辻橋女子高等学校⑨ ― ウサギさんパンツ、クマさんパンツがあるなら、ウサギ&クマさんパンツがあったっていいじゃないか
キョロキョロと顔を動かす沙紀。
俺を肩に担いで首を動かせるなんて随分筋肉的余裕があるもんだ。
まあ、そんなこと今更だけどな。
考えたくもないが、十中八九俺のジュニアを探しているのだろう。
しかしこの組み体操スタイルでは、自分の顔のほぼ真後ろにソレがあるため、服越しであるが自分の視界にブツを入れることはできない。
だからやめてくれ。コイツのあたりで頭をサワサワするのは。
別に……ナニがどうにかなるわけじゃないが、でもナニがちょっとナニだから…………とりあえずやめてくれ。
「あのさ、ジュニアの機嫌を伺う前に、俺を気づかってくれないかな。辛いんだけど。さっきから」
まあジュニアも俺と言えば俺か。
「ふっ。こんなことくらいでごたごた言っているようではお前もまだまだだな。それではいつまでたっても立派なジュニア保持者にはなれないぞ」
じゅ、ジュニア保持者?!
なんだその何かを勝ち取っているような物言いは。なんか立派なモノを持ってるげじゃないか!なんかチャンピオンベルト的な!!!
……単純に考えるとそれを指し示すのは男ってことだけだけど。
立派なジュニア保持者―――要は立派な男という、ただそれだけのことだけど。
眠気も強制的に物理の力で目覚めつつあり、頭が回り始めてきた。
……いや、ちょっと待て。なんかこれもどことなく強制的というか物理的というか……目の前がまるで走馬灯のように景色が変わっていくというか……でもそれは同じ景色がずっと無限ループというか……。
「回転やめろおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ! 吐く! 吐いちゃうからやめてえええええええええええぇぇぇ!!!」
「ふん。その上がる気のない瞼をどうにかしたいと思ったのだが……なんかよけいに重くなったんじゃないか?」
はぁはぁ……。
お前のスケート選手もびっくりな回転で水分が外側に押し出されたんじゃ! 顔と足がむくみ放題じゃボケェ!!!
……ふと思ったのだが、朝からこんなにプロレス技をかけられることは今まであっただろうか。
いやないわ。こんなご機嫌が極まっている朝の沙紀は見たことも聞いたこともない。というかそんな時間ないしな。いつもは―――ん?
「いてっ!!」
組体操―バージョン・かかし―の状態から俺の体を自分の首の根を軸にして上半身と下半身それぞれを支えている腕を下に思いっきり下ろし始めやがった。
「いたいいたい! いたいっつの!」
人が必死でわめいているのにちっとも力を弱めやしないこの女。
こうやって弟を持つ姉達は、家族外にひた隠しにする内に秘めたパワーを他の誰でもない、立場が自分よりも絶対的に低い、先天的に、運命的に引くい肉親に全開放して日ごろ蓄積したストレスを放出するのだ。
同情するぜ、同志よ。だから俺にも同情してくれ!
今度は力をかける方向を変え始めたぞ、このメスゴリラ。
俺の体をどうしたいんだ。もうだいたい起きたってば。
「イテテテッ。イターーーーーッ……あっ」
―――なんだろう。
急になんか痛みが薄れて、なんか……暖かい。ストレッチして体を伸ばしたときみたいな。
別の角度から例えれば、痛さに耐えられないから身体が気を利かせて麻酔を打ってくれているような、むしろその痛みが快感に感じるように、刺激を変換されているような―――。
体がだんだんほぐれていく感じがする。
―――と少し気持ち良くなっていたら急に床にドシンとうつぶせに投げ置かれた。
叩きつけられなかっただけマシかな。
「ふぅ…………グハァッ!!!」
背中に乗られ、足で身体を押さえつけられ、右腕を後ろに引っ張られ、肩のあたりをしきりに触られる。そして骨と骨がこすれるような、関節が外れるような音が体の中を通じて聞こえた気がする。ゴキッって。
……でもまただ。
さっきと同じだ。沙紀に執拗にいじられた場所が暖かい。これが人間として感じてもよい暖かさなのか、そうではないのか判断つかないのが怖いところだが。
「なんかいつもよりも体が凝っているようだが何かあったのか?」
だからあったよ!
お前さんのせいで俺の体はバッキバキだよ!
自分の胸に手を当てて聞いてみろ、思い返してみろ!!!
覚えてないだろうけどもさ。
「……ちょっとね。昨日の夜中に宇宙人にキャトルミューティレーションされてね。肉体改造をされたんだよね」
「ダウト」
ダウト?!
なんだいダウトって。トランプはしてないぞ?
「筋肉は嘘をつかない」
なんかもうほんとにプロレスラーになってしまったんじゃないか? 気分はプロレスラーってやつか? もしかして趣味にとどまらずその道に進むつもりじゃないだろうな?! その道はいろんな意味で姉に対する弟的不安が何倍にも跳ね上がっちゃうぞ。
俺が姉御によってもたらされた身体から溢れる暖かみと沙紀の言葉に頭が沸騰することによる熱さで体温が上昇している間に、沙紀は俺の体の筋肉を触りまくっていたようだ。もはやどこか麻痺しているような雰囲気もあり、どこを触られているのかわからない。もしかしたら、限りなく可能性は低い(と思いたい)が、ジュニアが対象となっている可能性も否定できない状態だ。もしかしたら、その触診のせいで体がホカホカなのかもしれない。……考えたくもないが。
「じゃあ筋肉はなんて言ってるんだよ」
体がポカポカでまた眠くなってきた。
「そうね……言うならば新たな女の出現……そんな感じかしら」
筋肉占い師の誕生である。
何を言い始めたのかねこの人は。
新たな女の出現?
……まあ陰陽師の子が該当するといえばするけども。
「宇宙船の中には女らしき生き物はいなかったぞ……イテッ」
またどこかの関節が捻じ曲げられたようだ。
俺の身体をなんだと思ってるんだろうねこの人。そして何がしたいんだか。いつの間に整体術師の真似事を始めたんだ。真似事というのは決して整体術師のような、体を整える気のある動きに見えないからだ。端から見れば、寝技をかけているようにしか見えないだろう。
「その話はもう私の体を通り過ぎて、それこそ宇宙の彼方に飛んでいった。それよりもどうしてこんなに……女の子の匂いがするんだ」
女の子の匂い……? 何を今度は何を言い始めやがった。
もはや今自分が何のプロレス技をかけられているのかわからない。かなり我慢してたが意識が朦朧としてきた。ほぼ眠気MAX状態と同意だ。脱力全開の俺の体は、もはやタコ同然の軟体動物と化している。この状態で技をかけられても、それはもう心地よいマッサージを受けているようなものだ。俺の体は次々と姿勢を変えながら、手を加えられながら、大いなるパワーを受けてほぐされている。
そして刺激を受けるたびに、意識が遠ざかっていく。
……気持ちいい。
―――。
――――――。
パシーーーンッ!
ん? なんか頬に激しい音を伴った刺激を受けたような……。
「おい、起きろ。そして私に説明しろ。どうしてこんなに知らない匂いがムンムン漂っているんだ。おい!」
パシン、パシーンと周波数高めな音が部屋に響く。左右に、リズミカルにパシパシ叩かれているようだ。いわゆる往復ビンタ。自分の腰辺りに座られ、胸倉を掴まれての往復ビンタである。その間隔はどんどん早くなっていくが、もう俺はそんなことでは起きない、いや起きれない状態になった。そうしたのは沙紀、お前だ。疲労、圧倒的睡眠不足、そして沙紀の謎の整体技術によって体がほぐされて心地よい状態―――これらの要因が合わされば、もう人である以上、陥る状態は一つしかないさ。
体の華奢さに似ても似つかないパワーによる往復ビンタは、最終的にはメトロノームもびっくりしてしまうであろう超高速ビンタとなっていたが、それに耐えている俺の首もなかなかじゃないか?と自己評価しながら、俺の意識は昏睡の泉へと沈んでいく。
――――――。
――――――。
「…………えっ……熊……???」
――――――。
「それに………ウサギだと………?!」
――――――。
「熊とウサギがイチゴを仲良く食べている………パンツ………。これが知らない女の匂いの原因か………」
「……………………ふー。やっぱりか」
―――ク……マ…―――ウサ……ギ…―――パンツ………………………………………。
「これは……我が家始まって以来の特大な非常事態だ。妃乃里姉様に報告しないとっ……!!!」
沙紀はそう言うとすごい勢いで部屋から出ようと出口に急ぐ。
「……ってまってまってまってまってまっったったーーーっ!!! その報告まったったったーーー!!!!!!」
意識がなくなる瀬戸際、おそらく0.1秒でも遅かったら反応できなかったくらいのタイミングで俺は眠りの底から這い上がる。
「それだけは……それだけはやめてくれ姉御!!!」
くそっ! 完全に忘れていたぞ。このパンツのこと!!!
数時間前のあの怒濤の訳の分からない展開の最中であの子とパンツを交換したの忘れてた!!!
てかなんで俺のパンツ見てんだよ沙紀はっ!
……あれ?
ちょっと待って。
声が変だ。
なんだこの声。
どうして女の子みたいな声に変わっているんだ!???
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます