妃乃里と買い物⑱ ー 女性下着屋の店員と一緒に試着室で脱衣とか……

 一緒に試着ってどういうことだ?

 どういうことだと思う?

 どういうことだろう。


 ――――――いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!!

ほんとどういうことだよ!!!

 

 一緒に試着してみますか? だって……?


 え???

 いや、試着してみますか?ならわかる。

 この下着屋の店員として、売っている商品をお客様に試着してもらうということだ。それは、店内で見れる光景としてあることだし、あるべき姿だ。


 「一緒に」というワードがこれほどなインパクトを持ったことがあるだろうか。


「……どうしますか?」


 どうしますかって……どうしましょうよ。

 試着室ってあそこだろ? 隣で妃乃里が大試着中のあそこだろ? 妃乃里がワーキャー言って試着を楽しんでいるようだが、俺の心中は違う意味でワーキャー言っている。困惑的な意味で。


「……試着はこちらで行いますが」


 いつの間にか麗美店員は移動しており、妃乃里が入っている試着室の右側の部屋のカーテンを開けてスタンバっていた。

 明らかに俺に向けられたその視線。

 道行く人がその光景を見ていっている気がしてならない。

 その道行く人からはどんな風に見えているのだろうか。

 ブラジャーを持った男と、その男に試着室のカーテンを開けて中に入るように誘致している男とでも見えているのだろうか。とてもこの手の店で見ることができる光景ではない。

 数タップで写真を撮ってインターネットにアップして世界中に晒すことができる今の世の中で、このままの状態を引き伸ばすのは得策ではない。

 俺は麗美店員の元に行き、細い指でまくし立ているカーテンを閉じに向かった。


 しかしあんなひょうんなことからの冗談がこんな展開を招くとは誰が思うだろうか。

 

「あの、麗美店員……」

「どうしました?」


 どうしました?という問いかけには、こちらへどうぞと言わんばかりの手招きが添えられていた。入れ感満載だ。


 俺はその感情を読み取れない一直線に俺を見る目とカーテン、手招きとそれぞれ役目を与えられている麗美店員の両手の圧によって、俺は抗うことができず、促されるままに試着室に入った。


 さっき妃乃里と入っていた隣の試着室と同じ構造。足元にはグレーの薄い絨毯生地が敷かれ、正面に全身鏡がある。横には服をかけるための突起物があり、そこにハンガーを使って服を掛けることができる。試着室にはお客と店員が一緒に入って採寸などできるように作られているはずだから、最低でも二人は入れる仕様になっているのであろう。実際、さっき隣で妃乃里と入っていたが、入れるには入れるけれども、なんと言うか、対面する格好であれば、お互いの息が当たるような距離だ。鏡に向かって二人が立った場合、少し動けば肩が当たってしまうかもしれない。


 サーーッ――――――。


 カーテンの閉じる音がした。明らかに自分ひとりだけではない息遣いが聞こえる。

 

「奏ちゃんさん」


 ちゃん付けにさん付けを重ねたこの呼び名……。

 その呼び方で呼ぶということは、間違いなく俺と妃乃里の会話を聞いていたのだろうが、二重敬称というのは歯がゆさが半端ない。

 麗美店員はカーテンのあたりを整え、こちらを向いていた。本来なら妃乃里とこの人が一緒に入るべきなのにと、今起こっている事態を受け入れることができていない。

 

「そのブラジャー、お互いがお互いを似合うと思っているので、どちらが似合うか決めましょう」


 …………いやそんなことしなくても。

 似合う似合わないの前に意味の問題にもなってくるし。

 麗美店員が女性であればつければいいし、男性であればそれは俺と同じでそういうご趣味がある人ということになる。もちろんないけど。


「何事もあやふやで終わることはよくありません。あやふやにしたままでは、前にも後ろにも進むことができません」


「は、はぁ……」


 なんだこの反論、異論を唱えられないような空気感は。麗美店員の目の真剣さは、いやこの人の場合いつも真剣そのものなんだが、なぜこんなにもこの件に関して真剣なのか…………っておいぃぃぃぃぃぃ!!!


 麗美店員をちらりと見たら、既に脱ぎ始めていた。首元に蝶ネクタイをつけた黒タキシードを手馴れた感じで脱いでいく。

 躊躇のちゅの字も感じられない脱ぎっぷりにやっぱこの人は男なのかなと思えてくる。


「……脱がないんですか?」


「ちょ……ちょっと待ってください!!!」


 もうあとはワイシャツ一枚―――肌着を着ていなければそんなところだろう。大してよく知らない相手にすさまじい脱ぎっぷりを見せる麗美店員。一体、何がこの人をここまで駆り立てるのか。


「……脱げないんですか?」


 俺があまりに躊躇していると、服の脱ぎ方がわからない子扱いされてしまった。すでに麗美店員は俺の服を脱がせようというモーションに入っている。


「いや、大丈夫! 自分で脱げます!」

「そうですか」


 麗美はそう言うと自分のワイシャツのボタンに手をかける。

 俺はとっさに後ろを向き、さらに目をつむった。なんとなく。


「あの」

「は、はい! なんでしょうか」


 男なのか女なのかわからない相手とこんな密着密室空間にいて、なおかつ相手がこんなに真近で脱ぎっぱなすことが、こんなにもどうしていいかわからない心情にさせるとは誰が想像しただろうか。もちろん男同士ならどうってことない。お互い体を見せ合ってもいいぐらいだが、女性であった場合、もうこれはどうなるんだ? 下手すれば不法侵入的なそういう扱いにもなりかねないんじゃないのか? 


「あの」


「は、はい!」


「脱いだのですが……」


 ……脱いだんだ。脱ぎ終わったんだ。


「まだ脱衣がお済でないのであれば、私が先に試着しましょうか?」


「…………じゃあ、それで……」


「ではあなたが右手に持っているその濃い緑色のブラジャーを貸していただけますか?」

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