ」

 太もも付近をすり合わせてもじもじして言う結奈。

 おしっこが漏れそうでトイレに行きたいようにしか見えないが。

 つまり、だ。俺が今ここでパンツを脱げば目標達成できるということか。


 ………………じゃあ、いっか。


 いいわ。もう脱いじゃうわ。

 この子、言っても聞かないし。

 でも一つだけ言わせてもらう。

「お前の要望通り、今からここでお前の目の前で堂々と高らかに誇らしく、未来永劫お前の記憶の片隅で輝き続けるであろう俺の脱ぎっぷりを披露してやるから、寝てもさめても俺の脱衣ムービーが脳内で連続再生されるくらい印象的なものを見せてやるから、お願いだからそのまったく体にフィットしていないブカブカの海賊服を脱いでくれ。さっきのパジャマでいいから着替えてほしい」

 結奈の顔が少し不機嫌になる。

「なんでよ。いいじゃない、海賊服」

「パンツを脱ぐんだぞ。それなりの雰囲気というものがあるだろうが」

 脱ぐ側にもそれなりの権利というものがある。雰囲気は何事にも大事だ。

 こんな味気もそっけもない、もはやブカブカすぎて海賊なのか着ぐるみなのかわからない、得たいの知れない格好をした女の前でパンツを脱ぐなんて、なんと言っても脱ぎ甲斐がない。

「一体パンツ脱ぐのにどんな雰囲気が必要なのよ。気持ち悪い」


 ……確かに。自分で言っときながらそうだわ。 

 パンツを脱ぐ雰囲気って何だよ。さっきの俺をぶん殴りたい。こいつにつっこまれるなんて不覚だ。

「そうだな。確かに気持ち悪かった。謝るよ」

「……」

「んじゃあ、ちょっと脱ぐからあっち向いててくれ」

「え?」

「ん?」

「脱ぐ姿見せてくれるんじゃないの?」

「弟のストリップ見て何がうれしいんだよ。冗談に決まってるだろ」

「う、うううれしいわけないじゃない。あるわけないのよ、そんなこと! 何言っちゃってんのよ。ただ、あんたが醜態をさらすところをじっくりねっとりと見てやろうと思っただけじゃない!」

 ねっとり―――。

「もうわーったよ。なんでもいいよ。俺はお前のパンツをもらえればそれでいいんだ。俺が脱げばお前のパンツがもらえるんだよな」

「よくも……そ、そんないやらしいことを堂々と言えるわね。ほんと変態だわ。この変態」

「変態で結構だ。じゃあ脱ぐから」

 俺はズボンのチャックに手をかける。

 

「……ねえ」


「あ?」


「…………脱ごっか。一緒に」

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