妃乃里と買い物⑤

「まずどこに行こうかしら」


 案内板を見上げる妃乃里。いや、どこに行こうって行き先は一つに決まってんじゃん。下着買いに来たんじゃん。そのでっかく育ったお胸のさ。今思ったけど、妃乃里は俺の料理食べて成長したわけだから、その巨乳は俺が育てたようなもんじゃないか? だからといってどうということはないが。


「あっ!」


 妃乃里が大きめの声を上げる。まるでお宝でも発見したかのように。


「ねえねえ奏ちゃん、食料品は買わなくて大丈夫?」

「昨日たくさん買ったから大丈夫だ。さっさと下着買いに行こうぜ」

「いや、でも、ほら。いつも同じものじゃみんな飽きるかと思って。ここなら他にはない食材があるかもしれないじゃない?」


 つまり俺の料理は変わり映えしないと言いたのか……? 頻度高いと文句がでるから同じメニューはできるだけ期間をとって、少なくとも二週間はとっているのにそれでも配慮が足らないというのかこのプルンプルン女は!!! もう何プルンになっても構わないからずっと目の前で凝視してやるからな、腹ただしい!!!


 毎日一生懸命作っているのに、長女にこう言われるとマジで頼むから月一でいいから夕飯作ってくれと言いたくなる! 心に留めようにも口から出るのは防げても、胸のあたりから飛び出してきそうなくらい勢いづいているこの気持ちどうしてくれようか。


 そういえば、少し前に花嫁修業したいとか言い出したことがあった。学校で友達と話していて、家事というカテゴリーにおいて自分がいかに何も知らないか、何もできないかを思い知ったらしい。

 おたま取ってと言えばしゃもじを持ってくる。かと言ってしゃもじと言えばフライ返しを握っている。そんなレベルで周りと話を合わせるは苦労するだろう。深く聞かれれば答えられないだろうしな。


 そんなことを経験したからなのか、急に「お姉ちゃん、料理したいかも……」と、俺がいつも通り夕食を作ってるときにボソッと申し出て来たのである。


 正直、俺はうれしかった。うちのぐうたらな姉が料理に興味を持ってくれるなんて思ってもみなかったから。妃乃里が料理できるようになれば、俺も自分の時間を取れるというもの。俺は妃乃里が料理に対して警戒心を抱かないように、ごくごく簡単なことを頼むことにした。その日はたまたま簡単なカレーを作っていたのだが、もうあとは煮詰めるだけだった。下が焦げないように適時混ぜるだけ。俺はそれを妃乃里に指示して、その間に洗濯物を干すことにした。妃乃里は柄にもなく真剣な顔で「わかった」と意気込んでいた。


 あんなに真剣な妃乃里は久々に見たなと考えながら別室で洗濯物を干していると、ふと焦げ臭さを感じた。慌ててキッチンに戻ると、どういうことなのか、妃乃里は火を点けたままテーブルに座り、うつぶして寝ていた。ガスレンジを見ると、煙がもくもくと発生し、大量の煙の処理に換気扇も手をこまねいている状況だった。火を消そうとガスのひねりを見ると、弱火にしていたのがなぜか強火になっていた。謎は深まるばかりだ。


 机の上にはグラニュー糖を入れた箱が置いてあった。しかしよく見るとそれはグラニュー糖が‘入っていた’箱と化しており、中身が全て無くなっていた。満足げに目を閉じて幸せそうに寝ている妃乃里に「食べたのか?」と聞いたら、「うん」と答えやがった。なぜ食べたのかと聞いたら、「キッチンにお菓子置いてあったのね。知らなかったわ」と、お菓子の原料をお菓子だと思い、深ビンにもりもり入っていたグラニュー糖の底を尽かせてしまったバカ女がそこにいた。


 経緯を聞くと、まず、弱火だとちょっと気合が足りないなぁと思って強火にしたとのこと。そして味見と思って一口飲んでみたら辛かったらしく、甘くするために砂糖を入れようと思ったらしい。しかしそれでどれが砂糖かわからなかったため、手当たり次第台所にある調味料を舐めていったら、グラニュー糖を舐めてしまい、おいしいと思ったが最後、それを机に持っていって座り、食べつくして満足して寝てしまったということのようだ。


 まさに妃乃里がやりそうな行動だった。まったく期待を裏切らない動きだ。たまには裏切って欲しいものだがな。

 結局その日あった食物を全てカレーに入れていたため、料理に使える食材はなく、残ったのは白米と梅干だった。換気してもなお残るこげた匂いの中、食事をしなければならない状況を他の姉たちからバッシングが起こる。それを妃乃里が起こしたことをわかっているのに、妃乃里を責めることなく知らないふりして俺に罵詈雑言浴びせるのは本当に理不尽だ。ああ理不尽だ。

 だから妃乃里が料理とか言い出すとこういうことをいろいろ思い出すからすぐイラッとくるわけだが、そんなイライラタイムをとっていたら、俺の隣にはもう巨乳半露出娘は見当たらず、少し離れたところでルンルンとステップを踏みながら食料品売り場へと向かっていた。

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