妃乃里と買い物23 ― ムニムニしていいよって言われたら……まあするわな。
……いやいや。
いやいやいや。
いやいやいやいや。
よく考えてみよう。
普通に考えて、この日本社会でこれまで生きて来れたのであれば自分の性別をわかっているだろう。いや逆に、わかっていなければこれまで生活することはできないだろう。
……いやでもこの人ならありえるのか。どちらの性別ともとれるこの容姿であれば、男子トイレにいれば「ああ、男なのか」となるし、女子トイレに現れれば「ボーイッシュな女性なのね」ということになって然るべきだろう。
確かに、それほど曖昧で、絶妙で、ユニセックスな容姿を持っているが故の悩みはあるのだろうな、きっと。
でも性別がわからないというのは一体―――。
こんなことを目の前にある二つのきれいな薄ピンク色の突起物を見ながら考えているのだが、もし麗美店員が女性だった暁には、俺は留置所送りにでもなってしまうのだろうか。
そんなことはないか。考えすぎだ。傍から見れば俺は鎖でつながれた首輪をつけられて動きがとりにくい状態で麗美店員が自らブラジャーを取り、俺に近づいてきた―――そして近づけて自分のそれを見せびらかしているともとれなくもないその状況を大部分の人はこの人のことを露出狂か何かだと思うかもしれない。
なんにせよ、この状況から、この個室から早く出なければいけない。
さっきから可愛いらしい突起物しか目に入っていなかったが、麗美店員の目は真剣そのものだった。俺がここに通い始めてから感じたこの人の印象は、THE・真面目。だからこんなことを冗談でやる人ではないのではないかというのが俺の今受けている印象だ。おそらく本気で悩んでいるのだろう。だからこそ俺もそれに答えるべく、ピンク色の凸を一生懸命見ているのだが。
……見たところで何もわからないというのは言うまでもない。
こうやって相談していただけるのは評価されているようで多少の心地よさは感じるが、それに見合う回答ができるとは思えないが、この相談事を解決しない限り先に進めなさそうだ。こんなに文字通り、身を呈して全身全霊で……いや半身全霊で相談されているのだから、俺もそれにしっかり応えるというのが男というものだ。
こっちも半身全霊でな。
「自分の性別がわからない?」
「……はい」
麗美店員は少し俯いた。
「それは、その……どういうことなんだ? だって、生きていれば性別が必要になるときはあるだろう。医者に行った時とかそれによって治療方針が違ったりするかもしれないだろうし」
「病院には行ったことがありません」
「病院に行ったことがないって……健康なんだ」
いるんだ、そんな人。健康優良児中の優良児だわこれは。
俺は結構病院に行った気がする。昔、結奈と対して体格が変わらなかった時代には結奈におぶられて近所の病院に行ったような記憶ががある。今では毎日精神的におんぶしているような気になってしまうような生活だが。
「その……親が医者なんです」
「そうなんだ……ってか親は知ってるはずだよね?」
「知ってると思います」
「じゃあ聞けばいいのでは?」
「それが聞けたら……奏ちゃんさんに相談はしていません」
「……そ、そうか」
麗美店員は胸のあたりを隠すように両腕を抱いた。こんな顔を曇らせた麗美店員の顔は見たことがない。逆に笑顔も見たことないけど。
まぁでも、そりゃそうだわな。親が知っていて、それが聞けているのなら麗美店員はすでに知っているわけで、俺はこんな首輪をされてはいなかっただろう。
「でも昔は分かっていたんだろ? 生まれたときには母子手帳とか貰うわけだし、最初からないということは考えられないんだが」
「…………僕、わからなくなっちゃったんです。あまりにもいろんな人にいろんなこと言われて」
「例えば?」
「……お手洗いとか…………」
やはりか。
「男子トイレに行けば「お姉ちゃんが用足すのは向こうだよ」と言われ、女子トイレに行けば悲鳴が上がる…………僕のトイレはどこにもないんです」
本人しかわからない苦労があるということか。
俺も結奈とほぼ変わらない顔をしているが、それでもやっぱ違うもんな。俺は男寄りの顔、結奈は女寄りの顔。その性質を内面にも反映させることはできなかったのだろうか。どうしてあんな男勝りに…………。
「どこにも入れなくて……その……トイレではないところで用を足すことも少なくありません」
な……なんだって?
どういうことだそれは。というか、どこだそれは!
それはつまり、場所が建物内ではなくお外ということか……?
この話は突っ込んでいいのだろうか。
いやとりあえずおいて置こう。今重要なのはこの人の悩みを解決することだ。できないかもしれないけど。
麗美店員の体験談のようなことが日常茶飯事なら、トイレへの警戒心や不安感がどんどん増しちゃうからどんどん入りにくくなってしまうのもうなずける。
それにトイレも例の一つで、いろんなことが度重なって、もう自分が男なのか女なのかわからなくなっている―――つまりはそういうことなのだろう。
それは当事者じゃないとわからない苦しみだ。特にこういうケースはよくあることではないだろうしな。とてもすぐに分かったなんて言うことはできない。
俺にできることは……今お願いされている、麗美店員の性別を判断すること―――か。
いやでもどうやって…………? 体は触っていいとかなんだとか言っていたが、触ったところでわかるのか?
確かに、姉たちの体は毎日のように洗ってやっていて、女の肌に触れたことがないということではないのだが、だからと言って触ってわかるものでは…………。
麗美店員が切なそうな視線を俺に送っている。
自分を抱きしめているような格好がなんとも切ない。
とりあえず……だ。
このまま麗美店員を上裸のままにさせておくわけにはいかない。
俺に判断してもらいたくて脱いだのだろうからな。
でもどうせなら、下の方を脱いでもらった方がすぐわか――――――そんなこと、俺からは言えないな。さすがに。
とにかく、言われた通り、いたるところを触ってみるか。
判断できそうなところから触ろう。
…………でも届かないな。首輪で。
今は麗美店員も少し離れているし。
「麗美さん。言われた通り、男か女か判別したいからもっと近づいてくれないか?」
麗美店員ははっと我に返ったような様子で、いつもの凛々しい表情に戻った。
そして、俺の方に近づいてくる。
……さっきもそうだったんだが、どうして麗美店員は俺の目の前に胸を突き出すのだろうか。
また俺の視界には可愛らしいピンク色の突起物が二つ並んでいるのだが。
俺にこれをどうしろというんだ…………。
……………………。
……まぁいいや。
とりあえず調べるポイントとしては、肌の柔らかさと…………あとなんだろう。わからんな。
じゃあ肌の柔らかさチェックだ。
しかしこの洗練された肉体美のどこにつまめそうなお肉が…………あ、二の腕がつまめそうだ。
俺は麗美店員の二の腕に手を伸ばす。
ムニムニ。
ムニムニ―――。
ムニムニムニムニ―――。
なるほど、わからん。
わかるわけないよ。わかるわけないってば。
柔らかいけどさ、柔らかいけども、男でも柔らかい人はいるかもしれないじゃないか。
これじゃ無理だって。さすがに。判断つかないって。
「麗美さん、やっぱりこれじゃあ…………」
話しかけながら麗美店員の方を見ると、そのいつもの凛々しい顔が少し赤らめているようだった。
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
とても聞き覚えのある声が、少なくともこのフロア全体に、いや、もしかしたら上の階や下の階にも響いているかもしれないくらいの大きな悲鳴が聞こえた。
……妃乃里だ。
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