妃乃里と買い物⑬―姉と試着室に入るなんて間違ってる

 とある中規模都市の中心にあるデパートの三階に、一人の店員がいた。

 麗美あきら(れいみあきら)。若干十八歳ながらも、時には一人で店番をまかされるほどの信頼と実績を積み上げてきた優秀な人材である。


 とある日曜日のお昼過ぎ。一週間で一番客が来るかもしれないこの時間帯に、もう一人いることになっていた店員が急に仕事に来れなくなり、一人で店を回すことになった。

 麗美はそのことについて怒るわけでもなく焦ることもなく、いつも通り冷静に店内を見渡していた。

 予想通り、平日より多くのお客が店内に綺麗に並べられた下着を見ている。

 麗美は商品を整えながら店内を回り、お客に声をかけようかどうしようか迷っている。しかし麗美が近くに寄ると大抵の場合、お客さんはその場を離れてしまう。麗美はそのことについて悲しむわけでもなく、落ち込むでもなく、淡々と持ち場に戻る。麗美にとって、こういう事は日常茶飯事であり、特にとりたてるものではない。もう慣れっこなのだ。麗美あきらにとっては。

 

「どうしてこの店には男の人を働かせるているんですか?」


 そんな質問が同僚にぶつけられることは、よくあることではないが、滅多にないことでもない。そこそこある。この質問の真意は、麗美がお客に話しかけようと思っても、距離を縮めど広がっていくその理由と一致している。

 それは、麗美の良い意味でも悪い意味でも人目を引く容姿にある。


 麗美はよくスカウトマンに声をかけられる。それはアイドルとか女優とか、モデルではない。いや、モデルはモデルなのだが、それは麗美に適している職業としてのモデルではない。男性モデルとしてスカウトされるのだ。八等身というすらっとしたスタイルの良さが、繊細な顔立ちの小顔をさらに魅力的にしている。


 一つはっきりしておきたいのが、麗美あきらは女性だ。男性モデルとしてスカウトされるということだが、端からみれば女性モデルとしても問題なくやっていけるように思える。身長も百六十五センチと女性では低いということはない。実際、モデルとして活躍している人の中には男装すれば男性に見える人も少なくない。麗美も男性モデルとしてスカウトされた後に自分が女性だと告げた結果、それならそれでかまわない!と目をさらに輝かせて勧誘してくるスカウトマンもいたようだ。麗美はその度にごめんなさいといって少しだけ頭を下げて、その場をそそくさと去って行くというのはよくあることらしい。


 そんな麗美だが、店員と言っても正社員ではなく、アルバイト。まだ高校生だ。だからと言って無責任に仕事をしているとかそういうことではなく、教えてもらったことはしっかり覚え、臆することなく接客をしている。ただ、麗美自身はやる気満々であっても、お客の方が寄りつかないことが多い。そんなことだから、店を二人で回そうが、一人で回そうが、麗美のやることは変わらない。忙しさは変わらないのだ。


 今、麗美と同い年くらいの男性が店舗エリアに入ってきた。よくこの店に来る常連だ。今日は珍しく女性と一緒だ。いつもは店内に入る時から挙動不審だが、今日は女性と一緒だからかすんなりと入って来た。


 連れの女性に合う下着を探しているのだろうか。店内の下着を隈なく目を凝らしながら探している。よく見るとともに、その目の動きは非常にすばやく、下着に触れる時や、移動する時の動きが相変わらずせわしない。まるで女性のいない隙を狙った空き巣でもしているかのような動きだ。


 今、この店の中には店舗を埋め尽くすとまではいかないまでも、やはり平日の同時刻よりは人は入っている。十名弱といったところ。決して広い店舗ではないため、それだけ人がいると混んでいると言っていい状況になる。


 入ってきた少年はというと、この店の状況にすごく居心地の悪さを感じている。他の女性客は、チラチラと少年を視界に入れては外すを繰り返している。まるで少年にその様子を知らしめるように、意味ありげに、むしろ意味があるのだと、嫌味があるのだと主張するように。少年が居ようが居まいが関係なく、何も気にしないで買い物をする女性も多いが、女性専門の下着屋に男性がいるというが嫌という人も結構いるのだ。少年はもちろんその店内に蠢くヘイトに気づいており、だからこそ、そそくさとせっかちな動きになっている。早くこの場を去らないと店側から損害賠償を請求されかねないと不安を感じている。駄菓子屋に来た女の子みたく、天真爛漫にあらゆる下着を手に取って見ている連れの女性とは真逆の様子と言える。その様子を少年も見ているわけだが、楽しみながら下着を一つ一つを手に取って見て回る連れの女性に苛立ちを覚えるも、それをなるべく表面に出さず、その感情をなんとか視線に込めるだけに留めている。


 麗美はしばらくの間、接客にレジ対応にと忙しかった。もしかしたら、男性の入店によって、みな急いでいたのかもしれない。一息ついたときには店内には誰も見当たらなかった。その他のお客を急かせたかもしれないあの忙しない動きの男性も、見当たらなかった。

 店内整備で見回っていると、試着室が一カ所、カーテンで閉じられていた。


 試着室にじっと目を向けていると、カーテンが時々揺れている。あまり揺れることはないのだが、中で一体何をしているのだろうか。お客が試着をするときには、大体フィティングも兼ねてるので声かけしてもらうことが多いのだが、特に聞いてもいない。とりあえず、お客様が声をかけやすいように、カーテンの外から「ご用命があれば申しつけてください」と伝えようと思い、麗美は使用中の試着室に向かった。


 試着室に向かう最中も、カーテンの荒ぶり方がすごい。声をかけていいのか躊躇してしまうくらいだ。むしろ違う意味で声をかけた方がいいんじゃないかと思うが。大丈夫ですかと。


 麗美がしばらく見ていると、ポーン、ポーンとブラジャーなりパンツなりが試着室の上部から外に投げ出されてきた。時には麗美の頭の上にGカップのブラが乗った。

 

 麗美はその綺麗に整った顔を歪ませることはなく、投げ出された商品を一つ一つ拾っていく。これらの商品を足していけば、総額六桁くらいには十分なるであろう。麗美は下着を拾いながら徐々に試着室に近づいていく。


「じゃあ奏ちゃん、さっそく測ってもらおうかしら。私のおっぱいを」


「しーっ! 静かにしてろよ。中に俺がいること気づかれたらいかんでしょうが」


 どうやら中には奏ちゃんという人がいるようだ。さっきの男性だろうか。


「なんで? なんでいかんのかしら。別に同じお腹から生まれてるんだからいいじゃない。ちょっと入っていた時間帯が違うだけで、むしろそれだけの違いなのよ。もし同じ時間にお腹の中にいたら、双子だったわけで、もしかしたら一心同体だったかもしれないわ。いや、きっとそうよ。一心同体なのよ、私たちは。だから、ね? いいのよ。奏ちゃん」


 女性は色気たっぷりな口調で男性に迫るように言った。


「はちゃめちゃ理論過ぎて何言ってるかわかんねーよ。なんだよ一心同体って。そんなこといいから早くやっちまおうぜ」


「え……しちゃうの……ね。いいわ……いいわよ、奏ちゃん。ちょっと場所は狭いし、立ってすることになるけど……奏ちゃんがいいのなら、お姉ちゃん……いいわよ」


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