妃乃里と買い物29 ― 秘奥義にして一撃必殺

「あ、はい。そういえばまだしてませんでしたね」



 急に店員の顔に戻った。

 忘れ物を思い出したような顔を添えて。

 どうやらパンツの着比べは店員としての仕事内容の領域に入っているらしい。 

 ……いやそんなことねーか。たぶんあの時の、俺と麗美店員、どちらが似合うか論争の、もはやなれの果てだ。


 しかし、今の俺にとってはこのパンツ着比べは願ってもないチャンス。チャンスどころか奥の手、秘奥義にして一撃必殺なのである。


 店員の顔に戻った麗美店員はさっき外に行って持って来たパンツを手探りで探している。

 あれからいろいろあったからな。俺の服は隠されるし、麗美店員もいろいろ脱いでるし。こんなこぢんまりもこぢんまり、どの方向に頭と足を向けようにも満足に横になることはできないような広さだ。


 ふと、麗美店員と目があった。


 なんだ? パンツは見つかったのか?


 床を探している状態からすっとたち、俺を一点に見つめてくる。

 俺、とってないぞ、パンツ。

 そんな見つめられても俺からは見つかりはせんて。

 

 しかし麗美店員はお構いなく俺を見る。

 そして近づいてくる。



 ―――え、なに……俺、チュウされるの?




 いやいやいや、違う違う違う。そんなわけはない。



 ……いや違わないかもしれない。

 

 だってこの目。完全に欲しがってる目だもの。

 何を欲しがってる? 俺だよな。目の前にいるの俺だもの。俺しかいないもの。

 

 俺を欲しがっている……ゴクリッ。


 麗美店員は俺の目の前に寄って俺を見上げる。


 上裸で。



 俺に向かって手を伸ばしてきた。

 



 …………これ、このまま行くとどうなる?


 俺の顔を引き寄せられて、そして俺の顔は麗美店員の唇に吸い寄せられるのではないか?

 だってこんなに物欲しそうな顔を向けてきてるもの。目もどこかうっとり気味だし。

 

 未だにメンズの可能性はあるわけだが、俺はこのキスに応じてもいいのだろうか。

 せがまれたまま口づけを許していいのか?

 男子高ではよくそういうことはあるとかないとか話は聞くが、俺はずっと共学だからそういう関係にも疎いわけで、まあ極論を言えば、俺がそれでよければ、そういう関係をよしとするのならいいのだろう。



 …………いやでもいきなり……まだ言葉を交わすようになっていくらもたってないのに。



 あー近づいてくるよー。麗美店員の唇来ちゃってるよ。目うるうるさせて吐息聞かせちゃってるよー。逃げようにも逃げ場ないし、もうなるようになれだ。



 あと十センチ…………五センチ………三センチ…………………。




 俺は目をつむった。





 ガサゴソ…………ガサゴソ…………。



 唇は確かにカサカサしているかもしれないが、ガサゴソのような効果音は鳴るとは思えない。


 ということはキスの事前準備ということか……? 体慣らしならぬ唇慣らし。何事もウォーミングアップは必要ということか―――?

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