とんでもない女 編
とんでもない女①
『俺さ、1つわかったことがあるんだ』
「と言いますとー?」
昼休み。
屋上で自分で作った弁当を食べ終わり、空に浮かぶ雲をのんびりと眺めていると、中学からの友人である賢吾がぼそっとつぶやくように言った。
『とんでもない女ってさ、きっとその女自身もよく分かってないままいつのまにかとんでもない女になってるんじゃねーかって』
脈絡もなく急にとんでもな話をぶっこんできた。寝っ転がって聞いている俺の横で片膝を立てながら遠くを見ている。
「なんかあったのか?」
『ああ。この間の日曜日に幼馴染と買い物に行ったんだ。家が近所で物心ついたときから一緒に遊んでて、風呂とかもよく入った仲でな』
「まて」
『なんだ』
「その幼馴染は女の子なのか?」
『そうだが。それがどうかしたか』
「いや。賢吾の口から若い女の子と一緒に風呂に入ったなんて聞くとなんとなくいけないことを聞いているような気がしてさ……」
『若いって言っても、若いといわれている範囲の中のさらに若い時期だからな。まだお互い自分が一体何者なのかもわかってない年頃だ』
「幼少期ってことだろ。幼少とか言うとなおさら怪しさが増すな」
『なんだ。それは俺の顔が老け気味というのが関係しているのか?』
「そう」
老け‘気味’な賢吾の顔は彫が深めでとても10代に見えない。30代と言ってもだいたいの人が納得するだろう。20代に見られればいい方なのではないか。パッと見はゴリ男、よく見ればイケメンかもしれないが、それは時と場合とその時の心の許容量、そして見る人のさじ加減に寄る。太く剛毛な眉毛とツンツン頭がゴリ度を加速させている。
『超失礼だなおまえ』
「わりぃ。それで?」
『久々に電話が来たかと思ったら「服が欲しい」と呼び出されてな。デパートに行ったんだ』
「デートじゃん。やったじゃん」
ちょうど空に大きなハート型の雲があったため、指でカメラフレームを作り枠の中に収めたりする。
『あいつ……ジャージで来たんだよ。それでもそんなことが言えますか』
「……それはデートじゃないですね」
デパートにジャージ――。めんどくさがりな子なのだろうか。
「まだスウェットじゃなくてよかったじゃないか。ジャージならランニングしてました感出るし」
『向かったのはおしゃれな女の子の服屋だったんだけどな』
「ジャージ専門の?」
『いや違うし。なんだジャージ専門のおしゃれな服屋って。ジャージにリボンとか花とかついてんのか』
今日はいつになく饒舌な賢吾。ご機嫌のようだ。
『まあとにかく聞いてくれ。俺の今後の人生がかかってんだ』
「わ、わかった」
賢吾が大げさな言動をする度に俺の中のどうせそうでもないんだろ感が高まっていくのはなぜだろう。今のところ、そこまで重い話には聞こえないけど、もう少し耳を傾けるとしようか。
『あいつ……服屋に行くと、わき目も振らずに試着室に入ったんだ』
「ああ、なるほどね」
『なにがだ?』
「いや、着替えを持ってきてたのかと思って。そこでかわいい服に着替えたんだろ?」
『それならまだアリだが……あいつ、中に入ってカーテンを閉めるとどっしりと尻もちついて座りやがって、ぱんぱんに詰まったポケットからお菓子を広げだしたんだ』
「……えぇぇ」
なんて言ってみようもなく反応も満足にできない中、賢吾は続ける。
『そしてあいつは言うんだ。「あたしに合う服持ってきて」と』
つまり他の女の子が服を見ている店内をゴリ男もとい賢吾に自分が着る服を選びに行かせ、自分は試着室の中でお菓子を貪って待っているということか。確かにそれはとんでもない。
『しょうがないから選んでやったんだ』
選んだんだ!
『すごく細い目つきと冷たい視線、そこにひそひそ話をプラスした俺包囲網に囲まれながらそれを耐えて選んで持ってってやったんだ。そしたらあいつ、手招きして俺を試着室に招き入れるわけ。まるで自分の部屋のように』
「……へえ」
『お菓子が散らばっているのなんてお店の人に見られたらなんて言われるかわからないから早くカーテンを閉めようと思ってしょうがなく入ったんだ』
それもそれで何言われるかわからなそうだけど――。まあいいか。
『そしたら菓子食べるのやめて、なにするかと思ったら両手をまっすぐ上にあげんだよ。「なにしてんだよ」って聞いたらよ、あいつなんて言ったと思う?』
「う~ん、……着替えさせろとか?」
俺がそう言うと、横で賢吾が目をおっぴろげて立ち上がった。
『お、おまえ、もしかしてわかるのか……? あいつの気持ちが!!!』
「え、なにが。いや、その流れはそうかなと思っただけで……もしかして当たったの?」
『……そうだ。正解だ』
当たっちゃったんだ。その子の気持ちわかっちゃったんだ。これも三人の傍若無人な姉と生活してることの効能なのか。いやいらねーわ。こんな効能。
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