結奈③

 すると、銃声とは似ても似つかない、まるでパーティー用クラッカーのような可愛い破裂音が鳴った。

 目を開けると、俺に向けられている銃口から花束が出ていた。

「にゃははッ! 驚いたか、驚いたろう! そんな面白い顔するんだったら、今度から『小戸おど ろい太郎』って呼んでやろうか? にゃはははははッ」

 ―――ぶんなぐりてぇ。

 この、人をおちょくる能力に長けている、パッと見中学生に見えなくもない童顔娘は、感情が高ぶって程よく気持ち良い状態になると猫語を使い始める。もちろん、その猫語というのは、人間が猫のように話すことをわかりやすく表現するためのもので、その発言を猫が理解できるかどうかというのはまた別の話。そこまでうちの三女のスペックは豊かではない。

 しかし、これだけはそんじょそこらの女子高生には負けないであろう特徴が結奈にはある。

 その特徴と言うのは、まさに今目の前に映る光景そのものである。それは手品で使うようなおもちゃの銃を向けられて、ちょっと脅かされたことは特に関係がない。

 結奈は、さっきまでかわいげなピンクのパジャマを着ていたはずなのだが、今目の前で流暢に猫語を披露している三女の肩には黒いマントが羽織ってあり、その内側には薄汚れたところどころやつれて破れている白いごわついたTシャツを着ている。その上に青いベストと言えるのかわからない布を纏い、同じような色のズボンを履いて腰辺りにごっついベルトをつけている。どこで買ったのかわからないような茶色いブーツを履き、頭の上には船長が被るような大きな大きなハットがあった。

 ―――髑髏どくろ入りの。

「……相変わらずの海賊ごっこだな」

「ごっこ? ごっこって言った? 海賊を馬鹿にするなんて言い度胸ね」

 目が鋭くなり、腰に携えたサーベルを鞘から抜いて俺の顔に向けて先端を向ける。

「海賊ほど自分のありのままに生きている人たちなんていないわ。こんな偽りの仮面と偽善で満ち溢れている世界で心から信頼できる人なんて海賊だけよ」

 どんだけ海賊信頼してるんだよ。そしてそれは毎日あんたのために甲斐甲斐しく世話をしている俺の前で言うことか? ちなみに、俺はお前のどこにも信頼なんて置いてないからな。言っとくけど。

 言うまでも無いが、うちのお転婆担当である三女は、海賊が大好きだ。

 部屋の中は海賊グッズに溢れ返っており、それほど大きいわけじゃない部屋の中に船首があったりする。もちろん、首だけだ。そこの先端に足を乗せて剣を前に向けて暇さえあれば海賊ごっこをしているのだ。ドアの内側には海賊旗が掲げられ、部屋の隅には宝箱から宝石が溢れている。もちろん本物ではなく、レプリカ。それでも、あるとないとでは全然テンションが違うらしい。壁には碇やサーベル、ピストルなど海賊時代に活躍した武器が飾ってある。

 …………あれ?

「なあ。あそこに鹿の頭が壁から飛び出るような格好で飾ってあるけど、あれは海賊に関係するんだっけ?」

「全く関係ないわ。ただあたしに逆らうとああなるわよってこと」

「見せしめってことか?」

「そういうことね」

 そう上機嫌で言い、花が咲いたピストルの銃口に息を吹きかけると花は引っ込んだ。やはり間違いなく手品道具だ。

 それにしても一つだけ納得できないことがある。

「それにしてもさ、なんでお前スタイルいいのにそんなごわついた太って見える服を着てるんだよ。サイズ違うだろ、それ」

 違和感の仕事っぷりが半端ない。

「な、なによ、いきなり褒め称えちゃって。いいじゃないの。あたしは大海賊ティーチ様を尊敬し、欲しているの。それとも何? あたしのこの洗練されたボディラインを野良の男どもに披露しろって?」

 野良の男ってどういうことだよ。野良と野良じゃないの定義がわからん。

 ちょっと俺が表現が直接的過ぎて調子に乗らせたかもしれないが、まあ確かにボディラインという点に関して言えば、結奈は確かに洗練されているといっていいだろう。いわゆるモデル体系で、胸こそBカップだがくびれや等身、ところどころの肉つきの程度が、見ている分にしてみれば美しささえあると言えるかもしれない。

 そんな結奈がこんな中学に入学したての男の子が成長を見越してちょっと大きいサイズの制服を着て、いわゆる制服に着られている状態みたいな状況になっているということは、詰まるところ、大海賊ティーチ様は大柄な風貌のようだ。

 細身の女の子がこんなごわついた服を着ていると、なんか変な感じだ。

「ん~まあそういうことかな」

「なによそれ……。いいの? あたしの……姉のボディラインを他の男に見られて」

「別にいいだろ。減るもんじゃないし」

「なっ……」

 結奈は肌を少し赤くしてふくれ顔を披露すると、部屋の隅にそそくさと移動し、ピストルを手にしながら大砲の影に隠れ、こちらをこっそりと見ている。サバイバルゲームみたいに身を低くしながら。

「大体あんた……さ、その……あたしのパ、パンツ……どうするのよ」

「どうするって?」

「そ、その……何に使うのよ」

 何に使う―――?

 全く考えてなかった。利活用について考えが至っていない。

 ……いやいやいや、考えなくていいわ。あくまで結奈の反応を見るためであって、そのもらうという行為及びもらった物については、何の意味も無いのだ。

「……使うのよね?」

 その使うっていうのは履くってことでいいんですよね、そうですよね。

「使いません」

「えっ……」

 何びっくりしてるんだよ。履きませんよ。履きませんとも。

 もしその日履くパンツが無かったとしても履かない……と思う。

 だったらノーパンで出て途中のコンビニで買うわ。

 そしてさっきから大砲の後ろでオコジョか何かみたいに顔が出そうで出ないで、出たり引っ込んだりしてるのは一体何なのか。なんかくすぐったいんだけど。じれったいんだけど。

「で……でもさ、その……か、被るんでしょ……? あたしのパンツ……」

「…………は?」

 これまでの姉を見る視線から変態を見る視線にスイッチする。

「被ってどうすんだ?」

「ななな何がぁ? 結奈ちゃん、よくわからないなぁ」

 こいつにしてはめずらしい。近頃類を見ない動揺っぷりだ。

 でもその動揺している顔はどこかニンマリとしていて、にやついている。

「……じゃあさ、あんたのも頂戴よ。パンツ」

「……へッ?」

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