辻橋女子高等学校⑩ ― 声を荒げないとわからないことがある
―――おい、左手…………。
―――おい、俺の右手よ…………。
―――生きるんだ。生きてくれ。生き延びてくれ!
―――ついでに右足も…………耐えてくれ。
―――そして俺の体よ…………ちぎれないでくれぇぇぇ!!!
「は、離せ、奏陽!これは我が家の一大事であるとともに、お前を進むべき道を正すためでもあるんだ。お前を救いたいだけなんだ!」
ドアと最も近いベッドの脚の距離は、ちょうど俺が手足を全開で伸ばした距離―――俺の体は今そこに一切のぶれもなく直線距離でベッドの脚と沙紀の脚にジョイントしている。沙紀がドアを開くギリギリのところで目覚めた俺にできることは、寝ぼけた頭でなんとか自分の部屋のレイアウトを脳内で復元してそこに自分を当てはめ、この体制で沙紀の脚を掴むことだけだった。
沙紀の普段全く聞かない荒げた声が部屋中に響く。
そして俺の聞き覚えのない、いや、話し覚えのない女声が後を追う。
「いや大丈夫だから!全然大丈夫だから!見通しのいい幅広な超安全快適な道を一生懸命歩いているから!何の心配もないって!」
「ダメだ!私の溺愛する弟が道を踏み外すなんて……それを知っておきながら見過ごすなど、私には……そんなことはできなーい!」
「わかる!わかるけど!姉御の気持ちはうれしいけど、もっと俺の気持ちをわかってくれ!話を聞いてくれ!これにはのっぴきならない事情があったんだ!とりあえず一旦落ち着こ!ねっ!!!」
…………。
聞く耳を持ってくれるようになったのか、沙紀の出て行こうという意思を持った力が次第に弱まっていく。
ようやく止まってくれたか……そう思って上を見上げると、水色のパンツと一緒に沙紀の困惑した目がそこにあった。
なかなか見ない表情だ。今日は滅多にない沙紀の荒げた声といい表情変化といい、めずらしい次女の姿をよく見るな。
……まぁ、それだけ俺のことを思ってくれてる……ってことだよな。
なんかあれだな。調子くるっちゃいそうだな。少し面映い。
沙紀はかがんで自分の脚から俺の手を解くと、ドアから少し離れた場所でドアに背を向ける形で正座した。
座ってくれたことにほっとしつつ、次女のパワーに抗った故の筋肉疲労―――麻痺と言っていいかもしれない全身疲労を有しながら場所を移し、沙紀と面と向かい合って対峙し、正座をする。
沙紀が正座をしたときは、面と向かって‘話す’時だ。それはどちらかからの相談なのか、沙紀からの一方的な説教なのか、はたまた日常会話なのか、それはその時々で異なる。
「……ならば話してみよ。その、のっぴきだかどんびきな事情とやらを」
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