妃乃里と買い物33 ― 最後はやっぱり力技
……はぁ……はぁ……。
どんだけかてぇんだこのベルト!!!
この華奢な腰周りで一体なにが起きてるんだ。
無作為に手を動かしていたら、麗美店員のわき腹とパンツスーツの中に指が入ってしまった。
ウエストにだいぶ余裕があるな。体が細いと細いで不都合があるのかもしれない。
……てかもしかして、細すぎてベルトが変になってるんじゃないかこれ。いや絶対そうだろ。だってこんなに指入るもん。入りまくり。入れ放題ジャン。
ズボズボと指を出し入れしていると、ちょうどわき腹あたりにさしかかったとき、麗美店員の体がブルッと震えた。
……しまった。調子に乗りすぎた。
人の体だということを忘れていたようだ。
マネキンとまでは思っていないが、人間を相手にしていることを忘れさせるほどに静かな人だ。
そういえば、もしかしてまだ俺をじっと見てたりするのかな。麗美店員は。無表情で感情の読めない顔で見下ろしていたりするのだろうか。
その確認がてら、麗美店員の顔を見上げた。
すると、意外にも俺の方には顔を向けていなかった。
どこを向いているのかと言うと、個室の出口、かつ入り口であるカーテンの方を向いていた。
何を見ているのだろうとその先を見ると、カーテンが少しだけあいていた。
いや開いてちゃだめだよ。一切の隙間も許さない状況だよ!!!
すかさず閉めようとそこに寄ると、見覚えのある、そして絶対に見られたくないヤツが俺の目に入ってきた。
………………。
血の気が引くとはこのことか。
背筋にこれまで感じたことがないほどの寒気が駆け抜けた。
駆け抜けただけじゃ飽き足らず、背中を渦巻くようにかけめぐっている。
いつもツンツン頭だが、今日はそのツンツンがさらに進化し、もはやハリネズミと化している俺の同級生かつだいたい一緒にいる賢吾の姿を視界に捉えた。
What?!!!
なんであいつがここにいんだよ!!!
そういえばこの間、屋上でデパートに行ったとか言ってたけど、もしかしてここのことだったのかよ。
なぜ賢吾がここにいるのか考えても仕方がない。しかしこれはいろんな意味でやばい!
今最も誰が危ないのかというと、それはもちろん賢吾に違いない。俺の今の状態もいろんな意味で危ないが、賢吾は下手をすれば留置所送りになる可能性がある。このままいけば、間違いなく妃乃里のいたずらの餌食になる。
俺が女性下着屋で買い物をしているということが、賢吾の知るところとなってしまう。それだけならまだしも、今の俺の現状を鑑みるに、この状態を知られた暁には、もう通常のメンズとは見てもらえなくなるだろう。
妃乃里と賢吾の距離は十メートルと言ったところか。
賢吾は妃乃里を知っているが、それは昔の清楚系優等生時代のことであり、今の目の置き場に困るような服装をしている姿を見ても気づかないかもしれないが、それも時間の問題だろう。今は妃乃里が賢吾に背を向けている状態なのでおそらく賢吾は気づいてはいまい。
妃乃里は先ほどの金髪の時と同じ場所である通路側に置かれている下着を見ていた。
それはすなわち、完全にスタンバイOK状態であることを意味する。
新手のハニートラップを引っさげて待ち構える妃乃里。ただの愉快犯、そして快楽犯である以外にほかない。
表には出していないが、早くいたずらしたくてしょうがないと心の中で思っているはずだ。俺にはわかる。
ほんとに一刻の猶予もなくなってしまった。
早くここを離れ、賢吾の対処に向かわないと……。
俺は再びベルト解体作業に取り掛かった。
くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおっ!
全然外れねぇ! 外れる気がしねぇよ!!!
このままでは――――――でも俺はあきらめない。
もう……もうこの手しか……ない…………。
いくぞ…………。
今の俺にためらいなんていう言葉は存在しない。
それぞれの親指を麗美店員のわき腹あたりの隙間に指し込み、片膝をついたまま片足を立てて体勢を整える。
……ふんっ!!!
―――このとき、俺は一体どういう行動を取れば正解だったのか、今でもわからない。ただし、もっといい方法があったのではないかとは、今では思ってはいる。あの時俺が個室から出て行くときの麗美店員の初めて見せた赤ら顔は忘れられない。
俺は自分のありったけの力を込めて麗美店員のベルトをパンツスーツごと下におろした。
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