妃乃里と買い物38 ― またこれで姉たちを世話する意欲が1下がった ///

「ほら! ね? 沙紀ちゃん」


 沙紀は手を口に当てて、後ろに数歩下がった。その目はこれ以上なく見開かれており、その目を見てこちらが驚いてしまいそうだが、きっと今の俺には驚く資格がないだろう。


 そう―――完全に忘れていたのだ。

 自分がブラジャーとそれとおそろいになっているパンツを着ていることを。


 きっと結奈はさっき俺を激しく揺らしている時に気づいたのだろう。

 シャツの隙間からブラジャーが見えたから揺らすのをやめたんだ。どうやってパンツに気づいたのかはわからないが、もしかしたら少し半ズボンの隙間を開けてチラ見をしたのかもしれない。

 

 脱ぎ捨てられた俺の服が宙を舞う最中、玄関でブラとパンツ姿の男に、姉二人の冷めきった視線が注がれたまま少しの間時が止まった。



「…………け、けいさつ、110番!」


 我に返ったのか、結奈が急に慌て始め、スマホを取り出す。


「お、おい! ちょっと待てって。これには事情が―――」


「ひゃくとうばん……って何番だっけ?」と結奈のおとぼけが炸裂する。


「100と10よ」

 沙紀の淡々とした、それでいてわかりそうでわからない説明も飛び交う。

 

「わかった! 百と十……と」

「いやそれじゃ一万十番だから。どこにもつながらないからそれ」とつっこむ。

「キャー! 近づかないでこの変態! 変態変態変態! じゃあもうあんた出頭してきなさい、よっ!」

「うおっ!」

 いや別につっこんだだけで近づいてないし!足は微動だに動いてないし!と思いながらも、結奈の渾身の両手ツッパリによって勢いよく押されバランスを崩し、後ろに倒れそうになる。倒れている最中、さっきちゃんと閉めたからドアにぶつかるだけだろう……大丈夫大丈夫と思ってたのもつかの間、倒れている時横をみたら沙紀がいて、その沙紀の腕は玄関を開けていた。

 なんでこんな時だけ絶妙なコンビネーションを見せるんだお前らぁぁぁ!


 俺は玄関の外に背中から倒れた。


 ブラジャーとパンツ姿で。


 目の前を見ると、結奈と沙紀が俺を蔑みながら俺が渡したゴーヤととうもろこしを持っていた。


「これでも食ってな!」

「いてっっっ!!!」


 二人は野菜をまるで節分で豆でもまくように俺に投げつけた。


 バタンッ!


 ドアが閉まり、俺はあられもない姿で家の前に放りだされた。

 家の周囲は石垣で囲まれているが、玄関の前だけは門もなく、目隠し要素は一切無いから丸見えだ。今誰かここを通ったら、通報されるか、見てみぬ振りをされてご近所で有らぬ噂が沸くに沸いてくるに違いない。

 俺は玄関の脇にある、家の中に直接入れる式のポストの口を指で開いて、そこからは見えないけどそこにまだいるであろう二人の姉に訴える。


「お願いだ! 頼むから入れてくれ! これには事情があるんだ! それはそれはもういろいろとあったんだ、本当に!!!」

「うるさい!」

「いてぇっ!」


 唇がポストに挟まれた。指で押し返そうとするも結奈の馬鹿力がそれを押し返す。

 

 くそっ……こんなの、こんなのおかしいだろ…………くそぉぉぉぉぉぉおおお!!!




 ―――あの日。

 もしあの日、沙紀がいなかったら俺の唇はもうこの世にはなかったかもしれない。

 あれから二週間―――俺の唇は、まるでキスをせがんでいるかの如く口を突き出すような形に腫れた。

 こんな状態の口を見せれば、一発で欲求不満みたいなあだ名がついてしまう。

 俺は食事をする時でさえ、マスクを一度も脱ぐことはなかった。

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