結奈 編
結奈①
俺の得意技の1つに忍び足というものがある。
もちろん、習得したくてしたわけではない。
夜、家事の一貫で部屋に入るときに音を出すとすこぶる支障があるからだ。
少しでも音を鳴らしたとなれば、時には豊満な感触を背中に味わいながら羽交い絞めにされてベッドにつれこまれ、時にはそこそこやわらかい感触を味わいながら羽交い絞めにされたと思ったらそのまま腕ひしぎ十字固めに移行され、何百回高速でタップをしてもやめてくれない。
もちろん長女と次女の話だが、彼女らは音に過敏でかつ寝起きがなかなかのものなのだ。
本題に戻ろう。
簡単にこれまでを振り返ると、妃乃里と沙紀については返り討ちにあっていると言っていいような気がする。
こちらの意外な行動に対して、それぞれの個性を発揮した高レベルの対応能力により彼女らの手の内で処理されている気がする。
もちろんこれまで知らなかった新事実を知ることもできたが、意外性と言えるものはあまりないと言っていいだろう。
……強いて言えば、それこそその対応能力がそうであると言えるかもしれないが。
このままではこの調査は失敗に終わる。
結奈だけでもしっかり意外性を引き出したい。
出だしが重要だ。出だしこそ気を抜いているまさにそのときなのだから。
ガードが弱いときに、最大の驚きをかましてやる。
そんな思いを胸に、俺は今、結奈の後頭部に銃を突き付けている。
「おまえのパンツをよこせ」
結奈はびっくりして体をびくつかせた。
近くの鏡で結奈の強張った顔が見える。
どうやら俺の得意技、忍び足による潜入は成功したようだ。
しかし、これだけ全身の神経をフルでとがらせ忍びに忍んだところなのだが、双子の姉の体を微動させるだけにとどまったようだ。
というのも、結奈は今、耳に手をかけ、イヤホンを耳から外しているからだ。
ということは、さっき言い放った脅迫めいた、そして変態めいた言葉は届いていなかったことを意味することになる。
つまり、驚いた対象はその言葉ではなく、銃を突きつけたことだったわけだ。
物理的に驚かせたことにすぎない。
ちなみに、銃と言ってももちろんモデルガンだ。
いくら俺でも本物の銃をかざすほど実の姉に憎悪が溜まっているわけではない。
俺が先に産まれてきていればというたられば思想は常に持ち歩いてはいるが。
結奈の目線は机の上に注がれていたが、何かに集中したようだ。
めずらしい。らしくないわ。
何やってんだ?
そっと覗いてみる。
……活字だ。活字の本読んでやがる。
本読めるんだ、こいつ。
だいたいそもそもで、こいつが机に座っているなんていうのがめずらしいのだが。
こいつが勉強なんかしてるの見たことない。
家で見る光景といえば、お菓子をボリボリ貪っているところか、テレビ見て爆笑しているのが8割方占めている。残りは俺に歯磨きさせたり、風呂上りの頭を乾かさせたりと俺を酷使している時間と言っても決して過言ではないだろう。
だから俺が部屋に入り、胸元に可愛らしいリボンがついたフリル付きピンクワンピースパジャマを着こなしている我が直近の金髪ロリ姉が、真剣な顔をして机に向かっている姿を見た瞬間は目を疑ってしまった。
「……何がねらいなの?」
結奈は不安げに尋ねる。
「おまえは知らなくていい。もらったあと俺がどうしようと俺の勝手だ」
「くっ……。私としたことが……。不覚だわ」
歯を食いしばり、悔しそうな表情を浮かべる結奈。
パンツのことを聞こえていた程で話してみたが、話がかみ合っているということは聞こえていたのだろうか。
イヤホンをして耳を塞いで目の前に集中していた相手に忍び足で近寄れば、それはそれは圧倒的チート状態で背後をとれるというもの。
ドアを空けたとき結奈が少しでも左側に注意が向けば、すぐさま気づかれたであろう状況であったが、二人の姉とは違い、この姉は結構鈍感気味なのだ。
不覚というのは物事が起こることがなんとなくでもわかっている状態で不意を突かれた時に使う言葉だが、こんなゲリラ的にやったのでは心構えも何もないはずなわけで、本来ならこんな言葉は出てこないはずだ。
しかし不覚でもなんでもない、ただびっくりしただけの状態でこの言葉を使うということは、結奈はこの突然のショータイムにノリノリなのだ。
「それで? あたしをどうするつもりなの? 煮るの? 焼くの? 煎じて飲むの?」
「いやパンツがほしいんだが……」
なんでいきなり捕虜気分なんだ。自暴自棄気分ともとれるが。
もう一度パンツ要求をしてみたが、特に返事もない。
鏡越しで鋭い眼を向けてくるだけだ。
しかし次の瞬間、結奈が入り口の方を指さし、大声を上げた。
「あーっ! ひのちゃんがあられもない姿で奏陽待望のストリップショーを披露しようとしてるー!!!」
「なにっ?!」
俺は急いで振り向くも、そこには誰もいなかった。
……自分がはずかしい。
こんなことにつられてしまった自分がはずかしい。
いや、違うんだ。
妃乃里がストリップしていようが、あられもない姿になっていようが俺にはどうでもいいんだ。
どちらかと言えば、家の中の風紀を正すため注意をしなければならないと俺はとっさに思っただけだそうなんだ。
決して、ストリップショーとか、そこはかとなくアダルトな響きにアダルトな反応したわけではないのだ。
……というか、あられもない格好でストリップショーとか、もう何も着てないのに何を脱ぐって言うんだ?
ってかそもそも待望してねーし!!
もう見飽きてるくらいだわ。
「おい! いねーじゃねーか」
向き直るとそこに結奈はいなかった。
そしてすぐに後ろから手をまわされ、喉元に何か当てられた。
「ふっふっふっ……。引っかかったわね。そうよ。嘘よ。騙したのよ。あんたが私にしたようにね」
結奈の机の上にある鏡を見ると、長いサーベルのような剣を後ろから腕をまわして喉元に脅すようにして当てられていた。
「俺は騙してなんかいない……。ただ気づかれないように近づいただけだ」
「それを騙しているというのよ。部屋に誰もいないと思っていたという私の心を裏切って、実際はあんたみたいなもっさりした冴えない男がいたんだからね」
もっさりってなんだよ。冴えないかもしれないけどよ。
もっさりってなんだよ……。ブロッコリーみたいじゃねえか……。
自分とほぼ同じ顔した男相手にそんなこと言っていいのか。
自分で自分を批判しているようなもんだぞ。
「それで? もう一度聞くわ。あんたは何しにここに来たのよ」
「おまえの……その……パンツをもらいに来た」
何回も言うことじゃないんだよ。何回も言うことじゃ……。
恥ずかしいじゃねえか。
お前はおれを何度辱めれば気が済むんだ。
「ふ~ん。パンツね。パンツか~。……ん? ……は? パンツ?」
結奈が口を開くたびに俺の首に当てられたサーベルが食い込んでいく。
「は、はーーーっ?! なななななななななななにいってんのよ、あんた! はっ?!!! なんなの、なんなのよ!」
「っんぐ……く、くるしいから! 思いっきりめり込んでるかそれ! これ息止まるやつだから!」
強くなる一方な結奈の腕力に手を添えて必死に抵抗する。
しばらくすると、急に力が弱まった。
鏡を見ると後ろにはもういない。
振り向くと、結奈は床に置いてあったものにつまずいたようで、お尻をこちらに突き出す形で膝をついて転んでいた。
純白のパンツを丸出しにして。
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