妃乃里と買い物⑭
「場所は狭くていいし、バスト測るんだから立ってするのは当たり前だろうが。いいからさっさと腕をちょっとふわって上げてくれ。ふわっと」
「もう~。奏ちゃんったら~。ムードのムの字もないわね。額にムって書いてあげよっか?どうせなら三連続で書いてあげるわ。ムムムって」
「それだと常に訝しんでる人みたいになっちゃうだろ。常に何かを凝視してる感じだわ」
「あら、別に間違いじゃないんじゃない? 奏ちゃん、いつも、いーっつも人のおっぱいばかり見てるじゃない。朝私が着替えるときとか、帰ってきて着替えるとき、そしてお風呂入るときとお風呂あがってからとか」
「それはお前を朝起こして俺が服を脱がせて着替えさせてるし、帰ってからもそうだし、お風呂もそうだし、別に見ようと思って見てるわけじゃねーよ。見ざるを得ないんだ。そのでっかいパイを考慮して世話をしないと、お前の世話は勤まらねえんだよ。お風呂上がってからはもはや自ら見せつけてるようにしか見えないぞ。結奈なんてお前の胸を見るたびに自分の胸に手を当ててんだぞ。少しは思春期の女の子の気持ち考えてやれよ」
お風呂……? と麗美は少しひっかかる。声質的に明らかに女性と男性の会話で、おそらく、先ほどまでいた二人だと思われる。男女間のことで、その上お客様なのだからそんなプライベートなところに踏み込むことはないのだが、いずれはこの閉ざされたカーテンを開けてこの試着室の中に踏み込まなければならない。この店を司る店員として、最低限の風紀を守る義務がある。
「大丈夫よ、奏ちゃん。そのうち世間の荒波に揉まれに揉まれ、揉まれつくされてそのうち自分の胸のオリジナリティに気づいてむしろ誇らしくなるわ」
「でもそれはあれだろ、自信のある人の言い分だろ? 悩んでる人は悩んでるんだよ」
今のこの男性、たぶん、さっき店内にいた男性だと思うが、あの男性は良い人なんじゃないかと麗美は思った。
「そもそもおっぱいに良いも悪いもないわ。自分がどう思うか、そして、相手がどう思うかよ。人間ね、あるもので生き抜いていくしかないのよ……」
過去に何かあったのだろうか。闇を感じる……。
だんだん深い話になってきて、なおさら話しかけづらくなってしまった。
「しかし奏ちゃんたら。私のおっぱいだけでは飽き足らず、結奈ちゃんのおっぱいまでも見ているなんて、おっぱい狂も極まれりって感じね」
これを聞いて麗美はこれまで抱いていた疑問が一つ解けた。というのも、この奏ちゃんという男の人が買うブラジャーのカップが、これまで様々だったのだ。自分用に買っているのかと可能性の一つとして思ったことはあったが、先ほどからの会話を聞く限り、姉の下着を買いに来ていたということのようだ。
これにより、麗美の中での奏ちゃん良い人度が、また少し上がった。
「だれがおっぱい狂だ。ってか頼むから小さい声で話してくれ、マジで。そしていい加減測るぞ」
「……いやんっ」
「いいから!」
小さいイライラのこもった声が聞こえた。
「……ねえ」
「なんだよ」
「一つ気になるんだけど……これってここはどうすればいいのかしら」
「なっ……そこがどうした?」
「え、だってここで測るんでしょ? 乳首の先で。だったら元気ビンビンな気分の時とやる気な~い気分の時だったら結果が違うんじゃないかしら」
「んー、まあそうか。確かに最大の長さで考えた方がいいかもしれないな……よくわからんけど」
「やっぱそうよね」
「そうは言っても、そんなすぐできるのか?」
「え、あ、まあ、う~ん、そうね、まあもうなってるかもしれないし~、なってないかもしれないし~?」
「まじか! あ、ほんとだ。そんな自由自在なのかよ」
「だって、さっきから奏ちゃんがそのメジャーでこそばく当てていじめるから」
「いじめてねーよ! 一生懸命やってんだよこっちは!!!」
こんな聞くに絶えない会話を、無表情でだまって聞いている麗美。聞いていてはいけない気がするし、でもこんな会話をしているお客に対して、今、他に誰もいないからいいものの、本来であればとっくに注意していなければならないのだろう。本来であれば。麗美には、踏み込むタイミングが見つからなかった。
「あん……ちょっと…………そんなきつく絞らなくても……やんっ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます