とんでもない女②
『あいつは自分が万歳をするからジャージを脱がせて持ってきた服を着させるように俺に命令してきやがったんだ……くそっ!』
なんだか相当悔しそうだ。
「そりゃあれだよ……甘えてんだよ。賢吾に」
甘えも度が過ぎれば甘い暴力になりかねないが。うちの姉なんてまさにそうだ。平然とあれやってこれやってとめんどくさいことを押し付けて自分は楽しようとするーー要は甘えてくるのだが、それを断った日には後でどんな仕打ちを受けるのかわかったのもではない。
『甘えか……まあそうなのかもしれん。しかし俺は思った。いや、悩んだ。それでいいのか、俺という存在が女に奉仕するような男であっていいのかと』
賢吾の拳がたぎる。こんなに自分の価値に貪欲なやつだったかな。
「葛藤したわけか」
『ああ。まるで俺があいつの執事みたいじゃないか。執事ならまだいい。しもべみたいじゃないか。俺はそんな人に使われるようなことはしたくない』
すごく悔しいらしく、拳は握ったままだ。こんなにすごい賢吾のプライドを感じたことなど今までになく、前にちょっとテンション高めの女子に自慢のツンツン頭をカラーの髪ゴムで細かく束ねられてハリセンボンみたいにされたときもたいして怒らなかった賢吾が今こんなに怒っているのが個人的には面白い。
「で、どうしたんだ?」
賢吾はうつむきながら少し歩いてフェンスにしがみつく。
『躊躇してたら「さっさとしなさいよ! 手がつっちゃうでしょ!」と怒鳴られたのでやむなくやりました』
強面のわりに気が弱くて押しに弱いんだよな。
賢吾はそのまま膝をついた。
「大げさだなー。そんな落ち込むことないだろ」
『ちがう! 間違っているぞ、奏陽! 男っていうのはな、イメージが大事なんだ。「人の一生はイメージで決まる」という有名な言葉もある。イメージというのは一瞬が命とりなんだ。一瞬たりとも隙があってはならないんだ!!!』
なかなかの仲の間柄ですが、食後のぽかぽか陽気の中でうとうとしようと思っていた矢先のこの一方的な感情の捌け口にされている感じ、いよいよめんどくさくなってきました。
「そんなにイメージイメージ言うなら、結果的には優しいイメージなんだからいいんじゃないの? 「男なんて優しくなければ価値がない」とうちの姉が言っていたぞ」
『んなっ! ……それは何番目のお姉様ですか?』
フェンスから手を離し、いつの間にか目の前にいた。
「い、1番目……かな」
『1番目……』
「いやーでも俺は絶対いやだな。とんでもない女は」
うちの姉の話などしたくないので、賢吾の思考をさえぎるように会話を軌道修正した。
『いや違う! 俺なんだ、それを主張したいのは! そのためにこの話してるから!』
賢吾は憎しみを纏った表情で『とんでもない女は絶対嫌だ! とんでも女だけは、絶対に!』と自分に言い聞かせるように言った。
『やっぱり3歩下がってついてくる、男を立てる、奉仕精神に溢れる女がいいよな』
「また古い考え方だな」
よく言われる昔の日本女性像だが、そんな謙虚なハートを持った女の子は俺らの周りにはいない。もはや個人的には都市伝説レベルと言っても過言ではない気がする。もっとも、やんちゃざかりわんぱくざかりの女子高生にそれを求めるのはいかがなものか。
『お前の……その……なんだ、お姉様はどうだ?』
……?
「どうってなにが?」
『何歩くらい後ろに下がってついてくるんだ』
「いやー、前しか歩いてないな」
俺は間髪入れずに答える。なんで下がってるのが前提なんだ。謙虚のけの字もありゃしない。
出かけるときは大体荷物持ちとして連行されるが、荷物持ちに前を歩く権利なんてない。むしろ逆に、後ろを歩かれてふらっとどこかに行かれてしまっては、迷子探しするはめになるのでかえって大変だ。
『そうか。じゃあお前のお姉様方はどんな仕事につきたいと思っているんだ』
「は? なんでそんなこと聞くんだよ」
そしてなぜにそんなにうちの姉貴にご執心なのか。
『職業によって奉仕レベルが違うだろう。その成りたい職業に応じて、お姉様方の奉仕力がどのくらい潜在的に備わっているかわかるわけだ』
「わかるわけだ……ってお前は心理学者か何かかよ」
『知りたくないのか? お姉様方の潜在能力を』
いや別に知りたくねーし、あったとしても全然発揮されてねーし、それを知ったところでおまえに何のメリットがあるんだし!と言いたくなったが、まあ確かに、早く嫁に行かせるにはどんなプチ情報でも知っておいたほうがいいか。奉仕精神が溢れている(潜在的に)ならそれを売りにしてアピールすればいい。売り文句が1つ増えるわけだ。もちろん、偽情報であれば返品されかねないが――それはその時考えよう。欠点も利点、美点に魅せることができなければ俺の未来はお先真っ暗だ。いくつになっても1人暮らしをせず実家に居座り俺をこき使い、日々怠惰を貪る姉達の未来像は容易に想像がつく。
「一番上は看護師だ」
『おう。それは知っている。看護師なら、妃乃里さんの奉仕力は最高レベルと言えるな』
判定はえーなおい。なんだそれは。いきなり最高レベルか。
「いやそれただの職業イメージなだけだろ。実際は奉仕の欠片もないぞ」
『それはお前に甘えているんじゃないのかな』
……くっ!。
さっき言った言葉がいかに浅はかだったかを身をもって知った自分が今ここにいる。言われてみて気づいたが、めちゃくちゃ腹ただしい!!! 腹ただしいが言い返せる立場にない。
『真ん中の沙紀さんはどうだ』
「どうだったかなー……大統領になりたいとか言ってたような気がするなあ」
『スケールがでかいな。国民に奉仕するということに関してはこれ以上ない職業といっても過言ではないだろう。最高レベルだ』
また最高レベルか。大統領になりたいなんてどう考えても冗談だが、まあいいだろう。実際何になりたいのかわからないし。しっかり者かつ命令傾向にある普段の口ぶりからして、人を従える仕事には向いているとは思うが。
『それと……なんだ、その……もう1人いたよな。お姉様』
ん? なんだその不気味な動揺は。
『ゆ、ゆ、ゆゆゆな様はどうなんだ?』
ゆが多い……。賢吾にしてはとてつもないどもり方をしている。
「職業か?」
『そ、そうだ。職業だ』
「そうだなー。一言で言えば……パイレーツ」
『……ん?』
「パイレーツ」
2人で顔を見合わせたまま固まった。
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