辻橋女子高等学校② ― どうして自分の裸を見られることより相手の裸を見るほうが恥ずかしいと言えようか。いや、ない。
頭のなかでダークマターを作ることに夢中になって部屋から持ってくるの忘れたぜ。俺の言うダークマターは、もちろん宇宙空間にあると想定されているものとは違うが似て非なるものだ。この世に存在する全ての有機物が行着くことになる可能性を秘めている一つの状態、まあつまりは焼きすぎて黒焦げになったというものだ。時には腹が立ってそのダークマターを投げつけたくもなるわけだ。誰にとは言わないが。
誰かに服を取ってきてもらうということは……おそらく無理だろう。洗濯機の注水音がある中で耳を澄ましてみるが、姉たちの活動力が感じられない。おそらく、各自自分の部屋に閉じこもっている。こういった場合、いくら俺が家の中心からエマージェンシーを叫んでも、彼女らは寝たふりを決め込み、誰もかけつけて来てくれやしない。
スマホも無いからサイバー的にも連絡は取れない。取れたところで未読スルーはあたり前だ。
であれば自分で取りに行くしかないのだが……どうしてみたことか。このフォルムで、つまりは真っ裸でその手段を使うことは、とてもリスキーなことであると言える。
というのも、姉たちにこの姿を見られたらなんて言われるか、何をされるかわかったものではないからだ。
うちの姉弟間における、‘裸体を見る'ということについて、納得できないことがある。俺は普段から妃乃里と結奈を風呂に入れているわけだが、つまりそれは姉達の裸を、真っ裸を、産まれたままの姿を、あられもない姿を見ているわけだ。それはもう家族内で常識であり、慣習であり、日課であり、特別取り上げることでもないことだ。沙紀も風呂に入れることはないものの、他の場面で裸を見ることは多くはないが少なくはない。
姉の裸を見ることなど、俺にとっては日常的で、何の驚きもないこと。毎日太陽が昇って沈んでいく、そんなレベルなのだ。
しかし、その逆、つまり姉たちが俺の裸を見るということになると話は全く変わってくる。
姉たちを風呂に入れるとき、俺は服を着ている。だから物理的に一緒にお風呂という空間にはいるものの、同時に湯船に浸かることはない。俺はあくまで姉たちの頭や体を綺麗に洗うだけなのだ。だから姉達は俺の全裸を見る機会というのは決まってあるものではないから、しばらく俺の裸を見ていないのではないかと思う。小学生後半くらいから見てないんじゃないか。いや、見てないと言うと語弊があるか。一緒に生活していれば何かしらのアクシデントはつきものなわけで、それは俺が男の勲章をフルに見られたことも含むわけだが、そのときは何かしら激しい反応をされるのだ。
妃乃里は「キャー! ちょ、ちょっと奏ちゃんっ! 見えてるっ! なんかぶら下がっててぶらぶらしてるぅー!」みたいな感じで、両手で顔を覆うことが多い。最近の常である露出癖を彷彿させるような容姿、言動とはかけ離れた反応だが、昔を知っている者としては、妃乃里らしいっちゃあ妃乃里らしい。
沙紀は、そうだな、少しアレを凝視した後で視線をそらし、「見えてるぞ」と、まるで寝癖が立っているぞと同じ調子で言ってくる。
「キャー! 何、なんか股間がモジャモジャしてブラブラしてるんだけどー?! 変なもの見せないでよ、このバカー! ヘンタイー! 露出魔ー!!!」と言いながら俺の顔を平手打ちするのはもちろん結奈である。
そういう家庭事情の中、姉達に頼めない以上自分で取りに行くしかないのだが、なるべく見つかりたくない。風呂に入ってから部屋に戻って着替えるという手もあるが、それも裸であることに変わりはないわけで……今一度耳を澄ますと家の中は依然として静かで、絶好のチャンスタイムは継続中のようだ。姉達に遭遇する確率は低いとみる。
「チャンスと思ったら即行動」。これが齢十七歳にして感じ取った辛い人生を生き抜くための格言だ。二度目はないかもしれないからな。ちなみに感じ取ったのは今だ。
気を取り直してすっぽんぽんになったこの裸体の股間を手で隠しつつ、引き戸である脱衣所の扉を開けた。
さぁ、走りだそう。いざ参らん!
そんな勢いで踏み出そうとしたが、どうにも俺の足は前に進まなかった。一歩も踏み出すことはできなかった。それは物理的な話で、俺の行く手を完全に塞いでいる物体がそこにあった。
「……何しているの? 沙紀ねぇ」
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