結奈⑤///

「一緒に……脱ぐ?」

「…………」

 またトイレに行きたいみたいにモジモジし始めた。

 ただそのブカブカな海賊服のせいでただただ異様な光景としか目に映らない。見方によっては、顔だけ小さくて体はガチムチマッチョみたいに見えなくもないが。

 とりあえず俺はそこらに投げ捨てられているピンク色のワンピースパジャマを拾い、結奈の元に持っていった。

「……そんなに嫌なの? 海賊服」

「海賊服が嫌なわけじゃないけど、それはあまりにサイズが合っていないから」

「ふーん……。そして、そのパジャマは気に入っているのね」

「いや、気に入っているというか……」

 ふ~んとでも言いたげに腕を組んで俺を見下す結奈。

 身長は俺の方が高いが、態度で見下している。

「じゃあ着替えさせなさいよ。いつもみたいにさ」

 結奈は手を上に上げて万歳の姿勢をとる。

 もちろん、何かおめでたいことが起こったわけではなく、俺に脱がしてもらうときのポーズだ。

「そんな毎日やっているような言い方をするのやめてくれ。期間限定だっただろ、あれは」

 前に罰ゲームで一週間姫様ごっこというものをしたことが……もとい、させられたことがあり、姫に付きっきりで仕える使用人みたく働かされたことがあった。

「あら? そうだったかしら。わたくしとしてはとても有意義でご機嫌麗しかったですのに」

 姫言葉の使い方が明らかにおかしい。

「体も人に洗ってもらうのってとてもうれしいものよね」

「しらねーよ。だったら俺の体も洗ってくれ」

「はあぁ、なんとっ! なんて汚らわしい! 汚らわしいことこの上ないわこの男!」

 驚いた時に喉元に腕を持って行くような姫挙動あるあるを見せるが、そのブカブカ姿でやられるとイラッとしてくる。

「もうわーったからさっさと着替えろよ。気持ち悪くてしょうがねえ。ほら、さっさと脱げ」

「きゃっ。ちょっと、強引ですわ」

「ちょっと大人しくしててくれ」

 こんな時に手際の良さがでるのは非常に不本意だが、着せたことがないこの海賊服もすんなりと脱がせることができた。もともとサイズが合ってなかったから脱がせやすかったというのもあるが。

「こんな強引な弟に育てた覚えはないわ。ひのちゃんたちに報告しないと……」

 着替え終わった後の第一声がこれだよ。

 姫様気分の後は育ての親気分満喫かよ。

 こうやって姉妹中に知らないはずの内容が知れ渡っているわけか。俗に言う姉妹ネットワークというやつだ。

「それで? あたしをこんな格好にしてどうしたいのよ」

「一緒にパンツ脱ぐんだろっ!」

「一緒に脱ぐですって……ッ? なんて破廉恥な!!!」

「お前が言ったんだろ!」

「そんなに私のパンツ……生パンツがほしい……の……?」

「……ああそうだよ。ほしいよ」

 別に生じゃなくていいんだが、もうめんどくさくなってきたからさっさともらって帰ろう。

 …………。

 なんだその近年稀に見る上目づかいは。

 そしてその自分の肩を自分で抱いているような仕草は何だ。

「寒いのか? あんなカリブ海みたいな服装してたから体が冷えたんじゃないのか。ブカブカで。お前が風邪引くと俺が看病するはめになって、やれ「キャラメルフラペチーノ買って来い」だの、「お粥じゃヤダ。リゾットがいい」とか、体拭いてやれば「拭き方が足りない!」とか言って病人じゃないトーンで言われる羽目になるんだから、体調管理ちゃんとしてくれ。まじで。 ……ん? あー、違うか。あれか。おっぱい無理やり寄せて谷間を作る練習か。ごめんごめん。あ、でもできねーか。Bカップじゃ」

「ななななんだとぉーーー!??? なんてこと言うんだよ、このど変態カップ当て野郎!」

「カップ当て野郎?! お前のそのBカップのために俺がどれだけ、何十回恥ずかしい思いして女の下着屋に潜入したと思ってんだよ!!! お前なんか手ブラで十分だ。手ブラにさせるぞ」

 結奈のパジャマの首元から手を突っ込み、ピンクのブラの谷間辺りを掴む。

「え?! ちょ、ちょっと、やめ……やめてよ。その剥ぎ取る感じやめて。まるで追い剥ぎに合ってるような感じになるからやめてっ」

 なんじゃ、追い剥ぎって。

 ブラを追い剥ぐ人っているのか。

 そんなこと言われると、すげー犯罪感が増してくる。涙ぐんだ目で睨まれるからなおさらだ。

「もう! 生パンツがほしいのか生ブラがほしいのか! 一体なんなのよ、あんたわ!」

「それは俺の存在そのものを聞いているのか? だとすれば答えて進ぜよう。俺はお前の世界でたった一人の双子の姉弟の弟であり、お前の下着調達係兼下着洗い係兼下着干し係兼下着たたみ係兼下着搬入係だ。つまり、俺がいなくなればお前は下着を身に纏うことができなくなり、年中ノーブラノーパンで過ごすことになる。お前が破廉恥きわまりない姿で生きていくかどうかは、全て俺の存在にかかっている。お前にとって俺というのはそういう存在だ」

「…………なんか悲しいわね、それ」

「お前だけには言われたくない!!!」

 なんか本気で悲しくなってきた。

 悲壮感が押し寄せるっていうのはこういう気持ちなのだろうか。

 ……もう、自分の部屋に戻って、おっとりとゆっくりしよう。

 帰ろ。マイスイートルームへ。

 俺は後ろを向いてドアに歩いていく。

「え……? ね、ねぇ、待って……待ってよ!」

 顔でため息をつきながら振り向いた。

 すると、結奈がワンピースパジャマの裾部分を両手で握るように掴み、顔を赤くしていた。

「あ、あたしの……あたしのっ! 生パンツ……ほしいんでしょ?」

 もう何回聞いただろうか、このセリフ。

「……そうだが」

 もうその意欲は無くなりつつあったのだが、ちょっとこれまでと雰囲気が、本気度が違う感じがするのでそう答えてみた。

 しかし、さっきから一つだけ気になってしょうがないんだが、その生パンツという表現は三姉妹の共通語なのか?

 いつそんな共通認識を持つ機会があったんだよ。

 そしてそれはどんなど変態会議だよ。

「早く……」

「早く?」

「い、一緒に脱ぐ……んでしょ? あんたがその短パン脱がないと始まらないじゃない」

 結奈が顔を赤くして恥ずかしがりながらモゾモゾと、ちゃんと聞こうとしないと聞き取れないようなか細い声を出している。いつもの血気盛んな男勝りの姿から想像もつかないようなそのギャップに、ほんの少しばかり心をつかまれる。


 ……じゃあ、脱ぐか。


 目の前に凝視する姉がいることもあり、非常に脱ぎにくい。

 こういうときは、一気に勢い良くやって羞恥時間を短くするしかない。

 俺はぱぱっとハーフパンツを脱いで、トランクス姿になった。

「あ、あんたのパンツ姿……結構好きかも……あたし…………」

 第一声がそれですか。

 日ごろのツンからのそれはギャップありすぎだから。その溝、深すぎて底が見えないわ。

「じゃあ……脱ごっか。一緒にね」

 姉弟がお互いの腰周りに手を当てて向かい合っている。

「あ、ああ。わかった」

 結奈がワンピースの裾を少しまくる。

「あたしのパンツは……これよ」

 純白のパンツが顔を出す。

「いや、さっき見たから。知ってるからそれ」

 ぶっきらぼうな返答をしたせいか、結奈の頬が少し膨らむ。

「どうかな。似合うかな」

 ……は?

 感想を言えと? 

 俺からも感想を言えと?

 もしかしてそれを言わせるためにさっき俺のパンツを褒めたのか?

 この欲しがり屋め。

 そもそもお前が着ることを想定して俺は買ってきているんだから、俺からの答えは一つに決まってるだろ。結奈に対していろいろ思うところはあるが、似合わない下着を買ってくるほど負の感情は抱いてねーよ。

「いや……うん、なかなか……いいんじゃないか? たぶん」

「たぶんって何よ。もっとちゃんと言ってよ」

 そのうつむき気味に上目づかいで言うのやめてくれ。

 テレが伝わって来すぎてこっちまで照れてくるわ。

「似合ってると思う」

「そ、そう? そうなの? ありがと……」

 まあ、ピンクのパジャマに下着が白っていう時点であざといけどな。

 似合っているのは間違いないから、まあいいだろ。

「じゃあ……次……いくわよ」

 捲くっていたスカートを下ろし、その裾の横から両手を内側に入れた。

 そのまま両手を少しずつ腰の位置からふとももにかけて下に降ろしていく。

 ……なんでかよくわからないけどその潤んだ目で俺の目を見つめながら下ろすのやめてもらえないかな。

 校内3大美少女の容姿はダテじゃない。

「一緒に…………だよ?」

 恥じらいながら弱々しく言う結奈。

 ……ちょっとやばい。

 …………いや何がじゃ。何がやばいんじゃ。

 言われるがままに、俺も履いているパンツのゴム部分に指を掛ける。

 結奈の指がゆっくりと下に動く。

 俺もその動きに合わせるように動かす。

 じわじわと腰から降りていく下着。

 ゆっくりな動きが不思議と気持ちを高ぶらせる。

 気づくと結奈の手の動きに唾を飲み込む自分がいた。

 

 ピピピピピッ―――ピピピピピッ―――。


 ヴィィイイイン―――ヴィィイイイン―――。


 突如、二人のスマホがほぼ同時に鳴った。


 結奈は自分の机の上に、俺は脱いだハーフパンツのところにあったスマホにそれぞれ視線を送ったが、再び見つめ合う。

 そして、また下着に手をかけようとしたところ、再びスマホは鳴った。


 …………鳴り止まない。


「なによ……これ……」


 二人ともパンツから手を離し、その手をスマホに伸ばした。

 俺のスマホを見てみると、大量のメッセージが沙紀から来ていた。

「わあ! もうなんなのよ、妃乃里姉は!」

 ん? 妃乃里?

「俺は沙紀姉から来てるぞ」

 書いてある内容がとんでもない。

 「このままでは災いが起こる!」とか、「そんなことをしては天変地異の引き金になる!」とか。なんなんだ、一体。

「なにそれ。魔術の呪文? あたしのは「だめよ、結奈ちゃん! それ以上はだめ! 絶対!」とか、「そんなに欲しいなら私のあげるから奏ちゃんのは臭いからやめときなさい」とか「もうっ! そんなゆっくりねっとりやらないでもっとやるならさくっとやっちゃいなさいな、もどかしい! 焦れったいわよぉ~」とか来てるわ」


 なんだこのタイミングの良さと臨場感あふれる内容は。

 そして妃乃里、止めたいのかやらせたいのかどっちなんだ。


 ……はっ! まさか!


 俺は結奈の部屋の入り口に全速力で駆け寄りドア開けると、そこにはおそらくドアに耳をぴったりつけて聞き耳を立てていたであろう格好をしている2人の姉がいた。

「ちょっと! 二人して妹の部屋に聞き耳立てるとかひどいよ」

「え~だって~、ねえ?」

「ええ。これは由々しき事態だわ。まさかパンツを下ろし合うなんて」

「だってだって、奏陽がほしいっていうんだもん。あたしの生パンツ」

「ふ~~ん」

「ほう」

 二人の意味ありげな視線が俺に向けられる。

 妃乃里と沙紀からはパンツをもらった後だから、たぶんそのことだと思うが、非常に居たたまれない。

「こんなにお姉ちゃんにご執心の弟なんて、他にこの世にいるのかしらね~」

「いないでしょう。こんな変態な弟」

 いや、ど変態なあなたたちに言われたくありませんけどぉ?!

「ちょっと、あたしの弟を悪く言うのはやめてよ」

 キュン―――。

 しまった。俺をかばってくれた結奈にちょっぴりときめいてしまったではないか。

 やっぱり双子という絆は強い。

「こいつはあたしの弟であり、下僕なの。あたしに付き添うために、奉仕するために生まれて来たの。もっと言えば、ついでに生まれてきたと言ってもいいわ。だから、このあたしのために生まれて、あたしのために生き、あたしのために死ぬという泣いて喜ぶようなすばらしい人生を与えてあげてるの。だからこいつは私の一部、こいつに悪口を言うのはあたしに悪口を言うのと同じだから。そこんとこよろしく」

 ……さっきのキュンはそのままドブにでも投げ捨てておこう。

 結奈の堂々たる演説を聞いた二人の姉は、何も言わず俺の両肩にそれぞれ手を置き、哀れむような視線を送って自分たちの部屋に帰って行った。

 言葉で言われるよりもそういう態度の方が心の奥へのダメージが大きいが、要は言いたいことは「がんばれ」だと思う。上二人の姉たちも、結奈の傍若無人っぷりは制御できないのだ。

 結奈の小さい胸を張った未成年の主張で、俺のかすかに残っていたパンツ欲は消え失せてしまった。

 そのまま廊下に出て帰ろうとする。

「ちょっと」

 覇気のない顔を結奈向けると、結奈はモジモジしながら俺の手に何かを握らせた。

「大切にしてよねっ!」

 そう言うと、俺を締め出すように部屋から押し出し、部屋のドアを閉めた。

 強制的に握らされた手を解くと、そこには純白のパンツがあった。

 

 大切に―――か。




 ………………。




 ………………………………。





 いや、きたねーだろ。どう考えても。


 俺は一階の脱衣所に行き、三人のパンツを洗濯機に入れて、スイッチを押し、他の洗濯物と一緒に洗濯を始めた。

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