辻橋女子高等学校 編
辻橋女子高等学校① ― 風呂を上がって着替えがないことに気づいたときのそこはかとない絶望感
週の真ん中水曜日―――。
この言葉を聞くと疲れがどっと込み上げてくるのはきっと俺だけではないはずだ。疲労のブーストワードとでも言うべきか、どこからともなく来るだるさが全身を駆け抜けていく。いや抜けていかない。滞留している。もう水曜日かなんていう人は、それはそれは毎日充実していてすばらしくきらびやかな人生を歩んでいるに違いない。そんな憂鬱感漂う呪文を朝っぱらから躊躇無く、遠慮無くテレビの中でにこやかに唱える綺麗なお姉さんに対し、全国民に対する攻めっ気を感じずにはいられない。でも逆に、そんな疲労ブーストワードをお姉さんの明るい笑顔と声で水曜日の絶望感をかなり緩和させているのも事実だろう。それを聞いて元気がでるという人も少なくないだろうからな。もしお天気お姉さん、女子アナウンサーがいなかったら、この国の発展はなかったかもしれない。
それは朝の話。今は産まれながらにして負け組な人生のいつも通りの一日が終わろうとしている。
今日もがんばった。がんばったよ、俺。自分で自分を褒めてやる。人間、褒められるということはとてもうれしいことなんだとつくづく思う。褒められると、そんなことないけどとか言いながらも、思いながらも、細胞一つ一つがどこか暖かくなる、活き活きする、喜んでいる、そんな感じがするのは俺だけか。そんなに褒められる機会がないから、そういう時が来ると珍しくて細胞がびっくりしているだけかもしれない。そんな機会、待っててもその時には頭をハゲ散らかしている可能性があるので、自分を褒められるタイミングがあれば、自分で褒めてしまう―――こうでもして気持ちを維持していかないと、三人の姉たちに立ち向かうことはできない。
今、夜十一時を回ろうとするところ。俺は脱衣所の扉の前にいた。
学校への送り出し、夕食作り、妃乃里と結奈の二人を風呂に入れて、今、ようやく自分が入る番が回ってきた。沙紀が入ったかどうかは確認していないが、今、風呂場が空いている以上、先に入った者勝ちだ。
幸い、俺が先に入ろうが、後に入ろうが、「あんたの後の風呂なんて入れたもんじゃないわ」とか「あたしの後の湯につからないで!」とか、そういう仕打ちは今のところ受けてはいない。まあそんなこと言い始めたらいい加減全て自分でやれと言ってしまうだろうな、さすがに。いくら俺でも黙ってられないわ。これまで心に溜まりに溜まった積年のストレスを込めて作り上げたダークマターで冷蔵庫をいっぱいにしてやる。
そんなことを思いながら脳内ストレスを解消しつつ脱衣所に入り、服を脱ぎ始めた。脱いだものを洗濯機に放り込む。すべて投げ込んだ後、洗濯籠に入っている洗濯物も全て投入。洗剤、柔軟剤、漂白剤を分量どおり入れてスイッチオン。これを干すことで今日の俺の家事はノルマを達成したことになる。
さて、お風呂につかることにしますか。俺は風呂場の扉を開けようと手をかけた。
その瞬間、とても気持ちいいとは言いがたい感覚が全身を駆け巡った。どういう感覚かというと、教室で着替えることになり、しかも女子もいる中で、パンツを穿き忘れていることにその時初めて気づいた感じに似ている。
そう、要は、着替えがないのだ。
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